鬼哭、花笑み。



ドリーム小説
ちゃん!」

佐助が海へ飛び込もうとするより早く、元親が海へ飛び込んだ。

「・・・・・鬼の旦那?」

なぜ彼がと佐助は飛び込むのを戸惑ってしまった。
いや、だがそんなことはどうでもいい、自分がを助けねばと飛び込もうと足をかけるが

「アニキが行ったなら大丈夫だ。あんたはここで待ってなよ」

と元親の配下に言われてしまった。

(いや、っていうか・・・・俺たち敵でしょ?)

そうは思うが、彼らからは佐助に向けられる殺気などが全くなかった。

ちゃん・・・・」

仕方なくそこに留まり彼女が飛び込んだ海を見つめた。





【2】





苦しくて苦しくて。
海へ飛び込んだからか?いや違う。
幸村の仇をと思ったのに、何もできなくて。
あまつさえ敵に情けのようなものをかけられた。
幸村を失った悲しみが、今頃になって打ち寄せてきて、それに押しつぶされそうになった。

『そんな顔をするな。誰が来ようとも負けない。約束する』

ウソだ。
負けてしまったではないか。
一緒に花見をしようって約束をしたのに。

。この戦・・・・戦から帰ってきたら。そ、そそ・・・・それがしの嫁になってくれ!』

ずっと、ずっと一緒にいられるものだと思っていた。
別れなんか想像もできなかった。
なのに、一瞬だった。

でも、いい。
幸村の槍を胸に抱いて、今彼の下へ逝こうとしているのだから。
一人で仇討ちをしようとしたことに疲れた。
もういい。
このまま沈んでいけば・・・・。

(幸村君・・・・)

着物が沢山海水を吸っていく。
自力で浮き上がるのはもう無理だろう。
苦しい。
意識もなくなる。
このまま幸村がいるであろう場所へ逝ってしまえればいい・・・・。

(ちぃ!間に合わねぇか!!?)

誰よりも海のことをわかっている。
元親は一直線に沈む彼女のもとへ泳いでいく。
ただ沈んでいくだけの

(届けっ!)

あまり長い事は潜っていられないだろう。
元親は必死で手を伸ばし、の腕を掴んだ。
そのままの体を抱え急いで浮上する。
力がすでになくっていたのだろう、が抱えていた槍は彼女の手を離れて沈んでいった。

「ぷはっ!」

顔を出した元親。

「アニキ!」

「おう、おめーら、悪い。引き上げてくれ」

佐助も手伝い、二人を船へと引き上げる。

ちゃん!ちゃん!」

佐助が体をゆすり呼びかけるも反応がない。

「どけ」

元親が佐助を後ろへ下げる。

「おい」

元親は数回の頬を軽く叩くが反応がない。
水を大量に飲んだだろうと容易に想像がつくので、元親は人工呼吸を行う。
何を必死に彼女を起こそうとしているのだろうかと、自分でも不思議に思う。でも。

(このまま死んだら、こっちの目覚めが悪いんだよ)

だから必死なのだろうか。
倒した相手の身内のことなど一々構ってもいられないのに。

「げほっ・・・ごほっ・・・」

ちゃん!」

「ふぃー・・・・助かったか」

飲んだ水を吐き出し、ぜぇぜぇと呼吸をしている
ゆっくりと体を起こせば、屈強の男達や佐助が心配そうに見ていた。

ちゃん・・・・」

「佐助、さん・・・私・・・・なんで」

佐助は顔を歪めての両頬を軽く挟んだ。

「あんまさ。心臓に悪いことしないでよ・・・・本当、自分が忍だってこと忘れちゃったくらいだよ」

感情など任務には邪魔なだけ。
常に冷静に、常に状況を把握し影に生きねばならない忍。
そんな自分がのことでハラハラしっぱなしで、忍ではなくただの人間になっていた。

「佐助さん・・・・」

「やっぱり、無理矢理にでも連れて帰れば良かったよ。お願いだからさ、ちゃんまで俺のこと置いていくのやめてよ」

「佐助さん・・・でも、私・・・・」

佐助が苦しそうにしているのがすぐにわかった。
いつも飄々として笑顔を向けてくれていたのが消えている。
それでも、今の自分はもう息をしているだけでも辛いのだ。
そんな辛さから逃げたいのだ。

「真田の旦那もちゃんもずるいよ・・・・」

「佐助・・・さ、ん・・・」

何も言えなかった。
何かを佐助に言えるような気がしなかった。

「ほらよ」

重苦しい空気を破ったのは元親だった。
に毛布を放りなげた。

「風邪ひくといけねぇだろ・・・・あとで風呂にもいれてやっから」

死のうとした人間にはその言葉は嫌味しか聞こえない。

ちゃんのこと、助けたのあの人だよ」

「・・・・なんで・・・・」

「さあ?俺にはわからないけどさ・・・・俺は感謝している」

は立ち上がり、佐助が止めるのも聞かずに元親のもとへ行く。

「なんで、私なんか助けたの!あんたには関係ないじゃない!」

元親は突っかかってくるを面倒臭そうに感じながら、自分も濡れた体を拭いていた。

「ああ、関係ねぇな・・・・だがよ」

ばさっと海水を含んだ上着を脱ぎ放る。
の目をまっすぐに見る。

「真田幸村ってのは。あんたに死なれて嬉しいとか思うのかい?」

元親の口から幸村を言われては体がびくりと動く。

「俺が言うのも可笑しなものだが・・・・自分の後を追って死ぬようなことされてよ、喜ぶ男がいるもんだか」

「あんたに・・・・あんたに言われたくないっ、そんなこと!」

「そうだろよ。だがよ、そこの忍も言ってたじゃねぇか。あんたに死なれちゃ嫌だってよ」

佐助はバツが悪そうに頭を掻く。
忍らしかぬ行動になんとも居づらいのだ。

「死ぬのは簡単だ。死んだ後のことなんざ、考えることもねぇんだからな。だが周りはどうだ?
あんたは最愛の人を俺に殺されて憎んでいるだろ?あんたが死のうとしてそこの忍は苦しんだ。
生き延びた人間はよ、自分で命を絶つなんざしちゃいけねぇと俺は思うぜ」

この時代、自害することはないわけじゃない。
一族が滅びようとするなら、後がないならここでと自害してしまうことも多い。
だが、元親はそれを良しと思わなかった。
自分が倒した相手の分も、相手の魂も背負って生きると思っているのだ。
まだお迎えが自分に来ないという事は、彼らがこっちに来ることを許さないのだと。

「でも、私は・・・・」

「生きる理由がない?ならよ、信親!」

側に控えていた男に何か耳打ちをする元親。
信親は一旦姿を隠すがすぐに何かを持って戻ってきた。

「俺の船に勝手に乗り込んだ罰だ。あんたはしばらく俺の元にいてもらう」

「なっ!」

「そして・・・・こいつをやるよ」

信親からある物を渡される。
そしてそれをの手に握らせた。

「なに、これ・・・・」

「懐剣ぐらい知っているだろ?」

護身用として使われるもの。だが中にはこれで自害する者もいる。

「それでいくらでも俺の命を狙えばいい」

「アニキ!!」

何をバカなことを手下たちから非難の声があがる。
だが元親は撤回することはしない。

「そう簡単に俺はやられはしないぜ?いつでも向かって来い・・・なんなら俺の室で寝起きすればいい」

そうすりゃ簡単に幸村の仇は取れるかもよ。などと元親は不敵に笑った。

「これで生きる理由できただろ?」

「・・・・・馬鹿じゃないの、あんた・・・・」

はキッと強く元親を睨んだ。

「私に殺されてもいいって言うんだ」

「やれるものならやってみな」

「・・・・・いいわよ。やってやるわよ。幸村君の仇絶対とるんだから!」

「ただし、それで自害する真似はすんじゃねぇぞ。そんな所見つけたら張っ倒すぜ」

売り言葉に買い言葉のようなものだが、死のうとしていた弱々しいが消えていたのに佐助は気づいた。
荒療治という奴だろうか。
おかしなことになったものだと溜め息が出る。
でも、元親がそう簡単ににやられてしまうような人物でないのは佐助もわかっている。
これはこれで良かったのかもしれない。

(真田の旦那・・・当分そっちでお館様と待っていてよ・・・・俺たちそう簡単には行かないからさ)

何にしてもに生きる理由ができたのならばいい。
長曾我部元親という人間は不思議な人だと思わずに居られなかった。



***



「アニキ!危険ですよ!せめて別室の方が!」

元親の船は彼らが根城としている場所へと停泊した。
の案内を信親に任せていると、手下たちが元就の周りに集まってきている。
先ほど、に出した条件のことだろう。

「うるせー。俺がいいって言ってんだ、それに俺がそう簡単にやられるかよ」

しばらくは退屈せずに済むと笑う。

「そ、そりゃあ・・・アニキならば平気でしょうが・・・危ないものは危なくて・・・・」

「いいんだよ。そう長くは続かないだろうって思っているからな」

「アニキ?」

不敵に笑い続ける元親に周りは逆に心配になる。

「いや」

元親は表情を一変させ真面目になる。

「おい、居るんだろ。真田の忍さんよ」

どこからともなく佐助の声がする。

「あれ。簡単にばれちゃったね・・・・居ますとも、俺に何か用で?」

のことを思えば彼が一人だけ離れていくとは思えなかった。
それにちょうどいいと元親が一つ提案してきた。

「あんた。真田に雇われていたんだろ?ご主人様がいなくなって今後どうするんだい?」

佐助はオーバーなリアクションを取りながら元親の前に姿を見せた。

「うわぁ。痛いところつくねぇ。失業しちゃったのってあんたの所為なんだぜ?鬼の旦那」

「はは。そりゃ悪かった」

「悪いなんて思っていないでしょ?別にいいけどさ」

「どうだい。今度は俺に仕えるってのは?あの嬢ちゃんのことも心配だろ?」

飄々としている佐助の顔つきも変わった。
少々殺気が帯びている。

「それはなに?俺に殺されても構わないってこと?俺はあの子とは違うよ。やろうと思えばいつでも狙える」

「あんたにやられたならば俺もそこまでだろう?だが、そんなことして嬢ちゃんの生きる理由をなくしてもいいのか?」

佐助は溜め息をつく。
本当痛いところつくなぁと肩を落とす。

「ま。一応感謝はしているのだけどね・・・・」

「報酬はちゃんと払う。どうだい?」

「・・・・・・いいよ。次の雇い主は鬼の旦那だ。正直これからどうしようかと考えてはいたんだ」

死んだ人間は報酬など払ってはもらえない。
忍が上に立つことなどないのだ。所詮忍は陰。
農具持って田畑を耕すことで生涯を終えるのもいいだろうとは思うが。
自分はそんな生活は耐えられないだろう。

「ちゃんと働くから、しっかり払ってもらうよ」

元親の次から次へと出される提案に周りはただただ溜め息しかでなかった。
でもアニキらしいと納得もしていた。



***



信親に案内された室は本当に元親の私室だったようで、は驚いてしまう。
本気でこの男は自分の命を狙う人間をそばに置こうと言うのだろうか。

「馬鹿みたい・・・・」

元親に渡された懐剣を眺める
柄の部分には長曾我部の家紋が刻まれている。
すっと鞘を抜けば刃がキラリと光った。

「・・・・・・・」

できるのだろうか?自分に。
幸村の槍を持って襲い掛かりはしたが、なんとなくそんな風に思った。

「幸村君・・・・・幸村君ならどう思う?」

元親は死んで追いかける真似をされても幸村は喜ばないと言っていた。
本当にそうだろうか?

「・・・・・多分・・・・怒るよね・・・・」

そんな気はする。
喜んで出迎えるなんてことしないだろう。
わかっている。
幸村ならば生き延びてくれることを望んでいることくらい。

「そんなの・・・・言われなくてもわかるよ・・・・・」

鞘に収めて懐剣を畳みの上に置いた。
さっきまでピタリと止まっていた涙がとめどなく流れる。

「幸村君・・・・」

捕虜のような捕虜でない生活が始まろうとしていた。







19/12/31再UP