アイネクライネ。




ドリーム小説
天下人がたかがた一大名家の料理番の品を所望するってどういう意味だ?
とふて腐れた。

「これは命令よ。

姫様に対し、何も言えなくて。
ただ黙るだけで。
自分が秀吉に対し、何かしようものならば、姫様だけでなく家康様にも処罰の対象になってしまうと。
俺だけならばまだしも、家康様に迷惑がかかるとなると、直政達家臣にも広がるだろうから…。

そう思うと、責任重大な事など起こそうなどと思う事もできず。

でも、秀吉に会うのは嫌だ。

でも、もう子供じゃないから、駄々をこねるわけにはいかないのだ。





【13】





「直虎さん、俺ね。美味いマズイは…今はどっちでもいいんです。ただ…」

「どうしても許せない相手に、俺の作ったもの食わせるのが嫌なだけです」

いつも笑みを見せてくれたなのに。

「姫様に言わせると、ガキの感傷らしいですけど」

寂しすぎるくらい悲しそうな顔をしていた。
その後、井伊家に到着すると、は直虎にそれ以上は何も言わずに帰っていった。
直虎もそんなには何も声をかけられなかった。

「………春さんと兄弟喧嘩をしてしまったらしいですが…」

春との温度差が違いすぎる。
春は軽く笑っていたのに、は笑えるような雰囲気はなかった。
あれからはどうしただろうか?と直虎は気になってしまう。
本人の様子を見ることができれば一番良いのだか、生憎ここ数日春の元へ行くことができなかった。
吹雪く日が続き、屋敷を出る事ができなかったのだ。

さんのどうしても許せない相手って…」

そんな人が存在するのか?と直虎は疑問に思ってしまう。

「義母上。どうかしましたか?」

考え事ですか?と直政に問われる。
吹雪き始める直前に直政が帰って来た。
息子でもの様子は見れていないはずだ。

「えぇ…ちょっと…」

「?」

「あぁ!いえ、なんでもないです!!」

と慌ててしまうので、余計に直政に不審がられた。
仕方なく、直虎は直政に話した。

の許せない相手……」

直政は小さく唸った。

「いますね、一人だけ」

「ええ!?」

息子が知っていたのも意外だし、それをあっさり口にしたのも驚いた。

「だ、誰なのですか?その人は」

「…出会った頃、相当ふて腐れていたので…多分そいつだろうなと…」

直政は誰とは言わず。

「………」

だが、先日の態度からもわかる。

「そう言えば、家康様からお聞きしました。この春、太閤殿下が花見を催すと」

「お花見ですか…あ、そう言えば…先日春さんも…」

秀吉の催す花見の事を直虎に聞いてきた。
直虎は話でしか聞いたことのないものだったが、知っている事を春に話した。

「あぁ、だから許せない相手なのですね。にとって」

「え!直政、それは…」

流石に直虎もそれが誰なのかわかった。
わかってしまったので、直虎にはどうにもできないと感じてしまった。





「もう逃げられないっすね…」

は盛大にため息を吐いた。
この天候だったので、春の元へ家康から書状が届いた。
内容は先日春がに伝えた、秀吉の花見のことだ。
春が読んだ後に、も改めて書状を読ませて貰った。
家康から直々に言われたのだ、もう言い逃れはできないとは諦めた。

「そう言うって事は、秀吉様に献上する気になったってことよね?」

「俺一人の所為で、大勢の人に迷惑かけられないんで」

「大人になったわね、

「馬鹿にしていますよね?姫様」

「褒めているのよ」

馬鹿にされているとしかには思えなかったが、単にそう思ってしまうのは自分が捻くれているからだろう。

「一品。なんでもいいんですよね…つか、俺が殿下の前にお出しするんですか?できれば作るだけにしたいんですか…」

「それは向こうに着いてからでいいんじゃないの?まずは何を作るか考えないと」

「そうっすね…」

「そうそう。向こうに行くって事は久しぶりに甲斐にも会えるじゃない!」

楽しみよね。と春が嬉しそうに言った。
そこまで喜ぶ姿を見るのは久しぶりだ。
中々会う機会がないから、理由はどうあれ、そう言う機会が設けられるのは良いだろう。
そう思えば少しは気が楽になった。

(天下人へ献上する品ねぇ…何がいいんだか…)

一度断ったくらいでは諦めてはくれなかったのか。
そんなに珍しいものを作るわけでもないのだが、よくよく考えれば北条家ではこの時代にない菓子を平気で作って出していたなと。
それが秀吉の耳に入ったのかもしれない。

(じゃあ…芋の素揚げでよくねぇか?…)

自家製のマヨネーズを添えればいいと思う。
特に女性に気に入ってもらえそうだが…。

(いや、花見に出すものじゃねえな…可愛らしい和菓子の方がいいのか…)

だが、和菓子はほぼ独学だから…都の人々の口にあうか。
久しぶりに料理本でも漁ってみるか。
知らずに色々考え始めていた。





何日ぶりかに、直虎が屋敷にやって来た。

「段々暖かくなってきたけど…やっぱりまだまだって感じかしら」

「そうですね。そう簡単には寒さは遠ざからないですね」

が出してくれた昼餉は温かい蕎麦だった。
食べ終わると汗が薄っすら出てしまったようで、でも満足できる。

「そうです。直政に聞きました。春さん達は都に行かれるそうですね」

「えぇ。まだ少し先の話だけど。太閤殿下の花見にが一品献上することになって」

「え、それはすごいですね…」

それか、が言っていた許せない相手に繋がるのか。
すごいとは言いつつも、どこか内心不安がよぎった。
は自分の料理を周りは過大評価しているとか、そこまで褒められる意味がわからない。
などと言っていたが、天下人の耳に入ることも彼には不本意なのだろう。
笑みを消してしまうくらいだから。

「そうね、普通はない話ですものね」

「で、でも。さんの作ったものはどれも美味しいですから!」

「殿下に気に入ってもらえた方がいいのか、そうでない方がいいのか悩みどころね」

「え?」

春は苦笑する。

「もし殿下に気に入られてしまえば、は都から帰って来れなくなるわよ」

「ええ!そ、それは…」

の事を思えば良い話なのだろうが。

「そうなったら、直虎さんは寂しいわよね」

「ははは春さん!!?」

顔を真っ赤にしてしまう直虎。
確かに寂しいとは思うが、の今後を思えば、天下人の料理番などとてもすごいことではないのか?

「大丈夫だと思うけど。がそれを望まないだろうし」

「で、でも。いくら本人にその気がなくても、殿下相手では…」

「そうね。普通はね」

春は苦笑する。

は一度だけ殿下に会っているのよ。あの時は本当に肝が冷えたわ。何かしでかすのでは?って」

そう言うことだから、実際は都に残ることはないだろうと春は言った。

「でも、久しぶりに甲斐に会えるのは楽しみなのよね」

「かい、さん…」

そうか、都には甲斐がいるのか。
が素直に話すことができるひと。
違う意味で、都に残るのではないかと急に不安になった。

(違う。それは自分勝手な想いだ…さんの行動を私がとやかく言う事はないのだから)

直虎は春に向かってにっこり笑い。

「土産話。楽しみに待っていますね。春さん」

「そうね。楽しい話を聞かせられるといいのだけど」

春は小さく笑った。

「姫様。楽しそうですけど、何が面白いんですか?」

が盆を持って入って来た。

が都に残ったら寂しいわね。って話をしていたのよ」

「春さん」

はすぐさま呆れた。

「何でそんな話になるのですかね?絶対ない話ですよ」

頼まれたって嫌だ。とははっきり言う。

「絶対なんて、わからないわよ。向こうには甲斐や幸村殿もいるのよ?」

直虎の心が揺れる。

「一応、今の俺は姫様に仕えているのですがね…姫様置いていく薄情者に見えるならば心外ですね」

そう言いながらは直虎の前に焼団子を置いた。
温かいお茶も添えて。

「あら、私には?」

「俺は姫様の言葉に傷ついたんですよ」

「そうは見えないけど?」

「ちょっとした意地悪です。どうぞ」

は笑いながら春の前にも焼団子と茶を置いた。
なんでもない二人のやり取りは、いつも通りで見ていた直虎は安心してしまった。






「あの、さん…私が聞くのもなんですが…」

「はい?」

井伊家までの帰り道。
に送ってもらうのがもう日常になってしまっている。
いつもならば聞きたい事は黙ってしまうのだが、今回は意を決して聞いてみた。
これを聞くのは勇気がいる。
もしかしたらに煙たがられるかもしれないから。

「先日おっしゃった、許せない相手に対して、もう大丈夫なのですか?」

「あぁ……どうなんすかね…複雑っちゃ複雑ですよ」

には直虎が誰の事を言っているのか、何の話なのかわかっているようだった。

「でも…ご指名されちゃしょうがないし…かといって何かしでかそうって気にはならないかな…もしそんな事をしたら、俺だけならまだしも、姫様や家康様…多くの人に迷惑がかかるから」

は頭をかく。

「少しは大人にならないと…って所ですかね」

さん」

「でも…普通に考えれば俺だけじゃないんですよね…そう言う思いを抱く人は」

寂しそうと言うか、悲しそうと言うか。
にはあまりそう言う顔をしてほしくない。そんな表情を直虎は見た。

「けど、そんな簡単に割り切れないですよね…だから複雑かな…」

は呟いた。

「とりあえず、さっさと終わらせてすぐに江戸に戻ろうとは思っていますけどね」

「え」

「あれ?直虎さんも意外だって言うんですか?」

悲しげな顔は消え、いつも通りに笑っている

「そ、そんなことは」

「心配かけちゃったみたいですね。すみません、でもありがとうございます」

「い、いえ」

余計な事かと思って不安に思ったくらいだ。
それを礼を言われるとは思わなかった。

「わ、私は何もしていないです。ちゃんと決めたのはさん自身ですから」

「そうですかね?なんだろうなぁ…」

は目線を上に向けた。

「何がですか?」

「直虎さんには不思議と色々話しちゃいますね」

安心感があるのかな?とが言うので、直虎は赤面してしまう。

「す、少しでもさんのお役に立てたのなら嬉しいです」

そう言うのが精一杯だった。








19/12/31再UP