アイネクライネ。



ドリーム小説
「きゃぁ!!?」

井伊直虎は跡継ぎとなる男子が居なかった為になった井伊家の当主である。
他家の当主のような自信や威厳など持ち合わせておらず、一生懸命やるにはやるが、いつも自信なさげであった。
その所為で少々不遇な扱いを受ける事もあったのだが、それでも直虎は徳川家康と出会い、徳川家に仕えるようになった。

「ううぅ…最悪です…」

その家康は現在太閤である豊臣秀吉に乞われ、彼の天下取りに尽くしていた。
今はその天下取りの総仕上げとでも言うべき戦。
唯一秀吉に抵抗している関東の覇者北条家を相手にしている。
家康もその戦に参戦しており、当然直虎も…。
となるのだが、直虎は義理の息子である直政に家督を譲り、自身は留守を預かる身となった。
少し前の直政では色々心配事が尽きなかったが、そこは家康や他の徳川家臣の者たちのお蔭でなんとかなり、安心できたので家督を譲ったのだ。
当主となった直政は家康の傍におり、戦にも当然参戦している。

にも関わらずだ。

「大人しくしているべきでした…」

妙な親心を出してしまい、直政を心配し直虎はこっそり後を追ったのだ。
ただ後を追うのであれば、まぁ見つかった時に言い訳すれば直政は呆れはするだろうが、これと言って何もないだろう。
多少お小言は貰うかもしれないが。

なのにだ。

現在、北条家の本拠地である小田原城近くで、直虎は罠にはまって動けなかった。

「誰かに気づいて貰えたら良いのですが…」

罠と言っても、どう見ても獣捕獲用の罠で、猪でも出るのだろうか?
一歩踏み出した時、右足首ががしゃんと罠にかかってしまった。
うん。どう見ても猪を捕獲する時のものだ。
北条家が仕掛けたというより、近隣の村で被害でも出るようで、仕掛けたものっぽい。
それにまんまと直虎は引っかかった。
これも、直政に見つからないようにと人気のない場所を移動していたからだろう。

さて、どうしようかと考えるも、罠は上手く外れない。
足首は痛いし、下手に騒いで北条家の者に見つかると困る。
何をしていたのだ?と聞かれても道に迷いましたと言って通じるだろうか?と。

だが、早めになんとかしないと日も暮れる。
本当に猪捕獲用の罠だとすれば、夜猪に襲われる可能性もあるのだ。

「はぅ〜………」

直政に気づいてもらいたいと思うも、直政は自分がここにいる事を知らない。
情けない自分にため息が出る直虎。
そこへ誰かの足音が聞こえた。
この際敵でもいい、助けてもらおうか?
いやいや、敵でもし捕まりでもしたら直政に要らぬ迷惑をかけてしまうだろうに。
でも、このままだと…
幾重にも思案を巡らせるもいい案は浮かばない。
そうしているうちに。

「猪じゃなくて、人間がかかった…」

作務衣姿の青年が少し驚きつつ立っていた。

「あ、あの…」

「何…しているんですか?」

「え、えと…その…わ、罠にかかってしまいました」

「でしょうね…」

青年は呆れた表情を浮かべるも、一瞬で慌てて直虎に駆け寄った。

「すみません!呆けている場合じゃない。今、外しますから」

青年は慣れた手つきで罠を解除してくれる。

「ありがとうございました」

罠を解除してもらうも、右足首に痛みを感じる。

「ちょっと待ってください」

青年は直虎を座らせ、持っていた水筒から水を足首にかける。
直虎は沁みて顔を歪めるが、青年は手拭で丁寧に汚れや血を拭ってくれる。
そして器用に足首に巻いて負担のかからないように固定してくれた。

「一時的なものなので、ちゃんと治療してくださいね」

「は、はい」

「どこの村の人ですか?ここら辺今、危険なんですよ?」

話し方からすると、青年は周辺の村の者か。
では、北条に関係していると思われるので、余計なボロは出さないようにしないと。

「そ、そうですよね。危ないと思ったんですけど…」

「そこまでして会いたい人でもいたんですか?」

「ま、まぁ…そうなのですが…」

直虎の言葉に疑う様子もなく青年は笑った。

「時々女性って想像つかない大胆な行動取りますよね。あ、男がだらしないのかな」

青年は直虎に背を向けしゃがんだ。

「え?」

「送りますよ。他にも罠あるんで危ないですから」

「え、えと。い、いえ」

どこと言われても。このまま豊臣側の徳川陣営だとは言えないだろう。
それに連れて行ってもらっても、この青年が北条側の者ならばここでどうにかされてしまうかもしれない。

「訳アリみたいっすね。別に誰某に密告しようとか思わないですよ、俺」

「……」

「とりあえず、せめて道にでましょうか」

思うほど青年は悪い人ではないのだろう。
用心しなくてはならないと思っても、そう思わなくてならない事が直虎には嫌だった。

「怪我させたの、俺のようなものですし。さ、どうぞ」

「は、はい」

直虎は素直に青年に背負われる。
慣れているのだろう、青年は足場を選んでひょいひょい進んでいく。

「お、重いですよね。すみません!」

「平気ですよ」

「で、でも。私は一般的な女性より大柄で…」

「そうですか?あんま気にならないですけど」

そうしているうちに、林を抜けて明るい道に出た。

「どうしますか?どこまで送ればいいですか?」

「え、えと…」

「豊臣のどこの陣まで行けばいいっすか?」

「え、ええ!!?」

「いや、どう見てもあなた北条家の人じゃないし」

あっさり見破った青年に直虎は慌てて暴れてしまう。

「ちょっ!あんま暴れると、うわ!」

青年は後ろにひっくり返る。という事は直虎は背中から落ちた。

「って…」

「す、すみません!すみません!!」

「いえ。俺も黙っていればよかったんですけど…」

青年はそのまま地べたに座り込んだ。
直虎も体を起こす。

「あ、あの…どうしてわかるのですか?」

「まぁ、俺が北条家に仕えているんで、そこそこ顔見知りが多いんですよね」

「え……」

「あ。と言っても、俺ただの料理人なんで。戦しませんから。今も単に猪でもかかってねぇか見に来ただけだし」

武士にしては軽装すぎる格好だとは思ったが。

「だけど、野生の勘なのか。戦で人が大勢いるって感じて獲物らしいもの、ほとんどいなくて。そしたらあなたが罠にかかっているし」

「はぅ。すみません」

謝られてもなぁと青年は呟く。

「まぁそんなわけで、そんな場所でフラフラしているのは俺とあなたぐらいですよ」

青年が笑うので直虎も笑ってしまう。

「んで。本当にどうしますか?まさかと思いますが、北条の様子を窺う為にあんなとこにいたわけじゃないですよね?」

「ち、違います!」

「ですよね。そんな人…普通猪用の罠にかからないし」

これでも一応戦場を駆けたのだが。
青年の言う通り罠にかかる自分が間抜けなのだ。

「じゃあ会いたい人がいるのは本当なんですね」

「は、恥ずかしい話ですが…」

「ふーん。それが豊臣側かぁ…どうするかなぁ……あぁ、よし」

改めて青年は直虎に背を向けしゃがんだ。
乗ってくださいと。
直虎にはない案が青年には浮かんだのだろう。
今、頼れるのは青年しかいないので、直虎は再び青年に背負われる。

(悪い方じゃないだろうし…)

けど、同時に北条家を裏切るような真似だと疑われないか心配になった。
直虎の心配など気にもせずに青年は歩き出した。





「いよっ!居てくれて良かったよ、幸村」

「な!!?!!?」

直虎は表情が固まったままだ。
青年は直虎を背負ったままどこへ向かうかと思えば、平然と豊臣側の陣営に入っていった。
そして辿り着いたのが、信濃の大名真田家の陣だった。
青年が声をかけたのは真田幸村だ。
直虎も数回幸村を戦場で見かけた事はある。

「お、お前っ…どうして、ここへ…いや、その前にその方は…」

「悪いんだけど、この人の足。診てやってくれないか?怪我させちまったからさ」

青年は腰を下ろせそうな場所に直虎を下ろした。
幸村は配下の者に声をかけ直虎の手当てを優先させた。

「じゃあ、あとはご自分で会いたい人に会ってくださいね。俺ができるのはここまでなので」

「あ、ありがとうございました!で、でも…大丈夫なのですか?あなたは…」

「あぁ、大丈夫。こいつ俺のダチだから」

こいつと幸村を指さす青年。
言われた幸村は嘆息する。

「違うだろう。。彼女が心配しているのはそう言う意味ではないだろう」

「え?お前。ダチの俺を売るの?秀吉に。つか、一般人売ったところでなんの手柄にもならねぇよ」

「茶化すな。。それに私が友を売るわけないだろう」

悪いと青年は苦笑する。

「ま。そういう事で。じゃあな幸村」

青年が去ろうとするが、幸村が引き止める。

!このまま戻るのか?」

「何言ってんの?当然だろうが」

「だが、この先…」

「その時はその時だろ」

青年は笑顔を見せる。

「またな、幸村」

「……あぁ…絶対だ。

青年が立ち去る後姿を見ていた幸村だったが、視線を上に向けた。
すると、そばの梢が揺れたのが直虎に分かった。

「あ、あの!もしかして、あの方を…でしたら、悪いのは私なのであの方を見逃してください!!」

自分を助けたせいで彼に被害が出るとなると直虎は居てもたってもいられなかった。
だが、幸村はかぶりを振る。

「大丈夫ですよ。そのような事はしません。無事戻れるように護衛をつけただけです」

「え…」

「さて、井伊直虎殿。ご子息をお呼びした方がよろしいですか?」

幸村のその言葉に直虎は血の気が一瞬で引いた。
直虎が幸村を知っていたように、幸村も直虎の事を知っていたようだ。

「は、はい。お手数をおかけします」

この後、こっぴどく直政に叱られるのだろうなと直虎は肩を落とした。

「義母上…」

「ご、ごめんなさいぃぃ」

幸村から知らせを受けた直政が真田の陣営にやってきた。
案の定、直政は口角を引きつらせて今にも叱りそうな顔だ。

「あ、あなたが心配で、居てもたってもいられず…い、いえ。あなたが立派に務めを果たすことぐらいわかるのですが…えと…」

「わかりました。とりあえず、移動しましょう。幸村殿のご迷惑になります」

直政が青年がしたように直虎を背負った。

「幸村殿。後日お礼に伺います」

「いえ、お気になさらず。私は何もしてないので」

「では」

「直虎殿も養生してください」

直政が幸村に軽く頭を下げ、歩き出す。
だが、直虎が幸村を呼び、直政は止まった。

「義母上?」

「ゆ、幸村さん。あ、あの方は。あの方のお名前は」

幸村は驚いたような顔をするが、すぐさま寂しそうにかぶりを振った。

「私の、一番の友です。彼があなたに名乗らないのであれば、今はそのままに…ですが、できれば…再会できるのを祈ってください」

それが何を意味しているのか直虎にもわかったから、小さく頷いた。

「わかりました。またお会いできた時に…」

直政に行ってくださいと告げた。
幸村と彼は友だと。
だけど、幸村は豊臣で、彼は北条で。
彼が戻る事を幸村は引き止めていたが、彼は戻った。
今の戦況。大分北条側が苦しい事を知っていたから。
この先会えるのかわからない。
武士ではなく、料理人だと言っていた。
だけど、戦況がどう転ぶかわからないから、戦に関わらないと言っても、何がその身に起こるかわからない。
幸村としては引き止めたかったのだろう。

だけど、幸村が名を呼んでいた。

さん…またいつかお会いできた時に…改めてお礼を言わせてくださいね)

根拠はないが、きっと会えると信じて。
敵味方と関係なく、助けてくれた優しい人だから。





「ただいま、戻りました」

「あぁ、すまない。どうだった?」

直虎親子も陣を去ってしばらくした後、幸村の下へくのいちが姿を見せた。
幸村は念のためにが無事に戻れるようにくのいちに後を追わせたのだ。

「ちゃんと着きましたよ。と言うか、途中で甲斐ちんが居て、いつもみたいなやり取りをしていましたよ」

「そうか…」

突然敵側にいるが姿を見せたのは驚いたが、その行動が彼らしいとも思えた。
変な話だが、元気そうというか、いつも通りの様子だったので安心もした。
この先安心したままでいられるかわからないが、直虎に言ったようにまた会えると信じたい。
も「またな」と言った。
だから、次があると幸村は信じるのだ。








19/12/31再UP