アイネクライネ。




ドリーム小説
春には話していないことを、自分にだけは話してくれた。
それはどうしてだろう?
他の人より話やすいのだろうか?
いや、深く考えるのはよそう。
が話してくれたことがいいのだ。

恐らく、この話をは他の誰にも、この先は話さないはずだ。
彼の性格を考えると…。
もしかすると、京に居る親友と呼べる真田幸村や、甲斐などには話しているかもしれない。
それをわざわざ自分が確かめるわけにはいかない。

けど、少しだけ気になった。
の言っていたことが。

「殿下の言う、皆が笑って暮らせる世。ってのは実現させてはいるんですよね。実際、笑っている人はいるんだから。でも、それが表面上の人間もいるけど、殿下はそれもわかっているようで…」

それと太閤殿下がに言った。

「わしゃ、皆が笑って暮らせる世を目指して天下を獲ったんだが、お前さんには笑えんようじゃな」

とのことだ。





【17】





太閤秀吉が天下を取れたことは簡単ではない。
長い道のりがあった。
元々天下に一番近い存在だったのは織田信長で、信長は家臣明智光秀の謀反に遭い亡くなった。
その後光秀を倒し、織田家家中でも力をつけた秀吉が、小牧長久手で家康と対峙。
戦自体は家康の勝利と呼べるものであったが、秀吉と家康の間で話し合いがあったのかどうだか知らぬが、結果的に家康が秀吉に手を貸す形になった。

その後四国、九州を平定、奥州などの敵対していた大名も秀吉に従属し残されたのは関東の北条家だけだった。

秀吉は全兵力を使い、北条家を包囲し、北条は敗け滅んだ。

こうして名実ともに秀吉が天下統一を果たしたのだ。

北条家が治めていた地は家康に託され、心から北条家を慕う民を相手にするのは骨が折れる事だろう。
家康の苦労が目に浮かぶが、現在直虎にはそこまで苦労を感じていない。
自分が毎日楽しく過ごしているからかもしれないが。

町の人達の顔を見ても、そんなにふて腐れるわけでも、憎しみを見せるわけでもないから。

だから、余計に。

「わしゃ、皆が笑って暮らせる世を目指して天下を獲ったんだが、お前さんには笑えんようじゃな」

と秀吉がに向けた言葉が引っかかった。

「義母上?どうかされましたか?」

屋敷に戻ってからずっと考え込んでいた直虎を直政が気にかけ声をかけた。

「何かってほどでもないのですが…」

「?」

「直政は今、笑って暮らせていますか?」

「なんですか、突然…」

直政の言う事はもっともだ、何を言い出すのだろうと本人も怪訝な顔をしている。

さんは、今の暮らしに不満もなく、笑えているとおっしゃっていました。けど、どこかでそれを気にしているようで…」

それだけで直政にも通じたようで、彼は小さく息を吐く。

「あいつは本当に義理堅いようで。北条家に忠義以上のものを持っているのでしょう」

「それは…」

以前も話した事だ。
家族だと言い切るくらいで。

「家族を奪われればどんな奴でも、その相手を憎く思うでしょう。けど、それだけではダメなのもわかっているでしょうし…」

直政はそこまで言って頭をかいた。

「元々武家の出でもないあいつと俺達とでは根本的に考え方が違う。俺達はまだ割りきってしまうが、あいつはそうではない」

確かに戦で秀吉に勝った家康だが、結局秀吉の下についた。
徳川家家臣にしてみれば、それは面白くない話だし、いい気分はしない。
そして、政の中心である、都から離れた場所に追いやられたと不満を持つ者もいた。
それでも、今、家康の下で毎日を過ごしている。
不満を誰かにぶつけることもなく、こうした意味を理解して。

家を断絶させられれば少なくとも恨みは沸く。
悲しみもある。
けど、いつか再興できればと願うし、そうなるよう諦めずに動く。
それが叶わずとも、心に刻み忘れずにいる。
何らかの形で先を想い生きている。

秀吉によって敗者となった者は、秀吉に忠義を誓い仕えているが、中にはそれを表面上だけに留めている者もいるかもしれない。
だけど、それを隠し、見破られないように虎視眈々と狙う者もいるだろう。
昔から武家同士の小競り合いで裏切り、裏切られるなど珍しい話ではないのだから。

が優しいとも思えるが、別から見れば、ただの甘い奴とも見えます。それは人それぞれでしょう」

「………」

「ですが、周囲の目など、あいつが気にするとも思えないので、別にいいのではないのですか?」

「はい?」

「なんだかんだで自分の好きな事をやっているような奴ですよ?」

「………」

「自分の考えを押し通すような奴ですから、たまたま花見の件でぐらついただけでしょう。気にするだけ無駄です」

ぴしゃりと言い切る直政に、直虎は一瞬唖然とするが、すぐさま声に出して笑ってしまった。

「それでもそうですね」

「義母上」

「私一人で考えてもしょうがない話でした」

勝手にの事を思って考え込んだだけだ。
自身は、江戸に来て良かったと言っていたではないか。
秀吉に会ったことで、気持ちが揺らいでしまっただけなのだろう。

さんが江戸に戻ってきただけでもいいですよね…)

恐らくこれに関しては考えても答えは出ないのだ。
が願った家族が戻ることはないのだから。
ただただ、は誰かに話を聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。
答えなど最初から求めていなかったのだろうし。

変に考えすぎた自分に笑ってしまう直虎だった。




「花見はご一緒できなかったけど、これはこれでいいわよね」

桜はすでに散ってしまった。
だが、直虎が春とともに訪れたとある寺の庭に咲いていた花菖蒲に目を奪われた。
そう言う季節なのかと二人で和んでしまった。
昨年約束した紅葉狩りを果たすことができずにいたし、桜を愛でる事もできなかった春先。
中々そう言う機会はないのだなと思っていたが、突然訪れた機会に嬉しく思った。

「本当ですね〜」

「お弁当…に頼めば良かったわ」

「もう春さんったら」

遊びできたのならそれも可能だのだが、生憎今日はそうではない。

「直虎さんは、と一緒の方が嬉しいでしょうに」

「春さん…」

少し前ならば慌ててしまう所だが、最近では春が単純に自分をからかっているだけだとわかっているので、そう慌てずに対処できる。

「もう…直虎さんのその反応つまらないわ」

「毎回言われるとわかっているので。それにさんがご一緒でなくても私は嬉しいですから」

若干春が顔を赤くした。

「ずるいわ、直虎さんは」

直虎の言う意味がわかったのだろう。
直虎はがおらずとも、春と一緒でも楽しいし嬉しいのだから。

「でも、早く終わらせて帰りましょうね。美味しいご飯が待っているから」

「春さん、それでは花より団子ですよ」

「あら」

結局の所、春だっての作る料理を楽しみにしているのだろう。
直虎に言われて春は笑うも、本当に嬉しいようで。

と二人で、江戸で暮らす事になった時…以前と違う静かな生活なのだろうなって思っていたの。事実最初はそうだったわ」

「春さん…」

多くの家族に囲まれていた春。
それをあっという間に奪われてしまった。
それでも、暮らしはそう悪くはない方だ。
本来ならば、監視がつけられ軟禁生活を強いられても可笑しくないのに。
そんなことにはならず、家康の家臣として迎えられた。
それでも以前の生活に比べたらと思ったのだろう。

が頑張ってくれたから。少しずつ賑やかになって…今度ね、庭に何か植えましょうって言うのよ。屋敷の庭…寂しいからって」

「それはいいですね。春さん好みにしてみたらどうですか?」

「私好み?」

「そうです。屋敷の主なのですから」

確かに人の出入りは多くなった春の屋敷ではあるが、庭はまだ手入れがされておらず寂しさはあった。

「それもいいわね。どんな感じがいいかしら」

「春さんの好きな花でもいいですし、このお寺さんみたいに庭園みたいにしてしまってもいいのでは?」

「大きく出たわね、直虎さん」

「あ、でも私はそう言うのに詳しくないのですけど」

「井伊家のお庭はどんな感じなの?」

「ふ、普通です」

「普通って…そう言えば、いつも直虎さんに来てもらうばかりで、私が井伊家にお邪魔することないわよね…」

「え?そうですね」

元々はが春の話し相手を直政に探してもらったことがきっかけで、直虎も江戸での知り合いがいないってこともあり、春の下へ通い始めたのだ。
直虎は春の下へ自分が行くことになんの疑問もなく感じていた。
その逆など不思議な話考えたこともなかった。

「今度お邪魔してみたいわね」

「か、構いませんが。普通ですよ、普通」

「そう?でもいいってことだから楽しみだわ。勿論をお供に連れて行くから」

、さんをですか…」

「当然でしょ?普段から私のお供をするのはなんだから」

家康の下へ行くときは絶対と言っていいほどお供はだというし。

「ちゃんと手土産は用意するから」

「は、春さんのお時間がある時ならばお越しください」

「うふふ。楽しみがまた一つ増えたわ」

春がいつ来てもいいようにしておこうと直虎は考える。
まずは直政に相談だ。





「はい?」

「やりたいことが沢山できたの!忙しくなるわよ、

「はぁ」

屋敷に戻ると、が冷たいお茶を出してくれた。
沢山外を歩き回った身ではその冷たいお茶が染みて心地いい。

「もうなぁに、その興味なさそうな返事は」

「興味ないとはではなく、いきなり何を言い出すのかと思っただけです」

「そう?さっきまで直虎さんとそんな話をしていらからね」

「そうですか。それでやりたいことってなんですか?」

が聞き返してくれたのが嬉しいのだろう、春は破顔する。

「まずは、庭ね!もう少し華やかにしたいの」

「あ〜それはいいっすね。俺も考えていましたし」

「そう?ちょうど良かったわ。ならも考えてね、どんな風にするのか」

「俺ですか?そんなに詳しくないんで…その辺また直政に相談してみますけど、まぁ姫様の思い通りにしてみればいいんじゃないですか?」

「直虎さんと同じことを言うのね」

「はあ」

「けど、私の思い通りかぁ…好みとかもそんなにあるわけじゃないけど…そうねぇ…」

一つだけ思う事があるらしく、少しだけ目線を下げた。

「姫様?」

「…………まだどんな形ってのは思い浮かばないのだけど…ひとつだけあるの…」

「?」

「藤棚…と言うか藤は植えたいなって」

「藤棚、ですか」

「だめ?」

「いや、反対するんじゃなくて…姫様が決めたならいいと思いますよ。けど…俺、藤棚なんて作れませんから、その辺本業の方に頼まないと」

「私が全部にやらせると思ったの?心外ね」

少しだけ面白くなさそうな顔をする春をは苦笑しながら宥める。

「そうじゃないですが、姫様ならば言いそうかな?とは」

?」

「はい、冗談ですよ」

「笑えない冗談ね。もう」

機嫌が直ったかはわからないが、春も笑うのでは夕餉の準備をすると退室した。

「……藤棚か…だよな、やっぱり」

は台所で呟いた。
今まで弱音も吐かず笑顔で過ごしていた春。
先日久しぶりに甲斐と会えたのは良かった。
多少は春にいい影響となっただろう。
それでも、春の心情をが語る事はないし、語れるとは思っていない。
自分よりも内心苦しい思いがあるだろうに。
春よりも自分はガキの態度を取っていた。
だから、藤棚を作りたいと言った春の言葉に、やっぱりと思ったのだ。

「あったもんな、藤棚…」

それは見事な藤棚だった。
あの藤棚は、沢山の思い出があるだろうものだ。
今はもう、観る事は叶わない。
どうなっているのかもわからない。
自分が過ごした場所。
小田原城には、それはもう見事な藤棚があったのだ。

「姫様の願い叶えてやりたいな…」

あれと同じものは作れないが、少しでも春が喜ぶならばと…。








彼が割と心情暴露をしていますが、姫様は言わないんですよね。
そんな話。
20/08/23