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鬼哭、花笑み。
「・・・・・・」 懐剣をギュッと胸元で抱きしめ室のすみにいる。 元親は今日もお疲れ。じゃあゆっくり寝るかーなんて気軽に室に戻ってきたのだが。 「別にとって食いやしねぇんだから、そんな硬くなることもないんだぜ?じゃねぇと仇なんざとれねーだろうに」 自分がその仇なのに、何を言うのだろうか。 元親はその場に腰を下ろす。 には平気で背中を見せて、のん気に茶を淹れ飲み始める。 今がまさに好機とも言えるが、逆にそれが怖くては動けない。 元親はに背を向けたまま言った。 「それとよ。真田に仕えていた忍のことだが」 黙っていたが反応した。 「佐助さん!?」 思わず小さく笑ってしまう元親。 それをに気取られぬように話を進める。 「仕えていた主がいなくなって失業だろ?だから今度は俺があいつらを雇うことになった」 「・・・・佐助さん・・・・」 が口出すことではないとわかっている。 信頼だけで幸村に仕えていたわけじゃない。 冗談だったとしてもよく佐助は口にしていた。 「旦那に死なれちゃ俺達に誰が金を払ってくれるのさ」と。 はあまり見たことないが、佐助以外にも多くの忍が真田隊に属している。 佐助の故郷とも言うべき忍の里のものほとんどがそれらしいようだ。 「だから、あんたも寂しくねぇだろ?知らない奴ばっかりじゃなくなったしな」 「・・・・・」 は何も言えなかった。 【3】 鬼の住みかでの生活も始まって数日経つ。 佐助は後処理があるのだろう、まだこちらへは来ていない。 甲斐に戻って一族との話し合いもあるそうだ。 最悪の場合、元親に仕えるのは契約を結んだ佐助一人のみかもしれない。 だが元親はそんなことはどうでもいいらしい。 優秀な忍が一人でも配下に置けるだけでもいいのだ。 佐助を手元に置くのはの為でもあるが、ほとんど自分の為だ。 「だがよ・・・・毎日ぼけーっとしてよ。本気で俺の命狙う気あるのかよ」 日常のようにが懐剣振りかざして襲ってくるのを、予想していた元親は拍子抜けしてしまう。 「アニキ・・・それはどうかと思うのですが・・・・」 手下たちとの朝餉。 思わずポロっと零した本音にその場にいた者は呆気に取られる。 彼らにしてみれば大好きなアニキが命を狙われるのはいただけない。 阻止できるなら阻止したいのだ。 だから大人しいに安堵してしまっている。 「いいじゃねぇか。そう思ったんだからよ」 「「「「アニキぃ〜」」」」 「情けねぇ声出すな、バカヤロウ」 自分の命を狙えと言われて、の弱々しい目が一瞬強く光を放った。 のだが、あれから大人しく同じ室にいても元親のことなど目に入っていない様子だ。 常に室の隅で懐剣を抱いて丸くなっている。 一晩中そうやっているのかもしれない。 元親は遠慮なく寝ているし、もし襲い掛かってきても咄嗟に反応できるだろうと思っている。 もしできなかったら、自分はそこまでなどと割り切っているから。 「元親様」 「どうした、信親」 残りの飯をかっ込み、茶碗を置いた。それが合図で信親が話し出す。 基本的に日中の様子を見ているのは彼だ。 荒々しい海の男達の中で、比較的穏やか性格の信親。女性の相手をするにはちょうどいい。 ただ、戦場に出れば西海の鬼がもっとも信頼する活躍をするのも彼だ。 「彼女のことですが」 「おう」 「あまり食事も進みませんね。寝てもいないのでしょう?どうなさいますか?」 佐助が戻れば少しは対処の仕方が変わるだろう。 だが一応の処遇は「元親の判断」がなければできないのだ。 悪い言い方がだが、は「元親の物」だ。 「・・・・ま。あまり食が進むようなメシじゃねぇわな」 から見ればそうなのかもしれない。だから食わないのかもと苦笑交じりの元親。 元親はあまりこだわることはないのだが、見栄えが少々悪い。 冷えた飯も当たり前なぐらいだ。 一応食事当番はいるのだが、あまり上達しないのが悩みかもしれない。 冬になればほぼ釣った魚での鍋料理が多いわけだし。 「なんだ。簡単なことじゃねぇか」 元親は立ち上がる。それに付き従う信親。 *** 縁側から見える景色は海だった。 甲斐にいたころは見たこともない景色だ。 いや、は海には慣れ親しんだもので特別でもなんでもない。 元々生まれ育ちが甲斐ではなく、遠い遠い時代だったから。 暮らすに不便もなく自由にできた時代。 物騒な事件を耳にする嫌なこともあったが、そう嫌いではなかった。 でも、幸村と出会って、幸村の側で暮らし始めると「人との繋がり」に温かみを感じた。 無関係を装うことが多かった場所だったから。 何事にも全力で取り組む幸村が、最初は暑苦しいなどと思ったりしたがいつの間にか引き込まれていった。 だから、幸村を失った時に仇をなどと、今までの自分なら考えもしないことをしたのだろう。 「海。見えるよ、幸村君」 いつか一緒に海を見よう。 お館様が天下を取ればいつでも見れるぞ。 「一緒に見たかった・・・なぁ・・・・」 もう無理なことばかりを願ってしまう。 「おい」 「・・・・・」 元親がやってきた。 やってきたと言うのは少々可笑しな気もする。ここは彼の室なのだから。 だがは呼ばれても返事もしない。 「無視かぁ?ま。別にいいけどよ。ほら、行くぞ」 「・・・・うわっ!!?」 急に後ろに引っ張られた。 「ちょ、ちょっと!!」 ずるずると引きずられる。 「元親様!ほかにやりようがあるでしょうが!」 信親が元親を諌める。それもそうだ。元親はの襟首を掴んで歩いているのだ。 「あ?面倒だったからよ。しょうがねーなーほらよ」 「ば!馬鹿じゃないの!あんた!!」 今度はヒョイと小脇に荷物を抱えるようにを抱え歩く元親。 は放せ、降ろせと喚く。 信親は言っても無駄だろうとそれ以上は諦めてしまう。 喚くを抱えている元親の姿に、他の者たちも驚くが何も言えずに見送ってしまう。 「放しなさいよ!馬鹿!!」 とある場所にようやく着くと元親はを放した。 「ほらよ」 放すというより、落としたが正しいかもしれない。は床に体を打ってしまう。 「痛っ!・・・・本当あんたって最低・・・・」 女性に対する扱いじゃないとは腹を立てる。 元親から見ればそういう扱いをするような立場でもないのだろう。 渋々立ち上がるとそこは戦場のような有り様だった。 「・・・・・」 「毎日ボケーっとしてるのもつまんねぇだろ?だったら仕事やるよ」 「・・・・・仕事って・・・」 使ったまま洗っていない鍋やら茶碗などが山のように積んである。 一部は埃を被ったままの厨房だった。 「一応食事当番ってのはいるんだがなー」 「わ、私に食事の支度しろっての!?」 「そうだ。文句あるのか?」 「べ、別に・・・文句はないけど・・・・」 料理ができません。などと言えなかった。 他の人にならともかく元親に言うのが癪だったのだ。 馬鹿にされるだろうなと思って。この男の所為で生き恥をさらしたと感じてしまうくらいだ。 生きる希望をくれた。とは今思う事はできないのだから。 でも、その割りに何も出来ない自分が情けないとも思う。 「俺の飯に毒を入れるってのもアリだぜ?」 「元親様!!」 元親の唐突な言葉に信親は声をあげる。 だがの目は強い光ではなく、弱々しくなる。 「・・・・・ここ、片付けるから出て行って」 はそれ以上は何もいわずに汚れまくった厨房を片付け始めた。 「それじゃあ頼んだぜ。行くぞ、信親」 「は、はい」 一人大人しく片づけをしているを置いて二人は厨房を出た。 「馬鹿じゃないの・・・・バーカ」 胸がすごく痛い。 自分は元親に対して幸村の仇をとろうと考えているのに。 そういう場を元親はに与えているのに、いざこうだと示されると何も言えなくなる。 軽々しくこうすれば。 などと口にする元親に対してすごく嫌になる。 元々は人の命のやり取りなどしたことがないのだ。 そういうのとは無縁で過ごしてきた。 元親はのそういう部分を見透かしているのかもしれない。 あんたには俺の命はとれない。 そう言う風に見られているのだろう。 「やだ・・・・最近、涙腺弱くて・・・・」 気づけば何度も鼻を啜ってしまう。目元もじんわり涙で滲んでしまう。 「私・・・なにやっているんだろう・・・・」 それでも自分は生きねばならぬだろう。 *** 「はいはーい。俺様到着ぅっと」 一旦甲斐に戻り、佐助の忍の一族に元親との契約を話した。 佐助は契約を結んだのは自分だから、契約どおりに元親に仕えると伝える。 ただ、全員が全員元親に仕える必要はないだろう。 それぞれ好きにこの先を選べばいいだろうと言うことになった。 信玄や幸村が亡くなったあとの甲斐も一応それなりに治まっていたので。 佐助を非難するものは里にはいなかった。 寧ろ、予想以上に元親に仕える道を選んだ者がいて驚いたくらいだ。 「よぉ。戻ったのか」 来たのか。ではなく戻ったのか。という言い方をした元親に佐助は笑ってしまう。 確かに自分が仕えていた主家を滅ぼしたのはこの男だが、妙に憎めなくて困る。 もう自分は割り切ってしまっているのだろうと思った。 「全て済んだのでね。これからちゃんと鬼の旦那の為に働くよ」 元親の私室である場所で、佐助は甲斐周辺やここへ来るまでの周囲の情報を元親に仕える。 「ま。おそよ俺の予想範囲内だな。ご苦労さん」 「いえいえ」 縁側でのんびり茶を啜っている元親。 同じ室内にいるはずだと思ったの姿がないことに佐助は首を傾げる。 「旦那。ちゃんは?」 「あ?ああ。毎日ボケっとしてっから仕事与えた。暇なら行って見てこいよ」 「へぇ・・・仕事ねぇ・・・」 ボケっとって。あんたの命を狙うのが仕事なんじゃないの?って佐助は思ったが口にしなかった。 「厨房にいるぜ。場所わかるかい?」 「へ?厨房!?」 「あ?なんだよ」 そうか、この男は知らないのか。 「あ、いや。厨房ね、行ってきますよ。それじゃあ!」 忍が慌てる姿を見て少し呆気にとられた元親。 だけど、佐助が戻ってきたことでも少しは変わるのではないかと思ったから深く考えなかった。 「ちゃん!」 途中で会った元親配下の強面のお兄さんたちに、厨房の場所を聞きやってきた佐助。 元親同様。佐助が彼に仕えると決定されると気さくに声をかけてきたくらいだ。 「・・・佐助さ〜ん〜」 「あらら。やっぱり」 涙ぐんでいる。 一応使えるように片付けた様子の。 でも、どうしていいのかわからないという有様だ。 「あ。指切っちゃったんだ。しょうがないなぁ・・・仕事与えられたって鬼の旦那に聞いたけど」 野菜を切るのに、不慣れな包丁を使ってあちこちきり傷が出来てしまっている。 佐助は手際よくその傷を手当てしてくれる。 久しぶりに会えた佐助には随分気が緩んだように見える。 あまりここでは見せない笑みを浮かべている。 「うん。食事作れって無理矢理ここに連れてこられた」 「あーまー旦那は知らないもんね。ちゃんが料理できないって」 佐助は苦笑してしまう。 「やらないだけだもん」 「やってもこの有り様でしょ?」 「うっ・・・・」 しょうがない。幸村の邸で暮らしていた頃はちゃんと侍女などやってくれる人たちがいたのだから。 ある意味お嬢様、お姫様のような生活だったのだ。 「俺が手伝ってあげるから。今からじゃ凝ったものは作れないね。簡単に握り飯とかにしようか」 「ありがとう〜佐助さん」 が苦労して切っていた野菜は味噌汁にしてぶっこンでしまおう。 「釜戸で米を炊くって、ちゃんには難しいかもしれないね。ちゃんと教えるから覚えるんだよ」 「わかりました!」 の教えながら佐助が食事の準備をしていく。 これ契約料金に上乗せしておこうかなどと思いながら。 「その手じゃ握り飯作るのは無理だから、見ていていいよ」 「え。でも佐助さん一人じゃ大変だよ」 何人分かわらない量だ。 だが元親が言っていた食事当番の面々が匂いに釣られてやってきた。 「あ。ちょうど良かった。お兄さんたち手伝ってちょうだいな」 忍が厨房で?と不思議がるが自分達の食事にも繋がるので彼らは素直に佐助の指示通り動いた。 「ちゃんはゆっくりでいいから、そこの沢庵切ってね」 「う、うん。頑張る」 佐助の隣に沢庵を切り分けていく。 危なっかしいの手つきに周りが思わず声を出してしまう。 「う、うるさいなー!」 「俺が切ったほうが絶対上手いぞ」 「下手くそー」 「そ、そっちこそ、ちゃんとお握り作りなさいよ!形が歪じゃない。佐助さんを見習って!」 アニキの命を狙うも者。それを阻止しようとする者だが、いつの間にかそんな壁がなくなっていた。 彼らは元々に対し危険視しているような空気はなかったが、が彼らに近づこうとせず。 元親を含めて目を合わすことがなかった。 だけど、今は和気藹々とまでは行かずとも、それなりに会話が弾んでいる。 「あのさ。ちゃん」 「な、なんですか」 懸命に沢庵切っている姿は微笑ましく感じる。 そんな時に伝える話じゃないとは思ったが、いつまでも黙っているわけにはいかないだろう。 「お館様に真田の旦那。ちゃんと埋葬されたよ」 ビクっとの肩が揺れた。 「今の甲斐はね。徳川が治めている・・・・俺以外に生き残った武田の武将の多くは徳川に仕えることになったよ。 お館様の築いたものを、今度は徳川家康が引き継ぐってさ」 「・・・そう・・・ですか」 「どうする?ちゃん」 「ど、どうするって・・・」 「ちゃんさえ良ければ、俺が甲斐まで送ってやるけど」 つまり、のんびり甲斐で暮らせば?と佐助は言うのだろう。 別に今の甲斐は荒れ果ててなどいない。 徳川家康は若いのに、しっかりと甲斐の民のことまで考えてくれた。 敵だった信玄は、自分に対して脅威の敵だったはずなのに丁重に埋葬させてくれた。 脅威でも尊敬する部分が大きかったらしい。 そこにさえ良ければ、仇討ちなどやめてのんびり暮らせと。 「・・・佐助さんは?」 「俺はもう鬼の旦那にお仕えする身だから。俺の一族はね」 「・・・・・」 「きっと鬼の旦那も話せばわかってくれると思うしさ」 それも一つの選択なのかもしれない。 19/12/31再UP |