アイネクライネ。




ドリーム小説
(私は、さんが好きなんだ)

そう直虎が気づいたのはつい先日。
結局のところ、春と予定していた紅葉狩りは行くことができなかった。
普段から元気な春が、風邪をひいてしまい、しばらく寝込んでいた。
紅葉狩りどころか、屋敷へ行くのも控えていた。

(春さん、今頃はさんに看病されているのだろうなぁ…)

そんな事を考えた直後、己を恥じた。

(わ、私は何を!?春さんは風邪で苦しんでいると言うのに〜)

私のバカ!と直虎は自身を数回叩いた。





【9】





「は…義母上?」

「はぅ!」

自身の可笑しな行動を息子に見られていたようだ。

「ど、どうかしましたか?直政」

「それはどちらかと言えば義母上の方なのですが…」

「わ、私はなんでもないです」

しゃんと背筋を伸ばす直虎。
これ以上息子に追及されないようにと笑顔を向けた。
直政は首を傾げつつ、そのまま腰を下ろした。

「紅葉狩り残念でしたね、義母上」

「そうですね。ですが、春さんが寝込んでしまわれては…春さん自身が気になさらなければ良いのですが…」

春の性格ならば、そっちを気にしそうだ。

「義母上もお気をつけてください。こちらは府中に比べて寒い」

「はい、十分気をつけます」

紅葉狩りは来年になりそうだ。
江戸も段々寒くなってきた。
雪が降り積もれば家に閉じも籠る日々になるだろうか?
寒くなっても、北条の屋敷に行けたらいいのに。





「………ちょっと、…それはひどくないかしら?」

熱は下がったものの、咳やのどの痛みなど風邪の症状はまだ収まらない春。
体を起こした春に多喜が新しく用意したという半纏を肩にかけた。

「何がですか?」

「あなたのそれよ…」

「そうっすか?予防としてのことなので」

春はの姿を見て、子どもみたいに頬を膨らませた。

「ひどいと思わない?多喜さん」

「そうですねぇ…まぁ、なんといいますか…」

多喜としても返答に困るが、理由が理由なので仕方あるまい。

「俺が風邪をひいて寝込めば困るのはこの屋敷の人達ですが?」

「そうだろうけど…」

「ならば、姫様には一切顔を見せませんが。それで良ければ」

「本当、は意地悪ね」

春がをひどいと言う理由。
多喜などはいつも通りなのだが、だけは鼻から下を手拭で覆っていた。
風邪は空気感染はしないというが、予防の為だと。
現在のこの屋敷での料理番は一人。
自分が倒れれば、誰が食事の支度をするというのだ?だから…と言うわけだ。

「姫様、生姜湯どうぞ。くずを入れてあるので、飲みやすいと思いますが、火傷しないようきをつけてくださいね」

手渡された湯呑を持つ春。

「ありがとう」

春は息を吹きかけながら少しずつ飲み始めた。
ほんのり頬が赤くなっていくので、体は温まっているようだ。
一息つくと、春は申し訳なさそうに言った。

「直虎さんにも悪い事をしたわ。折角楽しみにしていてくれたのに」

「仕方ないっすよ。それは。あの人はあの人で、姫様の心配をしていそうですよ」

「ふふっ。ちょっとだけ悪くないって思っちゃうじゃない」

「滅多に風邪ひかないっすよね、姫様も」

「私も。って甲斐のことも言っているみたいね」

「あれこそ、病とは無縁の存在でしょうが」

否定はしないのか。と春は笑ってしまう。
あぁ、大丈夫だ。
春の顔を見る限り、回復に向かっているように感じた。

「夕飯。あったかいもの用意しますんで」

「ありがとう、

もう休ませてあげようとは退出する。
そして、そのまま食材の調達をしに外に出た。





さん!?」

「あ、どうも」

屋敷を出てすぐに声をかけられた。
振り返れば直虎がいた。

「ど、どうかしたのですか?さん…」

「いや?別に…」

直虎はを見て不思議そうにしている。
理由がすぐにわかる。

「あぁ、これか。つけっぱなしで外出ちまった」

は苦笑しつつ手拭を外す。

「姫様から風邪をうつされないように予防していただけなんで」

「そうなんですか。何事だろうかと思っちゃいました」

立ち止まってはいられないとが歩き出すので、直虎は自然とついてきた。

「直虎さんは?」

「私は、春さんのお見舞いに…春さんのお加減どうですか?」

「割と元気ですよ。さっきも俺の姿見て拗ねていたので」

は笑う。

「って、姫様の見舞いなら、俺に着いて来なくて良いですよ。俺は買い物に行くだけなので」

「あ、そ、そうなのですが、つい」

は自身が失敗したと思った。
外が寒いというのもあって、早く買い物を済ませようとさっさと歩き出したのだから。
直虎の性格では、じゃあここでとならず着いてきてしまったのだろう。
先にこちらが用件を聞き、直虎を解放するべきだった。

「良ければ夕食ごちそうしますよ?まぁ姫様と同じようなものになりますけど」

「え?あ、えと…ありがとうございます」

「じゃあ買い物付き合ってくださいね」

「は、はい!」

直虎が破顔した。
買い物一つでそこまで喜ぶものか?とは思うも、悪い気はしなかった。





と一緒に居られるというのが、まずほとんどない。
春に会いに屋敷に言っても、会えない日もある。
目的は春なのだが、自分の気持ちを意識してしまうと、それは少し寂しいものがある。
思わずに着いてきてしまったのも、その反動かもしれない。

(少しでも、好きな方と一緒に居られるというのはいいものですね…)

この気持ちをどうしたらいいのか正直わからない。
ただ、今は一緒に居られる時間があるだけでも良いのだ。
買い物をしながら、春の様子などを話にしたり、行けなかった紅葉狩りのことも。
紅葉狩りは本当に残念だが、春も直虎も江戸の生活はまだ始まったばかりのようなもの。
これから先を思えば少しは楽しみもあると言うものだ。

(そう言えば…まだちゃんと聞いたことはなかったけど、どうしようかな…)

直虎はふと考える。
時折、春との会話に出てくる「甲斐」という人物。
その人の事を聞いてみたいと思っていた。
春は以前言っていた。
が素直になるのは、「お父様と甲斐だけ」と。
お父様と言うのは、春の亡き父北条氏康の事だろう。
じゃあ、甲斐は?
自身も、身近な人に作れればいいと言っていた料理。その身近な人の中に「甲斐」の名前を出していたのだから。

今、二人でいる。これはいい機会ではなかろうか?
でも、聞いてみて。

「は?なんであなたにそんな事を教えなきゃならないんですか?」

と冷めた目で見られる恐怖もある。
直政に対してもそうだったが、は誰が相手でも嫌だと言う事は絶対に嫌だと言う。
誰の頼みであろうが。
「甲斐」がにとってとても大事な人で、思い出を汚されるのを嫌だと言うのならば、きっと聞いても教えてくれないだろう。

(それでも、知りたいと思ってしまう。さんにとってその方はどんな存在なのか…)

拒絶覚悟で聞いてみよう。

「あ、あの、ちーん!」

「「!!?」」

直虎の声はかき消された。
あと少しで屋敷に辿りつくと言うときに、一人の少女が二人の前に姿を見せた。

(だ、誰ですか!?も、もしかして、この方が甲斐さん!?)

の姿を見て、笑顔で駆け寄ってくる少女。
健気な姿にうつる。

「くのちゃん。久しぶり。なに?どうしたの?」

「えへへ〜ちん、驚いた?」

「驚くよ。京にいるはずのくのちゃんがいるんだから。幸村の文にはなんも書いていなかったけど?」

ニシシと笑う少女。
だけど、彼女が「甲斐」ではないのかと少し安心した。

「にゃにゃ?ちんは彼女さんできたのかにゃ?」

「か、彼女!?わ、私ですか?」

少女が直虎を物珍しいように見る。
は呆れた様子で、彼女の額を軽く叩いた。

「痛いにゃ〜」

「くのちゃん、知っているだろうが。彼女は直政の義母さんだって」

「うん。知ってまーす。何度か戦場で見たし、あの日ちんが幸村様のところまで運んできた人でしょ?」

「あ、あの日って…もしかして」

あの人言われれば直虎にとっても思い出深い出来事のことだ。
と出会うきっかけ日。

「彼女は、幸村に仕えている忍なんだ」

「幸村さんに…」

あの時、と別れた後、幸村がこっそり護衛にとつけた者が彼女なのかと。
から彼女を紹介される。
くのいちと周囲には名乗っており、本名は知らないし教えてもくれないそうだ。
だからは昔から彼女のことを「くのちゃん」と呼んでいて、くのいちの方もそれに応えているそうだ。

「それでくのちゃんはどうしたのさ。幸村からなんか命じられたの?」

秀吉によって天下統一された世でも忍は忙しいのか。

「幸村様じゃないよ。甲斐ちんからだよ」

「甲斐?」

「そ。お姫様が病気なんでしょ?甲斐ちんが慌てまくってね。結局あたしが代わりにお見舞いを届けることになったんだ」

「………」

は数秒黙った後、深いため息を吐いた。

「あり?ちん」

「姫様が病気ってなに?俺、一言もそんな事書かなかったけど…」

数日前、はいつもと変わらぬ文を幸村と甲斐に送ったそうだ。
その中で、

『姫様が風邪をひいて寝込んでしまったから、一応甲斐も気をつけろよ』

程度の事を書いたと。

「え〜甲斐ちん、姫様はきっと重病なのよ!!気を遣わせまいとちんは病を隠して〜とか言っていたよ」

「だったら、最初から風邪なんて書かねぇし…あの阿呆」

「にゃはは。甲斐ちんらしいよね。とにかく、お見舞いあるから」

「追い返すわけにはいかないね。中へどうぞ」

「お邪魔しまーす」

は軽く頭をかく。

「さ。直虎さんも。あとであったかいもの用意しますよ」

「は、はい」

また「甲斐」だ。
会ったこともない人にの意識を奪われた。
付き合いの長さや深さもあるから、直虎にはどうしようもない。
けど、二人の会話からは、気安い仲なのだろうなと思えた。

(これは…嫉妬なんでしょうか…?)

今までほとんど湧いたことのない感情に、少しだけ自分が嫌になった。








19/12/31再UP