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千波万波
捕虜ではない、真田陣営での生活。 真田は北条家の支城の一つ。忍城攻めに参加していた。 忍城攻めを任されたのは、秀吉の子飼いの一人。石田三成。 彼の命の元、せっせと忍城を落とすための策が行われているらしい。 が身動きが取れない状況の中、一つの動きがあった。 忍城周辺に長い堤防が作られ、利根川の水を利用した水攻めが行われた。 だが、忍城を守る北条家側は、その堤防を決壊させ、逆に豊臣側に死者が出るほどの被害を出させた。 水の抜けた忍城周辺は泥沼化し、思うように兵を進める事ができなくなったらしい。 「うちも下手したら危なかったにゃ〜」 呑気にの傍でそんな事を言うくのいち。 今日は彼女がを看視しているようだ。 「へぇ」 面白くなさそうに、泥沼化している忍城を見ていた。 「じゃあ、戦は終わったの?」 「ん〜お互い引かないからねぇ。なにせ、忍城には甲斐ちんがいるってよ」 「甲斐が!?」 「ちんが小田原を出た後に、彼女も出陣したみたいだよ」 甲斐は自分がここに留まっている事を知っているのだろうか? 理由がわからず、ここにいる自分。 甲斐になんとか知らせたいとは思うが。 「甲斐ちん、暴れまくっているみたいだから、こっちは手が出せないんじゃないのかな〜」 面白がっているくのいち。 だが、彼女の言っている事が簡単に想像できてしまうので、否定はできなかった。 【5】 「どうにもならないのだったら、もう戦なんてやめればいいのにな」 「しょうがないよ。引くに引けないんじゃさ」 「あぁ、プライド高そうだもんな、石田三成って」 「ぷらいど?」 「矜持って言えばいいのかな」 「あぁ」 は一度だけ遠目から石田三成の姿を見た。 思っていた以上に美形な面構えだったので、驚いたが。 正直、素直とは無縁そうだとも感じた。 「でも、あの人。幸村様とは仲良しだよ。お友達だもん」 「へぇ。幸村に友達か。良かったじゃん」 武田が滅亡し、小大名の真田は生き延びる為に、上杉など同盟を結ぶなどして色々講じて来た。 幸村は人質として、信長の跡を継ぐかのように勢力を拡大した秀吉の元へ送られたそうだ。 幸村の性格や、仕事ぶりに秀吉はいたく幸村を気に入ったらしい。 そんな縁もあって、石田三成と行動を共にする事も多くなっていったようだ。 北条とは厳しい間柄になり始めたために、以前は普通に行っていた文通も途切れてしまった。 時代が時代だからしょうがないと思いつつ、幸村は幸村で向ける世界が広がったのだなと思った。 「ねぇ、ちん。ちんは…北条家が亡く……この戦で敗けた場合どうするの?」 「はっきり言えば?滅亡したらって」 「ちん、ごめん」 「いや、別にくのちゃんを責めているわけじゃないし。たださ、この戦がどうとか言う前に、俺は小田原に帰りたいんだ。政兄達の所に」 なんとかしてくれないか?とくのいちにぼやいてしまう。 くのいちも真田に仕えている身なので、どうにもできない。 「それが無理ならば、甲斐の所にでも行かせてくれるとありがたいんだけどね」 「………」 ふと、隣を見れば、くのいちは満面の笑みを浮かべている。 「なに?くのちゃん」 「にゃはは〜なんか嬉しいなぁって思って」 「嬉しい?」 「ちんが変わったなぁって。出会ったころは結構冷めていたから。人を寄せ付けない部分もあったし。けど、今のちんは違うなぁって。北条家が大事なんだね」 はっきり面と向かって言われると恥ずかしいものはある。 だが、それはくのいちが他の誰よりも気づいていたから。 が人と距離を取っていたことに。 そして気にかけてくれていた。 「まぁ…俺の家族だし」 「そっか。うんうん」 「だから、わかるだろう?俺が今思う事は」 「わかるけどぉ…あたしは、昌幸様の命令を無視する事なんでできないよぉ」 「…ごめん」 「あ!謝らないでよ!その、しょうがないよ、こればっかりは」 友達を味方したくても、自分の立場上どうにもできないのだから。 昌幸が自分をここに縛り付ける理由がわからない。 氏政からの頼みは引き受けると言っていたが。 「」 幸村がやって来た。 「父上がお呼びだ」 「わかった。これで開放してくれればいいんだけどね…」 やれやれと首を回しながらは歩き出した。 「……」 「幸村様?」 の後姿を少し物悲しそうな顔をし見ていた幸村だったが、くのいちに問われなんでもないとかぶりを振り、自身もその後に続いた。 が昌幸の居る陣へと入ると、昌幸は読んでいた文を閉じた。 「昌幸様」 は昌幸の前で首を垂れる。 「。知らせが入った。小田原城が開城した」 「開城…それは…」 顔を上げる。 「氏政殿は降伏されたのだろう。こちらも引き上げるように知らせが入った」 小田原城でも戦がすでに起きていたと言う話か。 しかし、そんなに早くに終わるのか? 確か、秀吉の小田原攻めと言われる戦は、かなり長い期間かかったはずだが。 こんな風に勉強不足、認識不足だったことが悔やまれる。 「わしらもすぐに引き上げ、秀吉様の元へ参る事になった」 「あの、それで、政兄、えと」 上手く言葉が出ない。 敗けてしまった北条家は、滅亡の道を辿るのか。 「結局、俺はなんで」 「氏政殿の頼みを聞くと言ったであろう」 「だから、それは!」 「氏政殿の頼みはそなたの事だ。弟を預かってほしいとな」 一瞬、目眩が起きたように感じた。 ガツンとすごい衝撃を受けたような。 「なん、で…」 「証拠を見せたくとも、わしが燃やしたのを見たであろう。あれを残しておくわけにはいかんのでな」 「嘘だ。そんなのわざわざ頼むことではないでしょう!?政兄は、秀吉に一泡吹かせたくて」 「だが、それが事実だ。氏政殿は、そなたを戦で巻き込まないようにしたかったのだろう。小田原城に居ては、どうなるかはわからなかったからな」 結果的に、城が落ちるというまではいかなかったが。 「だからって、可笑しいじゃんか…政兄。ふざけんなよっ!」 は歯を食いしばり、立ち上がる。 昌幸に一礼してから陣を出る。 「!」 幸村がの前に立つが、は邪魔だとばかりに押しのけた。 「待て、!」 幸村が引き留めようとするが、は聞く耳を持たなかった。 無言で陣から離れていく。 間に合うかわからない。 けど、このまま居る理由はない。 小田原城に向かわねばならない。 いや、先に忍城へ行くべきか。 甲斐に会って、、、 「くそっ!」 考えがまとまらないまま、は走り出した。 人間の力ってすごいなと。普段ならば感心したかもしれない。 行きは休憩を挟み、休みながらの旅だったが、帰りは休むなどもってのほかと言わんばかりに走った。 小太郎の犬も着いてきており、いや、先導してくれたので、迷わず走れた。 「待って!ちん!」 その身一つで小田原に戻ろうとしていたに、くのいちが水筒とお握りを持たせてくれた。 「本当はあたしも一緒に行きたいけど…これくらいしかできないから」 「ありがと。くのちゃん。これだけも十分だよ」 「ちん。無茶しちゃダメだよ?」 それには答えなかった。 ただ苦笑することしかできず。 だけど、くのいちが持たせてくれた水と握り飯のお蔭で、ぶっ倒れることなく済んだ。 「政兄!どこだ!!」 豊臣勢に包囲されているかと思った小田原城であったが、ほとんど警戒されることなく城に戻る事が出来た。 ボロボロにはなっていなかったが、土足で踏みにじられたような感じであり、正直胸糞悪く感じた。 「松浦!」 料理番だった一人が、の姿を見つけやって来た。 「大丈夫か?」 肩で息をし、なりふり構わず走った感がするを見て、酷く心配してくれた。 「俺は、いい。政兄と、照兄は…」 「……お二人は…」 「どこだ!!」 滅多に相手に感情をぶつける事などしないが、声を上げたので相手は驚く。 「その前に、お前はどこかに姿を隠せ」 「は?」 「いいから」 は男に腕を掴まれ、その場から連れ出されそうになる。 「待てって、俺は政兄と、照兄を」 「今、お二人の名を出すな」 こそこそしたような感じがの不安を抱かせる。 「おい。そこの二人」 少々厳つめの男に呼び止められた。 「はい。なんでございましょうか」 が答えるより早く同僚が進んで笑顔で男に返事をする。 「お前じゃない。その若いの。お前だ」 「俺?」 「この者は私と同じ料理番でございます。これから仕事がございますので…」 同僚は男とを引き合わせないようにしている。 話を合わせた方がと言うより、何も言わない方がいい気がする。 「………」 「そうか」 男はを一瞥するも、それ以上は追及してこなかった。 そのまま場を離れていく。 離れた事に同僚は息を吐いた。 「なに?一体」 「なんかやったのか?お前の事を秀吉が探しているんだよ」 「は?俺?何もやってない…けど」 秀吉が?と首を傾げたくなる。だけど、今はそんな事より、氏政達の方が気になる。 「それより、政兄達は?」 同僚は困ったような顔をし、言葉を濁す。 だが、話してくれとが詰め寄ると観念したかのように話してくれた。 「城を開城したことによって、北条の支城は次々落ちた。忍城だけ奮戦したようだが」 それは知っている。水攻めを逆手に取った。 だが、一方で小田原城は開城、北条は降伏したと聞いたのだが。 「結果的に、北条に開戦の責があるからと…お二人は切腹を命じられた」 「な!!?」 元々は天下統一だとかなんかで迫って来たのはそっちではないか。 沸々と怒りは沸くが、それよりも今だ。 「で。もう…執行されたのか?」 「いや、まだだか…もう時間の問題だと思う」 は今、二人が居る場所を同僚から聞き出し、そこへ向かった。 豊臣の兵が居る中で、二人に会えるのかわからないが。 大人しくしてなどいられないから。 本当に時間の問題だと言うのがわかった。 番所と呼ばれるところへ向かう氏政の姿を見つけた。 「いた…」 は氏政が豊臣の兵に囲まれていたが、構わず呼ぼうとした。 「ま、さ!?」 だが、突然強い力で引き戻される。 「な!?」 「騒ぐな。」 それは幸村だった。 幸村は幸村でが心配で、彼が立った後で、馬で追いかけてきたらしい。 「放せよ、幸村!!」 「駄目だ。今ここで、お前が氏政殿を呼べば、お前まで罪になる」 「知るかよ!そんな事!!俺は政兄と話が!!」 「氏政殿の気持ちを無駄にする気か!!」 先程同僚も言っていた。 秀吉がの事を探していると。 幸村は、父昌幸からの事を匿ってほしいと氏政が文にしたためた事を聞いた。 秀吉が探している事と、理由が同じなのかはわからないが。 もしかすると、が北条家の一人として捕まる可能性もあったらしい。 だから、それに巻き込まれないように小田原城から、仕事を与えるふりをして逃がしたそうだ。 「だけど!!…俺は…」 「真田殿」 「……榊原殿…」 番所から離れたとはいえ、どうやら男二人が騒いでいれば目立つ事になったらしい。 徳川家康の配下。榊原康政が幸村の前に姿を見せた。 「その者。北条家の者のようだが」 「い、いえ…」 ここで幸村が嘘を吐けば、後でばれた場合幸村が罰せられてしまうではないか。 は咄嗟に。そうだと答える。 「ほう」 「だから、政兄と照兄に会わせてくれ」 「!」 「良いだろう。来い」 康政は検視役らしい。 幸村の力が緩くなり、は康政の後を追った。 番所内に入り、これからすぐにでも刑を執行するのだろう、姿の氏政がいた。 「氏政殿。こやつは北条家の者だろうか?そなたに会わせてくれと言うのだが」 「…知らぬな」 「政兄!」 「彼奴は北条家の一族を名乗る不届き者。我とは一切関係のないものだ」 氏政がを見る目が酷く冷め、きついものだった。 「そのような者と同じ時に死ぬのは不本意。さらに、彼奴に誇り高き切腹など、無用。 できれば、野に放ち。野垂れ死にさせていただきたい」 「政、兄…」 「早う、その者を連れ出してくれ」 康政は、兵士にを外へ出すように命じた。 「ま、待って!政兄!俺!!」 引き摺られるように連れ出されるだが。 「お前みたいなのは、外の世界へ行け」 きつかった氏政の目が、一瞬だけ優しい、の知っている目に見えた。 それからすぐに、氏政は切腹した。 同じように氏照にも切腹は命じられていたので、北条家は5代目となる氏直が継いだが、助命されて高野山に追放された。 これで、事実上北条家は滅亡した。 19/12/31再UP |