アイネクライネ。



ドリーム小説
いつの間にか雪は降らなくなり、暖かく感じる日が増えてきた。
雪景色一色だった周囲も、様々な色を見せ始めた。
今は梅が見ごろだ。
桜が咲くころには、あの人は都へ行ってしまうのだな…。

春が待ち遠しいなど思ったが、今年の春は少しだけ寂しいものになりそうだ。





【14】





直虎が北条屋敷を訪れると、いつもならば室に案内されるのに。
今日は多喜からこちらですと違う場所に向かわされた。

「何かあるのですが?」

思わず多喜に聞いてしまう直虎だが、多喜は苦笑し。

「いえ、そういうわけではないのですが…」

と案内されたのは屋敷の奥。
普通は客人が来る場所じゃないのだが、春の後姿が見えた。

「春さん」

と直虎が声をかけると、春は指を口元に当て「シー」っと。

「?」

そして静かに直虎を手招きする春。
ある場所を静かに、こっそり覗いてと言われ、直虎は春と同じようにそっと顔を覗かせた。

「…さん…」

呟く直虎。
直虎が春と共に除いた先は台所で。
一人黙って腕を組んでいるの姿があった。
時折本を見、頁をめくっては考え込んでいる。
その真剣な眼差しに少し見惚れてしまいそうになる。

「そろそろ戻りましょうか」

春に言われ、静に場を後にする。
改めて通された室で春と茶を頂く。

「太閤殿下の花見で、何を出そうか毎日考えているのよね」

「そうなのですね」

天下人自らの命令。
にとっては許しがたい相手。
そんな相手に料理を振舞うのはいくら割り切っても複雑な思いなのだろう。
自身も、「複雑だ」と言葉にしていたくらいだ。
を心配してしまう気持ちはあるが、彼なりに前向きになっているので邪魔はしたくない。
先程の台所で見たは、その前向きの結果だろう。
花見の席で太閤殿下に出す一品を。

が忙しくなると、直虎さんはつまらないでしょうけど」

「春さん。そうやって私をからかうのはなしですよ」

なんとなく、この手のやり取りには慣れて来た。
それでも面と向かって言われると恥ずかしいものがあるので咳払いをしてしまう。

「からかってなどいないわよ」

うふふと笑う春だが、実に楽しそうだ。

「でも、つまらないでしょう?好きな人が相手してくれないのは」

「す、好きな人って」

勿論自覚はある。
の事だ。
意地を張るわけではないが、別にそんな事はないと言いそうになるが。
春先の事を考えると、寂しくないわけではない。
が都にいる間、はきっと「甲斐」と再会を喜び楽しい時間を過ごすだろうし。
本人は江戸に戻ると言ってはいるも、太閤殿下が引き止めればもう戻ってこないかもしれない。
そうすると、甲斐と都で過ごす事になるのだろう。

(うぅ…一つ悪い事を考えると、どんどん深みにはまってしまいます…)

まだ一度も直虎は甲斐と会ったことはない。
春やたちの話からしかその人物像はわからない。
けど、かなり気前のよい性格で、二人は家族だと言い切るぐらい親しいようだ。

(別に私が羨むのは変ですし…)

何せ、直虎がに気持ちを伝えたわけでもないのだから。

「直虎さん。暗い顔」

「はぅ!?」

「つまらないって顔に出ているわよ」

「い、いえ。別に」

春に会いに来ているのに、それをそっちのけでの事ばかりなど。
春に申し訳ない。

「でも、折角直虎さんが来ているのだから、何か出して貰わないと」

春はニコリと笑って多喜を呼ぶ。
彼女はすぐさま姿を見せた。

「多喜さん。に何か出して頂戴って伝えてくれるかしら?」

「はい。わかりました」

多喜が出ていく。

「確かに花見に向けて考えなくちゃならない事は沢山あるけど。その前にちゃんと仕事はしてもらわないと」

「春さん…」

「そう言えば、直政殿は家康様に着いて行かれるのかしら?」

その太閤殿下の花見にだ。
直政ならば家康の側近として同行しそうなのだが。

「いえ、そのような話は聞いていません」

「まぁ家康様には有能な方々が沢山いるものね」

に話が行くぐらいなので、直政も同行するならば話はすでに来ているだろう。
だが、直虎がその話を聞かないのであれば、直政は留守番なのかもしれない。
息子も行ってしまうとなると、本格的に寂しさが湧いてしまうだろう。





「気づかず申し訳ないです」

すでに昼近かったので、昼食を一緒に出しくれた。
そしてそろそろ食べ終わるだろう頃には顔を出した。

「本当ね。忘れられちゃったのかと思ったわ」

「だから、すみませんって…」

「うふふ。料理の事となると本当熱心よね、は」

出し渋る程の相手へのものなのに、手を抜く気はないようだ。

「手を抜くなんてつもりはないですよ。つか、手を抜いて殿下の機嫌を損ねては大変でしょうし」

「ちゃんとそういうことを考えているのね。偉いわね、

の顔が歪む。

「馬鹿にされているように聞こえるのですが」

「褒めているのよ?」

「どこがですかね」

そんな二人のやり取りを見ると直虎は笑いが零れてしまう。

「姫様。直虎さんに笑われていますよ」

「笑われているのはの方でしょう?」

お互いだと言いあって、本当姉弟だと言われても可笑しくないような感じだ。
家族と言われれば妙に納得してしまう二人の雰囲気。
普通ならば妬いてしまいそうなのに。
この光景はいつまでも見ていたい気持ちになる。

「母親みたいな気持ちになりますね〜」

「あ、直虎さん。直政を見る目ですよね、それ…」

「まぁ、私達も子供みたいってことなのかしら?」

「そ、そんな事ないです!」

直虎は大袈裟とも思えるくらいかぶりを振った。
それを見て、春とも笑った。

「それでどうなの?何をお出しするのか決めたの?」

「一応決めましたけど…あとは向こうに行ってからですよね。合う合わないの話もあるでしょうし…実際作らせて貰えるかどうかも…」

「え、そんな事…だって太閤殿下からですよね?」

「予定変更も想定しているだけですよ」

何が起こるかわからないでしょうし。などと淡々とは答えた。
の料理、作っても食べて貰えないことなどあるのか?
直虎は、そうなってしまう理不尽さに内心悔しさが湧く。

(ま、まだそうだと決まったわけではないのに…)

家康も気に入る程の腕前なのだ。
太閤殿下が気に入らないわけではない。
この地域に住む人達も待ち遠しいと感じているほどなのだ。
そんな美味しいものを食べて貰えないのは納得ができない。
あくまでそう言う想定だと言う話なのだが。

(あぁでも、殿下に気に入られてしまうと、さんは都に居残る事に…)

それは嫌だ。
矛盾しているなぁと自分でも思う。
それでぐるぐるしている自分。

「直虎さん。大丈夫?」

「へ?」

「なんか…顔色が悪いようだけど…」

春が心配そうに直虎に目を向けた。

「具合悪いんですか?多喜さんに頼んで薬貰ってきましょうか」

が立ち上がろうとするので、直虎は慌てて止める。

「大丈夫です!どこも悪くないので!」

「そうっすか…」

だがはそのまま立ち上がり、春と直虎に軽く一礼する。

「そろそろ台所に戻ります」

食べ終えた皿を盆に乗せ、退出した。

「本当、直虎さんはに夢中なのね」

春が楽し気に言う。

「え、あ、いえ!?」

「さっきと同じ顔だもの。不安に思うようなことがあるのよね」

「………」

すぐに顔に出ちゃう自分が悪いのだが、周りに心配をかけてしまうのはもっとダメだ。
直虎は黙っているつもりだったが、春に話してすっきりしてしまった方がいいだろうと。

「春さん、私…どうしても考えてしまうんです」

「何を?」

さんのお料理が太閤殿下に認められたい、美味しいって喜んでもらいたいって気持ちはあるのですが、そうなると…殿下に引き止められてしまうのではと…」

「…それは、私にも責任があるわね」

春は苦笑する。

「そんな!」

「私が軽い気持ちで言ってしまったのだもの。もしかしたらはって…大丈夫よ、そんな事ないから。にその気はないもの」

「ですが!天下人である太閤殿下に命じられれば」

普通はそれに従うだろう。

はね。すでに一度殿下からの誘いをお断りしているのよ」

「ええ!?」

「だから、今度も大丈夫だと思うけど…上手い事言って逃れるの上手なのよね…」

太閤殿下でも逆らえないだろう、正室の事を持ち出して周囲を味方につけたのだ。

「今回も逃れられるかわからないけど…それに誘われるかどうかもわからないし」

殿下自身が、一度くらいは味わいたいと思っただけかもしれない。

「私が大袈裟に言ってしまっただけよ。そんな不安になる事ないわよ。逆に殿下に何かしでかしてしまったら?と言う方が心配なのよ、私は」

「それこそ、大丈夫なのでは?」

「そうかしら?」

それも杞憂だと春もわかっているはずだ。

さんは、自分の所為で誰かに迷惑がかかることだけは嫌だとおっしゃっていましたよ。だから大丈夫だと思います」

春は直虎を見て笑みを浮かべる。

「私より、直虎さんの方がを見てくれているようね」

「い、いえ!私なんかが差し出がましいのですが!!」

単純にそう言う会話になっただけだ。
でも、気にするほどでもない事ならば、安心できるというものだが…。





「え?帰られたんですか?直虎さんお一人で」

夕暮れ前に、顔を出した
いつもならば帰ると言う直虎を井伊家まで送っていくのが当たり前になっていたのだが。
今日は直虎がすでに帰った後だと言う。

「私も仕事が入ってしまったから…直虎さん遠慮して」

「にしても、一言言ってくれれば」

「気を遣ったのよ。が熱心だから」

「熱心って言うか…負けるものかって意地が湧いてきたんで」

は少しだけ目をそらした。
その意地と聞いて春は嘆息する。

「まったく…どういう意味か考えたくないわね…」

「あはは。姫様にはわかっちゃいましたか」

「お願いだから面倒は起こさないでちょうだい」

「わかっていますよ」

おやつに出した菓子皿を持っては台所へ戻った。

「ま…しょうもない意地だよな」

は苦笑する。
別に大人になったわけじゃないのかもしれない。
単なる意地。
そっちの都合で呼ばれるんだ。太閤殿下に美味いと言わせてやりたいなと。
言われたところで満足するかはわからない。
そう考えると自分も偏屈な人間だと思う。

夕食の仕込みを始めようとするが、手が止まる。
いつもならば、直虎と歩いていたなと思って。

(別に…気遣う必要ないのにな…)

にとっても、直虎と他愛のない話をしながら歩くあの時間は嫌ではない。
元々は心配だからと言う気持ちで送っていたが、それだけじゃないようになっていた。
もしかしたら、直虎と会話をして色々思う部分をどうにかしたいのかもしれない。

(都に行けば…当分会わないんだよなぁ…)

野菜を切り出す
トントンと包丁で野菜を刻む音がする。

「…やっぱ、ムカつくよな…太閤殿下…」

そう言葉にして、何故ムカつくのかに気づいては思わず周囲を気にした。
誰もいない事に安堵しつつ、妙な恥ずかしさが湧いてしまうのだった。








19/12/31再UP