伝わる指先。




ドリーム小説
男は毛利元就が治める地へとやってきた。
突然襲われたことに対し、反撃の機会を伺いながら情報収集に明け暮れていた。
それもこれも、自分がアニキと慕う男のためにだ。
彼は毛利元就に深手を負わされたが、順調に回復している。
だが、心の傷とでも言うのだろうか?少々覇気が足りない。
自分たちの前ではなんでもない顔をしているが、可愛がっていた妹分が生死不明なために
彼はなにを思ってか、一人静かに室で過ごしていることが多かった。

旅の行商人の格好をし街並みを歩く。
人々の様子は悪くない。元就がそばにいなければ彼に仕える者たちの顔色も悪くないようだ。
それもそうだ。
元就は自分たちのアニキと違って配下を駒の一つとしか思っていないのだ。
あんな男に負けてしまったのが悔しくしてしょうがない。
いや、今はいい。
アニキがいる以上いつでも立ち上がれるのだ。

茶店に入り、一服する。
さて、次はどこを探ろうかと思い考えていると、ある一団が目に付いた。
見た目は普通の若者たちなのだが、立ち振る舞いや言動が武士のようだ。
気配がそうだとも言えるのだろうが、一般人ではないとわかる。
自分と同じように探りにきた他家のものだろうか?
あまり可笑しなことをしないように、気づかれないように平静を装う。
だが、それも一瞬だった。
彼らの中心に見知った顔があったのだ。

生きていた。行方知れずの妹分が。
男はこっそり彼らの後をつけた。





【5】





「アニキ!アニキ!アニキーーー!!」

手下の一人がものすごい形相でやってくるではないか。
元親はもう少し静かにできないのかと彼を叱りつけようとするのだが
彼の言葉を聞いて、トクンと心臓が波打った。

「なんだ・・・って?」

「だから、を見つけたんです!あいつ無事でしたよ!」

「そ、それで!はどうした!?」

当然戻ってきたのだろうなと元親はギュッと彼の肩を掴んだ。

「あ・・・・それは・・・・・これからお話します」

申し訳なさそうに目をそらされる。
生きてはいるが、戻ってきてはいないようだ。
だが、生きていたとわかってこみ上げてくる嬉しさ。
再会できたら言ってやりたいことがいっぱいある。
説教になろうが、文句は言うなよ。とほくそ笑んでしまう。
そして元親は手下からを見つけた経緯、どこに居たのかを聞く。
室内には他の仲間たちも集まり早くしろと急かす。
だが聞いた時に開いた口が塞がらなかった。

「なんだって?毛利、元就だと?」

室内中にどよめく声が響く。

「へい。俺も最初は我が目を疑いましたけど、確かには毛利元就のもとにいました。
奴の部下の話じゃ、が来てからというもの、毛利に微妙な変化が現れたとも・・・・」

「アニキ・・・」

元親は顎に手をやり考え込んだ。
を自分で斬っておいて連れ帰っただと?
そして手厚く看護し世話をしてやっただと?
奴の考えている事がまったくわからない。
だけど、少なくともに興味を持ったからそうしたのだろう。
でなければあのままうち捨てられるか、止めを刺されていただろうに。
手下の一人が口を開く。

「それで、は?は毛利の下でどうしていたんだよ」

まさかのうのうと暮らしていたというのか?
そう問われて聞かれた男は苦笑してしまう。

らしいというか、何度も城から脱出しようとしていたらしい」

だけど、元就のお気に入りを逃がしたとあっては自分らの命が危ないと、家臣総出で必死に捕縛していたという。

「・・・・それだけ聞ければ十分だ。行くぞ、野郎ども!落とし前きっちり付けに行こうぜ!」

元親の号令におぉ!と喊声があがった。
そして、船に南蛮仕込みのカラクリ兵器を仕込んで毛利の本拠地へと攻めたのだ。
とりあえず、目的はの奪還と一発毛利に叩き込むことだ。
元親が単身城に乗り込み、手下たちは城への砲撃を開始した。
ある程度砲撃したら後退せよとの元親の命令で。

「ア・・・ニキ・・・」

「よぉ。何シケタ面してんだ、

元就に腕をつかまれたままの
泣いていたのだろう、涙が通った後が見える。
それに元親が顔を歪める。

「おいおいおい、毛利さんよ。人の大事なもんを勝手に持ち去って泣かすなんて、どんな了見なんだ。ああ?」

「貴様こそ、土足で我の城へ乗り込むのは何事だ?」

「へっ。次からはちゃんと脱いで来てやるよ」

「遠慮する」

互いに口では負けていないが、元親の物言いはどこのチンピラだろうと、は思ってしまう。
でも、それが彼らしくて。
今まで怖がっていたのが馬鹿馬鹿しいく、こんな状況の中笑みを零してしまう。
何より、元親が生きていたこと。
自分を助けに来てくれたことが嬉しかった。

「この娘一人の為に単身乗り込んでくるとはな。貴様は馬鹿か?」

「馬鹿で結構。それくらい俺らにとっちゃこいつが大事なんだよ。あんたにはわからねぇだろうよ」

睨み合いが続く。
ピリピリした空気へと変わろうとしている。
自分は元就に捕まっている。
この男のことだ。自分を壁にし、元親へと攻撃を食らわすかもしれない。
そう思うと何も動けない。
いつの間にか砲撃音は止んだ。
騒ぎ聞こえるのは毛利家の家臣の声だ。
いつここにその家臣たちが流れ込んでくるかわからない。
いくら元親でも、囲まれでもしたら逃げ出せないかもしれない。

「アニキ・・・」

「おぅ、待ってろ、。すぐ片付けてやっからよ。そうしたら一緒に帰ろうぜ」

帰ってまた美味い飯を食わせてくれ。
元親は心配するなと自信たっぷりに笑みを浮かべる。
その笑みを見れば心配する事は何もないのかもしれない。
は大きく頷いた。

「ふっ」

「え?」

の腕を掴んでいた元就の手が離れた。

「今だけ、見逃してやる」

「?」

「元々我の気まぐれで拾ったようなものだ。さっさと消えろ」

「・・・・・」

「だが、次はそうは行かぬぞ。西海の鬼よ、貴様の首必ずいただく」

「それはこっちの台詞だ。今度はてめぇになんぞ負けねぇよ」

ひょいとを小脇に持ち抱えて元親は室から飛び出した。
家臣たちが元親の姿を見つけ追いかけるが、元就は何も言わなかった。

「ただの、気まぐれだ・・・・」

元就の顔つきが元に戻り、騒がしい渦中を沈めようと彼らとは正反対に歩き出した。



仲間たちのいる船に戻った二人。
の姿に喜び、湧きあがる。

!心配させさがって、この野郎〜」

「無事でよかったな、俺、俺よぉ、もう・・・・」

「馬鹿、泣くなよ!それよりも、悪かったな。アニキを助けるためとはいえ、お前を見捨てたりしてよ」

仲間達が色々言葉を投げかける。
それをは泣きそうになりながらも受け止める。

「私の方こそ、ありがとう。助けに来てくれるなんて思わなかった」

「ひでぇな、おい」

「それに、あれは・・・・私がそうしたいって思ったから、体が勝手に動いちゃったんだ」

仲間達がを囲みわいわししている側で、元親はそれを拱手し見ていた。
の言葉にピクリと眉が動く。
殺されても可笑しくない時に、己の体を張った
自分の為に。
元親はそれを思い返すだけで、胸が苦しくなる。
あの時深手を負ったのは自分が油断したからだ。
自分がすべて悪いのに。
下のものたちに体を張らせるようなことになってしまって・・・。
元親は一人、その場を離れた。



***



長いこと居なかったわけではないのに、懐かしいと感じてしまった根城。
いや、また戻って来れたことが嬉しくてしょうがないのかもしれない。
短めではあったが、仲間達との航海は楽しく嬉しかった。
仲間達もが戻ってきたことと、毛利に少しだが一矢報いたことが嬉しかった。
だから陽気に暢気な航海となったのだろう。
根城で待っていた仲間達もの姿を見て喜び涙する。
こんなに自分の帰りを待ってくれていた人がいたのだと胸が詰まる思いだ。

。あとで俺の室に来い。話がある」

その一言だけ言って元親はさっさと離れていく。

「アニキ・・・」

船上で元親と会話をかわす事はなかった。
何か難しいことを考えているようで、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。
せっかく戻ってきたのに、自分は捨てられてしまうのだろうか?
今回のことで沢山迷惑をかけてしまった。
なんだろう、いったい?
不安が湧きあがるが、行かねばなるまい。
は仲間達にそう告げて元親の後を追った。

「アニキ?」

「おう。入れ」

おずおずと中へ。
トンと軽く襖を閉める音が響いた。

「あの、アニキ・・・・・」

前からずっと考えていたではないか。
元親と再会できたら、謝って礼を言おうと。
だが、中々言葉が出ない。
そこまで意気地なしだっただろうか?それとも謝りたくないと意地を張っているのか?

「あのね、アニキ・・・?」

それでも言わねばならない。
が言おうとしたとき、目の前に影ができる。

「アニキ?」

元親がの前に立っていた。
そして、おもむろにの着物の前を強引にはだけさせた。

「!!?」

バッと胸元が露になる。

「ああああ、アニキ!」

「馬鹿野郎・・・・・」

「アニキ?」

恥かしさでいっぱいなのだが、元親の顔は苦痛に満ちている。
絞り出すような声。

「・・・残っちまっているじゃねぇか・・・・・・」

それは元就に斬られた、左肩から胸元にかけて斜めにできた刀傷によるもの。
完治したとはいえ、紅く痕が残っている。

「俺の為だとか言って、馬鹿すんな」

その傷跡にそっと触れる元親。
すーっと上から下へと沿っていく。
触れた瞬間は冷たさを感じるが、すぐさまの体温と交じってしまう。

「でも、あの時は」

「おめぇが斬られるのを見て、俺がどんな思いをしたかわかってんのか?」

何も出来ず、助けに行こうにも手下たちに抑えられて儘ならなかった。

「もう二度とあんな真似すんなよ・・・・」

その声音は優しかった。
それでも、また同じことが起きようものなら、きっとまた同じことをしたかもしれない。
だから素直に頷けなかった。

「だがよ・・・・が生きていて良かった・・・・」

可笑しなことだが、の命を繋ぎ止めてくれたのは元就だ。
彼に面と向かっていうつもりはないが、多少なりとも感謝してしまう。
思わず、その傷痕に元親は口づけてしまう。
何を突然と、の顔、耳まで真っ赤に染まり、今頃になってようやくはだけた胸元を整える。

「わ、私だって、アニキが生きていてくれたの嬉しかった、よ」

一瞬ではあるが、死んでしまったと信じてしまいそうになった。
そして自分も後を追ってしまおうかと思ったくらいだ。

「俺があのくらいで死ぬかよ」

へっと鼻で笑う元親。
そしてスッと立ち上がり、小さな小箱から何かを取り出す。

「ほらよ」

元親はに白い布に包まれたものを渡した。

「アニキ?」

にやる。前に簪は錆びるから嫌だとか言ってたろ?それならサビやしねぇよ」

買出しに出たときだ。
簪とか欲しくないか?と聞かれて、はいらないと答えた。
折角買ってもらっても、万年潮でさらされたこの地ではダメになってしまうと思ったからだ。
それに自分はほとんど装飾品の類をつけたことがない。
似合わないとさえ感じてしまっているのだ。

「・・・・あ、玉簪・・・鼈甲?」

「おうよ。鼈甲なら錆びることはねぇよ。ま、これはこれで小まめに手入れをしなきゃならねぇだろうけどな」

鼈甲は黄色い部分が多ければ多いほど高価なものだと言われる。
元親がに贈った玉簪はまさにすべてが黄色。そして飾りの桃色の玉が可愛らしさを出している。
この桃色の玉はどうやらサンゴのようだ。

「いつも大勢の野郎どもの世話してくれてありがとうな」

は首を思い切り横に振った。

「そんなことない。アニキが私に家族を作ってくれたから。私に出来ることって限られるし」

「俺にしてみりゃ頑張りすぎだって思うけどな」

ポンポンとの頭を撫でる。

「しばらくゆっくり休めよ。色々大変だったろ?」

「へ、平気!あっちじゃ何もすることなかったから」

「そうかい。だがせめて今日ぐらいは休め。体は疲れていなくても気持ち的に色々あっただろうからな」

俺は野郎どもの所へ戻ると元親は室を出て行く。
その際、眠たければ我慢せずにここで寝ていろと付け足して。

「ありがとう。アニキ」

は貰った玉簪を何度も何度も眺める。
こういう品が自分には似合わないと思ってしまうものの、贈られるとやっぱり女の子なのだろう。嬉しくて。
元親がにあの時欲しくないか?と聞いたのは日頃頑張っていることへの感謝と礼なのだろう。
いつも元親には驚かされっぱなしだ。
でも悪くない。
しばらく眺めていて気づく。
自分はまだ元親に何も言っていないことに。

「言いそびれちゃったな、どうしよう・・・・」

でも、次に顔を合わせた時に言えばいいだろう。
そう思った。





翌日。
は以前と同じように仲間たちの食事の仕度をする。

「おはよう!ごはんできたよ!」

仲間たちはまた見る事のできた妹分の笑顔に満足し、美味い飯にありつけることに感謝した。







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19/12/31再UP