糸し糸しと言う心。



ドリーム小説
天気が良ければ、と市は二人で出かける。
荷台に市を乗せて、は自転車のペダルを漕ぐ。
ただ、どこかに行くだけ。
以前なら考えられないことだと思う。
どこかの店に入って、無駄に時間を過ごすことが多くて。
別にそれが楽しくないとか、嫌とか、そう言うわけではない。
あの頃は、それはそれで楽しかったはずだ。

女の子を後ろに乗せて、ただ自転車を走らせるなんて。
今時中学生でもしないようなデートだ。

デート?

そう、なのかな?

ただ、出かけるだけだ。

そう思っても、市とのその時間は、市が楽しんでくれると思うとすごく嬉しい。

市が笑ってくれると、も笑うから。

「市って、花みたいだよな」

「・・・花?」

「なんの花って・・・例えると・・・俺の中でのイメージはまだ曖昧なんだけど」

そこで咲いているだけでいい。
それを見つけることができると、微笑んでしまいたくなるような。
ただ、少しでも力を入れると、手折れてしまうような。
儚さも感じてしまう。

・・・花、好き?」

「え?嫌いじゃないよ。花が嫌いなんて奴いるのかな?」

「・・・・」

「まぁ、だから。好きかな、花」

市は微笑む。

「市は、花好き?」

「うん。好き・・・」

が花を好きだと言うなら、市は花でいい。
だから、花は好きだ。

「そっか。市に似合う花を見つけたら、それ両手いっぱいに集めて、市にプレゼントしてやりたいな」

「ぷれぜんと?」

「贈り物だよ。ま、ちょっとキザだよなー、あははは」

は少し顔を赤くし、笑い飛ばす。

「待ってる」

「え?」

が、市に花をぷれぜんと、してくれるのを」

「あ、あぁ・・・・うん。いつかな」

また、ひとつ。約束と思い出ができた。





【3】





「お前さ、変わってるな」

「は?」

雨が降っている今日は室で大人しくしていた
市は市で用事でもあるのだろう、今日は顔を見せない。
まぁ毎日一緒にいるわけではない。
だけど、一人と言うのは寂しいものがあるなと感じる。
以前は町の賑わいが鬱陶しいとか、変に擦れたような感情を持っていたのだが。
こうも静かすぎると、なんだか寂しい。
寂しさを紛らわす為にか、暇つぶしで借りた書物を目に通していた。

そのに、信長の小姓蘭丸が話しかけてきた。
見た目小学生だよな。とぼんやりと思う。
なのに、酷く好戦的で。生意気だよなと言う印象を持つ。
だけど信長や濃姫には気に入られているらしい。
濃姫はともかく、信長が?と信じられずにいられなかった。
しかもだ。戦で活躍した時の褒美を信長から金平糖で貰っているとか。
この時代、金平糖がそんなに浸透していない、高価なものだとは知るが。
でも金平糖だぞ?
ただの砂糖菓子で食っちまえば、それで終わりでなんにも残らないものなのに。
その辺は子どもなのかな?と思う。

「変わってるって、俺が?なんで?」

これでも、特に目立つこともなく、いたって普通に生活してきたのだが。

「なんでって・・・・あの暗〜い女といっつも一緒にいるじゃん」

パタンと書を閉じる

「暗い、女?・・・・・市のことか?お前、ひでぇこと言うな」

「ひどいことあるか!信長様の妹のくせにいつもメソメソしてよ」

織田家の厄介になり始めた頃、思えば市はいつも下を向いている。
小さな声で喋り、人とあまり目線を合わせるようなことをしていなかった。
信長の影に怯えているようなこともあったし。

「市は暗くなんかねぇよ。一緒に居て沢山笑うぞ。お前らが知らないだけだ」

「なんだよ、それ」

「普通の女の子と変わりないって言ってんだ。暗いとか、メソメソとか言いやがって」

不愉快だ。はっきりと蘭丸にそう強い視線を送る。

「何だよ。そう言う目できるんじゃねぇか・・・俺と戦ったときにも同じ目を見せろよ」

「アホかっ。俺は戦いなんぞ興味ねぇし、する気もない」

「・・・・・」

「やっぱり、お前、変わってるし、馬鹿だ」

「あぁそうですかー。別にお前に言われても痛くも痒くないね」

それでも、何が何でも生き延びる。そう濃姫には自分の意思を主張した。

「何かを守る為には戦うことだって必要だぞ。自分も、誰かも」

「・・・・・・」

思わず瞠目してしまう
蘭丸の口から「守ること」などと言うのが出るとは思わなかったからだ。
好戦的で、倒す敵には見下すような言い方しかしない。
弱い味方など興味ない。そんな子だと思っていたから。

「じゃあ、聞く。蘭丸は誰を守る為に戦っているんだ?」

「当たり前なこと聞くなよな!信長様と濃姫様の為だ!あとは自分の為だろ!」

「そっか・・・・ふーん」

誰かを守る。か・・・・。
蘭丸がそんな事を思っていたとは。

「けど、きっと信長様は蘭丸に守ってくれなど絶対言わない」

あぁ、それはわかる。
あの人は自分以外の者の力を過信はしない。

「それでも、蘭丸は強くなるんだ。何も言わずに信長様のお役に立てるように」

は軽く髪を掻く。
さあて、どうしよう。
この少年。初対面に比べたら嫌いじゃないぞと。

(まぁ、別に・・・こいつに好かれたいとか思うわけじゃないし)

向こうも、市と共にいることに嫌悪感みたいなものを持っているいるようだから。

「だけどさ。少しだけ、訂正しろよ」

は蘭丸に言う。
最初に言った言葉はいただけない。

「信長様の妹の癖にっての」

「はぁ?なんでだよ」

「あの人が、そこらの奴よりすごい人だってのはわかるよ」

尊敬もされれば、恐れられもしている。
政、戦の手腕は恐らく、史実通りの才能、それ以上に評価される人かもしれない。

「だからこそ、すごい兄がそばにいれば、萎縮しちまうこともあるだろ?
アニキの威光を笠に着せて威張り散らすよりはいいと思うけどな」

蘭丸が信長のそばにいる時間よりも、市の方がずっと長く、ずっと濃いものだ。
市には市にしかわからないこともある。

「・・・・・」

「市の笑顔。ちゃんと見たことあるか?本当、綺麗で、可愛いぞ」

「ふん。バッカじゃねぇか。別に見たかねーよ!」

蘭丸はに背を向ける。
まぁ分かり合いたいとは思わないが。

「けど、少しだけお前の見方変わった。濃姫様が構うからちょっと面白くねーって思っていたけど」

「蘭丸?」

「ふん」

からかっても何も面白くねー!蘭丸は後頭部で腕を組みながら行ってしまう。

「・・・なんだよ、そっちの心配?」

蘭丸の後姿を見ながらは小さく笑った。
どうやら彼は、濃姫がに構うこと、気にかけていることが面白くないだけのようだ。
そういえば、蘭丸は信長だけでなく、濃姫にも懐いている。
濃姫に母性を感じてしまうこともあるよなと思って。

「あいつ、さり気なく、濃姫様も守るって言っていたよな・・・」

頑張ってくれや、少年。
はそう思わずにいられなかった。
とりあえず、書の続きを読もう。



***



「市。最近変わったわね」

その濃姫と市は一緒に居た。
濃姫が市を呼んだのだ。
一緒にお茶でもどうかと。
それに応じるか微妙であったが、兄の嫁。
市にとっても義姉である濃姫の誘いを断るような真似を、市はしなかった。

「?」

「ううん。変わったというより、それが本来の市の顔なのかしらね」

よくわからないと言った感じの市。
小首を傾げている。

君のおかげかしら?」

・・・・」

濃姫は見逃さなかった。
市がふんわりと笑んだのを。
思わず同じ女性でも見とれてしまうだ。
と市の出会いは、彼女にとっていい出会いだったようだ。

と一緒にいるのは楽しいから」

「そう。君も嬉しいでしょうね、市にそう思ってもらえるなら」

「だと、市も嬉しい・・・」

本当に驚くほどだ。
あの青年にどんな力があるのだろうか?
戦うことを嫌い、それでも元の場所へ帰ろうとする気持ちは捨てていない。
強い青年だ。
単純にそう思えるが、まだ彼は本当の戦を知らないだろう。
知ったとき、今と同じ顔で居られるか?
市の笑顔を守れるのだろうか?
願わくは、ずっと市のそばに居てやって欲しいと思う。

でも、何が何でも生きて帰る。

は、市と離れることをなんとも思わないのだろうか?
今、市の側からが離れたら、市はどうなる?
また元の市に戻ってしまうだろうか。

(きっと、自分の所為だと、すべてを自分の所為にして呪うのかもしれない・・・)

駄目だ。
どうしても、後ろ向きに。
「もしかして・・・」と考えてしまう。
自分も市のことを言えない。

「今日は残念だったわね。雨が降らなければ君と出かけられたでしょうに」

「・・・うん」

残念なのだろう、素直にそう口にする市。

「これ。持って行って、一緒に食べなさい」

濃姫は、自分が用意した菓子を市の前に差し出す。

「義姉様?」

君と一緒に」

そっと手を伸ばす市。

「ありがとう。義姉様。と一緒に食べる・・・」

自分と居るより、と一緒の方がいいのだろう。
市は菓子をいそいそと料紙に包む。
そして軽く濃姫に頭を下げて室から出て行った。

「・・・・・・」

外へ目を向ければ、雨も先ほどよりは小雨になっている。
あぁ、明日は晴れるだろうな。
そうしたら、と市はまた二人でどこかに出かけるのだろう。
出かけるたびに、二人の絆は強くなっていくようで。

「・・・・市か・・・」

「上様」

スッと室に入ってきた信長。
最近の妹の姿に彼はどう思うのだろうか?

「あの者・・・・」

あの者とはのことだろう。

「市にとっては、良き友を得たと思われます」

「・・・・ふふふっ・・・・良き、友か・・・・」

濃姫は少しだけ目線を落とす。
自分で口にして違和感がある。
市にとって、はきっと友以上の存在だとわかっている。
わかっているから、信長に対し、それ以上の感情を抱いていることを悟らせたくなかった。
嘘をついた。
そう思われただろうか?
だが、信長はきっと市にとっての「」と言う青年がどんな存在であるかを気づいている。
背中に冷やりとしたものを濃姫は感じてしまう。

濃姫は別に信長に背こうとか、敵意を持つなどない。
すべては信長の為に。
今までそうして来た。
そしてこれからもそうするだろう。
甘い言葉や態度が欲しいわけではない。
ただその側に居られ、役に立つことを望んでいるのだ。

けれど、今の言葉は、信長にとってどう映るだろうか?それが怖い。
自分の一言で、あの二人が引き裂かれるような真似にはなって欲しくなかった。





「ん。雨、止みそうだな・・・・」

黒い雲は遠くに行ってしまった。
明日は晴れるといいな。
はいつの間にか小雨になっていた天気に、息を吐いた。

「っつあ〜肩こった〜」

大きく伸びをする。
蘭丸が去ってから、真面目に書を読んでいた。
集中力が途切れず、思っている以上に夢中になってしまったようだ。



「ん?・・・市」

少しだけ息せき切っているのは気のせいだろうか?
頬に赤みが差している。
の隣に腰を下ろす市。
は市の頬に思わず手を伸ばしてしまう。

「どうかしたのか?そんなに急いで」

「ううん」

急いだつもりはない。
いや、自分でも気づかないうちに急いでいたのかもしれない。

「あのね・・・・義姉様が、と食べなさいって・・・」

料紙を広げ、に見せる市。

「あ。金平糖・・・。それに煎餅もある」

「一緒に食べよう?」

「うん。食べようか」

子どもみたいなことを。そう市自身が思ったが。
だけど、不思議との隣でならばそれも悪くない。

・・・・」

「ん?なに?」

煎餅を手に取り食べている

「明日。晴れるかな?」

「んー・・・晴れるんじゃねぇの?雨雲どっか行ったみたいだし」

空を見上げる
市は笑みを浮かべる。
そして、小さく息を吸う。

「明日・・・晴れたら。どこか行こう」

初めて自分から言ってみた。
いつもが誘ってくれるから。
は、どう返事してくれる?









19/12/31再UP