アイネクライネ。




ドリーム小説
そう言えば、石田三成が言っていた。

「必要なものがあれば言ってくれ。こちらですぐに用意する」

この際だ。
遠慮なく利用させてもらおう。
天下人に用意できないのであれば、もう何を作っても一緒だろうと思って。






【16】






が豊臣秀吉主催の花見の為に菓子を拵えることになり、都へ旅立ってもう一月近くになる。
徳川家康も都に赴いており、留守居の井伊直政、直虎親子にとっては寂しい一月だった。
や春は都で花見を楽しんでいるのかな?と思うと。
特に二人にとって家族同然だと言う甲斐の存在もある。
会うことができない今、がその甲斐と仲良くしているかと考えてしまうと、自分にも嫉妬のようなものがあるのだなと苦笑してしまう。
楽しい土産話を待っているなどと伝えてみたものの。
実際そんな話を楽しく聞けるだろうか?

「今は…無事にお戻りになられればいいのですよね…」

太閤殿下に拵える菓子。
それを食べて貰えるのか、はたまた殿下の怒りに触れて罰を受ける羽目になるのか。
殿下に対し、いい印象を思っていないだから。
けど、殿下に前向きに考え都に向かったのだから大丈夫だと信用したい。
ただ一つ心配なのは、殿下がを気に入り都に定住させることになったらと言う事だ。

だったのだが…。

「お、お早いですね…」

「うふふ。そうかしら?」

悩んでいた数日後、あっさり春は江戸に帰って来ていた。
春だけではない、家康もすでに帰ってきていると言う。
家康達が戻ってきたことを直政から知らされて、直虎は翌日北条邸に向かってみた。

「直虎さんは私が帰ってこない方が良かったかしら?」

「そ!そんなことありません!!春さんがいなくてすっごく寂しかったです!!」

面と向かって言うのは恥ずかしいが、それが本心だ。
だが、春は楽し気に笑いつつ。

「私が?直虎さんは、がいなくて寂しかったんじゃないの?」

「な!い、いえ!?その!!?」

「やっぱり…」

ふぅと小さくため息を吐く春に、直虎は慌てふためく。

「うふふ。ごめんなさい。意地悪を言うつもりはなかいの。ただ直虎さんの反応があまりにも面白くて」

「春さんひどいです〜」

困惑しつつも春も笑うしかない。
でも、もう少し時間がかかると思っていただけに、思っていた以上に早く帰って来たので驚いたのだ。

「………」

けど、今この場にいるのは春と直虎だけで。
直政も「家康様がお戻りになられました」と言うだけで。

(え…もしかして…本当に?)

は都に残ってしまったのだろうか?
太閤殿下の花見は大成功し、の拵えた菓子を気に入って居残りを命じたのだろうか?

「失礼します」

さん!?」

「へ?はい、なんですか?」

が盆を手にして入って来た。
直虎が声を上げたので彼は驚きキョトンとしてしまう。

「い、いえ。なんでも…ないです…」

直虎は思った以上に声をあげてしまったので、恥ずかしくて体を小さく丸めてしまう。
そんな直虎を見て春は笑みを浮かべつつ、説明をしてくれた。

「花見は何事もなく終わったの。だから私達は帰って来れたのよ」

「そ、そうなんですね」

が殿下の機嫌を損ねることもなかったので良かったけど」

「ひどいっすね、姫様は。まぁそう思われても仕方ないんですけど」

今までが今までだからとははっきり言った。

「ま、とりあえず。こちらをどうぞ」

は二人の前に皿を置く。

「抹茶の焼き菓子です」

サイコロよりも大きめの四角いものが数個。
深い緑色で、中に小豆が入っているようだ。

「あら、これって…」

「太閤殿下にお出ししたものです」

春は見覚えがあったようだ。
だが直虎にはその菓子を太閤に出すには意外なものだと思えた。
その直虎の表情をが察したようで、苦笑する。

「殿下へ出すには地味すぎるとか思ったんじゃないですか?直虎さん」

「い、いえ!?や、その…えーと…す、少しは…」

「まぁそうっすね。地味ですね。当初は俺も華やかなものとか見た目派手なものとかにしようかなと思ったんですけどね…」

食べてくださいと言われて、遠慮なく直虎は頂く。
思っている以上に甘味はなく、本当いつものの菓子とは違うなぁと感じた。
けど、ふわっとしているし、美味い不味いかと聞かれれば美味いと答えられる。
不思議なものだ。

「ま、当日はこれに粉砂糖かけてもうちょい見た目よくしましたけど。
身分高い人なら、抹茶とか言えば否定しないだろうなぁと。とりあえず無難にこなしましたけど」

「そ、そうですか。それならば良かったです」

無難にこなしたから、秀吉に褒められ求められるようなことはなかったのだろうか?
だが、それだと負けてなるかと意地があったと言うにしてみればどうなのだろうか。
でも春もも何も言わないし。
何か起こったような話も聞かない。
家康の機嫌も悪いとは聞かない。
無難に終わった。
ただそれだけのようだ。





自分達の帰宅に思った以上に直虎が驚いているのには笑ってしまった。
特に都での話はなく、軽く新しい友人ができたぐらいだろうか。
都を出る際、甲斐には明るく。

「元気でね!姫さまのこと頼むわよ!」

と力強く背中を叩かれた。

「あたしの心配はしなくていいから。あたしはあたしでこっちで楽しくやっているし」

心配していないわけではないが、強がっている部分があるだろうから。
としても。

「無理はするなよ」

と軽く甲斐の頭を撫でると、彼女は少しだけ困った顔をして。

「泣かないようにしているんだから…もう…」

江戸と京は遠い。
そう簡単に行き来できないから。
言えるのは、次に会える日まで元気で。としか。

「甲斐だけじゃないぞ、幸村も同じだ。無茶するなよ」

友にも言った。
自分以上に無茶しそうな男だから。

「善処するとしか言えないな。だが、私としてはお前の方が心配だからな」

「なんでだよ」

も大概無茶をするってことだ」

「そうか?」

「無自覚なのが怖いな」

だが、まぁ彼は彼でこちらで友もいて楽しそうだからいいだろう。
できればこっちに引っ張り込みたい気持ちはあるが、あくまで彼は豊臣家の家臣だから。

「ま。甲斐と幸村の事はくのちゃんに任せるよ」

「任せてくださいにゃ」

にゃははといつもの笑顔のくのいち。
彼女は二人と違ってちょくちょく会いそうな気もする。
だが彼女にも無理はしてほしくないが、それを素直に伝えても彼女ははぐらかしそうだ。

「ちょとだけ心配していました…さんが京に残ってしまったらって」

井伊家へ送る途中、直虎がそんな事を呟いた。

「俺が?」

「はい…もし…さんの腕前を惜しんで太閤殿下がって」

「ないでしょうね、それは。俺の腕前はほとんど自己流だし、いやまぁ下拵えなどはちゃんと北条家の台所で教わりましたけど」

人に惚れられるような腕前はないと。
そんな言い方をすると北条家に失礼だとはわかるが。
何というか、北条家では本当に家族感が強かったから。

「それでも…あちらにはお友達もいるようですし、その…甲斐さんと言う方も」

「甲斐の事は…あいつならまぁ大丈夫かなって思うし、寧ろ俺は早く江戸に帰りたいって思っていたんで」

「そ、そうなんですか!?」

「まぁそうですね」

照れ臭くて言えないが、直虎や直政達との時間を選んだんだ。
寧ろ、直虎にそんなに驚かれるとは思わなかった。

「ならば…良かったです」

小さく笑う直虎にも釣られて笑う。
けど、少しして笑みを消した。

「姫様にも話していないんですが…花見が終わってから、数日後に太閤殿下と会ったんですよね、俺」

「ええ!?」

「あ、やっぱりその反応ですか」

は苦笑する。

「だ、だって。さっきはそんな事」

「まぁだから姫様にも話していないんですよ」

基本的に春は甲斐と行動していた。
は花見も終わったので、江戸へ出立する日までのんびり過ごそうと決めていた。
なんとなくぼた餅を作って、幸村に差し入れしようとしていたのだ。
甘いものが好きな奴だしと思って。
だけど、今まではその幸村がいたから聚楽第の出入りを平気でしていたが、もう気軽に入れる場所でもないからと、近場にあった河原で幸村を待つ事にした。
一応、待っているぞと本人には伝えていたので。
しばし待つと足音がしたので、ようやく来たかと顔を向ければ。

「美味しいぼた餅があると聞いてな」

「で、殿下…」

秀吉がそこらの町人と変わらない姿でやって来たので、流石のも絶句した。

「ぼ、ぼた餅って…幸村ですか」

秀吉は平気での隣に腰を下ろした。

「おう。幸村が自慢げに言うんじゃよ。お前さんの作ったものは美味いってな」

何を吹き込んでいるんだと友を恨みつつ、今回の話も幸村の所為ではないのか?と少し思った。
ここにはありませんと言えないので、内心舌打ちしながらぼた餅の入ったお重を差し出した。
秀吉は遠慮なく一つ手に取り食べる。

「おぉ。幸村の言う通りじゃ。美味いな、こりゃ」

「あ、ありがとうございます」

ぼた餅の為だけに来るか、普通。
天下人の考える事はわからない。

「花見に出た菓子も美味かったが、わしゃぼた餅の方が好きじゃな」

「………」

元の出が農民だから、庶民的なものは好きなのだろうと思うが。
かえってそれが、天下人になったことで、派手な生活などから疎ましく思うのでは?と考え。
見た目派手とか、高貴なものとか、珍しい材料を使った方がいいのかと思って抹茶にしたのだが。

「お前さんには二度も逃げられるとは思わんかった」

「逃げた、つもりはないのですが…」

三成に言った通り、菓子を出しただけで、はその席に顔を出さなかった。
出す必要性がなかったので。
隣にいるのはただの町民。
傍から見ればそうなのだが、圧と言うのか。
天下人たる大きなものを感じられる。
小柄の人の良さそうなおじさんだが、目の奥がそうは見えない。

(お館様が不良オヤジって感じで、どちらかと言えば気さくだったからな…)

一見怖そうな氏康であったが、自分達の前では親父。の顔が大きかったから。
比べてはいけないと思いつつも、比べる対象がそう多くないのでしょうがない。
いや、思えば家康にも似たような面を感じたことはある。

「以前からな。亡き氏康殿には珍しい料理番を抱えていると言う噂を聞いて、その料理を食してみたかったんじゃ」

「はぁ」

小田原の戦いの際、その料理番を見つけてものにしようとしたが、うまい事を言って逃げられた。
その後、その料理番は北条家の姫と家康の下へで暮らしていると聞いた。
家康からも江戸では評判の菓子を作ると聞いたので、一度でいいから自分もと思い、今回呼び出したそうだ。

「どうじゃ?わしんとこで働いてみんかの?」

「………」

そんなに欲してもらう意味がわからない。
珍しいと言うならば、それはこの先では珍しくもない当たり前のものばかりだ。

「申し訳ないです。お断りします」

「ほぅ。二度も断るか」

「……恐れ多いとは思いますが。理由は以前も述べた通りです」

不敬罪で首でも刎ねられるだろうか。
まぁそうなったらそうなってしょうがないだろう。

「本当にそれだけか?」

秀吉はくつくつと笑う。
そんな秀吉に本音を言ってもいいものか迷う。

「それで良くないですか?それ以上詮索されて欲しくないので」

「それでは、あると言っているようなものじゃ。まぁそうじゃの。これ以上はやめておくか」

秀吉は納得したのか、馳走になったと言って立ち上がる。

「わしゃ、皆が笑って暮らせる世を目指して天下を獲ったんだが、お前さんには笑えんようじゃな」

「………」

「またいつか馳走してくれや」

秀吉はのらりくらりと歩き出す。
その先には護衛だったのか、三成や清正などが居た。
確かに変装したからと言って、天下人を一人で出歩かせないのだろう。
は深く息を吐きながら項垂れた。



「恨むぞ、幸村」

「すまん」

は幸村の顔も見ずに言った。
幸村はそのままの隣に腰を下ろす。

「まだぼた餅はあるのか?」

「流石に殿下一人で食いきらねぇよ」

幸村に重箱を差し出す。だけど顔は上げられない。

「大人になってくれて良かった」

「……大人なのかね…何も言えないガキだと思うけどな…」

秀吉に恨み言の一つでも言えば良かったのだろうか?
それを秀吉が期待していたのだろうか?
いや、北条家では家族のような扱いを受けたが、秀吉がそこまで狙っているとは思えない。
娘である春が言うならわかるが。
北条家自体を慕っている者は、自分だけはないし。
それでも、何も言えない、できない自分に情けなく感じた。

「殿下の言う、皆が笑って暮らせる世。ってのは実現させてはいるんですよね。実際、笑っている人はいるんだから。でも、それが表面上の人間もいるけど、殿下はそれもわかっているようで…」

さん…」

「それでも、俺は…今の江戸での生活に不満はないです。ちゃんと笑えているとは思うんですけどね」

逆に秀吉の誘いを受けていたらと考えると、きっと表面上だけの笑みを浮かべて暮らすのだろうなと思った。

「俺は、江戸で直政や…あなたに会えて良かったです」

こんな事を真正面から言うのは照れ臭いし、恥ずかしいはずなのに。
可笑しい。
恥ずかしさよりもなんだか、泣きたい気持ちの方が大きかった。

「私も。春さん、さんに会えて嬉しいです。今がとても楽しいです」

「直虎さん…」

「だから、また明日。会いましょうね、さん」

何故だろう、直虎まで泣きそうになっているが、でも一生懸命に笑んでくれている。
それが無性に愛おしく感じた。








抹茶の焼き菓子は抹茶のケーキです。
20/04/26