アイネクライネ。



ドリーム小説
さん。ご自分の正直なお気持ちを直政に話してください。きっとあの子はあなたに無理強いはしないです。けど、理由がわからないままではどうにもなりませんから」

持って来られた件をただ一言「嫌だ」で済まそうとしていたが。
相手はそうではなく、いい返事を期待していた。
だから、「嫌だ」でしか答えない自分に、相手も引かなかった。
どうしようかと迷うも、彼女から言われたことに、あぁそうか。と妙に納得ができた。

「と言うわけで。俺は店を持つ気はないよ」

「…そうか」

は徳川家康からの格別な申し出を断った。
直接ではないが、話を持ってきた井伊直政へと。

「不特定多数の誰かより、身近にいる人か」

「そう言う場所に居たからさ、今まで…多分、それはこれからも変わらないんだ」

「そうか」

「その身近な人はさ、以前に比べたら随分減っちまったけど、新たに増えた」

「?」

「今は、直政達も食べてくれるから」

「………」

「やべ。自分で言って恥ずかしい」

は直政から顔を背けつつ笑った。
言われた直政も一瞬呆けるが、静に笑みを浮かべていた。

「家康様にもちゃんとお伝えしよう」

「わかってもらえるかな?ただの我がままだって思うけどさ」

「家康様ならばわかってくださる」

「そうか」

直虎の言う通りだった。
以前みたいに「嫌だ」の一点張りでは直政は納得しなかった。
けど、素直に伝えてみると割とあっさり納得してくれた。
あとは家康次第だ。
自身は自分の我がままだと思っている、大大名の申し出を簡単に足蹴にしてしまう若造の事に怒るだろうと。
無理強いされたらどうしようか?
秀吉の時とは違う。

(まぁ…その時はその時だ)

しかしと思う。
戦国の世で、話し合いで済むなど。
話し合いで全てが済むならば、戦など起きないのだろうな。





【8】





。家康様が喜んでおられたぞ」

「?」

それから数日後。
の前に直政が姿を見せた。
何かしたか?とは首を傾げるも、直政は忘れてしまったのか?と呆れ顔だった。
天気も良いので縁側で良いと、直政は腰かける。
は直政に茶と煎餅を出した。
直政は甘味より醤油など塩気のあるものを好んでいるそうだから。

「家康様に伝えると言っただろう?店の件だ」

「あぁ、あれな。最悪首を刎ねられるだろうなとまでは考えた」

「…お前は…」

直政はため息を吐く。
淡々と何を口にするのだと。

「お前は家康様を誤解なさっている。なんだ、その頭の狂った殿様は」

「いやぁ、実際そう言う奴いただろうなって思って」

それに年老いた秀吉は似たようなことをするだろう?と思わず口に出そうになったがそこは飲み込んだ。

「過去には居たかもしれんが、家康様は違う」

「そうか、ふーん…」

家康は信長の命令で長男と嫁さんを…とも言いそうになったがそれも飲み込んだ。

「それで家康様が何に喜んでいるって?」

「あぁ、菓子だ。あの日は俺に土産を持たせただろう?それを喜んでおられた」

「へぇ」



直政はが店を出すのに断る理由を家康に伝えた。
その時、がこれでも。と用意しておいた手土産を直政に持たせた。
直政は家康にからだと贈った。

「そうか…店の件は残念だが…の気持ちを考えれば無理強いはしたくない」

贈られた包みを手に取り家康は目を細めた。

「北条家と言うのはわしらが思っている以上に絆が強いのだろうな」

「そのようで」

この先苦労は多そうだと家康は苦笑する。
家康が包みを開けてみると豆大福が入っていた。

「少なくとも…わしも身近な者の一人に入れてもらえているのだろうか?」

「こうして贈られるのですから、きっと」

「そうならば嬉しいことはない」

と大福を手に取り食べた。



「そりゃあさ、自分の作ったものを美味いって言ってくれて、喜んでもらえるのは悪い気はしないさ。けど、手が伸ばせる程度の範囲で十分なんだよ、俺は」

「家康様もそれに入っておられるのか?」

「まぁ、秀吉よりはマシだな」

はニッと笑った。
は秀吉に一度だけ会っている。
その時に評判の料理番だと言われ、自分のもとで働ないか?と殿下自ら言われたのだが。
はあっさり断った。
ざわつく周囲になど気にもしないで。
理由は簡単。
家を、家族を潰した相手の下で働くなど死んでも嫌だから。
そんな本音は綺麗に隠して、相手の気分を損なわいように綺麗なままで断ったのだ。
相手がそれに気づいているかは知らないが。

だが、春などはそれを見ていて生きた心地はしなかったと言ってた。
直政もそれを家康の側で見ていたのだが、面白い事を言う奴だとの事を覚えるきっかけになった。

「家康様のそばにも腕のいい料理人は沢山いるだろうさ。それでも俺の作ったものを食いたいって言ってくれたら用意するよ。なんせ姫様にとっちゃお仕えする人でもあるし」

「最後の一言はいらないな」

「そうか?」

「それを思うと、俺は家康様に羨ましがられてしまうだろうな。俺は頻繁に食べさせてもらっているからな」

「直政は江戸でできた友達だからさ。身近な人だ」

それは互いにそうなのだろう。





「義母上のお蔭で話は綺麗にまとまりました」

「え?私ですか?」

直政は帰宅後、直虎にがくすぶっていた店の件について報告した。

「それは別に…私のお蔭では…」

「いえ、も言っていました。義母上に言われなければ、ただ断ることしかしなかっただろうと」

「………」

少しだけ直虎の頬に熱が帯びた。

「私の一言がきっかけになったかもしれませんが、あなたが家康様にちゃんとお伝えしたからだと思いますよ」

言われて直政も少し照れているように見えた。

「家康様も仰っていましたが、本当に北条家の絆は強いですね」

「みたいですね」

が口にした「甲斐」という人物を直虎は思い出す。
その人物もその絆の中に入っているのだろう。

「甲斐、さんか…」

「義母上?」

「い、いえ。なんでもないです」

春も言っていた、自分の事を話さないが、素直になるのは亡き北条氏康と甲斐と言う人だけだと。
その人が今、のそばに居たらどうしただろうか?
その人は今、どうしているのだろうか?

(はぅ〜私はなんで、こんなに悩むのでしょうか?)

自分は知らない人。
でも、知る必要があるのか?ないとしても酷く気にしている自分がいる。

「義母上、どうかしましたか?」

「な、なんでもないですよ」

直虎はかぶりを振った。





「早くしないと、雪が降ってしまうわね」

「そうですね。紅葉は待ってはくれないですよね」

春とどこに行こうか?と直虎は話していた。
話をする、予定を立てることを楽しんでいる節はある。
隠居の身の直虎はともかく、春は家康に仕えている。
フラフラ好きに遊びには行けないだろう。

「けど、その時はその時で他の楽しみがありますよ、きっと」

「そうだといいけど…あ、紅葉狩りは無理でも、お弁当を持って外で食べる事ができたらいいわ」

春が手を叩く。

「その弁当は、俺が作るんですよね?姫様」

呆れたような声が降って来た。

「あら、他に誰かいるのかしら?」

春はわかっていて楽しんでいるようだ。

「愚問でしたね」

どうぞ、とはおはぎを出してくれた。

「紅葉狩りは中止ですか?」

「まだわからないけど…かもしれないわね」

「どっちでも俺は弁当を作るんでいいんですけどね」

やれやれとはその場に腰を下ろした。

「ね、直虎さんは卵焼き好き?」

「え?は、はい。好きですけど」

「じゃあ、味付けは甘めかしら?それともしょっぱい方?」

「えーと……あ、甘い方が好きかも」

卵焼きの味付けなどあまり考えたことはないと直虎は言うも、春は嬉しそうにの方に顔を向ける。

「ほら、直虎さんも甘めの方がいいんですって」

「はいはい。女性は甘めがお好きですね、本当」

「そうじゃない人もいるでしょうけど、私は甘めの方が好きだし、甲斐もそうだったでしょ?」

春の口からまた出た名前「甲斐」
少しだけその名に緊張してしまう直虎。

「あいつは食えればなんだっていいんですよ」

「もう、本人が聞けば怒られるわよ?」

「その時は姫様が止めてくださいよ」

「どうしようかしらね?私は甲斐の味方だもの」

二人で「甲斐」の事で楽しそうに話している。

「俺はだし巻きが好きなんだけど…あ、直政もきっと俺と似たような好みだろうな、あいつも甘味より醤油味の方が好きだって言っていたし、でしたよね?」

が直虎に問うてきた。

「え?あ、あ、は、はい。そうですね、直政はしょっぱいものが好きで」

「じゃあ、当日は両方の味付けで作ればいいのよ」

「面倒臭いですね、それは」

「とか言いながら、両方用意してくれるのよね、あなたは」

春がくすくすと笑うと、は参ったと髪をかく。

「あ、あの!直政もご一緒させてもらえるのですか?」

「そのつもりだったけど、私は。あ…けど、直政さんの方がお忙しいかしらね」

家康の家臣団の中でも与えられる仕事が多いようだ。
性格や言動から向いてなさそうな外交面に直政は長けているようで、そっちの仕事が多い。

「紅葉狩りは無理でも、外で飯食うぐらいはできそうですよ、直政は」

「はあ」

話が本人不在でも進んでいることに直虎は着いて行けない。

「それに、直政がしっかり監督しておかないと大変でしょ?」

「わ、私です…か?」

は直虎を指さした。
直虎は一瞬キョトンとするも、すぐさま反論する。

「ひ、ひどいです!さん!!確かに私はいつもあの子に面倒かけてしまっていますが!!」

「そこ、否定しないんですね」

「う、うぅ…恥ずかしいです…」

に笑われ、直虎は恥ずかしさのあまり縮こまってしまう。
少しだけ「甲斐」と言う名で緊張したけど、今はの笑顔を見られて安堵した。

(きっと、私は…)

気づいてしまった、から「甲斐」のことを言われると気になってしまうくらい。

(私は、さんが好きなんだ)

気づいてしまったことに、一人で頬を染めてしまった。








19/12/31再UP