鬼哭、花笑み。




ドリーム小説
「危ねっ!」

「あ」

ガシっと強く掴れた腕。
そのまま後ろへと体が引かれた。
その時持っていた皿を落として割ってしまう。

「何、ボーっとしていやがる」

「・・・・あ・・・・」

は一瞬眩暈を感じた。
そのまま倒れそうになったのを元親が助けたのだ。

「べ、別に」

助けてくれたのが佐助だったならばきっと笑顔で礼を言っただろう。
だが、相手が元親だとわかると素直にそんな言葉は出てこない。
寧ろ変なところを見られたと思ってしまう。

「破片で怪我なんかしていねぇか?」

「・・・・平気」

ボソっと元親と目を合わさずには答える。

「そうかい。そりゃあ何よりだ。あ、ちゃんと片付けておけよ。怪我でもしたら危ねぇからな」

の態度に怒ることもなく、元親はただそれだけ言って去ってしまった。

「・・・・・意味わかんない・・・」

厨房などに姿を見せた元親が。
は割れた皿の破片をしゃがみ拾い始める。

「・・・・・痛っ・・・・」

指先を破片で切ってしまった。
咄嗟にその指を口へ持っていく。
切れてしまった指先、たいした傷ではないだろう。
少しだけ口の中に血の味が滲む。

「あ!ちゃん、指切ったの!?ほら、早く見せて」

佐助が目ざとく見つけた。
割れている皿などから容易に想像できたようだ。
テキパキとの指に薬を塗る佐助。

「ありがとう、佐助さん」

「いいよ。このぐらいお安いご用さ。傷も深くないようだしね・・・でも、ちゃん」

「な、なに?」

「不器用にも程があるよー」

「こ、これは違うもん!!」

佐助はくつくつと笑い、は恥かしくなって顔を赤くした。





【5】





「・・・・ありがとう・・・・って言っていない」

佐助や他の者には素直にそう言えても元親には何も言えない。
可愛げのない態度しかとることができない。
しょうがないだろうとは思う。
元親に心を許すことができない理由があるから。
それでも、こう些細なことで助けてもらったならば人として礼を述べるべきだろう。

「・・・・・でも・・・・」

いつでも命を狙って来い。
なんて平気でに向けて言い放つ男を前にすると、そんな感情は無用ではないだろうかとも思う。
ただ、先も考えたとおりに、人としてどうなのだろうかと。
の性格上気持ちを無視することができないでいる。

日中のほとんどを厨房で過ごしていた。
元親の私室に居る時より気を張る必要がなくていい。
そこで顔をあわせる者たちとも、冗談を言えるようになっていた。
もっと細かく考えるならば彼らだって、武田を攻めた、戦った者たちではあるが
元親に仕える一兵だと思えば、主君の決定には逆らえないだろうからとなんとか割り切れることはできた。
きっと彼らにしてみても、戦場にいなかったでも武田家の関係者としてあまりいい顔をしなかっただろうし。
それにアニキと慕う者の命を狙った者だし。
でも、邪険にすることもない彼らものことは割り切ってくれているのかもしれない。
何より佐助たち元真田隊に対しての態度もそうだ。

「でも、あの人は・・・・・意味わかんない・・・・」

自分の命狙って来いとか、皆が止めるほど最悪な見た目の握り飯を残さず食べたり。
普通にに対して手助けしてくることもある。
自信はあるのだろう。
なんかには自分の命は取れないと。
自身もそれについては認める。
一騎討ちというか、船で元親に襲い掛かるもいとも簡単に決着が着いた。
それにあの時と違って、今のでは気迫に殺意も段違いに薄れている。

「・・・・・・」

意味がわからないと何度も何度も呟く。
そしておもむろに米びつの中を覗きこむ。
棚や樽など食材が入ったそれぞれも。そして必要な分だけ取り出す。

「・・・・・・意味わかんない・・・・」

顔はしかめっ面のままは何かを作り始めた。



***



「鬼の旦那はさ・・・・ちゃんのことどうしたいわけ?」

「さぁな」

縁側で肘枕をしながらごろりと横になっている元親。
少し距離を置いて佐助が縁側に腰掛けている。
今は各地で集めた情報を元親に報告していたところだ。
その話も一段落ついたので、佐助は元親に疑問をぶつけてみたのだ。

「なんなのさ、その答えは・・・・」

「俺にもよくわからねぇってことだな」

「ふーん。だったら、甲斐に帰して欲しいって俺が頼んだら帰してくれるのかな?」

佐助は元親へと視線を向けた。
元親は佐助に目を向けずにただ真正面を向いている。

「・・・・帰したいのかい?」

「質問を質問で返すの止めてくれないかなー」

「悪ぃ」

「悪いと思っていないでしょ?別にいいけどさー。旦那とちゃんの間で決めたことだし」

決めたというか、一方的に突きつけた条件をが受けただけだ。
元親の命をいつでも狙えという。

「でもさ。俺としてはちゃんに危ない真似して欲しくないわけよ。
真田の旦那だってそんなこと望んじゃいないだろうし。旦那だって、わかるだろ?
真田の旦那は戦でアンタに負けた。それだけなんだ。ただ次がなかっただけなんだ」

「そりゃあ。戦をする俺らだから言えることだろ。嬢ちゃんにはそう思えないだろうよ」

「・・・・そうなんだけどさ」

元親は笑みを浮かべる。

「嬢ちゃんが心配でしょうがないって?」

佐助の顔には笑みはなく、真剣に元親を見る。少しだけ声音が低くなる。

「・・・・・旦那は一度死のうとしたちゃんを助けてくれた。生きる目的をくれた。
それには感謝しているよ。でも、その目的だけは俺にはどうしても止めて欲しいって思う」

「・・・・・」

ちゃんにも言った。俺はただ、ちゃんが以前みたいに笑ってくれればいい。
真田の旦那と一緒に居た時のように。そこが甲斐だろうと、どこだろうと。誰と一緒でも」

「信親と同じことをアンタも言いたいんだな」

佐助はは?と首を傾げる。
信親とは別にのことを話した事はないし、聞いたこともない。

「嬢ちゃんが俺に側にいりゃ、辛い思いすんのは嬢ちゃんだって」

元親が側にいることがにとって酷だと信親は告げた。
気まぐれで彼女を拾ったことを後で悔やむのは元親だとも言われた。
元親は気まぐれだとは思っていない。
その答えも見つからないのも事実だ。

「・・・・・・困惑しているのは確かだよ」

「そうかい・・・・」

元親は体を起こす。
佐助の方に体を向けて胡坐を掻いた。

「じゃあ。帰ればいいんじゃねぇのかい、甲斐でもどこにでもよ」

「旦那・・・・」

元親は笑っていた。
その顔ではを助けたのが本当に気まぐれ程度のようにしか感じなくなる。
佐助自身、元親に何を求めたのだろうか?
どんな答えを期待していたのだろうか?
この男はあっさりを追い払うというのだろうか?

「最近じゃ元気になったみてぇだし、いいんじゃねぇのかい?なあ、嬢ちゃん」

ちゃん!?」

忍なのに、気づくのが遅かったと佐助は体を浮かせて振り返った。
は盆に何かを乗せてやってきた。
その顔はとても冷めている。
佐助には今までだって見せたことのない冷たさを感じる。
その冷たさは佐助ではなく元親に向けられている。

「どうだい。嬢ちゃん」

「・・・・・・」

ちゃん・・・・・」

向けられる二つの視線。
一つは心配そうで、一つは楽しげに。

「話聴いていたんんだろ?・・・って、うぉ!!」

ガチャンと割れる音がした。
元親に向かってが持っていた盆ごと投げつけたのだ。
そのままはくるりと二人に背を向けて行ってしまった。

「・・・・・なんだい、こりゃあ・・・・」

元親が避けたから、飛んできたものは見事に地面へとぶちまけられている。
佐助はそれらを片付けようと一つ一つ手に取った。

「あ・・・ちゃん・・・・」

盆の下から出てきた物を見て佐助の顔が暗く沈む。
茶が淹れられた湯のみに小豆色の物体が二つほど、それを乗せた皿だ。

「・・・・・・なんだ?」

元親は佐助の背中越しにそれを覗き込んだ。

「あーあー湯飲みも皿も割れちまっているじゃねぇか」

「鬼の旦那・・・・」

ぐちゃぐちゃになったそれらを佐助は片付けながら元親に向けて話し出す。

「あん?」

ちゃんって、今まで料理なんかしたことがなくてさ。不器用なんだろうね、本当。
怪我はするし、鍋とか駄目にしちゃうし。終いにはもう嫌だって投げちゃうくらいでさ」

料理が苦手なのだろうと言うのは元親も知ったことだ。
今までやったことがないと言っていた。
それでも毎日それなりに皆の手伝いをしている姿を見かけていた。
少しも上達しないのがすごく可笑しく思ったりして。

「だけどさ。一つだけ・・・・一つだけちゃんでも作れるものがあるんだよ」

知っている。
おはぎだと、先日聞いた。
思い出深いのだろう、泣きそうな顔をして・・・いや、元親が姿を消すと泣いていた。

「真田の旦那は甘味が大好きでさ。その旦那の為にって頑張って習って作ったんだよね」

佐助はその頃のことを鮮明に描いてしまう。
見た目はとてもじゃないが綺麗とは言い難いもので、味も心配になるものだが。
幸村はそれを見てすごく喜び、平気で何個もぺろりと食べていた。
これから毎日食べられるかと思うと嬉しいと笑っていた。

ちゃんにとって・・・今でもその事を思い出すのって辛いんだろうって思うよ。
でもさ。辛いんだろうに、ちゃんはこうしてまた作ったわけだ、おはぎをさ。何でだろうね?」

「そりゃあ、アンタに・・・」

佐助は苦笑する。

「俺に作るなんてことしないよ。どういうものか知っているんだからさ」

「そんなのわかんねぇじゃねぇか」

「大体、ここは俺の室じゃなくて、旦那の室でしょ?」

「テメェで食おうと思ったんだろ」

「こんなゴツイ湯のみ使うの?」

が使わせてもらっていたのは白い器に小さな花模様がついた湯飲み。
今ここで割れている湯飲みは誰が使っているのかすぐわかる代物。

「・・・・・」

元親は佐助の突っ込みに舌打ちをする。
もしかしたらとは思った。

『気が向いたら作ってみてくれや。料理が下手なあんたが唯一作れるっていうおはぎに興味あるしな』

なんてことを言ったのは確かだ。

「前言撤回」

「は?」

「俺、ちゃんにはこのままここにいて欲しいですよ」

盆は壊れることもなかったから、ぐちゃぐちゃになったそれらを盆に乗せた佐助。
それを持ってくるっと元親に顔を見せた。
佐助は笑っていた。

「俺はもう旦那にあーゆーこと。頼もうとは思わないからさ」

を甲斐に帰してくれなどとは。

「旦那に感謝しているのは本当だし。じゃ、これを片付けてきますんで。あとよろしく〜」

元親が何か言う前に佐助は姿を消してしまった。



***



ただの気まぐれだ。
そう思っておはぎを作った。
小さなことでもお礼を言えなかったのが気になったから。
元親が興味あるって言った自分で作ったおはぎを出そうと思った。
作ってみて、やっぱり見栄えはあまりいい出来ではなかったが、味見してみて食べられないこともなかった。
これならば文句は言わないだろうと思って。
お茶もあったほうがいいよなと茶も淹れて。
一緒に食事をした事はないが、元親愛用の物は一応把握している。

「じゃあ。帰ればいいんじゃねぇのかい、甲斐でもどこにでもよ」

しっかりの姿を捉えて言葉にした元親。

「最近じゃ元気になったみてぇだし、いいんじゃねぇのかい?なあ、嬢ちゃん」

楽しそうなその顔にすごく腹がたった。
話を聴いていただろ?なんて言われたが、全部は聴いていない。
ただ甲斐に帰れば?と元親が口にしたのはわかった。
佐助もいたことから、佐助がきっとに前話したことを告げたのだろう。
別にこの男のことなどどうも思っていないのだからと思いながらも。
どこか胸に痛みを感じて、楽しげなその表情に苛立ち、折角作ったものを元親に投げつけた。
あっさり避けられて、それは無残な姿になったが知ったことではない。
何も言葉にしないで、ただただその視線に負けぬと思った。

「・・・・・・帰ってやるわよ。甲斐に・・・・」

館を抜けて、目の前に広がる海を前には吐き捨てた。
元々好きでここにいるわけじゃないのだから。
希望通りにと。
変に気まぐれを起こした自分が馬鹿みたいだと自嘲する。
折角綺麗な砂浜にいると言うのに。そこにしゃがみこんで海を眺めていても気分は最悪だ。
一人で生きていけるかわからないが、ここでわけもわからない感情に左右されるよりよほどいいだろう。
サクサクと誰かの足音が耳に入る。
それがのすぐ後ろで止まった。

「さす・・・・」

佐助かと思った。
佐助が心配してきてくれたのかと思って振り返れば鬼がいる。
自分の大事なものを奪って鬼ヶ島に強引に連れて来た鬼だ。
すぐさまは顔を背ける。
膝を抱えて海へと視線をやる。

「悪かったな。期待通りの奴じゃなくてよ・・・その・・・・よ・・・・」

佐助が来ないで来たのが自分だったことに。

「・・・・・あんたの期待通りにしてやるわよ!」

「おいおい。俺は別に」

「うるさい!」

はスッと立ち上がる。
そのまま元親のことなど無視して立ち去ろうと歩き出した。
だけど。

「・・・・あ、れ?・・・・・」

視点が急に合わなくなった。
揺らぐ景色にの体が傾いた。

「おい!」

元親の声が遠くから聞こえたような気がし、目の前が真っ暗になった。








19/12/31再UP