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伝わる指先。
【4】 あれから一月近く経った。 長曾我部軍では、自分はもう亡き者として扱われているだろう。 寂しいが、こちらから何の連絡もできない以上仕方がない。 いつか自分がここを抜け出し、彼らの下へ帰りその姿を見せないと・・・。 「・・・・またか」 「・・・・・・」 「毎回毎回、懲りもせずに・・・・」 のことを上から侮蔑するような眼差しで見下ろす毛利元就。 はそれに怯むことなく、思いっきり頬を膨らませている。 「傷が癒えたとたんに、この有様か」 「私が何をしようと勝手じゃない」 「それは違うな。今の貴様は我の所有物だろう」 「私は物じゃない!」 の強気な態度に元就は小さく笑う。 現在は数えて8回目の脱走を企て失敗した所だ。 なんとか元親たちの下へ帰ろうと城から脱出しようとするのだが あえなく毛利家家臣たちの手によって阻止されてしまうのだ。 あの手この手を使おうとも、彼らは元就に処罰されるのが怖いために、必死でを捕らえる。 「なんなら、鎖で繋いでいてもいいのだが」 「趣味悪い」 「野良猫を飼いならすと思えばなんてことはない」 これは元就に気に入られているということだろうか? をここまで引き止める、生かす理由がわからない。 それは家臣たちにとっても同じだ。 それでも、との攻防戦を見ていると、多少元就の雰囲気が変わったように思える。 あくまでに対してだが。 「噛まれたッて知らないから」 「それは犬だ」 「猫も噛むし、引っかくかもしれないからね」 恐れを知らぬ娘だと、家臣たちの間では英雄視されている。 いつ元就の怒りに触れて処刑されても可笑しくないと言うのに。 とにかく、八度目の脱走は元就の勝利だった。 「鬼のどこが良いのか聞きたいものだが」 本日の脱走は諦めた。 大人しく室にいた。頭の中では今までの失敗や城の構図などを思い返し、次への布石を投じようとしている。 そんなに元就が姿を見せ元親のことを話しだしたのだ。 思わず面食らう。 この男が他人に興味があるのかということ自体驚きなのに。 一月ではまだ元就のことを知るというのは難しい。 難しいし、何より自身が彼を知りたいとは思わなかったのだ。 城内での家臣の態度や、戦での行動を見れば好き好んでそばにいたいとは思えない。 それが突然元親の、他人のことを言い出したので驚いたのだ。 だが、家臣たちから言わせれば、を放置していること自体が一番の驚きなのだが。 「ど、ど、どこがって、なに?」 「そこまで奴の所に帰りたいと思う理由だ」 「・・・・・だって、アニキは私の家族だもん。素性の知れない私を拾ってくれて・・・あ」 自分は何元就に真面目に答えているのだろう。 「と、とにかく!別にそんなのアンタには関係ないでしょ!」 「・・・・そうだな。関係はない」 だったら聞くな。 「あ・・・・アニキは・・・・・今」 そこまでいい口を閉ざす。 聞いた所で、この男が素直に話すわけはないのだ。 「奴の安否が気になるか」 「・・・・・別にいい。アンタに聞かなくても、アニキは大丈夫だもん・・・・」 「ならば聞くな」 はくっと歯を食いしばる。 わからない。 わからなすぎる、この男のことが。 捕虜として自分を扱うのかと思えば、そうではない。 本当に、元就の所有物扱いされているような気がする。 よく言うではないか、戦で勝者が敗者の女を奪うなど。 自分は別に元親の正室などと言う立場ではない。 台所を預かるというか、ただの雑用だ。 愛でられるような存在ではない。 いや、愛でられてもいないのだが。 「・・・・・あ」 ふと見渡せば元就の姿は消えていた。 何を考えているのか、本気でわからない。 でも、少しだけ思うことがある。 きっと最初から元就に媚びるような態度をとっていたならば、きっとあの時死んでいただろうと。 の行動が自分の周りに今までいなかった性質だから、どこか気になるのだろう。 「ただのモルモットみたい・・・」 いつ彼に厭きられ、ゴミのように捨てられるだろうか。 斬り捨てられるという方が正しいのかもしれない。 「アニキ・・・・アニキは元気でいるよね・・・・」 元就ににやられた怪我など、もう完治して大海原で暴れているかもしれない。 戦に負けた鬱憤を晴らしながら。 「アニキ・・・・」 元親と離れて暮らすのはなれているが、状況が違う。 ここは敵地。 気のいい仲間たちもいない。 ただ元親の帰りを待つ場所ではないのだ。 「会いたいよ、アニキに・・・・私、まだアニキに謝っていないもん」 山賊から助けてもらった時の礼に、傷つけてしまったことに対しての謝罪。 ちゃんと言えぬままだ。 「・・・・・決めたじゃん。アニキの、皆のところに帰るって」 帰って、元親に謝るのだ。 だから弱気になるな。 *** 「お願いが一つだけあるんですけど」 「・・・・・ほう」 元就の視線に負けじとは胸を張る。 背中を丸めてはいけない、しゃんと背筋を伸ばす。 「ずっと同じ場所にいて飽き飽きしているんで、外に出たいのだけど」 「毎回、脱走しているではないか。いい運動になっているだろう」 「だ、脱走するためにじゃなくて!た、単に街並みとか見たいだけだし」 「・・・・・」 まあ脱走するために、外を確認しておきたいという気持ちはあるが。 その辺り、この男にお見通しのような気もする。 とりあえず、一度外に出たいのだ。 なんとかそれらしい理由を作りたい。 作ってなんとか承諾して欲しいのだが。 は次はどう言おうか考える。 「良いだろう」 「へ?」 「許すと言ったのだが?」 元就はあっさり承諾してくれた。 ただし、条件付で。 家臣数名、侍女をお供に付けられた。 侍女はが万一逃げた場合代わりに処分すると脅しをかけられた。 「に、逃げない!第一、私の所為で誰かが死ぬなんて嫌だから」 「そうか。まあ少しは楽しんでくるがいい」 脅しをかけられ楽しめるかと内心毒づく。 長曾我部軍が根城にしている場所や、そこら近辺の村、町に比べてここの城下は多少華やかさがある。 元就を恐れてもっとビクビクしているのかと思ったのだが、人々の顔はそんなに変化はない。 それを見て、正直しまったと軽く溜め息がでる。 (知らなきゃ良かったかも・・・・こういうの) 家臣たちが元就の顔色を伺っている所に出くわすと「ああ、やっぱりね」とこの男に気を許しては いけないのだと思い知らされる。 だけど、元就が支配、治める。膝元に暮らす人たちの顔が皮相的ではないのを見ると。 為政者としては優秀なのだとわかり、さらにそんなに悪い人ではないのだろうと思ってしまう。 もっとも弱き者への仕打ちというならば、噂で聞く尾張の織田信長のほうが恐れられている。 魔王と呼ぶに相応しいと。 (あれに比べたら、ここはまだ穏やかでいい場所なんだ・・・・) がいた長曾我部だけに限らない。 (だったら、なんでそういうのを、自分の家臣に向けないのかな・・・自分の力だけしか考えていない気がする) ハッと我に帰り、慌てて首を横に降る。 毛利元就のことなど考えるだけ無駄だ。 これ以上余計なことを考えそうなものならば、情が入りそうで嫌だ。 互いに憎まれ口を叩き、いつ斬り捨てられるのかとビクつくことはあっても、元就に直接暴力を振るわれた事はない。 どこかで、を気遣う面を見せるのだ。 (う〜嫌だな・・・・あの人はアニキを襲った人で、傷つけた人で・・・・私のことも斬って・・・斬って・・・) 気まぐれだとか、賭けだとか理由をつけてはいたが。 (私のこと・・・・助けた人だ・・・・) なんだか胸のうちが苦しくなる。 これも元就の策か、何かだろうか? いや、ただの小娘相手に策を模様することなどないだろう。 苦しい。 元就のことを知らないようでいて、だんだんと知ってしまう自分が。 情が移った。とか、そんなことで認めてしまいたくない。 すぐ最近まで元就の考えていることなどわからないと思っていたではないか。 (でも・・・アニキ・・・・) 苦しい。 とても苦しい。 ここにこのままいれば、そのうち元就を許してしまいそうな自分がいる。 彼は敵だ。 仲間を、元親を沢山傷つけた敵だ。 自分の配下など駒だといい、平気で犠牲にするような男だ。 なのに、どんどん侵食されていく。 怖い。 とても怖い。 このまま逃げてしまいたい。 戻ってしまうと、その恐怖がどんどん大きくなっていく気がする。 何もかも、どうでも良くて。 逃げた後のことなどどうでも良くて。 早く温かい家族がいるあの場所へ帰りたい。 (帰りたいけど・・・・できないんだ・・・・やっぱり) 自分の所為で誰かが死ぬのが嫌で。 逃げてしまったのならば、後のことなど知る事もないかもしれないのに。 (アニキ・・・・どうしたらいいのかな。私は・・・・) 遠くにいるようで、近くにいる毛利元就。 近くにいるようで、今は遠き場所にいる長曾我部元親。 元親に早く会いたいのに。 やること、言いたいことが沢山あるのに。 今はそのことがくじけそうになる。 気づかなければ良かった、無視すればよかった。 苦い気持ちに。 *** が城から脱出する傾向が頻繁になってきた。 なりふり構わずというところか。 真夜中にも関わらず塀を乗り越えようとした。 「だが、数打てば当たるというものではないな」 見張りの兵士が気づかないわけもなく、あえなく御用だ。 「煩い・・・」 「計画性というものがない。貴様もただのバカか」 相変わらずの元就の侮蔑。 はこみ上げてくる、苦しさから早く解放されたくてしょうがなかった。 「・・・なんだ?」 元就はの変化に気づく。 ぐいっとの顎を掴み目線を強引に合わせる。 元就のひんやりとした手が触れ一瞬体がびくついた。 「な、なんでもない!放して!」 「・・・・」 「もう嫌!もうアニキのところに帰りたい!お願いだから帰してよ!」 「貴様・・・」 元就から逃げようとする。 元就の中で何かがスッと消えていく。 興味。 への興味が薄れた、消えたと言ってもいい。 「そうか。ならば帰してやろう。奴のいるあの世へ」 「う、嘘」 冷めた目。 感情など何もない目がを捉える。 ゾクッと身を怯ませてしまいそうになる。 「アニキ・・・死んでなんか・・・」 「それは逝けばわかるだろう」 帰ろうと。絶対に帰るんだと思っていた元親のいる場所。 そこがあの世だと? 直接元親の安否を聞き答えてもらった事はない。 元就の口から聞かされることが癪であったのと、絶対元親は無事だと確信していたからだ。 なのに、今初めて言われた。 元親はもう死んでいるかのように。 でも、それなら元就がを今まで放置、そっとしていたこともつじつまが合う。 ここに居れば、元親の噂など入ってくる事はないから。 元就なりに、を気遣ったとでもいうのだろうか? 「アニ、キ・・・」 かくんと力なく膝が落ちる。 知らなければ良かった気がする。 バカみたいに脱走し、捕まり呆れらる。 そんな毎日を過ごしていれば、今押し寄せている喪失感など感じることもなかっただろうに。 『アニキがいなくなっちゃうのが、一番怖いから!』 あの時、言った自分の言葉。 一番怖いことが起きてしまった。 「アニキ・・・・」 小さく背中が丸くなる。 ポタリポタリと涙が畳に落ちた。 もういいか。 逃げる必要もなくなった。 ここで元就に斬られてもいい気がする。 元々死んでいてもおかしくなかったのだ。 ちょっとだけ死期が延びただけ・・・・。 「貴様・・・」 への興味が薄れた。 だが、いとも簡単に生きる希望を捨てた。 それが今、無性に腹立たしい。 冷めた感情しか湧かなかったのに。 「・・・・・」 沈黙がこの場を支配する。 だが、その沈黙を破る出来事が起きた。 砲撃音だ。 真夜中、静かな誰もが寝静まった時に似つかわしくない音だ。 一斉に城内が慌しくなり、家臣たちの怒号が聞こえてくる。 「何事だ!」 「砲撃です!位置、相手は不明。現在状況確認中であります!」 砲撃などというのはわかる。 家臣のわかりきった報告が元就を苛立たせる。 ドゴン! 二発目が放たれ、それは元就たちのいた室すぐ側に当たった。 パラパラと天井から砂などが落ちてくる。 死ぬ覚悟をしたはずなのに、は涙が止まり身を竦ませてしまう。 「来い。どこから砲撃が来るのかわからぬ以上、ここに居ても危険だ」 元就はの腕を掴む。 だが。 「まったく、危ねぇじゃねーか。俺にまで当たったらどうするってんだ」 場に似つかわしくない暢気な声。 の顔が一瞬にして生気に満ちてくる。 ガタンと乱暴に開けられた障子。 満月を背にして姿見せたのは死んだと聞かされた元親だった。 「ア・・・ニキ・・・」 「よぉ。何シケタ面してんだ、」 元親だ。 目の前に元親がいる。 19/12/31再UP |