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糸し糸しと言う心。
目の前が紅に染まる。 紅から闇へ。 単純にもうダメだと思った。 なのに、身体は酷く熱くて仕方なかった。 とっとと楽にしてくれ。 そう願うのに。 何かが自分を繋ぎとめていた。 【7】 「〜」 「だらしねぇな幸村は」 体力作りだとは真田幸村を誘って山の中を駆けていた。 折り返し地点に定めたとある丘で館に向かって帰ろうとしていた時だ。 「体力有り余ってそうに見えるんだけどな。戦の時大丈夫か?」 「ムッ!馬鹿にするな!それがし腑抜けてなどおらぬぞ。ただが速過ぎるのだ!」 「そうかぁ?まぁでも走るのは好きだし、得意に入るのだろうな」 「誰でも取り柄はあるのでござるな」 「お前に言われたくねぇよ」 パチンと幸村の額を叩いた。 本来ならば無礼者と叱られても可笑しくない。 幸村はかの名将武田信玄に仕える武将だった。 数多く居る家臣の中でも信玄の信頼を得てその中枢で活躍する武人だ。 だがここで疑問が湧く。 武田信玄に幸村が仕えたという記述はない。 彼の祖父、父、伯父たちが仕えたと言うのはあったが。 幸村が活躍するのは戦国時代でも終わりの方であり、ほぼ一瞬に近い。 歴史がそれほど得意ではないが、それを知るのはないのだが。 単純に「あれ?なんか違うんじゃね?」程度には感じた。 だが目の前にいる男は偽者でもなんでもない。真田幸村だ。 とりあえず、深く考えるのはやめた。 今の自分を受け入れてくれたのは幸村なのだから。 「よーし。じゃあ戻ろうぜ。んで、先に館に着いた方が勝ちってことで」 ニッと笑う。 しかも幸村の同意を得る前に走り出す。 「あぁ!ずるいぞ、!!」 幸村も慌てて走り出した。 「負けた方が茶屋でなんか奢れよ〜みたらし団子に酒饅頭!」 「ぬっ。それがしそう簡単には負けぬでござるよ!!そこにどら焼きを追加だ!」 これは失敗だったか? 幸村に菓子の話をすれば、容易に勝たせてくれそうにもない。 むしろやる気をださせてしまったようにも気がする。 だが楽しい。 窮屈さがなく、開放感溢れている毎日だから。 「お帰り〜旦那、」 終着点である真田邸。門を潜ると男が一人待っていた。 幸村に仕える猿飛佐助である。 佐助ってあの佐助?確か小説で人気のあるあの? その程度の知識しかにはない。 しかも実在したのかそうでないのかもよくわかっていない。 目の前にいる男は確かに存在しているので、そうなのか?とこれも深く考えなかった。 「「佐助(さん)!!」」 と幸村は佐助に詰め寄る。 「な、なに?二人して・・・どうしたの?」 体力作りだ!と二人して山に駆けて行ったのは知っていたが、いったいどうした? 「どっちが早く門を潜った?」 「俺?幸村?」 負けた方が茶屋で菓子を奢る。 だから負けられない。だが当の本人たちは結果がわからないのだ。 ほぼ同時に門を潜ったから。 「それがしに決まっておる!」 「俺だっつーの!」 「え、えー・・・・なに、その面倒臭いの・・・・」 判定人にさせられて佐助は嫌そうな顔をする。 正直に言えば見ていないのだ、そんなことまで。 「旦那が早かったようにも見えるけど、も早かったしねぇ・・・さぁどっちだろうね」 そんなの知らないと佐助は投槍だ。 「佐助ぇ!そなた忍であろう!!その辺しっかり見とけ!!」 「うーわー無茶言うね、旦那・・・」 最初から頼まれて様子を窺うならまだしも、自分は単純に帰ってきたから迎えに出ただけだ。 「幸村横暴だな、お前」 さっきまでどっちと言っていたも幸村に冷たい視線を向ける。 にしてみればこのままうやむやになった方がいいと感じたのだろう。 どっちかが奢るという事は無くなったのだから。 「だよね。旦那ひどーい」 佐助と二人で向けてくる冷ややかな目に幸村はうろたえる。 別に菓子がそこまで食いたいとかそんなんではない。 単純に勝負事に熱くなってしまっただけだ。 「な、な、そ、それがしは」 「つーことで。勝負は旦那の負けってことで。の勝ちー」 佐助は見ていなかったのに、を勝ちに決めてしまう。 「よっしゃー!俺の勝ちー!みたらし団子に酒饅頭ゲットー!!」 一転して喜ぶに唖然とする幸村。 「ず、ずるいぞ!!!」 「俺は何もしていないぞ?佐助さんが勝ちって認めたんだから俺の勝ちー」 お前の負けーと不敵に笑う。 の策にはまったような気がするが、はそこまで考えていなかった。 単純に判定がうやむやになればいいと思っただけだ。 だが佐助に味方したことで、勝ちを譲られてしまった。 「ぬぬぬっ・・・」 本気で悔しそうな幸村。 そこまで懸命にならずとも。 そんな幸村を見て苦笑がもれる。 「はいはい。勝負はナシでいいよ。だから茶屋には食いに行こうぜ。奢りとかナシで普通に」 「本当か?」 大概こいつも単純だよなと思う。 だが悪くはない。 何か企んでます。って顔よりはいい。 「本当、本当。割り勘でいいよ」 「は旦那に甘いよ?」 あまり甘やかさないで欲しいと佐助に言われるも、一番幸村を甘やかしているのは佐助だと思う。 一応それは口にしないでおくが。 「まあ。いいけど、とりあえず着替えてから出かけなね」 今の二人はただの汗臭い男だから。 三人で美味いと評判の茶屋へ出かけた。 男三人で甘味処と言うのも可笑しなものだ。 だけど、友だちとつるむという意識の方が強く、は大して気にしなかった。 あれも食おう、これも食おうとお品書きを幸村と見て、佐助に呆れられるのがいつもの事だ。 店の縁台で並んで団子を食う。 作りたての団子は美味い。 さっきまで沢山走ったから余計に。 そういう時はご飯モノを口にしたほうがいいんじゃないか?と思うが、幸村と一緒だとつい甘味に走ってしまう。 「そういえば、旦那・・・・お館様も危惧しておられましたが、いよいよきな臭くなってきましたよ」 「・・・・・尾張か」 尾張の魔王織田信長。 はその名を聞いて食べる手が止まった。 尾張は少し前まで居た場所だ。 「あの子も・・・・戦っているッてさ、・・・・」 幸村に仕える通称真田隊の忍は佐助以外にもいる。 その彼らからの情報だそうだ。 「・・・・・そっか・・・・」 あの子。 信長の妹市。 の好きな人。 「武田と戦になったらどうする?は」 佐助の問いにはすぐには答えない。 だけど、は別に信玄に仕えているわけでも、幸村に仕えているわけでもない。 ただの居候のようなものだ。 戦には関係ない者だが。 は目を閉じる。 今、ここで暮らせていられるのは二人のお蔭だ。 市との駆け落ちは失敗し、追っ手の光秀に斬られてしまった。 大量に流れる血と雨の所為で徐々に体力は奪われ、死を覚悟した。 いや死ぬと思っていた。 だから薄れていく意識の中で、届かぬとも市へ別れを遂げた。 それなのに、意識は戻った。 「・・・・・・」 「お。気がついた?」 覗き込んできたのは佐助だった。 「・・・・・・」 「俺の言葉わかる?ちゃんと聞こえている?君、死に掛けていたのを助けたんだけど・・・どうする?」 どうするって何が? それがぼんやりと思ったことだ。 「別に助ける義理なんてないんだけどねー。旦那が気にしちゃったからさ。運がいいね、坊主」 助けてくれなど言ってもいないし、思ってもいない。 もうここで終わりだと諦めたのに。 だけど、助かったようだ。 「・・・・・いち・・・・・」 助かった。 市は知っているのか? 市に届いているのか? 最後に聞いた市の声は必死で自分の名を呼んでいた。 「坊主?」 「市・・・・」 口にすると涙が自然と零れた。 俺、生きているよ。と市に届けばいいのに。 「佐助!どうだ?」 「あーもー。旦那〜もうちょい静かに入ってきてよー」 幸村が入ってきた。佐助に叱られ小さく項垂れるも目覚めたを見て破顔する。 「お主。目が覚めたか!・・・ん。泣いておるのか?」 泣いている。そう言われて無償に恥かしくなった。 だから涙を拭おうとしたが、身体に力が入らない。 「あぁ無理をするな」 察した幸村が顔を手拭で拭ってくれた。 「目覚めて良かったな。今しばらく安静にしているといい。今は何も心配するな」 「旦那ーそう簡単にいいますけどねぇ」 ここ織田領なんですよ?と佐助は溜め息を吐いてしまう。 「・・・・ここ、織田?」 「あぁそうだが?何を言うのだ?そなたが倒れていた場所から、そう遠くない場所だ」 そうか。まだ尾張だったのか。 なんだか妙に愕然とした。 たかだか4日。そんなに遠くは行けなかったか。それとも尾張が意外に広かったのか? 自転車では無謀だったのか? 「とにかく傷を癒すことだ。すべてはそれからだ」 見ず知らずの青年を無条件で助けた?なぜだ? そしてどうしてもこっちの事情を何も聞かない。 互いに素性は知れぬと言うのに。 だけど考えるのも今は億劫で幸村の言葉に甘えて寝てしまう。 もし彼らが敵であればいとも簡単に寝首を掻かれるのに。 だがそれでもいいのかもしれない。 考えるのが面倒臭かったから。 それから数日間もは眠ったままだった。 たまに気がつくも、長い事起きていられず。 幸村と佐助にしてみれば足止めを食らっているだけで何の得もない。 だけど、雨の中倒れているを見つけたとき、微かに息があると知っただけで幸村は助けようとした。 誰にでも、どんな事情があろうとも、幸村は放っておけないのだろう。 尾張へは偵察に来たに過ぎない。 魔王信長の動きは甲斐にとって油断ならぬものだったから。 早めに甲斐に戻らねばならぬと言うのに。 幸村は頑として動こうとはしない。 そしてようやくは身体が起こせるようになり、会話もぽつりぽつりとかわすようになった。 互いの素性をここでようやく話す。 は正直に信長の下にいたことを話す。 妹の市と駆け落ち紛いのことをしたこと、そして面戻しに来た一人に斬られたこと。 「か、駆け落ちとは、そなた破廉恥な!」 「・・・・ハレンチ・・・すげぇ・・・・そんな言葉聞くとは思わなかった・・・・」 年齢は互いにそう離れていないと知ると、すぐに壁が剥がれたような気がした。 少々堅物なだけ。そんな風に。 「それで?クンはこれからどうするわけ?戻るなら戻れば?」 「・・・・戻れるわけないよ・・・・殺されそうになったし」 そこまで神経は図太くないし、信長に会えたとしても結果は変わらないような気がする。 何より。 「・・・・市は、市はどうしているか、知っているか?」 の問いに幸村は言いよどむ。 だけどあっさり佐助が答えた。 「君が眠っている間に近江の浅井長政に嫁いだよ」 「そっか・・・・・そうだよな・・・」 今頃自分は死んだことになっているだろう。 だがこれからどうする? 織田には戻れない。かと言って、元居た場所になどもっと戻れない。 何もこれからが思い浮かばない今、どうしていいのか考えも纏まらない。 なんで助けた、そんな自分を。 折角の恩人に対し、酷い言い草だが。 「それがしと共に来るか?」 「旦那!?」 「こうしてそなたを助けたのも何かの縁だ。しばらくそれがしの邸で暮らし、ゆっくり考えればいい」 幸村の提案に佐助は危険視するも、が間者であるような疑いはもてない。 わざわざ死に掛けて敵の懐に入るなんて真似ができる器用さを持っているようにも思えない。 もし万が一可笑しな真似をしたならば、その時は自分が始末すればいいだろう。 それに幸村が一度こうだと決めてしまったならば、佐助にはどうにもできないのだ。 「なんで・・・・?」 「さぁ何故だろうな?だがそなたはここで死んではいけないと思うからな」 このままを置いて甲斐へ戻れば、彼はそのまま死を選ぶかもしれない。 選ぶというより、そう流されていくような気がするのだ。 「の命。それがしが救ったならば今はそれがしの物として、勝手に死ぬのは許さぬでござるよ」 「・・・・・・」 ただでさえ簡単に人が死ぬ時代。 乱世で泣くのは弱き者。 できることなら全員助けてやりたくても、それができぬのが実状。 それでも、今幸村の手の内にあるは助けてやりたい。 「そなたの命。この真田幸村が預かる」 同じくらいの年頃だと思っていたのに。 自分よりもずっと芯が座っている。 「あぁ。預けるよ、俺の命」 幸村になら預けられる。 そう思った。 これが幸村たちとの出会い。 19/12/31再UP |