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鬼哭、花笑み。
次の航海に向けて港を出たとある大きな船の上。 海は穏やかで甲板で受ける風も心地良い。 だけど。 「そんな物騒なもん、人に向けて何しようってんだい?」 隻眼の男の前に女性が一人。 彼女に似つかわしくない、槍を手にして。 その槍を扱ったこともないおぼつかない手つきで男に向けている。 必死に、ドロだらけになっている姿。 男の部下が近づこうものなら、その槍を乱暴に振る。 「おいおい。危ないって言ってんだよ」 「うるさい!これから殺されるかもしれない相手にそんな言葉必要ない!」 殺される?自分がこの女に? どう考えたってそんなことにはならない。 こっちは傍目から見ればただの乱暴者にしか見えないだろうが、部下も含めて戦場を駆ける海の男だ。 何がどうあっても、油断してもこの女の願いどおりになるはずもない。 面白いことを言うと口許を緩めてしまう。 「俺はあんたの気に触るようなことでもしたってのかい?そんな理由はまったく検討もつかねぇな」 男の言葉に女は唇を噛締める。 「ああああ!!!」 悲鳴と叫びが入り混じった声を出し、女は男に槍を振り下ろした。 「あ・・・・・遅かったか・・・・」 すでに始まってしまったことを悔やむ忍が一人。 「旦那。ごめん!」 そこにいない相手に心から詫びる。 「旦那はこんなこと望んじゃいないよね・・・・でも、あの子の気持ちもわかるから・・・・少しだけ」 少しだけ彼女の好きにさせてやって。 彼女をいつでも助けれるように忍は空から見守り始めた。 隻眼の男は西海の鬼と称される長曾我部元親。 槍を手に元親を殺そうとしている女の名は。 を上から見守っている忍は猿飛佐助。 が手にしている槍は、佐助の主君だった男、真田幸村のものだ。 そう。 「だった」男だ。 *** 「えーまた戦?今度はどこと?」 「お館様に挑んできている男だ。以前も戦った。長曾我部元親殿だ」 日当たりのいい縁側に二人はいた。 と幸村。 「ん。美味いぞ、。何個でも食べられるな」 幸村はおはぎをいくつも頬張っている。 「本当?良かった。頑張って作ったんだもん」 幸村に美味しいといわれてホッとする。 幸村の為にと作ったおはぎ。 滅多に料理などしないから、台所を預かる女性に頼んで教えてもらい頑張って作ったものだ。 他の人が作ったものに比べて見栄えが悪い。 そんなものを出すのに躊躇するが、幸村が目ざとく見つけたので出してみた。 味見はしたものの、幸村は色んな店の色んな美味しいものを食べているので、その反応にドキドキしてしまったのだが。 「これからはにずっと作ってもらいたいものだ」 「ずっと?」 「ああ。ずっとだ」 「・・・・・うん。作ってあげる」 幸村からの要望と言うのは珍しい。 だから嬉しくて、まだ上手く作れないが、幸村の為にとは頷いた。 「本当か!」 以上に破顔させる幸村。 そんなに喜んでもらえるとは。だが、先ほどの話が気になり話題を戻す。 「それで?その長曾我部と戦うんだ・・・・」 「ああ。しかも長曾我部は徳川と同盟を結んだとも聞く」 「え!徳川ってあの、最強の武人本多忠勝がいるんでしょ!?大丈夫なの?」 おはぎをすでに4個も食べた幸村は、本当に美味いのだろう5個目に手を出そうとしている。 「大丈夫だ。お館様がおられる。それにそれがしもそう簡単に負けはしない」 「・・・・・」 心配だ。 長曾我部のことはよく知らないが、本多忠勝のことは幸村や佐助を通してだがよく話を聞く。 人と思えない攻撃力に鉄壁の防御。 彼一人が何十、何百の兵士の中にいたとしても、兵士の方が簡単に倒される。 それにその体には戦で受けた傷は一つもないほどだ。 「そんな顔をするな。誰が来ようとも負けない。約束する」 絶対の自信。 信玄の下でならいくらでも強くなる。鬼にすらなろうと思うのだろう。 「うん。信じるね」 そう願うしかないのだ。 「それで、いつ出発するの?」 「明日の朝には」 「えー・・・・」 「だから、すまん。今度の約束ダメになってしまって・・・・その」 幸村は表情を曇らせる。 二人で今度桜の花を観に行こうと約束したのだ。 普段から稽古、稽古の幸村だから、たまにはいいではないかと。 それがダメになってしまった。 幸村自身も楽しみにしていたのだが。 「ううん。いいよ、花見はまた今度もできるから・・・・帰ってくる頃には違う花が咲いているだろうから」 その花を一緒に見よう。 朝。と言うより夜明け前。 は物音に気づいた。 障子の向こうに薄っすらと人の気配が。 「誰?」 「す、すまぬ!お、起こすつもりはなかったのだ」 「幸村君!」 は夜着のまま室を飛び出す。 すでに戦の準備を整えた幸村がそこにいる。 「!そ、そのような姿は」 顔を赤く染める幸村。 「そんなのどうでもいいでしょ。もう出発なんだ?」 「あ、ああ・・・出発する前に、の顔、いや・・・・その・・・・少しだけのことを」 のことを感じていたかった。 戦前。いつもこっそり彼女が寝ている室の前で、心の中で「いってきます」と 自分なりにケジメをつけていた。 今日もそのつもりだったのだが、に気づかれてしまった。 気持ち悪いことをするなと、に怒鳴られてしまいそうで怖い。 だがは怒鳴ることなどしなかった。 「良かった。幸村君にいってらっしゃいって言えて」 「え」 「顔見られて良かった」 「・・・・・」 幸村は意を決しを抱きこんだ。 「幸村君!!?」 「。この戦・・・・戦から帰ってきたら。そ、そそ・・・・それがしの嫁になってくれ!」 突然の申し出に驚く。 ただ目を丸くし次の言葉を紡げないでいる。 でも嬉しかった。 幸村も自分と同じ気持ちなのかと思い。 夜着一枚だから寒いのに、幸村の腕の中は温かくて、いつまでもこうしていたと思うくらいで。 だけど、時間は来る。 幸村はを放す。 「ゆき」 「返事は戻ってからでいい。いってくる」 幸村は逃げ出すように駆け出した。 「あ」 手を伸ばすもつかめず、ただ幸村の背中を見送った。 それが幸村との別れになった。 武田が敗北したという知らせがに届いた。 佐助がボロボロになりながらも伝えに来てくれたのだ。 その際、眠っているように動かない幸村を連れ帰ってきた。 「・・・・・・ゆきむら・・・・くん・・・・?」 何の冗談だ。 「ちゃん・・・ごめん。これが精一杯」 佐助自身も傷ついたようで、佐助が率いる真田隊の忍で幸村と信玄の亡骸を甲斐へと連れ帰るのが精一杯だった。 まさか信玄までもが。 甲斐は深い悲しみに包まれた。 布団に寝かされている幸村を前に、は立ち尽くしていた。 「だれ・・・だれが?・・・・本多忠勝なの、やっぱり・・・・」 信玄や幸村がやられてしまうような相手といえば、彼しか思いつかない。 だが佐助の答えは違った。 「西海の鬼。長曾我部元親・・・・」 「鬼?・・・・鬼が幸村君を連れて行っちゃったんだ・・・・」 涙が出なかった。 でも出る直前なのを必死で我慢した。 胸が痛い。 急に消えてしまった心地良い場所。 「ちゃん」 「戦・・・だから・・・・しょうがない・・・・よね・・・・・」 震える拳。 必死で唇を噛む。 「ごめん。ちゃん・・・・」 幸村を守らなくてはならない立場だったのに、それが叶わず。 且つ自分は生き延びた。 よく冗談で「旦那に死なれちゃ困るんだけど、誰が俺たちに払ってくれるの?」なんてことを言ったが。 冗談抜きで一族もろとも路頭に迷いそうだ。 幸村が死んだことを悲しむ自分はいるが、その反面。これからをどうしようかと冷静に考えている自分もいる。 薄情者だと罵られても仕方ない。 だから、には「ごめん」としか謝ることしかできなかった。 その晩、幸村を前には決意した。 戦だからと佐助には言ったものの、そんなことで自分の気持ちは治まらない。 例えこの身がどうなろうと、一矢報いてやる。 西海の鬼に一太刀浴びせてやる。 「幸村君、これ借りるね・・・・・」 幸村が額にまいていた赤いはちまき。 彼のトレードマークのようなものだ。それを左手首にきつく巻いた。 そして得物の二槍のうち一本を手にして、そっと邸を抜け出した。 *** 時間はかかったが、長曾我部元親の足取りはつかめた。 一人で幸村の槍を大事に持ち、彼を狙った。 そしてようやく見つけた、彼所有の船。 大きなものでガタイのいい厳つい男たちが沢山いた。 その中でも一際異彩を放ちアニキと慕われている男がいた。 あれが長曾我部元親だ。 大きな船だから、こっそり忍び込み機会を伺う。 あと、少しだ。 あと少しであいつに一太刀浴びせてやる。 「うわあああ!!」 「おっと」 でも元親には軽くあしらわれた。 お前なんかに俺にはやれねぇよ。 そんな目で見られるのがには悔しかった。 こんな男に幸村はやられたのか? 幸村だって名の通った武人。そう簡単に負けるはずはないのに。 「そろそろ諦めな。あんたには無理だ」 「うるさい!うるさい!うるさい!」 は強引に槍を振り回す。 元親にはかすることなく避けられる。 「あっ!くっ、ん〜」 船の手すりに刃が突き刺さってしまう。 はそれを必死に抜こうとする。 その隙ができると元親の部下がを捕まえようとする。 「あ」 ダメか、ここまでか。 そんな時に、部下の前にクナイが数本落ちてくる。 「よっと・・・・大丈夫?ちゃん」 「佐助さん・・・・」 「てめぇはどこかで見たことあるな・・・・」 元親の目が強く光る。 「悪いけど。彼女の邪魔しないでくれる?俺でよければ相手になるけど」 大型の手裏剣を華麗に捌く佐助。 要は部下たちに手を出すなと言っているのだ。 「気の済むまでやんなよ。俺には止める権利ないし・・・・いや、本当は強引に連れて帰りたいんだけどね・・・」 「佐助さん・・・ごめんなさい」 強気でいたが弱々しくなるのがわかった。 だけど、元親が槍を簡単に引っこ抜く。 「誰かの敵討ちってわけかい。ならちゃんと相手をしてやらねぇとな」 槍をに手渡す。 何を考えているのだ、この男は。 だけど、一太刀だけでもと最初から考えていたことだ。 余裕を見せたこの男が悪い。 は躊躇せずに槍を構えた元親に向かった。 だが一瞬だ。 本気になった元親にが敵うわけなく、槍は弾き飛ばされた。 「・・・・・・」 「悪いが俺の勝ちだ。わかったろ?あんたには無理だ」 「・・・・・・・・」 「あんた。早く連れて帰りな。勝手に俺の船に忍び込んだのが許してやっからよ」 は目の前に転がる幸村の槍の前に手をついてしまう。 「幸村君っ・・・・幸村君を帰してよ!なんで、あんたなんかにっ!」 その時、初めては泣いた。 幸村の亡骸を前に涙を流さなかった彼女が、子どものように泣きじゃくる。 ボロボロ涙を零し元親を責めている。 元親の部下たちは勝手な言いがかり、何を言っているのだとあきれ返っている。 それにアニキが強いから相手が負けたのだ。ただそれだけだ。 「私、何も言えなかった!・・・・いってらっしゃいも・・・なにも」 幸村。ああ真田幸村か。 紅蓮の炎を纏った戦場なのに清々しい男だった。 まっすぐな男。 何度か戦でやりあい、こちらも手痛い被害を受けた相手だ。 だが、今回は元親が勝った。 元親にも負けられないものがあるから。 「お嫁さんにしてくれるって・・・・・いったのに・・・・私ちゃんと返事ができていないのに・・・・」 は槍を抱えて泣く。 佐助はを見ていられなくて、目をそらす。 「旦那・・・・ずるいよ・・・・」 こんな子残して逝ってしまうなんて。 「誰が責任とんのよ・・・まったく・・・・」 佐助はやりきれない思いでいっぱいになる。 感情なんてもの忍には邪魔なだけなのに、今はその感情に締め付けられる。 「・・・・」 元親は黙ってを見据える。 戦なんて何度も経験済みだ。 友や仲間。親族だってやられてしまったこともある。 でも、相手もそうなのだろう。 元親へ向ける思いというのはこんなものだろう。 だからって一人一人に詫びて回るつもりはないし義理もない。 その分今までやった相手の魂背負って前へ進むだけだ。 恨み言でもなんでも言えばいい。 仕返しや突き放すことはしないから、好きに恨め。 どうせ、自分だって最期がろくでもない死に方だろうと思っているから。 「私の大事な人、大好きな人帰して!」 「それはできねぇよ。どう思われようがよ・・・・・」 の眼が揺らぐ。 鼻を赤くしとどまることのない涙が頬を伝って零れていく。 元親のことを見たかと思うと、ギュッと強く槍を抱き顔を埋める。 「・・・・・幸村君・・・・・」 小さな呟き。 悲痛な呟きに動じることもなかった元親の心が揺れた。 (ああ。本当やっかいだ・・・・) 泣き続ける女に何も言わない忍。 それを囲む長曾我部の兵士たちに元親。 「・・・・・佐助さん、ごめんね」 がゆっくり立ち上がる。 ああ、帰る気になったのかと誰もが思った。 だけど。 「何も出来なかった。私、だから・・・もう」 は幸村の槍を胸に抱いて、海に身を投げた。 「ちゃん!」 佐助が彼女を助けようと海へ飛び込もうとするが、それよりも早く元親が飛び込んだ。 19/12/31再UP |