アイネクライネ。



ドリーム小説
「ここでもないか…」

直虎は菓子の入った包みを手にし、店を出た。
買ったものに対して似合わないため息を吐いて。

「どこにいるんだろうなぁ、さんは…」

もう一度ちゃんと会ってお礼が言いたい。
この前見ず知らずの男性に迷惑をかけてしまったときにも助けてくれた。
あの時は、小田原で会った時と態度も表情も違っていて、同一人物だったのか?と疑ってしまうくらいだったから。

「はぅ…また虎松に怒られてしまいそうです…」

手にした菓子を見て直虎は肩を落とした。





【4】





「義母上…またですか…」

「ご、ごめんさい!お店に入ったら、つい買ってしまって…お、美味しそうじゃないですか」

やっぱりと思わずにいられなかった直虎。
直政は直虎が持ち帰ったものを見て嘆息する。

「別に買うなとは言いませんが、せめて前のを食べきってからにしていただけませんか」

「はぅ〜…」

仁王立ちの息子の前で大きな体を小さく丸めて正座している直虎。
息子に説教されるなど。
しかも説教の理由が買い込んだ菓子の類。
どれも日持ちがしないものばかり、さらには食べきらないことが多く。
余らせたまま新しいものを買ってきてしまうと言う悪循環を続けていた。
なので、その辺を直政にくどくど説教されてしまうのであった。

「義母上がそんなに甘いものが好きだったとは知りませんでしたが」

長い説教時間は終わり、今日買って来た菓子を直政にも出す直虎。

「すごく好きだと言うわけではないのですが…」

まぁ、元々菓子よりも作った、または売っている人に用があるからだ。

「?」

「な、なんでもないですよ!」

そんな事がバレては直政に無駄遣いだ!とさらに叱られてしまうだろう。
ただ、あの時再会できたあの人は、どうやら不定期で菓子を売っているらしいとわかった。
なので、どこかしらの店に行けば会えるのではないか?と毎日どこかの店を見て回った。
ただ、一度店に入った事に対し、目当ての人が居なかった場合でも手ぶらで店を出ることは直虎の性格ではできず。
毎回何かしら購入してしまうのだ。
食べもしないのに。

「義母上もあれですか」

「なんですか?」

「町で評判の菓子目当てと言うわけですか?」

「町で評判?なんですか?それ」

違うのか。と直政は言いつつ一つ菓子を手に取り食べる。
直政個人は甘い菓子より、しょっぱいものの方が好みだそうだ。

「家康様の耳にも入るくらいなのですが。美味いと評判の菓子を売る店があるとか」

「え!?」

それはもしや、のいる店なのでは?と直虎は期待に胸が躍る。

「ただ、職人の気分次第なので不定期にしか店を開けず、運よく開いていても
入手困難らしいですね」

「そうなのですかぁ」

確か、ぶつかってしまった男性もそのような事を言っていたような。
たまにしか売られていない。並んでようやく手に入れたものだとか。

「お店の場所はわかりますか?」

「さぁ?」

「ですよね」

「………」

元々甘いものに興味がない直政だから、町で評判と言われてもさほど興味はわかないのだろう。
場所の目安が点けばなんとか自分でそこまで行くのだが。

「そう言えば、先日家康様はそれを土産に頂いたそうですけど」

かなり喜ばれていたという話だ。

「北条の姫様のお付きの者が拵えたそうですけど」

「北条の…じゃあ、やっぱり!」

直虎は思わず手を合わせて腰を浮かせた。

「義母上?」

「い、いえ」

直虎は恥ずかしそうに座りなおす。

(あの時、さんに声をかけた方は姫様と呼ばれていたから…多分北条のお姫様で、さんは北条家に仕えていると言っていたし)

あとは、開店している時にそのお店に行けばいいようだ。
少しは先が見えてきたと直虎は内心喜んだ。





「姫様。今日のご予定は?」

「そう言うの予定はどうなの?」

朝餉の用意ができ、春の前に御膳を置く。

「俺の予定は姫様の予定によるものでしょうが」

春の行動が優先されるべきなのをわかっていて、聞いているのだろうか?

「うふふ。そうだったわね。今日は特に何もないわよ。だから屋敷でのんびりしているから、あなたも自由に過ごしてちょうだい」

「そうっすか」

じゃあ、何をしようか。
まぁ、普通に屋敷内を掃除するか…菓子は。

(なんとなく、気分が乗らないんだよな…しばらく休業だな)

接客をするのが億劫なのだ。
以前みたいに趣味で作って、甲斐や春。氏政たちに食べてもらうのは違う。
商売だと思うと、今までと同じような気持ちで作る事ができないのだ。

(ほとんど独学だし…生活の足しになればと思ったけど、案外その辺の苦労ねぇし)

ただ、春に言わせると。

「気分転換になっていいんじゃないの?」

らしい。
確かに作るのは好きだからいいが。
それを人様に金を払って食べてもらうと言うのが性に合わないのだ。
それを言えば。
今まで北条家で料理番として働き、給料は貰っていたのではないか?と言われる。

(そうなんだけど、なんか違うんだよなぁ)

給料と言うより、お小遣いという感覚に近いのかもしれない。
いや、額とかではなく。
北条家が、氏康の俺のクソガキどもが。みたいな家族目線で受け入れられていたから。

(ま…もうその辺は今更の話だけどな)

は…」

「はい?」

春が名を呼ぶので反応する
春は食事をしていたと思ったのだが、御膳に箸を置き、少し俯いている。

「朝餉は?」

「あぁ、先に軽く済ませましたけど」

「………」

「姫様?」

「流石にね…」

「味付け良くなかったですか?」

「ううん。いつもと変わらず美味しいわよ。けど、けどね…」

春はに目を向ける。

「一人で食べるのは少しつまらない…って思って。あ、今までが今までだったから」

煩いくらい大勢で食べていたから。
だから、今一人で食べると言うのが春にはつまらないのだろう。
かと言って、自身は普段の食事は料理番達と食べていたので、春たちと食べることはあまりなかった。
自分が作ったものを食べているのを見ている。と言うのが多かったので。
そこまで考えていなかった。

春は自分も一緒に食べてほしいと思っているのだろうか?
なんとなく難しい。

「姫様」

「あ。ごめんなさい。いいの、気にしないで」

春は箸を持ち、再び食べ始めた。





台所で腕を組んでしばし考えこんでしまう
先ほどの春の言葉が気にかかる。

「さて、どうしたものか…」

家族よ。みたいな事を言われても、基本自分は使用人みたいなものだ。
そう言うのを気兼ねせずに一緒に食べればよいのか?
だが、自分からは言うのに引けるし、春に言われてはそれはお願いと言うより命令に近い気がする。
いや、いっそのこと。命令された方が楽かもしれない。
でも、春は命令してまでとは思わないのだろう。

(相変わらず、他人に優しすぎるだろ。姫様は)

しかし、このままではと考えていると。

「御免!」

誰か来たようだ。
春に客が来るとは聞いていないが、ひとまずすぐに出迎えねばとは台所を後にした。

「お待たせしてすみません」

が玄関口に出ると、先日家康の屋敷で会話を交わした青年がいた。

「突然で申し訳ない」

「いえ。家康様からのご用件ですか?姫様をお呼びしますので、ご案内します」

何か出せる菓子はあっただろうか?
そんな事を考えながら青年を通そうとするが。

「違うんだ。家康様は関係ない。それと北条の姫にも」

「は?」

「俺が用はあるのはお前だ」

「俺?」

それでも客であるのは変わりないので、とりあえず上がってもらう事にした。

「井伊直政だ」

通した室で茶を出す。
何かすぐに出せる菓子はあったか?と思うも。今の状況で何もなく。
とりあえずとあるものを出した。

「漬物?」

「あ。すみません。出せる茶菓子がなくて。お客様が来ると想像していなくて」

どちらかと言えば、春が出向く側だったので。
今後はそういう事があるかもしれないので、最低限は用意しておこうとは思った。

「………」

「あ。帰れって意味じゃないんで。今朝漬けたものだし。さっぱりしていていいと思うんですけどね、外は暑かっただろうし」

「あぁ、すまない」

もうすぐ9月に入ろうとしている。まだまだ外は暑い。
直政は最初は面食らった顔をしていたが、夏野菜で作った漬物を食べてくれた。

「それで。井伊様が俺に何用ですか?」

「直政でいい」

「家康様にお仕えしている方に、そんな馴れ馴れしい態度は」

「先日、家康様の屋敷で会ったとき、結構ふてぶてしい態度だったと思うが?」

確かに。と思わずにいられない。
初対面の何も知らなそうな相手に対し、天下人秀吉への愚痴を言いまくったほどだし。

「えと、直政さんは」

「直政でいい」

「はぁ…」

北条家でも身分の差などはあまり感じなかった。
何度も言うようだが、家族や仲間意識が強かったから。
だからと言って、目上の人に対し、馴れ馴れしい態度をとっていたつもりはない。
最低限の線引きはしていたつもりだ。
だが、直政があえて良いと言うのだ。
それでいいならばとは態度を崩した。

「ご用件は?」

「うん。家康様に聞いたのだが、お前…あぁ、確か名は…だったか?」

「そういや名乗ってないね。

「あぁ、は今、町で評判の菓子を作って売っていると。先日北条の姫君の手土産もお前が拵えたのだったな」

冗談で泥団子ですけど。などと言ったあれの事か。

「町で評判かどうかは知らないけど、家康様への手土産の菓子は俺が作ったものだけど。それが何?」

「話が早い。いくつか俺にも拵えてもらえないだろうか?」

「は?」

「駄目か?」

「その為にわざわざここへ?」

「あぁ」

直政は甘いものが好きなのか?と思うも。
まぁ人は見た目で判断しては駄目だろう。

「普通は店で購入すれば良いのだろうが」

の菓子を求める者達から見れば自分はズルいだろうと直政は思ったらしい。

「生憎、俺の気分次第の店だからね…ちょっと休業中なんだ、今」

「具合でも悪いのか?」

「いや。本当に気分次第なんだ…今はちょっと…菓子を作る気分じゃないんだ」

「…そうか…それは残念だな…」

目の前で落ち込まれて流石にも申し訳ない気がした。
そんなに言うほどすごいものは拵えているつもりはないのだが。

「えと…甘いもの…そんなに好きだったのか?」

「いや、俺はどちらかと言えば、醤油味などが好きだ」

「じゃあ」

「義母上が…毎日、お前の店を探しているようで。そんなに食べたいのかと…俺の都合で義母上を江戸まで連れてきてしまったので。喜んでもらえたらと…」

母親か。親孝行なのだなと感じる。

「お母さんがねぇ…そう言われてしまうと、嫌だと断れないな」

は頭を掻いた。

「では」

「いいよ。そのお母さんの為に、何か拵えるよ」

「本当か!すまないな」

直政は心底嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべた。
そんなに母親が大事なのかと思ったが。

「あ。じゃあ、こっちからも一つ頼みたい事があるんだけど」

「何でも聞こう」

「無理だったら、いいんだけど…この屋敷に人が欲しい。今はそんなに不都合はないんだけど、この先俺一人ではどうにもならないかもしれないし。何より姫様の全部を世話できるわけじゃないからさ」

「あぁ、そうだな…家康様にご相談しよう」

「できれば、北条家に仕えていたような人がいい。その方が姫様も安心できるだろうし」

それは無理だろうか?
何を企むなどと疑われるかもしれないが。
直政は承諾してくれた。

「できればさぁ…姫様の話し相手になるような人とかいたらと思うんだけどな。俺自身そんなお喋りでもないし」

女性の相手は難しい。

「それは俺も同じだ」

直政がそんな事を言うので、は思わず笑ってしまった。

「そうだな。姫君の話し相手に関しては、ちょうど良い方がおられる。俺から話してみよう」

「ありがとう。助かるよ」

「礼を言うのは可笑しい。元々は俺が頼み事を持って来たのだからな」

利害の一致。等価交換。そんな感じなのだろうか?
にはそう思えた。
だけど、にしてみれば頼れる者は徳川家にはいないので、直政の存在はとても助かった。
これで少しは何か変われば良いなと思って。









19/12/31再UP