糸し糸しと言う心。



ドリーム小説
尾張から甲斐へ。
一度死に掛けて臥せっていたにとって、その移動がかなり辛いものだった。
だが弱音を吐いて、幸村たちに迷惑をかけたくない。
彼らは自分の所為で、予定より遅い帰還となったのだ。
理由はどうあれ、咎められる可能性が高い。
少しでも早く甲斐へ到達できるようにしたいと、歯を食いしばった。
の宝物と言った、あの自転車。
佐助が妙なものをと思ったが、が倒れていたすぐそばにあったことで。
これが彼の物だろうと思って放置せずに持ってきてくれた。
だから甲斐へ向かうのに、荷物にはなったが夏嶺はありがたかった。

甲斐へ、真田邸へ到着すると同時には熱を出しぶっ倒れた。
流石にまだ体調が万全ではなかったからだろう。
幸村に迷惑をかけっぱなしだと謝ったが、逆に叱られた。

「具合が悪いなら悪いとちゃんと言え!まず大事なのはお主の身体の方だ!」

迷惑などとは少しも思っていないと。

「己の命を大事にしない奴が、一番嫌いだ!」

嫌いだ!などと子どもみたいな物言いに、思わず笑ってしまった。
真面目に聞けと幸村にはゴツンと拳骨を貰うハメになったが。
だが幸村の懸命さが、にはすごく嬉しかった。

それから暫く療養し、リハビリを兼ねて身体を鍛え始めた。
武器を握ることは相変わらず避けたが、体力だけはつけておこうと思って。
幸村を通じて、彼がお仕えする武田信玄に詳細は伝った。
超が着く有名人に会えたことに喜び、緊張はしたが、信長よりも普通のオッサンという気軽いイメージを
持ってしまった。
名物なのか、幸村と互いに拳でぶつかり合うのも見てしまったわけだし。
全てが嫌だったわけでもないが、あそこに比べると気が楽だった。



が真田邸で暮らし始めて半年経った頃。
佐助があることを教えてくれた。
信長が、近江の浅井を討ったと。
そして市は信長に連れ戻されて尾張へ戻った事も。

「ふーん。そっか・・・・」

「あれ。意外に淡白な反応だね」

「ん?まぁ予想済みって答えておこうかな」

余裕ぶった笑みを浮かべる。
だがそこは知っている。長政と市の生活は信長によって壊されるのを知っていたから。
これは歴史上では夏嶺でも知っている出来事だ。
確か姉川の戦いとか。
ただ、少々時が短くないかと首を傾げた。
本来ならば二人の間には子が数人授かったはずだ。
市の近江での生活はそう簡単には終わらなかったはずだ。
だが実際には半年足らずで壊れてしまった。
いや、そう言えば・・・今更なのだが。
信長にはもう一人の有名人。豊臣秀吉の存在もなかった。
ここは自分の知っている歴史とは随分違うようだと、ようやく思うようになった。

「まぁ別にいいけどさ。それでどうする?大事な彼女ちゃんを」

美人の彼女でいいねぇと佐助に茶化されるもどうにもできない。
自分が今居る場所は甲斐。
そして市はが無事であるのを知らないはずだ。
会う事は叶わずとも、生存を伝えるべきなのだろうか?
だから、どうする?と聞かれてもは曖昧に笑うだけで答えはでなかった。





【8】





茶屋で幸村たちと三人で寛いでいた時。
佐助から信長の動きを危険視する信玄の話を聞いた。

「・・・・・尾張か」

「あの子も・・・・戦っているッてさ、・・・・」

「・・・・・そっか・・・・」

と市の出会いも戦場だった。
だから織田に戻った市が、再び戦場に出るのも仕方ないと思った。
きっと信長の命令だろうと。
あそこでは誰も信長には逆らえない。
いや、逆らうことができないのだ。
ただ、佐助の話では、近江から戻った市の様子はあまり好ましくないらしい。
戦で市が見せるのは魔王の妹として狂気を感じるそうだ。

「なんか、心が壊れちゃった・・・って感じだねぇあれは」

それはまぁ、二度も大事な人を目の前で失えば気丈で居られるはずもない。
悲しみを通りこしてしまったのだろう。

「武田と戦になったらどうする?は」

一兵士ではない
幸村に命を預けたとは言っても、別に戦場に出ろとは言われていない。
それ以前に戦う力は身につけていない。
それでも、最近思う。

「・・・・もし、この先・・・織田と戦うようなことになればさ・・・俺も連れて行ってくれよ」

!」

人を斬ることはきっとできない。
それでもあの場に行かねばならぬと感じる。

「俺・・・市に会わないといけない気がする・・・」

市の心が壊れているのならば、自分でそれが可能ならば傷ついた心を癒してやりたい。

「会ってどうなるとかわからないけど・・・市に・・・・」

市に会いたいのだ。
俺は生きている。と彼女に伝えたいのだ。
人づてではなく、自分の声で自分の姿を彼女の前に晒したい。

「お主が思っているより、戦場は危険だぞ・・・綺麗な場所などではない」

「それは知っているよ・・・」

「それがしが許さぬと言えば?それがしはに死んで欲しくはないぞ」

幸村の目は真剣だ。
きっと茶化すようなことを言えば、本気で殴りかかってくるだろう。
幸村は幸村でを案じてくれているのだ。

「もっと酷い事を言えば、市殿が・・・のことを忘れていたらどうする」

を見ても斬りかかってくればと。
は微かに目を見開くも、すぐに小さく笑う。

「・・・・本当、それ酷ぇな・・・・」

「す、すまぬ」

だがあり得ることだ。姿を見せたからと市が信用せねば話にならない。
けど、夏嶺はもう決めているのだ。

「それでも行くよ。反対されても、こっそり着いていくよ」

も真剣だ。
あの時、佐助に市が織田へ戻ったと聞かされた時に動くべきだったのかもしれない。
何もしなかった、見過ごしたのが今の市へと繋がるのかもしれない。
だから今度は、もう一歩引くのはやめる。

「俺。市のこと好きだ。今も・・・・。嫌いだなんて時なかったけどさ」

あぁそうか。
今だからわかる。蘭丸の言っていたことが。

『何かを守る為には戦うことだって必要だぞ。自分も、誰かも』

きっと今がその時。市を守る為に戦うんだ。

「魔王から市を奪ってやる」

物語の主人公ではないが、少しだけ格好をつけて。

・・・・」

「はい。旦那の負けー!に惚気られちゃったね。いやー参った参った」

何を言って止めてもムダなのだろう。
は本気だ。
だったら、ここで反対でもして物置にでも閉じ込めておく真似などせずに。
彼が無茶をしないように協力してやった方が無難だ。
自分でこっそり着いていく。などと言うのだから。
もっと狡猾的に言うならば、の起こそうとしている事で武田に不利になる真似は避けたい。
逆に武田の有利になるのならば、それに越したことはないのだ。

「わかった。それがしもに協力する」

「え。協力って・・・」

幸村はの胸にコツンと拳を当てた。

「戦場で倒れぬよう、はもっと強くならねばならぬ。だからそれの手助けをそれがしはする」

「あー・・・それって、つまり・・・」

嫌な予感がする。

「修行だ!修行に決まっておろう!市殿と会うには必ず戦場に出ねばならぬのだぞ!
今のでは彼女に会う前に倒れるに決まっている」

幸村は立ち上がってを指差す。

「うーわーはっきり言ってくれるなぁ」

だが「倒れる」と言葉を選んでくれている限り、幸村の優しさを感じる。
佐助もの頭をわしわしと撫でた。

「そうそう。付け焼刃になっちゃうかもしれないけど。何か一つぐらいは生き残る術を持っていた方がいいよ」

「佐助さん・・・」

「旦那が助けてくれた命。無駄になんかしちゃダメだって話しだよ」

は目を閉じる。

『生きますよ。何が何でも。俺のやり方で』

濃姫に言った自分の言葉。

そうだ。何が何でも今は彼女に会うために生きねばならない。 そしてその先も、絶対に。

「スポ根はガラじゃないけど、頑張るよ、俺」

尾張で暮らし始めた当初は、何が何でも早く元の場所へ帰りたい。
その為には何が何でも生き残るんだ。
そう思っていたのに。
市と出会って、彼女に惹かれてからはその気持ちが薄らいでいる。
それ以上に心を占めるのは、市と一緒に居たいと言う事。
市ともう一度だけでも会って、彼女に「好きだ」と告げたいのだ。



***



幸村指導の下、の修行は始まった。
いつ織田と戦になるのかはまだわからない。
互いに状況を見定めているかのようだ。
武田は織田以外にも目を光らせなければ存在が四方に存在するから。
だが、今はどちらかと言えば、織田に対抗する為にその存在たちと手を結ぶことも視野にいれている。

っ!!逃げてばかりいてどうする!!」

「あ、いや・・・身体が勝手に・・・当たると痛いじゃんか!!」

修行になっているのかわからない修行。
刀を握るにも槍を振り回すにも、性に合わないと言う
武道の類は今まで一切やっていないから。

「けど、反射神経はいいよね。は・・・」

今の所幸村の攻撃が一つも当たっていない。
彼の得意は逃げ、回避なのかもしれない。

「ギャッ!!」

幸村との手合わせ中、佐助が確かめる為にクナイを数本に向かって投げた。
は間髪それをかわす。

「おぉ。すごい、すごい。俺様の攻撃かわすなんて」

「す、すごかねぇよ!!っていうか、佐助さん、い、今のは」

「戦場じゃそんなこと言ってらんないよ?どこから攻撃されるかわからないんだから」

相手が幸村みたいな正攻法を使う者ばかりじゃないのだ。

「そ、そうかもしれないけど・・・・でも、佐助さん俺で遊ぶのやめてくれな」

「あらまぁ」

佐助が本気でないのはにもわかるのだろう。
いや、幸村もまだ本気を出していない。
二人が本気を出せば、自分なんてあっという間に倒されているはずだ。
今はまだ戦う事に「慣れ」させることが目的なのかもしれない。
それから日が沈むまでは二人に扱かれたのだった。

そして、その晩。
は修行に疲れたと言って、夕餉の後あっさり寝てしまった。
幸村は縁側に腰を下ろし、好物の甘味を食べている。

「どうですか?旦那から見ては」

佐助が茶を幸村に出した。

「ん。悪くはない。弱音を吐かずに頑張っているのはたいしたものだ。だが・・・」

「戦場に出るのはまだ早いって所ですかね?」

「あぁ。きっとは修行をしたからと言って、刀を持つことはしないと思う」

身一つで市を助けに行くのだろう。
幸村から見ても、それは単にバカのやろうとしていることだと思う。
無謀もいい所だと。
けど。

「羨ましいとも思える。そこまでして成し遂げようとしている姿に」

「旦那も似たようなもんじゃないの?大将の為にって常々言ってるじゃないか」

「んー。それとは少し違う気がする・・・だが、まぁ・・・・そんなバカ正直な奴を死なせたくない」

幸村はの命を単に預かったからではない。
幸村にとって、は心から笑いあえる、大事な友になっているのだ。

「それは俺も同じだね。だったらやっぱり、俺達はに協力してやらないと」

市を助ける為に戦場に出ようとする友を、死なせない為に動く。
織田の戦いはきっと荒れるだろう。
信玄の命が第一ではあるが、を死なせない為にも。

「そんでさ。お姫様をが助けたら、旦那どうする?」

「は?どうする・・・とはなんだ?」

「いや、なんとなく思っただけ。、今はここに居るけど、彼女ができたら旦那寂しくない?」

「・・・・・・い、今はそのような事を考えても仕方あるまい。それにその事はたちが考えることだ」

戦も始まっていないし、勝ってもいない。
それからの事など今話しても仕方ないだろう。
ムスッとした表情で幸村は甘味を食べ続ける。

「今は、を戦場に立たせてあげられるようにするだけだ」

「贅沢っすねぇ。旦那に手ほどきしてもらえて」

足軽など下級の兵士は中々そうも行かないのに。
彼らは問答無用で戦場に放り出される。

「し、仕方ないだろうが!佐助だって同じ様に思わないのか?」

「あーはいはい。そうですね。俺も同じですよ、友達だから贔屓目にしちゃいますよね」

呵呵と笑う佐助。
だが間違いではない。
周りが聞けば憤慨されてしまうかもしれないが、は大事な友。
そう簡単に死なせたくない。
そして、今度こそ二人で幸せになって欲しいのだ。

「まだまだ大変でしょうが、頑張りましょうね。旦那」

「あぁ」

が市を守るなら、幸村と佐助はその友を守るのだ。








19/12/31再UP