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アイネクライネ。
「行ってしまわれましたか…」 遙か西へ。 とうとうこの日が来たかと。 太閤秀吉の花見の為に、一品拵えてほしいと家康から頼まれた。 その一品がどういった物なのかは直虎にはわからない。 もしかしたら、秀吉の前に出す事は叶わないかもしれないし、予定とは違うものを要望されるかもしれない。 なんとももどかしい気持ちでいっぱいだが、江戸でただ待つ身である直虎にはどうにもできない。 「早く帰って来るといいなぁ…」 その時は笑い話になるような楽しい話が聞ければいいなと願って。 【15】 「姫様!!」 江戸を出発し、ようやく到着した京の都。 今か今かと待っていたらしい甲斐が、春との姿を見つけて駆け寄って来た。 「甲斐!」 「姫様〜お久しぶりです!」 甲斐は春をギュッと抱きしめる。 その目には少し涙を浮かべているようだ。 「元気でしたか?少し前に寝込んでいるって話を聞いて、私…」 「あの時は、お見舞いをありがとう。甲斐。大丈夫元気だから私は」 春も少し目元を潤ませているようだ。 「けど、ちゃんと確認はしなさいね。あなたの早とちりで周りに迷惑をかけたのでしょうし」 「うぅ…反省しています」 ただの風邪で数日寝込んだだけなのに、文で軽くその事を書いただったが、甲斐は重症だと勘違いをし、くのいちに代理で見舞いを頼んだのだ。 甲斐は春から離れて、に顔を向ける。 「久しぶり!」 「おぅ。久しぶり。甲斐が元気だってのはわかっていたけど。何かやらかしているんじゃないかと冷や冷やしてた」 そう言って笑うに甲斐は頬を膨らませる。 「本当失礼な奴よね」 「まぁ幸村やくのちゃんが付いているから大丈夫だと思うけど」 「私は私なりにちゃんとやっているわよ。殿下の茶会にも呼ばれて大人しくやり過ごしましたし?」 今回はアンタの番ねと甲斐に変な同情を向けられた。 「茶会?」 「そ。殿下主催の茶会。それで、殿下が用意した着物を着て参加したの。大きな声では言えないけど、趣味の悪い柄だったわよ」 目に痛いと甲斐は呆れながら言った。 「そっか。それは大人になったな、甲斐」 「もっと褒めてもいいのよ、」 ふふんと互いに不敵な笑みを浮かべた。 そんな二人のやり取りを春は微笑ましく見てしまうのだった。 「秀吉様主催の花見と言っても、今回は内々に行うものだ」 幹事役らしい、石田三成に花見の説明をされた。 春が滞在するのは甲斐の屋敷になった。 なので、も自然とそちらに移るが、ここにはすでに専属の料理番がいるのでは手を出さずにいる。 元々の目的は秀吉に献上する品を作る事だから。 どこかで台所を貸してもらい調整できればいいぐらいだ。 なので、幸村が案内してくれやって来た聚楽第の台所で石田三成に引き合わされた。 聚楽第は秀吉が建てた政庁兼邸宅であるもの。 だが邸宅と呼ぶには豪華な存在感を持っており、最初にそれを目にしたは。 「すっげー…権力の象徴だな」 と呟いてしまうほどだ。 「内々とおっしゃいますと…殿下のお身内のみと言う事ですか?」 「あぁそうなるな。ご正室のおねね様や秀吉様のお母上様などが来られる」 「へぇ…」 側室も何人かいるか、今回はそんなに豪華なものにするつもりはないそうだ。 女性は出席するだけでも金がかかるのだろうしと聞いているは女の園のような世界を想像してしまう。 側室同士で競っているのだろう。 ここで誰か一人突出する存在がいると、また揉めるのだろうと。 (けど…歴史上では秀吉の寵愛を受けた側室っていたよな…あ〜…茶々だっけ?) 後々豊臣を滅ぼした人などと悪名を流された人でもあるが。 実際どうなのかわからない。 最終的に天下を獲った家康も人から見れば悪く見えるだろうし。 (ま…今のところ俺には無関係だけど…) 自分に何かできることでもないのだ。 自分は英雄でもなんでもないのだから。 「殿下に菓子を一品と言う話ですが、それでいいですか?変更はありますか?」 「あぁ。変更はない」 「逆に出さないって事は…」 「こちらから呼んでおいてそれはない」 「あ。そうですか…」 天下人の我がままで急な変更とかありそうだと考えていたのだが。 「必要なものがあれば言ってくれ。こちらですぐに用意する」 「…どうも」 「何か不満が?」 あると答えれば、どう答えてくれるのか気になる所だが、素直にないと答えておく。 「他になにかあるか?」 「菓子は殿下の分だけご用意するればいいのですか?それとも参加者全員でしょうか?」 「そうだな…参加者分あった方がいいかもな」 ほぼ身内なので、言ってもそんなに量はないらしい。 あと最後にもう一つだけ確認が。 「俺は菓子を用意するだけで良いですか?殿下の前に姿は見せなくて良いですよね?」 「それは…」 「できれば俺は顔を出したくないです」 顔を出せとは家康も、春も言っていない。 ただ菓子を一品だして欲しいと言われただけだ。 「天下人である秀吉様に目通りできる機会など、そうないのだが…」 「遠慮します。俺、過去に一度お会いしているので十分です」 「そうか…その辺は俺からは何も言えんな。秀吉様が来いと言えばお前に拒否権はないのだからな」 「………」 甲斐も言っていた。 秀吉主催の茶会に呼ばれ大人しくやり過ごしたと。 敗者は勝者の言う事は絶対なのだろう。 それでも一度はっきり拒否しているなので、その辺どうとでもなりそうだと考える。 「何かあればすぐに言ってくれ」 「ありがとうございます」 三成は忙しいのだろう、早々と去っていった。 残されたと幸村だが。 は腰に手を当て盛大なため息を吐いた。 「?」 「………やっぱりムカつく」 「気持ちはわかるが、大人しくしていてくれ。まだ本番は先だぞ」 幸村は苦笑する。 「あの時の二の舞はごめんだ」 「面倒は起こさないって。姫様だけでも大事なのに、俺の所為で家康様にもご迷惑をおかけしたくない」 その言葉に一瞬呆けたような顔をする幸村。 「なんだよ」 「大人になったな。」 「そうだよ。ガキのままじゃいられねぇんだよ」 反発しそうになるも、そう言い切った。 「実際、色々考えたよ。こういう感情持っているのって俺だけじゃないだろうし」 「は隠さないからな。ほとんどの人はその気持ちを隠してしまうだろう」 「だよな」 秀吉への負の感情をさらけ出す真似をする者はいないだろう。 「俺は俺なりにしっかり仕事をして、江戸にさっさと帰るんで」 「それはそれで寂しいな」 「江戸での生活ってのがあるんだよ」 「そうだな」 江戸での生活か…。 当初はふて腐れていたが、周囲の人たちのお蔭で悲観的になる様な事はなくなった。 春の世話も、自分だけでなく元々北条家に仕えていた人達が戻って来てくれたし。 直虎や直政のように協力してくれる人もいる。 賑やかさは大分減ったが、その分落ち着いて過ごせる。 毎日何かしら菓子を拵えていたが、嫌嫌ではなくなっていた。 「?」 「いや、なんでもない」 「何を用意するんだ?私も手伝うぞ」 「幸村が?作るの?」 「つ、作れはしないが…」 「味見ですか?」 「そうじゃない。苛めないでくれ」 単純に幸村の厚意であるのはわかっている。 だけど、ついからかってしまいたくなるのだ、この親友は。 「じゃあ、幸村には沢山付き合ってもらうか」 「あぁいいぞ」 即答する幸村に暇なんだなと軽く皮肉を込めてみるが、幸村はサラッと。 「これも仕事だ」 と言い切った。 都に来てから、早数日。 ほぼ毎日が花見用の菓子を試作している。 出来たものは自分でも味わうが、ほとんど誰かの腹に収まっている。 「味見なら私がしてあげるわよ!」 と甲斐が春を連れてやってくるし。 「久々のちんのお菓子だ〜」 などとくのいちも様子を見に来る。 「叔父貴にはもっと豪華なものがいいんじゃねえのか?」 「おねね様の口にも入るんだ。適当なものは作るんじゃないぞ」 と秀吉の子飼いだと言う福島正則に加藤清正も顔を覗かせる。 花見の幹事役だからか、三成もほぼ連日顔を見せる。 そしてその3人が集まるととにかく煩い。 「いや、秀吉様には繊細なものの方がいいだろう」 「はあ?食うのは叔父貴なんだからこう…庶民的なものでいいじゃんか」 「お前に菓子の良し悪しがわかるのか?」 「勿論、おねね様が作られるものが一番なんだが…きっとおねね様ならば見た目が可愛いものとかが好まれると思うが」 仲がいいのか悪いのか、いや一緒にいる時点で仲は悪くないのだろう。 腐れ縁で一緒に居て悪態をつくのが日常なのかもしれない。 「とりあえず、煩いんで。出て行ってくれませんか?」 「「「ぬ」」」 子飼い3人を一蹴する。 3人は反論しようとするが 「あまり邪魔をされると、そのおねね様に言いつけますんで」 そう言えばあっさり退散するのを最近は覚えた。 「…3人共言っている事が違う。なんなんだよ」 「まぁまぁ。それぞれ秀吉様を慕っての事だ」 「1名、違う方の事を言っていたけどな」 幸村だけは常時そばで手伝ってくれる。 思えばそんなに長い時間一緒にいることもなかったなと、不思議な感覚だ。 「それで結局何を作るのか決まったのか?」 「……余計にわからなくなった」 これにしようかな?と当初決めていたが、子飼いたちの姿を見ていると。 なんとなく自分が抱いている秀吉のイメージが変わってしまって微妙に戸惑うのだ。 以前、幸村が「豊臣は家族みたいで温かい」などと文で書いてきたことがあったが、どうも子飼い達の態度からそれも嘘ではないのだろうと思ってしまう。 (俺達家族の事は壊しておいて、自分達は自分達の家族を大事にして…なんかわからなくなってきた…) 秀吉を恨む気持ちはある。 だけど、秀吉に敗けた側としていつまでもふて腐れるのは違うのもわかる。 割り切る人間もいれば、割り切れない人間もいる。 「…」 「なぁ…なんで今更殿下は俺を呼ぶんだ?俺は別にそんな大層なものを作っているつもりはないし、殿下の耳に入る様な物珍しい物なんか作ってないぞ」 料理の腕前なんて本格的に修行した料理人達から見れば下っ端中の下っ端なはずだ。 「あれか?そんな下っ端に恥をかかせるために呼んだのか?ならば家康様にもご迷惑になるんだが…」 「そんなわけはないだろう」 「そうだけど…つい悪態ついちゃうものだな」 悪い癖だと自嘲してしまう。 「殿下に食べて貰えるのかね、俺は…」 用意しただけ用意して、気に入らないから食べない。 そんな風に秀吉にあしらわれてしまうのでは?とも考えた。 なんだこんなもの程度かと。 三成などには、そんな事はないと言われたが、実際目の前に自分のこさえた菓子を見た瞬間。 秀吉がどうするかはわからない。 自分はどうして欲しいのだろうか? 意地だと言って、美味いと言わせてみる!とか軽く春には言ったものの。 秀吉になんの感想を持たれないかもしれないと思うと癪でもある。 「ほっこりしますね。こういうのってえーと…やさしい味って言うんですかね?」 「はい。幸せな気分になれます」 ジレンマに陥りそうになった時、直虎の言葉が聞こえたような気がした。 家族から美味しいと言ってもらえることはあったが、そんな風に褒められるとは思わなかった。 真正面から言われてすごく照れ臭かった。 でも、嬉しい気持ちの方が上だった。 (直虎さんか…) 今回の事で、随分彼女も心配してくれたようだ。 「私は何回でも言います!さんの作ったものはどれも美味しいです!」 なんで自分よりもそこまで言ってくれるのだろうか。 でも、そう言ってもらえるのは自信に繋がる。 「やっぱり…早く江戸に帰りたいな…」 複雑な気持ちを抱えるくらいなら、いつも通りの日常に戻りたい。 「?」 「あ、いや…なんでもない」 軽く咳払いをする。 なんでもないあの日常は、にとってとても大事なものだったのかと気づいてしまって。 だけど、一番は直虎だったのかと自分に笑ってしまうのだった。 19/12/31再UP |