糸し糸しと言う心。



ドリーム小説
全部、全部。市の所為・・・。

!」

忘れられない出来事。
鮮明に記憶に残る、倒れたの姿。
駆け寄ることもできず、抗うこともできなかった。

好きだと言ってくれた人。
市にとっても好きだった人。
ずっとずっと、一緒に居たいと願った人。

いっぱい思い出を作って。
いっぱい約束をした。

それがすべて無になる。
いっその事出会わなければ、こうなることもなかった・・・・。

いや、出会いを否定してはいけない。
市にとって、その出会いはかけがいのないものだったから。

との出会い。
との別れ。

深く深く市の心に刻み込まれた。





【5】





濃姫たちによって館へ連れ戻された市。
信長に少しは反抗するかと思われたが、呆気なく浅井長政との婚姻を承諾した。
信長も、市が逃げ出したことを罪に問うこともなく濃姫や蘭丸は肩透かしを食らった感じだった。
市が戻ればそれでいい。
そういう事なのだろう。
だが、の安否に関しては調べに戻ることもできずにいた。
そうしていくうちに日が過ぎていく。

がいなくなったことで、市の顔から微笑みが消えた。
無表情で居ることが多い。
以前のように戻っただけ。そうとは到底思えなかった。
嘆き悲しむ姿も見せない。
ただただ、感情を見せないのだ。
詳しい事情を知らない家臣たちは、そんな市を見て単純に儚さを感じて美しいなどと惚れ惚れしている。
織田家の姫としての佇まいが素敵だとか・・・。

・・・」

彼が使っていた室の障子を開ける市。
ひっそりとしてて、誰もいない。
数日前までここにはが居たのに。
色んな話を聞かせてくれた。
一緒に菓子を食べた。

は。いつも、何をしているの?』

『え?』

『そのがっこうで』

『単純に勉強をして、休み時間は友達と喋ってるか、なんかくだらない遊びをしてるか・・・』

『そんな感じ?』

『楽しい?』

『勉強は面倒臭いとか、つまらないとか思ったりするけど・・・学校へ行くのは嫌いじゃないから・・・』

『楽しいよ。うん、楽しい』

在りし日の姿は浮かぶ。
市が一歩足を踏み入れる度に、との思い出が蘇っていく。

「あ・・・・」

室で見つけたもの。
の携帯電話だ。
あの日、突発的に駆け落ちをしてしまった為に置いてきてしまったものだ。
市は思わず駆け寄り携帯電話を握り締める。
愛しい人の形見となってしまったもの・・・。

・・・・」

思い出を沢山こめたものらしい。

『これは、写真。こうやって、思い出を撮るものだよ』

『思い出?』

『そ。思い出。今日、俺と市が楽しかったなって言う思い出を撮ったんだよ』

この中に、市との思い出が込められている。
だが、携帯電話の使い方を市は知らない。
だからどうにもできない。
どうにもできないが、の大事にしていたものだから。
彼の代わりに市が大事に持っておきたい。

・・・・市が貰ってもいい?・・・」

返事など当然ない。
返事はなくとももう決めたのだ。

『でもさ。ま、一緒に遊んだ思い出は消えないよな。きっと写真って思い出を思い出す為のものなんだろうな』

ずっとずっと残っている。
との思い出が、市の心に。

「市・・・ずっとと一緒に居たかった・・・・なのに、市の所為で・・・・・・・・ごめんなさい・・・」

その時初めて涙が零れた。
頬を伝って、握り締めていた携帯電話に涙が落ちる。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

本当は喚き散らしたかった。
本当は兄にその痛みをぶつけたかった。
本当はを斬った光秀を憎いと思った。

なのに、ただ兄に従って、大人しくしていることしかできないでいる。

自分がこんなだから・・・・。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・

呼んでも呼んでも返事などない。
いつもならば・・・。

「市の所為じゃないって。んなに謝るなよ」

そう笑うが居ただろうに。
あぁ矛盾している。
自分が逃げ出そうとしたらから、代わりにが斬られてしまったのだ。
素直に館へ帰って浅井家へ嫁ぐのを待っていれば、彼が死ぬ事はなかったのだ。

「市の所為、みんな、みんな市が悪いの」

何もできない自分に。
何もしようとしなかった自分に。
に縋った結果がこれだ。
自分の感情だけで、の選択肢を狭めてしまった。

「市。が好きだよ・・・・ずっと、ずっと・・・・のことが好きだから・・・」

長政に嫁いでもその気持ちだけは変わらないから。



***



長政に嫁ぐ前、市は信長にある命を受けた。
それは市にはどうしても納得できないことではあったが、市が信長に逆らえるわけもなく。
黙って従う。

ただ。最初からそういう目的だったのならば、市が駆け落ちをした意味が何もないことだと気づかされた。
そうすればが命を落とすことはなかったのに。

「市が全部悪い・・・・市の所為・・・」

ずっとずっとに謝り続けた。
許してもらえないだろうとわかっていても。

浅井長政は実直な男だった。
少々言動がキツく感じられ、市はいつも怒られているように感じてしまう。
信長の無言の重圧も萎縮してしまう要因であったが、長政から強く言われることにも目を背けたくなる。

きっと長政に嫌われているんだ。
それに長政は市のことを見ていない・・・。
そう思わずにいられなかった。

「市。それはなんだ?」

「え・・・・・これは・・・・・」

はっきりしろと怒られるかもしれない。
だけど、取上げられてしまう事のほうが怖くて。

「市の・・・・大事なもの・・・」

「大事な物?」

時折市が愛しそうに指でなぞっている物が何かと長政は気になった。
気になり聞いてみた。
その時、珍しく優しい笑みを市が浮かべたので、長政は驚いた。
驚くと同時に、とても大事な物なのかと妙に納得はした。
それが何かはよくわからないが。

「そうか。市の大事な物か。お前がそんな顔をするのだ、よほどの物なのだろうな」

「大切に思った人の物・・・・形見だから・・・・」

優しい笑みは消えうせ、一瞬で寂しさを見せる市。

「形見?」

「・・・・・・」

市はそれ以上は言わなかった。
長政は「大切に思った人」と言われたとき、てっきり郷に残した人でもいるのかと思った。
だが形見と言われてしまうと、それは、その持ち主はもうこの世にいないという事ではないか。

「みんな、市の所為・・・・」

「市・・・」

「だから、長政さまも、市のことを嫌いになっていいよ・・・・」

すべてが市の所為。
その形見の持ち主は市の所為で命を落としたというのだろうか?
そう聴こえる。
しかも、この先などと市は不吉なことを口にする。
それが長政の癇に障る。

「市!鬱陶しいことを言うな!そんなことあるわけないだろう!!」

「・・・長政さま?」

「何故物事を悪い方向へと考える。その、なんだ・・・・・私がお前を・・・市を嫌うはずがないだろう」

長政の顔が赤く染まる。

「・・・・・長政さま・・・・」

「受け取れ」

長政はいつの間に用意したのだろうか?一輪の百合を市に差し出す。

「市に似合うと思った」

意外に思った。
長政からこんな贈り物をされるとは。

「ありがとう。長政さま、市、嬉しい・・・」

受け取った百合の花。
長政に嫌われていると思ったから。
少しずつだが長政のことがわかってきた。
この人はなんにでも一生懸命なのだなと。
少々力が入りすぎているようにも見える。
正義を絶対的に信じている。
己の行動に自信を持っている。
真っ直ぐな人。
嫌いじゃない。
とは永遠に一緒にいることは叶わなかったが、長政とならばそれも叶うかもしれない。
ここは織田領ではない。
兄の存在はいまだに怖いが、できればこの地を自分の最期の地となればいい。

「そ、そうか。それは良かった」

花。
そういえば、と約束していた。

『そっか。市に似合う花を見つけたら、それ両手いっぱいに集めて、市にプレゼントしてやりたいな』

『ぷれぜんと?』

『贈り物だよ。ま、ちょっとキザだよなー、あははは』

市に似合う花を見つけたら、それを沢山集めて市にくれると。

・・・)

百合の花を持つ手が震えた。
思い出すと泣きたくなる。

「い、市!?どうした?どこか痛いのか!!?」

好きな人のことを思い出して泣きそうだ。などとは長政に言えない。
だから、市は笑ってみせる。

「嬉しいから」

「嬉しいからとメソメソ泣く奴があるか!笑え、市は笑う方がいい」

「うん。長政さま・・・」

この人はの代わりではない。
だけど、市を大事にしようと努力してくれる。
市も長政ならば・・・と自然と思えるようになっていた。

「長政さま。ずっと市と一緒にいてね・・・」

「あぁ。勿論だ」

少しずつ。
ゆっくりでいいではないか。
まだお互いのことを知らないのだから、これから知ればいい。
信長から受けた命は、市には到底できることではない。
だから。

(ごめんなさい。兄さま・・・市には、できないよ・・・・)

市は浅井家に嫁いだのだから。






19/12/31再UP