|
鬼哭、花笑み。
【10】 「よぉ。松永さんよ、来てやったぜ」 のん気なその声に、は苛ッとする。 だから思わず元親に向かって怒声を飛ばした。 「バッカじゃないの、あんた!なんで、こんな所まで来てんのよ!」 「おいおい。助けに来てやった相手に対して酷くねぇか?」 「うっさい、馬鹿!」 柱に括りつけられて文句を言いながら、脚をバタバタさせている。 (あーあ・・・・相当怒ってんなぁ・・・・) こうなってしまった原因が自分の所為であるとが感じているのがわかる。 だから元親が来たことに怒っているのだろう。 「すぐに助けてやっから。少し大人しくしてろって」 「・・・・・馬鹿」 の表情が怒りよりも悲しみに変わっていく。 泣き出す一歩前の顔だなと元親はわかる。 (・・・・・泣かしてばっかりだな、俺はよ・・・・) その原因を自分が作ってばかりだと松永がいなければ盛大に溜め息をつくところだ。 いや、松永が今その原因を作ったのだからそれも微妙な所だろう。 元親は鋭く、侮蔑する眼差しで松永を目視する。 松永の方はようやく宝が転がり込んだと口角を上げて笑んでいる。 「とっととそこの嬢ちゃん返してくれるとありがたいんだがよ」 「それは卿が宝を渡してくれるという事かな?」 細身の刀を立てその上に両手を置き、上からの目線で元親を見ている松永。 「アンタも酔狂なことするよな。目玉が欲しいなんてよ」 「いいだろう?欲しいと思ったからだよ」 欲しい物は手に入れる。どんな手だろうが、己の物にする為に。 今までずっと、そうやってきた。 そして手に入れてきた。 今回、物の中でも特殊な物ではあるが、欲しいと思った。 普通ならばそのものを生かす為にそばに置くというものだが、持ち主には興味はない。 その物が欲しいのだ。 だから持ち主である元親の生死などどうでもいいし、人質とした少女の生死も興味ない。 いらないのだ、この二人は。 欲しいのは元親の左目だけ。 「俺はこの目に関しちゃ、別にどうでもいいんだがよ・・・・気に入ってくれている奴が一人いるんだ。 そいつ以外に見せる気も渡す気もねぇな・・・・もちろん、アンタになんかはあげねぇよ」 茶番はここまでだと元親は碇槍を構える。 どうせを助けるには松永を倒さねばならないのだろうから。 「自分の為なら人は残酷になれる」 松永は刀を抜いた。 かかって来いと元親を挑発し。 「後悔すんなよ、てめぇ」 二人の戦いが始まった。 技量でいうと松永の方が若干上のように見える。 余分な動きが一切のムダがない戦い方だ。 だが力ならば元親の方が上で、どんどん押し進めていく。 元親が負けるとは思わないが、見ていて安心できてきた。 その一見無茶のように見える力押しに松永が後退していく。 元親有利と思われたが。 「てめぇ・・・・」 下がる松永。刃が元親の攻撃で弾かれる。 「・・・・・・っ!!」 「すまないね。鬼に刀を弾かれてしまいそうになったから」 松永の刀の切っ先はの咽喉下ぎりぎりに向けられていた。 このまま元親が攻撃をすれば刃はを掻っ切るだろう。 「卿の仲間を捕虜としていたのだったね。何、取るに足らない瑣末だろ」 気にするな。続けようと松永は笑う。 別に彼は純粋に戦いを楽しんでいるわけではない。 勝つためならばどんな手も問わないだけなのだ。 あくまで欲しいのは宝。 「てめぇ生きて帰れると思うなよ」 仲間を大事に思う気持ちが人一倍強い元親には、松永のやり方が酷く気に入らない。 まして、は戦う力を持たない子。 弱い者に部類されてしまう子ではないか。 弱者を盾にするなど、元親の中ではありえないことで、ただの卑怯者としか思えない。 「守ることに意義があるとは思えないがね」 「守るものがあるから強くなれるってこと・・・アンタは知らねぇみてぇだな」 少なくとも元親は後者だ。 「本当。気に食わねぇな・・・・アンタはよ!」 元親に沸々と滾ってくる怒りの炎。 この男はこうやって今まで多くの弱者を甚振ってきたのだろうと思うと反吐が出そうになる。 戦い方を変えるしかない。 なるべくの側に向かない方がいい。 元親は間合いを多めにとった。 松永はくっと咽喉の奥で笑い、指を鳴らした。 轟音がしたかと思うと、本殿左右の壁が破壊され、そこから松永軍の兵士がなだれ込んでくる。 しかもきな臭い臭いまでしてくる。 「さあ。もっと楽しもうじゃないか」 仕掛けていたらしい火薬に引火し本殿から火の手が上がる。 「楽しむ気なんかねぇだろ、てめぇは最初っから!」 かかってくる兵士たちを元親は豪快に倒していく。 やはりこの程度では元親は倒れないだろうと思いながらも、無様な配下の姿に松永は一瞥するだけだ。 「ちょ・・・嘘でしょ・・・」 ずっと戦いを傍観しているだけの。 火の手が上がったことに焦りが出てくる。 自分以外の者はいい。逃げられるのだから。 だがほぼ自由が奪われているはどうすることもできない。 元親が助けてくれること以外どうにもできないのだ。 「・・・・・・本当・・・嫌になるよ・・・・」 こうして元親の荷物になっていることに。 自分がいなきゃ、さっさとこんな場所から逃げられるだろうに。 意外に義理堅い男であるというのは短期間ではあるがもわかったことだ。 「あつっ」 じりじりと炎の熱が感じられてきた。 怖くて見られないが、後ろに上がっている炎が大きくなっているのが肌で感じる。 炎は人が生きる為に必要とされているが、人の命を簡単に奪うこともできるものだ。 今はただ恐怖のもとでしかない。 煙が充満してきて、視界も悪くなってきている。 「・・・・・・なんか、お迎え来たっぽい・・・」 自嘲してしまう。 少し前までいつでも構わないと思ってきたことなのに。 でも、それはあくまで幸村が死に居場所が奪われたと思ったから、悲観的になっていたからだ。 屈強の海の男たち。荒々しい場所ではあるが、長曾我部も悪くない。 ここでの生活も楽しくなってきたと思っていた矢先だったのに。 「意地悪だな・・・神様って」 普段の行い。そんなに悪かっただろうか。 「あ」 を柱に縛り付けていた縄が緩んだ。 火の粉がどうやら縄に飛び移ったようだ。 ストンと解放された。あとは上手に逃げて元親に無事を教えれば済む事だろう。 伏兵だった松永軍の兵士はほぼ見当たらず、元親に倒されたらしい。 だが、中には上がった火の手に逃げた者もいるようだ。 その破壊された壁から外に出られないだろうか? (あの松永にバレなきゃいいんだよね・・・・) ちょうど煙がいい感じで目隠ししてくれている。 だが、にもこの煙は厄介なものである。 煙を吸わないように口元を袖で隠す。 「早く、脱出」 そう思った瞬間。 天井の一部が崩れてきた。 の視界が暗くなった。 煙が立ち込めてきた本殿。 早くしないと本気での身が危ないと感じ焦りが出てくる元親。 松永の攻撃は厄介で少しずつだが元親の体力を奪っていく。 「気の毒だが、人はいずれ朽ちるのだよ」 どこまで余裕である松永の態度が気に食わない。 「ふざけるなよ。この俺を誰だと思っていやがる!西海の鬼長曾我部元親様よっ!」 とも約束したではないか。 信玄と幸村。武田を破ったのだから、その命を背負え天下を取れと。 まだ死ねないのだ、自分は。 信玄たちだけではない。今まで打ち破ってきたものたちの魂背負っているのだ。 元親は碇槍を持つ手に力を込める。 ちまちま戦うのはもうやめだ。 最後に一発どでかいのをかましてやると。 松永さえぶっ飛ばせばいい。命を奪うまでとか、そんなことはどうでもいい。 この最悪すぎる状況。を救出できればいいのだ。 「これで終いだ!!」 元親は碇槍を思い切り松永に向かって放った。 普通の刀じゃ弾き返せない重さのそれがまさか飛んでくるとは思わなかった松永は一瞬の判断が遅れた。 「うぐっ・・」 碇槍は松永のわき腹を掠める。 「・・・・・」 掠めたといえども、致命傷に近い重いダメージを受けた。 「屍は残さぬのだよ」 逃げる気もなく、元親に立ち向かう気も薄れた。 ここで自分は負けたと松永はあっさり認めたのだ。 たった一撃で。 一言だけ呟くと、もう一度松永は指を鳴らした。 まだ伏兵が出るのかと思えば、松永自身が散ってしまった。 どこにどう仕込んだのかは知らないが、自爆したのだ彼は。 「・・・・・馬鹿じゃねぇのか・・・・俺には理解できねぇよ」 自ら命を絶つ意味など、自分にはわからない。 死ねばそこまでだ。 それで楽になりたいと思う人もいるだろう。そういう状況に陥ってしまったらなどと。 元親は違う。 たった一度の人生。自分の好きに描いてみたい。 負けて終わりなどとは思わない。 生きているならまだ続きはある。諦めたものが負けだ。 戦においての勝ち負けは、生きるか死ぬかは運もあるだろうが。 自分から諦めない限りまだその先はあるのだ。 だから、松永が自爆の道を選らんだことは元親にはわからないのだ。 「っと。んなことしてらんねぇ。嬢ちゃんは」 「元親様!」 本殿に流れ込んでくる信親を始め長曾我部の兵士達。 「アニキ!無事でしたか」 「おう。おめぇら。俺は平気だ。だが悠長な事は言ってらんねぇ。早く嬢ちゃんを助けてやんねぇとな」 出入り口は信親たちのおかげで確保された。 煙の流れも外へ向かっている。 だががいる先がほぼ煙で覆われている。 「行くぞ」 そう一歩踏み出した時。パラパラと埃が上から落ちてきた。 「?」 そして進もうとした先の天井が一気に崩れ落ちたのだ。 「嬢ちゃん!」 その先にいるであろう。 崩れてきた天井、舞う火の粉。 天井が落ちた衝撃で埃と煙、様々な波が一気に元親たちに向かってなだれ込んだ。 「おい・・・・嘘だろ」 そして炎に包まれていく本殿。 柱が数本倒れはじめている。 「おい!」 元親はを助け出そうと崩れた一角に向かおうとする。 だが信親たちに止められる。 「元親様!危のうございます!お下がりください!!」 「馬鹿野郎!俺のことなんざいいんだよ!それより、あいつが!」 「しかし!」 「信親様。炎の回りが速くなってきやしたぜ!」 数人がかりで元親を本殿から引き離す。 「待て!離せ馬鹿野郎!!」 「アニキまでもが巻き込まれたら大変なんすよ!」 必死な彼らに抵抗らしい抵抗もできず、元親は本殿から脱出した。 燃え上がる本殿。 ここには重要な建造物やら、大仏などがあっただろうに。 歴史的価値を思うと、松永は一緒に大きな宝を持って行った事になる。 「だからって・・・嬢ちゃんまで持っていくことねぇだろうが」 助けてあげられなかった。 自分の所為で攫われて、早くに助け出せなかった所為で命を落とす羽目になるなど。 折角明るく元の彼女に戻れたのに。 元親の所為で彼女の人生を狂わせてしまった。 「くそ・・・・誰になんて詫びりゃあいいんだよ」 あの世から信玄たちに恨まれるじゃないか。 それとも、彼らと再会できて喜んでいるのか? 「・・・・・アニキ・・・・」 誰も声をかけられないでいる。 いつもどこでも陽気な彼らでもお互い目を合わせることなく沈みきっている。 もう二度と。あの馬鹿げた昼のやり取りなど見れないのだ。 どうやったら作れるのだろう可笑しな握り飯なども・・・。 「あれっ。なにやってんすか?そんなところで」 場の雰囲気を壊す陽気な声がやってきた。 「猿飛の兄さん・・・それが」 佐助だ。佐助は伝説の忍と言われる風魔の小太郎と戦っていた。 彼も無事ではすまなかったはずだ。 元親に次いで、いや元親以上にと仲の良かった佐助だ。 彼がのことを知ればどうするのだろうか? 誰も彼もが俯いてしまう。 「悪かった・・・・」 「はい?なんすか?」 元親は佐助に背中を向けたままだ。 「嬢ちゃん・・・・助けてやれなかった」 「・・・・・」 「今度こそ、お前に恨まれそうだな・・・・主家の次は嬢ちゃんまで奪ってよ」 アニキは悪くない。悪いのは松永だ。 そう言いたいはずなのに誰も何も言えなかった。 口出しできないと思ったのだ。 「・・・・・・・勝手に人のこと殺さないでくれる?」 全員が絶句し顔をあげた。 「ちゃん。死んじゃったんだって」 ケタケタ笑う佐助。 「あ。生きてる」 「本当だ!」 が顔も服もススだらけの状態で睨んでいた。 元親も振り返る。 「天井が、落ちて」 「あーあれはね。本当死ぬかと思った。でも、佐助さんが助けてくれたから大丈夫だった」 実にあっさりした答えだった。 「いやー俺も危機一髪!ッて感じで。こちとら伝説相手に戦っていたんでヘロヘロだったんすけどねー」 笑って答えるものだから、いまいちその危機感は誰にも通じていない。 「嬢ちゃん・・・・」 「ごめん。面倒なことにさせちゃって。私があんたの眼帯!!?」 元親はゆっくりとの前まで進んだ。 そしてが喋っているにも関わらず腕を伸ばす。 「ちょ、ちょっと!!?」 の非難など聞き流し元親はをギュッと抱きしめた。 「良かった。嬢ちゃんが無事でよ・・・・本当・・・・・」 いつものハリがある陽気な声でなく、絞り出したような元親の声音がの胸を締め付ける。 「私の方こそ・・・だって・・・・」 「帰ろうぜ。俺達の家によ」 「・・・・・・うん」 素直にそう思えた。 19/12/31再UP |