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アイネクライネ。
北条屋敷にやってきたくのいち。 風邪で寝込んだ春、それをたまたま文で甲斐に伝えただったが。 余計な一言だったなと後々思った。 わざわざくのいちに頼んで、見舞いの品を届けさせたのだから。 「ごめんなさいね。ただの風邪で、もう治りかけているのよ」 春は甲斐からの見舞い品を受け取った。 「でもまぁ、甲斐ちんは本当に心配していたんで」 「そう…。いつも届く文を読む限りでは甲斐は元気でいるようだけど」 春は苦笑しつつも、甲斐からの見舞いを喜んでいるようだ。 「甲斐ちんは元気も元気ですよ」 くのいちは勿論、幸村もいるし。 あの性格なので、すぐに多くの人と打ち解けて仲良くやっているそうだ。 「ま、どこも寒いですからねぇ。風邪には十分気をつけませんと」 「くのちゃんは風邪なんてひきそうにないよね。甲斐と一緒で」 「甲斐ちんはともかく、あたしはか弱いのでどうかなぁ〜?」 春ととくのいち。 3人は楽しそうに会話している。 そこにいないのに、3人には「甲斐」の姿が見えているかのように。 直虎は3人の様子を見ているだけだったが、輪に入る勇気はなく。 寂しく感じつつも、それを表に出さないようにしていた。 【10】 「とりあえず、お姫様のお姿も見れたことだし。甲斐ちんにはちゃんと伝えますんで」 「あら…」 「くのちゃん。もしかしてもう帰るの?泊まっていけば?」 あっしは忍びなんですぜ。と言いつつ、その心遣いには礼を述べるくのいち。 「そうよ。外は寒いんだもの。泊まって行ってちょうだい」 「そうは言っても、無理してこっちに来ちゃったので。あまり長居もできないんだよね」 どうやら甲斐の頼みを無理にきいたようで、幸村からの任務ではないようだ。 幸村はともかく、豊臣の誰かに難癖つけられたら面倒なようでもある。 それとも、春との連絡はあまり不用意にとってはいけないものなのだろうか? 敗戦の将である甲斐と春。 二人の接触はあまり好ましくないとか? 「そんなの家康様にでも言えば問題ないと思うけどさ。直虎さんもいるし、その辺直政にでも言えばさ」 「え?えぇ。私は構いませんよ」 突然話しを振られて直虎は驚くが、直政に頼むくらいならばと。 内容も内容だ。 純粋に春を心配しての行動だろうから。 「いいよ、そんなに気を遣わなくて。どっちにしても早く戻らないとね」 どうあってもくのいちは帰るようだ。 「それは残念ね。もっと話を聞きたかったのに」 「ま、文だけじゃわからないこともあるだろうし。少しでも聞けて良かったんじゃないですか?」 「そうね」 くのいちはふと直虎の方に顔を向けた。 「急に押しかけてすみませんでした。折角のお客人の邪魔もしちゃったし」 「わ、私の事は別に」 くのいちに変に気を遣わせてしまったようだ。 顔には出さないようにしていたが、寂しさをどこかで彼女に見透かされてしまったのだろうか? 「甲斐ちんにはしっかり伝えておくね。ちんに可愛い彼女がいたよ〜って」 「え、えぇ!?」 彼女とは自分の事らしい。 直虎は一瞬で顔を赤くしてしまう。 「くのちゃん。さっき違うって言ったよね?」 「にゃはは。そうでした〜」 「逆に、甲斐の方はどうなのかしら?その手の話」 「姫様。あいつに男ができていたらうざいくらいに毎日自慢と惚気の文が届きますよ」 春とくのいちは単純に笑っている。 は呆れた顔をしている。 だが、直虎はほんの一瞬でも、自分がの彼女に見えた事が嬉しかった。 単なるくのいちの冗談だとしてもだ。 (何も知らない方が見れば、そう見えますかね…は!でもでも、普通は私よりも春さんの方が…) それもそうだ。 普通はそれが一番しっくりくるのだ。 そもそもはどういった女性が好みなのだろうか? 今現在春たちの会話を聞く限りでは「甲斐」はなんとなく春とは真逆なような感じがする。 極端な話。 春のような子なのか、甲斐のような子なのか? 自分のようなのはどうだろうか? (う…一度意識してしまうと…そんな事が気になってしまうなんて…) そもそも、猪用の罠にまんまとかかってしまう間抜けをが気に入るはずもない。 (その時点で私はもう終わっているのでは…) それだけで絶望感に襲われそうになる。 「……さん…直虎さん?」 「は、はい!?」 我に返る直虎。 室内にくのいちとの姿はない。 春が直虎を不思議そうに見ている。 「具合でも悪くなってしまったのかしら?」 「いえ、そんなことはないです」 「そう?私の風邪が直虎さんにうつってしまったら…」 「大丈夫ですよ、春さん。少し考え事をしていただけなので」 変な所を見られて恥ずかしいと直虎は笑う。 「考え事ね…」 「あ、えと。彼女はもしかして、もう?」 くのいちは帰ると言っていた。 そんなに急いで帰らなくても。 「えぇ。帰ってしまったわ。もう少しゆっくりしてくれればいいのに」 が外まで見送りに行ったそうだ。 彼女と「甲斐」は友達なのだという。 同盟を組み味方だった時もあるが、敵同士出会ったときもある。 だが、そんな事は関係なく親交を深めている。 春は言うほど彼女と接する事はなく、どちらかと言えば、彼女と甲斐の賑やかなやり取りを見ている事が多かったそうだ。 「いつも煩いくらいに言い合いしているのに、不思議と楽しそうで。何かあればお互いがお互いの為に懸命なのよね」 今回も春を重度の病だと慌てた甲斐の為に彼女は動いたのだろう。 「私は、その甲斐さんをよく知りませんが…皆さんにとってとても大事な方なんだなって言うのはわかります」 そこに居なくても、「甲斐」の存在を感じられる。 嫉妬なのだろうか?とそう考えてしまう自分が嫌になるほどで。 それでも、出会って日の浅い自分でも、春やにとって「甲斐」は大事なのがわかるつもりだ。 「そうね…だって甲斐は私達の家族だもの」 「家族、ですか?」 「えぇ。家族。北条家って言う一つの家族」 他所の大名家に比べたら呑気な事を思われるだろうと春は話してくれた。 普通に考えれば配下、部下、というのが一般的だろう。 もうちょっとくだければ仲間かもしれない。 けど、北条家は亡き氏康がそうであったように、自分が治める地に住む者は全員俺のガキだ。 それを領民達も配下の者も受け入れていたようだ。 「以前に話したことがあったわね。が素直になるのはお父様と甲斐だけだって。 は自分の事をほとんど喋らないけど、お父様には全てお見通しってくらいで。 も悪態つきつつも、お父様には懐いていたわ」 あの天下人の誘いを断るくらい、は北条家を大事にしてくれた。 「だからね、甲斐もそう。からみれば家族の一人よ」 そう言えば、その以前の時もそんな話をしていたが。 あの時は北条家の絆の方に感心してしまったので気にしていなかった。 「………」 「私から聞いても納得できるかわからないけど」 「はうっ!ははは春さん!!?」 「うふふ。私から見て手のかかる弟妹だからあの二人は」 直虎の顔がどんどん赤くなっていく。 「い、いえ!あ、あのですね!!春さん!!?」 「いいのよ。隠す必要はないし。大変よ?あのを相手にするのは」 「ははははるさん!?」 春にしっかりとバレてしまっている。 直虎は両手で顔を覆ってしまう、恥ずかしいと。 そんな直虎を見て春は微笑んでしまう。 「姫様、夕食の支度を始めますけど…って直虎さん?」 「ひゃい!!?」 が戻って来た。 くのいちを見送って来たのだろう。 「姫様、直虎さんをいじめていたんですか?」 「あら、失礼ね。私がお友達にそんな事をするわけないでしょ?」 「………とりあえず、飯の支度しますけど。食欲戻りましたか?」 納得したかはわからないが、はニコニコと笑んでいる春には逆らない方がいいと思っているようだ。 「えぇ。皆のお蔭ね。大分よくなったわ。、直虎さんの分も用意してくれるわよね?」 「しますよ。元々そのつもりだったので」 「あ、わ、私は…」 屋敷に入る前は、から誘われそのつもりでいたが、今の状態では断りたい気持ちの方が強い直虎。 「ほら、もそのつもりだって言うのだから気にしないで」 「は、はい」 はそのまま台所へ戻っていく。 春は夕食は何かしらね〜と楽しそうだ。 「は、春さん。あの…」 「大丈夫よ。別に邪魔をするつもりはないし、咎めるつもりもないわ。勿論、からかっているわけでもないから。直虎さんは、直虎さんの想いを大事にしてね」 「春さん…」 春にしてみれば、まだ知らない事ばかり。 甲斐は家族だと言われても、の本心はどうかはわからない。 でも、周囲に反対されているわけでもない。 今の気持ち、春の言うように大事に育てて行けばいいなと直虎は思った。 「あ、あの!すみません、わざわざ送っていただいて…」 「引き止めちゃったのはこっちですし、いいですよ」 は直虎を井伊屋敷まで送っている途中だった。 「昼間はくのちゃんさんもいらしたので賑やかでしたよね」 「賑やか過ぎるくらいだったな、くのちゃんは。引っ掻き回しただけだ」 「?」 「あ、いえ。こちらの話なんで」 は乾いた笑みを出す。 直虎は気にした様子もなかったが、はくのいちを見送った時のことを思い出す。 「くのちゃん。わざわざありがとうな。甲斐の我がままに付き合あせちゃってさ」 「にゃはは。我がままだなんて思ってないよ〜甲斐ちん、本気でお姫様の事を心配していたからねぇ」 「だから、ただの風邪なんだって」 は呆れる。京の都から江戸までどのくらいの距離があるというのだ。 それを甲斐が本気で春を心配しているからと、見舞いの品を持ってやってくるなど。 「それでも、自分で行く!とか言い出さなくて良かったけど…」 「そうだねぇ。甲斐ちんの性格ならばそうしていそうだけど」 「そこはちゃんと弁えたのだろうな」 あくまで今、甲斐が仕えるのは北条家ではなく、豊臣家なのだから。 そう思うと、くのいちには随分無理をさせてしまったような気がする。 くのいち自身は深く考えてはいないようだ。 「ま、あたしは一応幸村様からの任務ってことでも動いているから。半蔵の旦那にもわかってもらえていると思うけど」 「半蔵の旦那って…」 家康に仕える服部半蔵の事だと。 ここへ到着する前に、自分の存在に気づいた半蔵に釘を刺されたらしい。 「あぁ、その方には俺も会ったことないな。へぇ」 「恐いから、ちん怒らせちゃダメだよ?」 「怒らせる前提で会わないって」 彼女とのこういうやり取りは嫌いじゃない。 「文じゃさ、甲斐も幸村もこっちの心配ばっかしているけど、実際どうなんだ?俺は姫様の方を選んだから…甲斐はきっとくのちゃんがいるから大丈夫だって思ってさ」 「今のところ、ちんが心配するようなことは起きていないよ。 最初は甲斐ちんも空元気な部分はあったけど、元々の性格だから馴染んで過ごしているよ」 「そうか…」 「まぁ意外って意外だったかなぁ。ちんは甲斐ちんと都へ来るかな?って期待していたんだけど」 くのいちはの顔を覗き込むように言った。 はその顔を見て苦笑する。 「期待ってなんだよ」 「ちんも一緒なら、幸村様も、あたしも更に楽しいもん」 「って言われてもな…姫様を独りにできないだろ…あの人は俺の好きなように、甲斐のそばにとも言ったけど…家族全員姫様の側からいなくなっちまったのにさ」 「ちんも家族思いだもんね。いやぁ、変わった変わった。出会ったときは冷めていたのにねぇ」 くのいちがニシシと笑うのでは罰が悪い。 そんな事もあったなとは頭をかく。 「大丈夫だよ、ちん。甲斐ちんのことはあたしも幸村様もいるし」 「そうだな。甲斐は二人に任せるよ。ただ、甲斐には姫様の事で暴走するなって伝えておいて。流石に今回のはくのちゃんに申し訳ない」 「にゃはは。直に様子を見て伝えれば、甲斐ちんも安心するかな?って思ったしさ」 「まぁ…俺もくのちゃんに久しぶりに会えたのは嬉しいけど」 友達と顔を合わせられるのは嬉しいものなのだ。 「ありがと。ちゃんと甲斐ちんには伝えておくからね。ちんには可愛い彼女もできたから、甲斐ちんも頑張れーって」 「くのちゃん!違うだろ!?」 「いいよぉ、隠さなくても。あたしがここに到着した時も一緒だったし」 「買い物帰りだったんだが…」 「ちん、真面目な話」 からかうような顔ではなくなったくのいち。 「ちんは…甲斐ちんもそうだけど、いつも誰かの事ばかり。それが悪いってわけじゃないけどさ。たまには自分の事もちゃんと見ないと。 ちんにはさ、甲斐ちんにもお姫様にもつかないで、一人で新しい道を選べることもできたんだよ」 「くのちゃん、それは…」 「多分、出会ったころのちんなら、その道を選んでいただろうな。ま、今はお姫様の方を選んだけど」 それは一度は考えたことだ。 けど、結局北条家が今まで自分にしてくれた事を思えば、そばを離れる気にはならなかった。 最期まで共にと考えたくらいで。 それだけしっかり北条家に根付いたいたのだろう、自分は。 「ま。次に遊びに来たときに、彼女を紹介してもらえるのを楽しみにしているにゃ」 ふといつもの飄々とした顔になり、くのいちはそのまま姿を消した。 「くのちゃん!」 「ちん。まったね〜」 「…ったく…遊びになんて一度もねぇだろうが…」 次に来た時は、本当さらに煩そうだ。 「紅葉狩りは残念でしたが、私も春さんもまだ江戸での生活は始まったばかりなので、次が楽しみですね」 隣を歩く直虎の言葉に現実に戻された。 「あ、あぁ。そうですね。すっかり秋から冬になりましたね」 「はい。これから更に寒くなりますもんね。でも、その分温かいものがさらに美味しく感じそうです。あ、先ほど頂いたお食事もとても美味しかったですよ、さん」 「料理人としては最高の褒め言葉ですよ、それ」 やっぱり不特定多数の誰かよりも、身近な人からの言葉が一番いい。 いや、店を出せば、それを不特定多数から言ってもらえるかもしれない。 けど、にしてみれば、やっぱり身近な親しい人達からの言葉が一番なのだ。 「や、だ、だって。本当のことですよ?あとで直政にずるいって拗ねられたらどうしようかなぁって思っていたくらいで」 「あははっ。直政が拗ねるって」 が声を出して笑った。 「………」 「あー可笑しい。ん?どうかしましたか?」 「あ、い、いえ。さんでも声を出して笑うんだなぁって」 きょとんとした直虎には口角を緩めてしまう。 「いや、笑いますよ。俺だって。そんなに俺、毎日しかめっ面しているつもりはないし」 「あああ、悪い意味じゃなく。わ、私は。そ、それはそれでいいなって思ったので」 「?」 「わ、私ったら何気に失礼なことを…」 直虎は頬に手を添えつつから視線をそらした。 「いや、別に悪い気はしないで、いいです。別に」 「そ、そうですか?」 「今度は何食べたいですか?用意しておきますよ」 なんだか気分は悪くないから。 「そ、それはお菓子でも!?」 直虎が食いついたので、はまた笑ってしまう。 「あ、あ〜笑わないでください〜」 直虎は、自分の周囲にいた女性達とはまた別のタイプの人だなと思った。 人を和ませる何かがあるようだ。 「義母上。お帰りは遅いと思っていたので、お迎えに…?」 屋敷近くまで来たとき、直政がやって来た。 直虎の帰りを心配したのだろう。 だが、直政の顔を見て、が笑いを堪えていたので、直政が眉をひそめた。 「さん!なんでまた笑うのですか!?」 こそっと直虎が問う。 「い、いや。だってあのデカい図体で、どの面で拗ねるんだろうって思ったら…」 「だ、ダメです。その話は。もし本人が聞けば」 「なんだ?」 「な、なんでもない。じゃ、じゃあ、俺はこれで」 直政の肩を軽く手を触れては踵を返すと、直虎が追ってきた。 「さん!ありがとうございました」 「どういたしまして。じゃあ何を食べたいか考えておいてくださいね」 「は、はい!」 直虎は数回頭をさげた。 は手を振り、その場を離れる。 なんだろう、ただただ楽しいって気持ちになれたのは久しぶりだ。 「直虎さんって面白いな」 年上なのだろうが、それはそれで可愛いと思えたのも不思議だ。 19/12/31再UP |