|
アイネクライネ。
難攻不落と言われた小田原城は落城した。 忍城で豊臣側を抑えていた甲斐姫と北条の姫春はその有様に悲しんだ。 料理番だったは豊臣の兵が攻めて来ても、討ち取らるような事はなく済んだ。 二人の前に姿を見せると、いつも強気な甲斐でさえその目に大粒の涙を浮かべた。 「うぅ……が無事でよかった!!」 「か、甲斐…背骨折れる…」 力いっぱい抱き付かれたは、そんな事を言ってしまう。 「…どこも怪我はない?」 春も泣きそうになっていたが、の姿に笑みを零す。 「姫様…はい。俺はどこも…けど」 は悔しそうに唇を噛む。 「?」 甲斐はから離れる。 「政兄と照兄は…」 秀吉に切腹を命じられたそうだ。 それには聞かされた二人も悲しみを隠せなかった。 これからどうなるのだろう? 北条に仕えていた家はそのまま豊臣の傘下に入ることになるらしい。 のような側用人が処罰される事はないし、働き場所は探せばいくらでもあるだろう。 だけど、心配なのは春だ。 北条家の男子は秀吉に切腹を命じられた。 残った姫はどうなる?誰かに嫁いでいるわけでもない。 「探しましたぞ、お二人とも」 そこへ現れたのは徳川家康。 家康は秀吉により、二人への裁定を言い渡しにきたそうだ。 甲斐は秀吉と共に関西へ。 春は家康と共に関東へ。 これが二人に言い渡されたことだった。 甲斐は一度嫌がるも、敗者は勝者に従うものだと春に言われてそれを受け入れた。 「離れていれも私達は家族よ」 春は甲斐にそう言った。 「。は姫様のそばにいてあげて…」 「甲斐。お前は」 「あたしは大丈夫!どこでだってやっていけるわよ」 そう言って、秀吉のもとへ行くと歩き出した。 「姫様」 「……甲斐はああ言ったけど、いいのよ。あなたの好きにしてちょうだい。私達は離れていても家族なのだから」 春は家康の後に続き行ってしまう。 残されたは髪を掻き大きくため息を吐いた。 「くそっ…」 そして走った。彼女を追って。 【2】 秀吉により日の本が一つになった。 政の中心は京阪。 北条家が治めていた関東は秀吉の命により家康が引き継いだ。 家康の家臣たちは、面倒事を押し付けられたとか、ただの左遷ではないかなどと不満があった。 それは井伊直政も同じように思ったようで、少々機嫌が悪かった。 今まで居た場所から関東へ移ったのだが、直政は与えられた領地より家康の傍にいる事が仕事上多く、江戸住まいが当たり前となっていた。 「もういい加減に機嫌を直したらどうですか?直政」 遠州で大人しくしていようかと思った直虎であったが、目の届かない場所に居られる方が不安だとかなんとか言われて、結局直政に着いて江戸で暮らし始めたのだ。 その江戸屋敷での一室。 直虎はのんびり茶を啜っていたが、相変わらず直政の機嫌がよろしくないのでつい言ってしまった。 「義母上…」 「家康様はあなたのように思っていないようですよ?今が一番大変なのですから、家康様の為に頑張らないと」 「わかっております…」 「そうですか?」 直虎は笑っている。 不機嫌なままの息子が、ただの子供にしか見えなかったのだ。 「今まで関東を治めていた北条家の存在は民からしてみれば、そう簡単に忘れられるものではないです。秀吉様は家康様ならば任せられると思ったのでしょう」 「わかっております」 「そうですか?」 「っ…義母上。俺を子ども扱いするのはやめて頂きたい」 「ふふっ。そうですね」 それでも笑う義母に直政は嘆息する。 (北条家か…あの方はどうしているでしょうか…) 北条家に仕えていると言った青年。 直虎がこっそり直政の様子を見に小田原へ行った際、出会った青年。 北条家は無くなってしまったが、側用人らしい彼はどうしただろうか? 知っていそうなのは彼の友人だと言っていた真田幸村なのだが、生憎直虎が幸村と会う事はその後なかった。 青年に助けられたことを、もう一度お礼が言いたい、お礼がしたかったのだが。 (またお会いできたらいいのになぁ…) 敵だとか関係なく優しくしてくれたあの青年に。 優しく笑う人だったなとなんとなく思い出してしまう。 「義母上?どうかされましたか?」 「い、いえ。なんでもないですよ」 直虎はかぶりを振る。 青年を思い出し、少し顔が熱くなってしまったが。 「義母上。俺は家康様のところへ行ってきますので」 「はい。いってらっしゃい」 直政は室をでる。 直虎が諭したものの、そう簡単には納得できないのか。 室を出る時も直政の眉間に皺がよっていたので直虎は苦笑する。 「仕方がない子ですね。本当。真面目すぎて」 やれやれと直虎は手にしていた湯呑を置く。 「あまり根を詰めてしまわなければ良いのですが…」 まぁ、以前と違って今の直政は周囲に頼れる人もいるので問題はないだろう。 「さてと」 直虎は立つ。 まだ江戸に来て日は浅い。 知らない場所だらけなので、直虎の最近の楽しみは町を散策する事だ。 何か良いものがあれば土産にして、直政に出そう。 多少機嫌が直ればいいなと思って。 土地が違えば人柄もその土地様々だとは言うが。 京に比べてまだ言うほど栄えていない土地。 割とのんびりした感じが直虎には取られた。 「でも。私にはこういう方がいいかもしれないですね」 これからここは家康によってどんな風になるのだろうか? それは楽しみである。 その為に今、直政たちは頑張っているのだから。 すぐには受け入れられないだろうが、いつかはわかってもらいたいものだ。 いや、わかってくれるだろうと思いたい。 「何かお土産があれば良いのですが」 直虎は当たりを見ながら歩く。 すると、 「おわっ!」 「きゃぁ!!?」 前方を歩いていた男性とぶつかってしまった。 しかも、男性の方が尻餅をつくほどだった。 「な、なんだ?」 「す、すみません。すみません!あ!」 直虎は慌てて男性に謝るも、男性が手にしていた包みを踏んでしまっていた。 「お、おい…あんた!!」 「重ね重ね、すみません!すみません!!」 男性は立ち上がる。 「謝るよりも、先にその足をどけてくれ。まったく」 「は、はい!あ、あぁ…」 包みはぐちゃぐちゃ。 中身は菓子のようだが。 「あ、あの。私…」 「せっかく…娘にと思ったのに…」 男性は悲しそうな顔をする。 直虎は怒鳴られると思っていたのに、直虎よりも包みの方が大事なようで。 「べ、弁償します」 「弁償?そう言われても…金の問題じゃないんだよ。たまにしか売られていないもので、ようやく並んで手に入れたんだ…今戻っても、もうないだろうさ」 「はぅ…」 入手困難の菓子だったようで、しかも娘の為に買った物。 金があっても物はない。 「本当、すみません!あの、私はどうすれば…」 「あぁ、いいさ。こっちもちゃんと見ていなかったのだし」 「で、でも」 男性は早々に諦めてしまっている。 このまま家に帰って、待っている娘は納得するだろうか? だが直虎にはどうすることもできない。 「じゃあ。これで良ければ持って行ってくださいよ」 男性の手にポンと同じ包みが置かれた。 「え?」 「あ。兄さん…あんた」 「悪いね。俺が不定期にしか開けない店だからさ。今日の売れ残りで悪いんだけど」 直虎は男性との間に入って来た青年を見て驚いた。 「う、売れ残りだなんて。とんでもない!いいのかい?本当に」 「あぁ。この人。一応知っている人だから、詫びね」 「へぇ。兄さんの知り合いなのか。運が良かったと言うべきなのか。ありがとうよ、兄さん」 娘も喜ぶと男性は喜び帰っていった。 直虎の事など目に入らない様子で。 青年は落ちて潰れた包みを拾い上げて、そのまま歩き出した。 「あ、あの!」 直虎は慌てて追いかける。 また会いたいと思っていた青年と会えた! まさかこの町で。 どこにいるのかもわからなかったのに、あっさり会えた。 嬉しくて直虎は呼び止めるも、青年は脚を止める事はなかった。 「あの、さん!…ですよね?」 「……名前…教えましたっけ?」 立ち止まるも、青年は振り向かない。 「い、いえ。その…助けて頂いたとき、幸村さんがそう呼んでいたので」 「あぁ、そっか。そういやそうだったか…」 「ありがとうございました!あの時も、今も」 「いいですよ、別に。じゃあ」 は歩き出す。 あの時とは別人のようなの態度に直虎は戸惑う。 先ほどの男性に対しては以前と変わりない態度だったのに。 「あの!待ってください。私、あなたにずっと会いたくて、お礼をちゃんと言いたくて」 「………」 「あの、本当に「」 凛とした声が割って入った。 の前に涼やかな感じのする女性がやって来た。 「姫様」 「今日はどうだった?」 「ほぼ完売で。なので、姫様に土産はないですよ」 「あら。それは残念と言うべきなのかしら?」 優しく笑う女性は目に入るも、の背中しか見えず、彼がどんな顔をしているのかわからない。 女性は直虎に気づく。 直虎は女性に頭を下げてその場を離れた。 「何があったんだろう…前と全然違う…」 それに一緒に居た人は? は姫様と呼んでいた。 北条家ではなく、今はその姫様にお仕えしているのだろうか? だが、男性との会話の中に、不定期で店を。などと言っていた。 わからない事だらけだ。 でも、一番なのは。 「一度も…私の事を見てくれませんでした…」 それがとても悲しかった。 「。今の人は?」 「…豊臣のどっかの人ですかね。名前も知らないんですけど」 は歩き出すので、春も歩き出す。 甲斐は関西へ、春は関東へ移り住んだが、結局は春に着いて行った。 甲斐の事も心配なのだが、正直向こうには幸村やくのいちがいる。 甲斐はなんとかなりそうだと思ったから。 「なんか深刻そうな感じだったけど」 「そうっすか?」 「もう…相変わらずなのね。その顔」 春は嘆息し、の顔を見て呆れる。 「しょうがないじゃないっすか…俺、接客苦手なんで…」 「ねぇ。毎日お店を開けば接客も慣れると思うのだけど?」 「嫌ですよ。あれは趣味みたいなもので…本当は人様に金を出してもらう程のものだとは思わないので」 「それは可笑しい話よね。だって、今までうちがに禄を支払っていたのよ?私達はの作ったものを食べていたのに。私達はその程度のものを食べさせられていたのかしら?」 春の言葉には苦虫を潰したような顔をする。 「のその態度に。先ほどの方…誤解していなければいいのだけど…」 「………」 「接客疲れで不機嫌でした。なんてねぇ…今度お会いした時にちゃんと謝るのよ?」 「謝るって…また会うかわからないでしょうが」 「会えるわよ、きっと」 春はに笑いかける。 何を根拠にとの顔が物語っている。 「ずっとに会いたかった。って言っていたじゃない。だからまた会えるわよ」 「……話。聞いていたんですか?」 「聞いていたんじゃないの。耳に入っただけよ」 はため息を吐いた。 「もう。その態度はなに?」 「接客疲れの名残です」 「そう?そういう事にしておいてあげる」 これが甲斐ならば、ここで終わりにはならなかっただろうなとは思った。 だが、甲斐はいない。 考えてもしょうがない事だ。 「あ!忘れていたわ!あとで家康様の所へ行かなくてはならないの」 「何か用事でも?」 「ええ。家康様に呼ばれたのよ。勿論も一緒に行くのよ」 「なんで、俺が?」 「ちゃんと付き人として着いてきてちょうだい。それと手土産も忘れないでね」 軽く何かこしらえようとは考えるも。 ふと手にした潰れた包みに目が行った。 「手土産か…」 「」 春にもの考えている事がわかったらしく、軽く睨まれた。 「冗談ですよ、冗談」 「あなたの冗談はたまに冗談に聞こえないのよ。秀吉様の前でも何をしでかすのかと肝を冷やしたのだから」 「何かしましったけ?俺」 「もう…」 がようやく笑ったのを見て、春は安堵する。 先ほどの女性には本当悪いことをしたと春の方が気にしてしまう。 だから、ぜひとも近いうちに二人が再会できればいいなと思うのだった。 19/12/31再UP |