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アイネクライネ。
あぁ、久しぶりだなと思えた。 この感覚は。 「何を作ろうかな」 いつも当たり前にやっていた事だけに。 少しだけ心が躍る。 きっとそれを思い出させてくれたのは、直虎のお蔭だろう。 【11】 先日、風邪で寝込んだ春を見舞ってくれた直虎。 彼女と少し話をしたが、不思議な感じで楽しませてもらえた。 見舞いの礼なのか、普段の礼なのか。 自分でもよくわからないまま。 「今度は何食べたいですか?用意しておきますよ」 と直虎に伝えた。 直虎は菓子でも!?と食いつきその姿に鷹臣は笑ってしまった。 本当に不思議だ。 直虎といて悪い気分はしない。 年上の女性なのに、どこか頼りなさげでこちらが支えないと。と思えば、直政の義母であるしっかりした顔も見せる。 春や甲斐とはまた違った女性だと思った。 後日直虎が訪れた際に、返答を聞かせてもらったのだが。 「わ、私は…さんが作ったものならなんでもいいです。その今まで食べたものはどれも美味しかったですし」 周りは美味いと言ってくれる。 次はこれが食べたいとはっきり意見をくれる者もいる。 直虎の返事は、言われて困るような部類に入るかもしれない。どれでもいい。と言うのは。 だけど。 「さんのお仕事の邪魔にならない程度で」 と逆に気遣われた。 仕事は以前と同じ料理番であり、春のお供をする、お客人へのもてなしを出す。とかだが。 当初に比べて楽になったので、余裕はいくらでもある。 直虎はそれでも、控えめに言ってくれる。 だったら、直虎の印象に残るようなものを作りたいなと考えた。 考え始めると、どれがいいのか中々決まらない。 だけど、それを考えるのが楽しくなってきた。 「あら、珍しくご機嫌ね、」 春が台所にいるに声をかけた。 は料理本に目を通している。 「ご機嫌、ですか?俺」 「えぇ。そう見えるけど?」 「…まぁ悪い気分じゃないですけど。少しだけ楽しくて」 じゃあやっぱりご機嫌じゃない。と春は笑う。 「何が楽しいの?」 「何を作ろうか、って考えているのが楽しいんですよ」 「そう。それで何を作るか決まったの?」 「今のところはこれと言って…」 「贅沢な悩みね、それは」 「そうっすかね?」 「悪くは言っていないのよ。いいことだって思ったから」 春は邪魔をしちゃ悪いからと台所から出て行こうとするのを、は慌てて止めた。 「姫様。何か用事があったんじゃ」 「用事ってほどじゃないわ。これから家康様の所へ行くのだけど」 「しっかり用事じゃないですか」 は慌てて料理本を閉じた。 春のお供は自分の仕事だ。 他の者達は買い物程度ならばそのお供につくが、家康に目通りする時はに任せると言って来たので。 当初と変わらず、家康の下へ行く場合はがお供についた。 春が家康に会う時は必ずが作った菓子を持参する。 春の手から渡してくれればいいのだが、この時だけはにも同席させた。 流石大大名と言うだけあって、気安いオジサンな雰囲気を出しつつもどこか射貫くような目を持っており緊張してしまう。 (毎度思うけど、秀吉とは違った意味で緊張するな、あの人は) などとが思っていると春辺りが知れば、どの辺がそうなのだ?と首を傾げるだろう。 そもそもが秀吉に対し緊張しているようには見えなかったのだから。 「。来ていたのか」 「あぁ、姫様のお供で」 直政に声をかけられた。 そう言えば、直政に声をかけられたのもこの屋敷だったなと思い出す。 そんな昔でもないのに、随分直政とは打ち解けたものだ。 この屋敷はあくまで家康にとって仮のもの。 増改築中の江戸城が完成すればそちらに移動するだろう。 だが、この屋敷は屋敷で見事な庭を持っており、今後どうするのか少し気になった。 元々は北条家所有のものだったようだが。 「お前の手土産持参か?」 「まぁな。家康様には良くしてもらっているし。俺の我がままを聞いて貰ったわけでもあるし」 自分の作った菓子を気に入ってもらえているならばこのくらいは安いものだ。 「そうか」 直政はまだ家康と春の話は終わっていないと知ると、別室でに茶を出してくれた。 茶を頂きながら、少し考える。 先程見ていた庭を。 ちゃんとした手入れがされている庭。 見ていて飽きないのだが、同時に春の屋敷の庭は少し寂しい。 今後の事を思えば、それなりに見栄えよくした方がいいのではないか?と。 (こういう場合、造園業の人に頼めばいいのか…って誰がいるんだ?」 そう思うと、やはり直政に頼ってしまいそうになる。 各大名家の庭師とか? 今度ゆっくり相談してよう。どの道季節が冬に入れば庭に手を出すのは少し厳しい感じがする。 (なんか、そう言うことを考えられる余裕ができたってことだな…) 江戸で春との生活を始めた頃より本当に変わったものだ。 いつまでも突っぱねていたかもしれないと思うと、いい方向に向いただろう。 「あぁ、そう言えば。直政に聞きたい事があった」 「なんだ?」 わざわざ直政がこちらに合わせてくれていることに少々申し訳なさが感じる。 直政は直政で忙しいだろうに。 だが、そんな事は気にしなくて良いと言われてしまう。 「直虎さんは甘いもの好きだよな?」 「そうだな。義母上はお前の店を探し回るほどだったからな」 直政はそう言うが、実際あれは菓子よりもそのものを探し回っていたのだが。 それをお互いに知る事はない。 「どんなものが好みなんだ?」 簡単に直政に説明をした。 「どんなと言われてもな…義母上はお前が作ったものはどれも美味いと言って食べておられるからな」 「そりゃ嬉しい話だが…見た目で喜ばせようか、とか考えているんだ俺としては」 女性は華やかな見た目の菓子は好きだろうから。 「義母上ならば喜びそうだが」 あまり見た目に拘ると、直虎の性格では食べずにいそうだ。 「は?」 「食べるのが勿体ないとか言いそうではないか」 「……そうか?」 直政はどれほどの物を想像しているのだろうか? 流石に自分の腕前でそんなにすごい物は作れないのだが。 「サラッとハードルあげやがって…」 「?」 「いや、こっちの話だ」 さて、どうしようか。 なんとなく直虎は菓子の方がいいだろうと思うから最初から菓子にしようと考えていたが。 とりあえず言えるのは、直虎が喜んでくれるようなものがいい。 それが大事だ。 「あ、ちなみに。今の話は直虎さんには内緒な」 「何故だ?」 「変に気を遣わせたくないからな」 と言うのは建前で。 多分本音は中々決まらず悩んでいると言うのがカッコ悪いとか考えてしまったからかもしれない。 (さて、結局決まらないでいるなぁ) 何が直虎を喜ばせるだろうか? 甘いものならばなんでもいいのか。 自分の店を大分探せてしまったようで…。 あの頃は生活の為のような意味合いで菓子を作っていて、結果的に段々と菓子を作るのが億劫になってしまったのだ。 巷で評判の店など言われ、家康からも店を出さないかと言われたが。 それが返ってを菓子から遠ざけた。 言うほどそんなすごい物を作ったわけじゃない。 『今日のおやつは何?』 『抜け駆けはずるいぞ、成田の倅』 『もう!氏政様!お館様みたいに言わないでくださいよ!!』 賑やかなあの頃を思い出す。 『うるせーぞお前ら。いつも阿呆みたいに騒ぎやがって。、今日は菓子より酒のつまみを用意しておけよ』 『えー!?お館様、それじゃあ奥方様だって食べられないじゃないですかぁ。ねえ?姫様』 『そうね。お母様もの菓子を楽しみにしているのに…』 『お前ら…小賢しい真似しやがって』 『母上を出されたら、父上は敗けですな』 仕方ないと氏康はつまみを断念するが、は菓子だけでなくつまみもしっかり用意した。 それで丸く収まるならばいいわけで。 その時、美味い美味いと喜んでくれる家族の顔は今でも覚えている。 血の繋がりなどなかったが、確かに氏康は親父で、氏政、氏照は兄で、春も甲斐も姉妹のような感じで見ていたのだから。 あの時のように、直虎にも喜んでもらえたならばいい。 一口食べて、わぁっと綻ぶ顔が見たい。 家族たちのように。 「……?」 その顔を想像してしまうと、妙に照れ臭く感じた。 今までだって春や甲斐が美味しいと喜ぶ顔は見てきたが。 その時は普通に満足した。 あぁ、良かった。程度に。 なのに、今、直虎に喜んでもらえたらと言う顔を想像した時。 自分の中で違うものが出て来た。 そう言えば、直政に中々品が決まらないと話した時、直虎に内緒だと言った。 隠す必要はないのに、決まっておらず悩んでいる事をどこかカッコ悪いと感じた。 つまりは直虎の前でカッコ悪く見せたくないと思ったのだ。 いつも人の目など気にしないのに…。 「。姫様のお食事は…」 「はい!?」 「どうしたんだい?」 「多喜さん。いやなんでもないっす。ちょっと考え事をしていて。えと姫様の食事でしたっけ?」 多喜が少々怪訝な顔をするも、すぐさま話を戻してくれた。 台所で食事の支度をしながら他の事を考えてしまうとは。 「そうそう。直虎様がちょうどいらしたから、食事は2人分でと姫様からの伝言だよ」 「直虎さんが…あぁ、はい。わかりました。すぐに用意します」 直虎が来たと聞き、いつものことなのに少し内心ざわついた。 「段々寒くなってきましたね」 「そうね。そんな中いつも直虎さんに来てもらって悪いわね」 「いえ!私の事はお気になさらず」 流石にもう縁側でのんびりすることはできない寒さになっていた。 室内に火鉢を置いてほんわかと温かみを感じている。 「そう?まぁ直虎さんは私以外にも目的はあるでしょうから」 「ははは春さん!!?だ、ダメですよ!!?」 「うふふ。ごめんなさい。直虎さんの反応が楽しいから」 「は、恥ずかしいのでやめてください」 でも、一度を意識してしまうとボロが出やしないかと気が気ではない直虎。 「姫様。お待たせしました」 多喜が盆を持って入って来た。 「今日はお稲荷さんだそうですよ」 「まぁいいわね」 「多喜さん。汁モノと漬物も」 も入って来る。 「お、お邪魔しています。さん」 「いらっしゃい。直虎さん」 直虎にそう声をかけてくれるも、は視線をすぐそらし春に説明し始めた。 「稲荷は普通のと、梅ひじき、それにゴマの3種。汁モノはかぶのお吸い物にしました」 「お稲荷さんにも色々な味付けがあるのね」 「あとで菓子も食べるでしょうから少な目にしておきましたよ」 「一言余計よ、」 少し頬を膨らませる春。だがすぐさま直虎に笑みを向け。 「さ、直虎さんもいただきましょう」 「あ、はい。いただきます」 直虎は手を合わせる。 「じゃ、ごゆっくりどうぞ」 はあっさり退出してしまった。 忙しいのだろうか? あまり話せないのは寂しいのだが。 あくまで自分は春に会いに来たのだから。 (それだと春さんに失礼な言い方ですね) 一目会えただけでもいいじゃないか。 そう思う事にした。 だけどそれも一変した。 数刻後。 「姫様、おやつご用意しました」 「ありがとう。」 ほんわか湯気のたった饅頭が数個出された。 「美味しそうですね」 「蒸したてなので火傷しないようにお気をつけてくださいね」 直虎は一つ手に取り割ってみると、ふわっとさらに湯気が出た。 餡子がぎっしりつまっている。 「はふっ。あっつ」 「大丈夫?直虎さん」 「は、はひ。大丈夫です。けど、美味しいです〜」 火傷は防いだが、身体が温かくなっているように感じた。 「うん。美味しいわ。」 春にも好評のようだ。 「ほっこりしますね。こういうのってえーと…やさしい味って言うんですかね?」 「優しい味?」 「はい。幸せな気分になれます」 「そんな大層なものじゃないですけど…」 が鼻を軽くかいている。 珍しく照れているようだ。 「と、まぁ。じゃあそういうわけで」 はそそくさと出ていった。 「あ、あれ?さん!!?」 「今までにない褒め方をされて照れんじゃないかしら?」 「え?で、でも。本当ですよ?」 「そうね。やさしさを感じる美味しさよね」 春はもう一つ手に取って食べた。 今日も長居してしまった。 井伊家へ戻るのにまたが送ってくれた。 「いつもすみません。けど、私一人でも大丈夫ですよ?」 これでも戦場に出ていたので!と言ってみるも、は苦笑する。 「そうでしょうが。日も暮れているのに女性を一人で帰らすのは物騒ですよ」 「あ、ありがとうございます」 「不思議ですよね。確かに直虎さんも武に長けているのだろうけど、一人でって言うと危ないなぁって思えるんですよね」 「それは私が頼りないからでしょうが?」 まぁわからないではない。 何せ出会いが猪用の罠にかかっていた所だったので。 「そうじゃないですよ。俺の周りにいる女性が皆強いからでしょうね」 「それは…春さんはそうでもないと」 「姫様。色んな意味で強いですよ。逆らっちゃいけない相手っすね」 「春さんが聞いたら怒りますよ?」 直虎はそう言いつつも笑ってしまう。 「あと…甲斐は…熊も従える奴だったしな」 「………」 「あ。熊って冗談じゃないっすよ」 笑うに直虎も笑うも、内心はそうじゃないと。 の口からまだ会ったことのない彼女の話をされるとどう反応していいのかわからないのだ。 ちゃんと聞いてみたいと思っていても、いつも上手くいかない。 結局今日もそうだ。 聞きたかったけど、もう屋敷の前に着いてしまった。 「ありがとうございました。さん。美味しいご飯にお饅頭もご馳走してもらって」 「いえ。饅頭。満足していただけましたか?」 「はい!本当に美味しかったです」 「良かった。何を作ったらあなたに喜んでもらえるかな?って色々考えたんですが。 結果的にいつもと変わらない饅頭になってしまったんで」 「あ」 何が食べたいですか?と聞いてくれた先日。 菓子なら、でもの暇があった時ならなんでもいいと答えたもの。 それを今日出してくれたのか。 出来たてほやほや。 自分の為に作ってくれたもの。 「だから、あそこまで言ってもらえるとは思わなかったので。俺の方が嬉しい思いしちゃいましたよ」 照れ臭そうに見せたその顔に、直虎はキュと手を胸にあてる。 (さん。その顔は反則です〜) しかもそんな顔、始めて見たのだから。 「あ。そうだ。これも土産でどうぞ」 が直虎に包みを手渡した。 「冷めても美味いんですよ、だから直政にもどうぞ」 「あ、ありがとうございます」 「それじゃあ」 は軽く直虎に会釈し来た道を戻っていった。 「なんでしょうか、これって…」 の姿が見えなくなるまでその場にいた直虎。 「さんにお会いするたびに……どんどんこの気持ちが大きくなっていきます…」 春に言われた通り。 この気持ち大事に育っているのかもしれない。 19/12/31再UP |