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アイネクライネ。
直虎の中で、小さな想いが確実に形になっていると気づいた。 それをどうしようとはまだ考えていない。 小さな想いを育むことができたならばいいなと思った。 【12】 春達の正月は静かなものだった。 今は家康預かりの身で、徳川家家臣の一人としている春であるが、北条家の事を考えると喪中の身。 家康には新年の挨拶に伺ったが、それ以外では亡き家族を思い静に過ごした。 家康は家康で、秀吉の元へ行かねばならず、直政などを連れて京へ行った。 それからしばらく経って、春が家康に呼ばれたのだが。 「え?家康様…それは…」 「まぁ…秀吉殿の耳にも入っていたようだ」 呼び出しの内容を聞かされた春は家康の前ではあったが、困惑の表情を隠せなかった。 「儂から言うのが一番なのだろうが、まずは春殿から伝えてはくれぬか?」 「はい。しっかりお伝えいたします」 春は深々と頭を下げた。 家康の下へ行くと、が付き人として屋敷へ行く。 今回もそうで、別室で待っている。 家康が、すぐにでも呼び出し話せば済む事なのだが。 一応家康の方が気を遣ってくれたようだ。 そもそも、家臣でもない男に気を遣うのもどうかと思ってしまうのだが。 「。お待たせ。あら…」 春はが待っている室へ顔を出すと、は数人の男性達と火鉢を囲っていた。 「姫様。じゃあ、俺はこれで失礼します」 が立ち上がると、男達から「またな」と見送られた。 「ずいぶん盛り上がっていたみたいだけど?」 いつもならば直政と話している事が多いのだが、直政は自分の直轄地に行っているそうで。 ここ最近は会っていないそうだ。 「えぇ。皆さん俺の相手をしてくれますよ。暇なんですかね?」 最初は一人だったはずが、気が付けば人が増えていたそうだ。 当然なのだが、男達は家康に仕える者達だ。 「今度は自分達にも土産を持ってこいとか言われましたよ」 「あら」 「家康様だけならともかく、直政も食っているのがずるいとか言って」 「の菓子は町で評判だったものね」 「それもどうかと思うんですが」 としては、そこまでと言う気持ちが相変わらず強い。 「私としては嬉しいわ。家族が認められるのって」 「そしてその儲けを独り占めするんですね、姫様。怖いなぁ」 「もう。そんな意地悪ばっかり言って」 春は軽く頬を膨らませた。 屋敷へ戻ると、がすぐに茶を淹れてくれた。 このままは昼餉の支度をしようとするが、春が話があると言われてしまう。 「大事な話よ」 「?」 春の向かいに腰を下ろした。 「三月に、秀吉様がお花見をする予定だそうよ」 「へぇ」 そんな予定、自分には無関係なのだが。 「その花見の席で。に一品、菓子を作ってもらいたいんですって」 「嫌です」 わかりきった返事に春はため息を吐いた。 「これは家康様からもお願いされたの。太閤殿下からあなたにって」 「その太閤殿下がそこらにいるような若造にする願いでもないと思います」 秀吉の周りには一流の料理人が大勢いるだろうに。 以前も断ったが、ねねという正室の前で披露するような腕前はないと言い切ったのだ。 その事を直政は見ており、愉快な奴だと言う印象を持ったが。 春には天下人に逆らおうとしている姿はとても心臓に悪かった。 「これは命令よ。」 普段そんな風に言わない、春に強く言われてしまった。 「俺にそんな事を頼んでいいんですか?殿下に毒を盛るかもしれないのに」 「あなたはしないわよ。そんな事」 「したらどうするんですか?俺は秀吉が嫌いです」 「……食べ物を粗末にするなんて、はしないでしょ?皆が喜んでくれる事に対して、簡単に裏切れるの?」 先程家康の屋敷に居た者達も、家康も喜んでくれる。 何より身近な人達が自分の作ったものを美味しいと言って食べてくれる。 それが一番嬉しいことなのに。 それを裏切るのかと。 「あなただけが処罰されるのならいいわ。私も責任はとります。 だけど、相手は天下人。この話は家康様を通して伝えて来たの。その家康様も何かしら処罰の対象になってしまうわ」 そうなれば、多くいる家臣たちにも影響はでる。 そのような事になれば、それこそ自身が言う、そこらにいる若造の所為でと言う話だ。 「以前、家康様があなたに提案してきた件の時とは違うの。あの時はあなたの意思を尊重してくださった。家康様のお言葉一つで命令できたのに、それをなさらなかった。 今回はそうはいかないわ。もう太閤殿下からあなたにと使命されたのだから」 「………」 「普通ならば、目にも入らない存在なのにね。ただの興味本位なのかわからないけど…一度味わっていただいて納得してもらえばいいんじゃないの?」 ただ嫌だと突っぱねるのはやめろと言われたような気がした。 「飯の支度してきます」 は立ち上がり室を出る。 その背中に向かって春は。 「。あなたが家族の事を思ってくれているってわかっているから。ありがとう。大事に思ってくれて」 「………」 は無言で室を出た。 北条家に仕えていた若い料理人。それだけの存在なのに。 そこまで秀吉が固執する理由がわからない。 だけど、どこかで噂を聞いたのか。 他所では知られていない変わった菓子を作る者がいると。 「折角…柔らかく笑うようになったのに…」 こっちの事情など構いもしない天下人に春はため息を吐くのだった。 「え?太閤殿下のお花見ですか?」 「そう。直虎さんは聞いたことある?」 直虎はいつものように春に会いに来た。 相変わらず外が寒いので火鉢の温かさにはほっこりしてしまう。 「私ではどのようなものか知らないですが、殿下自ら場所をお探しになるらしいってのは聞いた事がありますよ」 「そうなの」 「あとはご家族で集まるとか…大名を集めての花見ってことはないそうですよ」 秀吉には子飼いと呼ばれるほどの息子同然の者達がいるとは春も知っている。 その者らと楽しく過ごすのだろう。 大規模な花見となるとにも荷が重いと思ったが。 家族ぐるみ程度ならば問題ないだろうか? 「派手好きなお方らしいけど?」 「そうみたいで…お茶会なども度々催されるようですが、それも賑やからしいですよ」 確か、北条との戦いの最中でも、箱根に側室達を招き旅行したとか、茶会を開いた。 なんて話があったとか、それは春も耳にしていた。 お蔭で、そんな事をしているのか。と知った北条側では秀吉への印象が悪いものになったのだが。 今を思えば、それも一つの作戦なのだろうか?とも思えなくはない。 「姫様。お待たせしました」 多喜が室へ入って来た。 今日は寒いから。とは二人に汁粉を用意したそうだ。 「多喜さん。は?」 「台所に籠っていますよ。姫様、をお叱りでもしたんですか?珍しく不機嫌でしたけど」 多喜は苦笑する。 昼餉も用意したのに、一切から持っていくようなことはなかったので。 「し、叱る様な事が!?」 そんな姿は見たことがないので、聞いてしまった直虎は驚いてしまう。 「うふふ。そうね、ちょっとした兄弟喧嘩かしら」 春が笑っている所を見るとさほど深刻ではないようだが。 「もうちょっと大人になって欲しいけど。の気持ちもわかるから」 冷めてしまう前にいただこうと春は椀を手に取った。 「いつもいつもお忙しいのにすみません」 屋敷まで送ると、に言われた直虎。 また雪が降ってきて、が差した傘の下直虎は肩を並べていた。 (隣を並んで歩くだけでも嬉しいのに…) ちょっとだけ傘を持たずに出た自分を褒めたい。 だけど、さっき言っていた春との兄弟喧嘩の所為か、はいつも直虎に見せる様な感じではなかった。 「いいですよ。このくらい。直政も不在だって聞いていますし」 「はい。あ、でももうすぐ帰って来ると連絡はありました」 「そうですか…」 「はい…」 会話が途切れてしまう。 本当春との間に何があったのだろうか?春だけを見ているとそう深刻ではないと思うのだが。 だけを見ると、深刻そうに見えてしまう。 かと言って、兄弟喧嘩と言うならば家の問題だろうからこちらから聞き首を突っ込むわけにもいかないだろう。 (余計なお世話って叱られちゃいますよね) だったら、いつも通りでいいのかもしれない。 「今日、いただいたお汁粉も美味しかったです、寒い日だったから体は温まったし」 「ただの汁粉っすよ?」 「でも美味しかったです!私はおかわりまでしちゃいました」 それほどなんです!と直虎は意味もなく力説してしまった。 「でも。いついただいても美味しいものばかりなので、食べ過ぎて春には太ってしまっているかもしれないですね、私は」 「直虎さん」 瞬時に自分は何阿呆な事を言ったのだと恥ずかしくなった。 隣で慌てふためいてしまうが、が小さく笑った。 「そんなに大したものじゃないと思うんですが、周りは俺を過大評価しすぎだと思います」 家康様などは特に。とは呟いた。 「店を出してみては。なんて言うけど、俺のはほとんど独学だから、一から修行した料理人達から見れば適当もいいところで…」 「さん…私はさんがそう思われるのはわかりませんが。美味しいものを食べれば皆さん素直に美味しいって言うと思います。さんが作ったものは素直にそう述べてしまうくらい美味しいものばかりです」 江戸で再会するきっかけになった時。 の店で買ったものを直虎が潰してダメにしてしまったことがあった。 それをおじさんは直虎に怒鳴りつけるより、菓子がダメになったことの方を残念がっていた。 「お土産に娘さんが喜んでくれると思うくらいの品物だったんですよ?」 「あの時はまだ食ってもいなかった」 「それを簡単に想像できるくらい評判だったんじゃないですか。さん、もう少し自信を持たれてもいいと思います…!わ、私が言うのは可笑しいですが…」 自身、家族が喜んでくれるのが嬉しいと言っていた。 その家族が喜ぶのは、それが美味しかったからではないか? 実際不味いものだったならば、相手を騙してまで喜ばすだろうか?いや、互いに正直に言いあう北条家ではそうはならないだろう。 「誰か、さんに不味いって言った人でもいるんですか?誰ですか!?その失礼な方は」 「い、いや。そうじゃないですけど」 「私は何回でも言います!さんの作ったものはどれも美味しいです!」 「…太るのを気にするくらいですか?」 「そうです!じゃ、じゃなくて〜」 直虎がに抗議しようとしたが、さっきとは変わって笑っていたので直虎も釣られて笑った。 「直虎さん、俺ね。美味いマズイは…今はどっちでもいいんです。ただ…」 「ただ?」 「どうしても許せない相手に、俺の作ったもの食わせるのが嫌なだけです」 「え…」 いつの間にか、の表情から笑みは消えていた。 「姫様に言わせると、ガキの感傷らしいですけど」 わかってはいるんですけどね…。 が呟くのを直虎はただただ、見ているしかなかった。 19/12/31再UP |