千波万波



ドリーム小説
主に最近のやり取りと言えば。

「政兄!いい加減に飯を食いに来いっての!!」

「す、すまん。あと少し、これだけはと思うと…つい…」

膳を用意しても、氏政だけ手を付けてないことが多い。
一般的な扱いならば、黙ってその膳を下げてしまうだろう。
冷めたものを出すわけには行かないだろうから、その都度作りなおすなどをするかもしれない。
だが、の場合は違う。
家族的な意味合いが強いので、政務に没頭し室から出てこない氏政を引っ張り出すのだ。

「子どもじゃねぇんだから、飯の時間にはちゃんと顔を出せ」

「そうは言うが、わしだってな」

「政兄が顔を出してくれれば皆が安心する。それくらい解れよ」

氏政は瞠目しつつも、照れ臭そうに後頭部を掻いた。

「確かに…これではいかんな」

次は気を付ける。そう言いながら新たに用意された膳に手を伸ばした。





【2】





「と言っても、多分出てこねえんだろうなぁ…」

はため息を吐いた。
毎度毎度同じことを言っても、結局のところ氏政は室に籠ってしまうのだ。
は氏政の室から出る。

(まぁ…政兄の気持ちもわかるけどさ…悠長なことは言っていられないことも)

氏康も言っていた。
遅かれ早かれ秀吉のとの戦は避けられないだろうと。
ほぼ日の本を手中に治めた豊臣秀吉。
残るは関東と東北だが。
どうやら東北、伊達家も折れたらしいと噂を聞いた。
なんだ、あの政宗でも秀吉には逆らえなかったのかと、少し残念に思った。

「時間の問題だな…」

「何がよ」

「甲斐!?」

「ブツブツ言いながら、怪しいわよ、あんた」

「甲斐と違って、俺は色々考えているんだよ」

話しかけてきた甲斐に、もいつもと変わらないように答える。
だが、甲斐はそれが気に入らなかったようで軽く頬を膨らませた。

「いい加減、話をはぐらかすのやめなさいよね。いっつもそう。あんたにとって聞かれたくない事になると、話を逸らすよう誘導するんだから。で?何が気になるってのよ」

「………」

まさか甲斐から言われるとは思わず、はすぐには返事ができなかった。
すると、のその反応に甲斐は少し目線を逸らし、頬を染めた。

「な、何よ。あたしだって、結構あんたの事見ているんだから、わかるわよ。それくらい」

そこそこ付き合い長いでしょ。などと言う。
自身は話を逸らすような事をしているつもりはなかったが。
自身の過去の事など、説明が面倒くさいと感じると有無を言わさず話題を変えていた気がする。

「出会ったころに比べて…可愛くなったよな、甲斐は」

「な、なな何よ!突然!!?」

「そう思ったからさ。漢の中の漢だと思っていたんだけどさ」

「また〜そうやって話を逸らそうとする!もうその手は食わないからね!!」

さっきよりも一段と顔を赤くした甲斐。
半分怒りも入っているようで、興奮気味にの顔を覗き込むように近づいた。
はその勢いに数歩後退してしまう。

「や、別に逸らしたわけじゃ」

「いいから!」

ちゃんと話すまでは逃がさない。
そう言っているようだ。
は観念し後頭部を掻きながら歩き出した。

!」

甲斐が慌てて後を追う。

「これ。片付けてからな」

手に持った膳を示した。





改めてする話でもないだろうとは思うも、甲斐はどうしても話を聞きたがっているので、は仕方なく口を開く。
作ってあったどら焼きを甲斐に差し出しつつ。

「な、何よ。また食べ物で話を逸らそうってわけじゃないでしょうね」

二人の間に置かれた菓子皿。

「どれだけ信用ねぇんだよ」

は自身も一つ手に取り食べる。

「嫌なら食わなきゃいいさ」

「た、食べるわよ」

甲斐も一つ手に取り頬張った。

「は〜やっぱりが作ったものは美味しいわね」

さっきまでの膨れた面はどこかに去ったようだ。
このままのんびり過ごせればよいのだが。

「それで?はぐらかそうとした事は何よ」

「はぐらかしているつもりはないんだが…甲斐にはそう見えたんだな」

「付き合いが長くなればわかるわよ。それくらい」

「へぇ…」

「時間の問題。って呟いていたわよね。それって…」

「甲斐が思っている通りだと思うよ。政兄や照兄は頑張っているけど、秀吉が攻めてくるのも時間の問題だろうって」

ほぼ天下を治めたと言っていい秀吉が関東周辺を着実に囲み始めている。
いつどこで開戦されても可笑しくないだろう。

「秀吉の事だから、難癖着けて攻める理由を作るんだろうなって」

「大丈夫よ!この小田原城が簡単に落ちる事はないし、あたし達だって簡単に敗けやしないわよ」

「………城はな。けど、人は違うだろう」

一瞬瞠目する甲斐だが、の言いたい事がわかるようで。
軽く目を伏せ、そうね。と口にした。

「天下ってとらなきゃダメなものなのか…」

…」

「お館様はよく言っていたよな。天下なんざどうだっていい。俺の民に手を出そうってなら容赦はしねぇ…現に北条の民は現状でいいと思っているし」

「秀吉の考えなんてあたしが知るわけないでしょ」

「そうだけどさ。信長が天下布武とか言わなきゃな〜天下統一しなきゃダメじゃん。な空気がな」

が言うと、ものすごく軽いわね、天下って」

甲斐は笑う。

「実際、秀吉が天下をとってどう変わるか、なんて誰だってわからないし、それが良いという奴もいれば、ダメだという奴もいるでしょうね」

「だろうな…政兄は秀吉に従う気はないだろうから…戦にはなるだろうなって」

「………秀吉に従えば…済む話なのかしらね」

「戦がない方が民はいい。けど、それを踏まえても、政兄は秀吉の天下に納得ができないのだろうな。お館様も」

そう言って、は右手を伸ばすも菓子皿は空だった。

「………真面目な話をしたつもりだったんだが…お前、その間にいくつ食ったんだよ」

自分は一つしか食べていないのに。
菓子皿にあったはずのどら焼きは綺麗になくなっていた。

「し、仕方ないでしょ。美味しいからついつい…」

真面目な話をしつつも、美味しさが勝って手が止まらなかったのだと。

「緊張感ねえな」

は苦笑する。

「だ、大体ね!真面目な話にこうしてお菓子を用意するのが可笑しいんでしょうが!」

「俺の所為かよ」

「しかも縁側だし!」

「藤棚の方が良かったか?」

「どこでも同じでしょ」

「じゃあ菓子なしの方が良かったのかよ」

「そうは言っていないでしょ」

言い争っているわけではないが、傍から見れば煩いやり取りに見えるだろう。
大体、甲斐とはいつもこうだ。

「………」

?」

「あ、いや…普段ならさ…こうやって騒いでいると」

「…うん」

甲斐にもわかり、小さく頷いた。
こうしたやり取りをしていると、大抵近くの室に氏康が居て。
勢いよく障子が開き。

「うるせぇんだよ、お前らは!」

などとこっちの理由も聞かずに拳骨が飛んでくるのだ。
今はそんな風に騒いでも誰も叱りに来ない。

「変な話だけどさ…俺、お館様に叱られるの嫌じゃなかったんだよな」

は目線を上に、空に向ける。

「それは…あたしもそうよ。あたし達だけじゃない、皆そうじゃないの?」

「だな」

もうあの怒声が聞こえないのは寂しい。
どんなに騒いでも叱ってくれない。
子供じみた考えだが。

「くのちゃんに、言われた事あるんだ。俺はいつも一人でいる、誰とでも仲良くなれそうなのにって」

「………」

それは甲斐も知っている。
そして甲斐も気づいている。
最近ではそう感じなくなってはいるが。

「それってさ。俺の過去に関係あるんだ」

「過去?」

「知っているのは、お館様だけ。あ〜もしかしたら小太郎さんも知っているかも。つか、見ていたかも」

が自分の話をするなど珍しい。と言うより初めてだ。
もっと聞かせて欲しいと甲斐は思うが。
ここで無理にせがむと機嫌を損ねて黙る可能性もあるので、黙って聞く。

「きっと。誰かに話すのは甲斐だけだろうな」

「い、いいの?あたしが聞いても」

「自分から話をしだしてダメなんて言うかよ。まぁ、理解しかねる部分もあるだろうから嫌ならなやめるけど」

甲斐はかぶりを振る。

「聞きたい!の話」

「そんなに話すほどもないけどさ」

は甲斐を見て笑う。
甲斐の鼓動は跳ねる。

「簡単に言うとさ。俺って…生まれも育ちもここじゃない。甲斐が想像できない数百年も先の時代なんだよ」

「…は?」

「あはは。そう言う反応すると思った。頭おかしいとか思うだろ?」

「そ、そこまでは思わないけど…」

「未来から来ました。未来人です」

「馬鹿にしているでしょ、あたしの事」

甲斐は小さく頬を膨らます。

「けど…少しはわかる。あんた、たまにあたしには意味が解らない事を口のするから」

「結構、違いがあって面倒くさいって思ったよ。けど、逆に考えたね、俺の未来の知識が割と料理で役立つなって」

「じゃ、じゃあ!あの時食べさせてくれた、まよねーず。っての」

「そ。ここじゃ誰も知らない調味料。まぁ、マヨネーズは一般家庭が作る過程が面倒だけど。作り方は知っていたからな」

あれも、これも、それもそう。
は甲斐に教える。

「あんぱんもそうなのね」

「パンは作るのに足りないものが多くてさ、あれはマジで苦労した」

「でも、美味しかったわ」

食べると幸せになれるような味だった。

「そう思うと、本来なら味わう事が出来ないものを味わえたと思えば。悪くないわよね」

「………」

「何よ」

「甲斐になら、もっと早くに話しても良かったなって思ってさ。俺が過去に飛ばされた理由なんて知る術もないし、どうやって戻れるかもわからない。
けど、どこかで俺は周りとは違うんだって勝手に拗ねた。できれば俺の事なんて放っておけって」

と出会ったころは、まさにそんな感じだった。
一人で過ごす事は多く。
話しかければ答えるが、彼の方から話しかけることはあまりなく。
物に執着する事もなく。
小太郎の犬に対しても、情が湧くようなこともしなかった。

「それでお館様は…」

根を張らせろ。甲斐にそう言った。

「俺の事なんて、お館様が知ってくれていればよくて、お館様がいないなら北条に居座る理由もないって」

それを言えば、いつも氏康に叱られた。

「それ。あたしにも言ったわよね。お館様がいなくなったら、どこかに行くだろうって」

「けど、実際はさ。政兄や照兄放っておけねぇし。二人だけじゃなく、ここの人達みんなさ」

そう言われると甲斐は安心した。

(お館様。はしっかり北条家に根付きましたよ)









19/12/31再UP