伝わる指先。



ドリーム小説
情けねぇ。
ただ逃げることしかできなかった自分に腹が立つ。
守れなかった。
子分達もも。
なのに、この俺が守られた。

情けねぇ・・・・・。





【3】





ほとんど音がない室で唯一耳に届くのが波の音だ。
静かで、静かすぎて。
嫌になる。
それでも、何をするわけでもなく。
ただただ、一人室にいた。

胸元の剣先をちゃんと合わせもせず少々だらしなく着ている着物。
そのだらしないというより、彼らしいと思えてしまうから不思議だ。
ただ、少しだけ目のやり場に困る。
はだけている合わせ目から見える包帯。
先日受けた毛利軍の襲撃で負傷したものだ。
血気盛んな長曾我部軍は毛利に敗北した。
しかもただの敗北じゃない。
頭である元親は重傷を負い、多くの子分が負傷、亡くなった。
根城としていた場所は毛利軍には用がなかったようで、彼らは撤退し、今は手の空いた者達で現状確認している。
元親自身が陣頭に立ち指揮を執るべきなのだが、今はゆっくり静養してくれとこの室に押し込まれた。
反抗するわけでもなく、彼らしくない大人しさに子分たちの誰もが声をかけられないでいた。
そうなってしまう気持ちはわからなくもないから・・・。

「ダメです。ダメですってば!アニキッ!!」

「うるせぇ!俺が行かねぇでどうする!そこをどけ!」

元親がこの隠れ砦に運ばれた時、彼は気を失っていた。
目覚めた直後「あること」を思い出し布団から飛び出したのを、子分たちが押さえつけようと必死になっていた。

「アニキの気持ちはわかります!ですが、今はその傷を治してくださいって!」

「俺らでもやれるだけのことはしますから!」

彼の目の前で妹分として可愛がっていた少女が斬られた。
助けるどころか、安否を確認することもできずにいた。
それが元親には煮えくり返る思いなのだ。
それでもなんとか今は堪えてくれと、自分達だって無事じゃなかった体で動く子分たちを見たら
大人しくしているしかないと、元親は黙り始めたのだ。

『アニキ』

静かな室で元親だけに蘇る声。

『今日はアニキの大好きなものがおかずにあるからね!』

『んー?内緒だよ。出たときのお楽しみ〜』

当たり前のようにあった笑顔が、今はいない。

『私、戦うアニキの姿怖かったけど、もっと怖いことがあるから』

クッと奥歯を噛締める。

『アニキがいなくなっちゃうのが、一番怖いから!』

「くそっ!!」

ダンと強く畳に拳をぶつける。
聞こえていた声も霧散する。

・・・・俺はどうすりゃいいんだ。お前に助けられた俺はよ・・・・」

いまだ彼女の安否だけはわからない。
無事なのかそうじゃないのか。
確かにこの目で見てしまったのだ、毛利元就がを斬り、崩れ落ちていく彼女の体を。

「俺だって・・・・お前が消えちまうのが怖ぇよ・・・・」

静かな声で元親は呼ばれた。
情報収集など、現状でわかることで報告できることがいくつかあるらしい。

「おう。入んな・・・」

元親の前で畏まる子分達。
一人一人、報告を済ませる。
案外酷い状況ではないようで、運悪く亡くなってしまった仲間たちだけは、海へ帰してやろうと丁寧に葬ったそうだ。
済まないと詫びる元親に、誰もが「アニキの為ならなんてことない!」と口々に言う。
仲間ごと平気で斬りつける元就なんかに比べたらマシだ。

「あとはアニキの復帰だけです。俺達はいつでも毛利と再戦できますよ」

いくつかカラクリ兵器は壊されたが、修理すれば大丈夫。
隠し砦がいくつも存在する長曾我部にとっては、襲撃されたことは痛いがまだ挽回できる機会はいくらでもあった。

「そうか。悪かったなぁ・・・・俺がこんなザマでよ。おめぇたちに苦労させちまって」

「そんなことないっすよ、アニキ!」

「しばらくはゆっくり休んで傷を癒してくれや」

その言葉だけでも嬉しいと子分達の顔は晴れる。
ただ。

「で?」

「?」

は?」

「・・・・あ・・・・・は・・・・」

誰もが口にするのを躊躇った。
彼女が身を挺して元親を逃がそうとした時、自分達も彼女より元親を選んだ。
元親がを大事に思っていたのは痛いほど知っていたので、を置いてきてしまったことを
もっと酷く元親に罵られても可笑しくないのに。
彼は一行に責めることをしない。
きっと元親自身が悔やんでいるのだろう。
だから、元親にはいい知らせをと思っていたのだが・・・。

「どうした?」

「・・・・その・・・・わかりません」

「なんだ、わからねぇってのは・・・・」

顔を見合わせる子分達。

「時間は経っちまいましたが・・・・が倒れた場所に行ったんですけど・・・」

「けど、なんだ。はっきり言え。俺はまどろっこしいのは嫌いなんだ」

「は、はい!」

眉間の皺が深くなるのを見て子分達は唾を飲む。

「その、尋常ではない大量の血痕はあったのですが、の姿はなかったんです」

「アニキの前でこんなことは言いたくないですが・・・あの血の量じゃ、が助かっている可能性が低いんですがね」

本当に言いたくないことなのだが、言わずにはいられない。

「それでも、逃げた後とか、そういうのがないんです」

「・・・・・」

「俺たち、海の中だって探しましたよ。もしかしたら落ちちまったのかもしれねぇと思ったし」

「でも、の姿はどこになかったんです」

そういう問題じゃないだろうが、は大事なアニキを守ったんだ。
もし、もし彼女が死んでしまったのならば。丁重に埋葬してやらねばと思い、亡骸を捜した。
だがそれすらも見つからなかった。
元々ひょっこりというか、流れ着いたのがだ。
また海へと帰ってしまったようにも思えてしまう。

「人魚じゃあるめーし・・・・」

「人魚ッて、最後泡になるって言わなかったか?」

「それは、西洋の御伽噺って奴だろ?っていうか、それじゃあは」

死んでしまったと認めてしまうことになる。
しんと静まり返る室。
今すぐにでも

「ごはんできたよー」

なんて笑って顔を出すんじゃないか。
そんな気がするのに。
実際、彼女はどこにもいない。

「わかった。もういいぞ」

「あ、アニキ!」

もういいぞ。
その意味はどうとればいいのだ?
子分達は聞き返せないでいる。

もうを探さなくてもいい

そんな意味なのか?
ただの下がれという意味なのか?
何も聞けずいたが、元親の方が室から出て行ってしまった。



*



真っ白い光が差し込んでくるような感じがした。
室内いっぱいに光があるような。
そんな中では目を覚ました。

「・・・ったあ・・・」

咽喉が渇いていて出した声が少し嗄れている様な気がする。

「・・・・・ここ、どこ・・・・・」

体を起こそうにも左肩口が酷く熱く痛みを帯びていて無理そうだった。
それでもなんとか首を動かし、周囲を確認する。
そこは何十畳あるのかわからない、広い室だった。
右側から光が差し込んでくる。
先ほどの感覚はこれかとわかる。
だが人の気配がまったくない。

「・・・・アニキ?・・・・みんなは・・・・」

静か過ぎる室内に不安になる。
仲間達はどうしたのかと。
障子に影ができたと思うと、すっと開く。

「アニ・・・キ・・・・じゃない」

「・・・・・」

は必死で体を起こし、入ってきた人物を睨みつけた。

「ほう・・・相当しぶといな」

「毛利・・・元就・・・」

突然長曾我部を襲ってきた男だ。
卑怯ともいえる手で元親に深手を負わせた男。
あの時見た独特な格好ではないが、一目で彼だとわかる。

「なんで、私はあんたの」

「・・・・・我の気まぐれ・・・賭けともいう」

「気まぐれ、賭け?」

「その傷、医者に診せる」

元就は後方に控えていた医者と入れ違いで下がる。
広い室内には医者とのみとなった。



「・・・・・娘。何ゆえ邪魔をする」

自分の目の前で大きく両手を広げて立っていた娘。

「・・・・・」

「我の邪魔をすれば、我は娘とて容赦はせぬ」

「でしょうね・・・・平気で味方を傷つける人だもの。アニキとは大違い」

震えながらもそこをどこうとは、逃げようとはしない。

「あんたを前にして死んじゃうかと思うと怖い。でもアニキを失う方がもっと怖い」

そんなことは知ったことではない。
泣くのを堪えて、逃げようともしない娘。
船で逃げ出した元親からは彼女に手を出すなと獣の咆哮にも似た叫びが聞こえた。

「そうか。だが我の邪魔をしたのだ」

討ち取っても何の手柄にもならない娘。
振り下ろした刃に何のためらいもなかった。

「・・・・・・逃がしたか・・・・」

元親を乗せた船はもう追いつけない場所にいた。
元就の足元には倒れた娘の姿ある。
斬られる際に悲鳴を一言もあげずにいた。

「・・・・・・・ほう・・・・まだ息はあるか」

辛うじて、息があった。
ならば止めをと思ったのだが、あの長曾我部元親の娘への尋常ではない態度が気になった。
仲間は大事にする。
そういう奴だというのは知っている。
だが、果たして彼女もそうなのだろうか?
それだけはない気がする。

「面白い。生かしてやる」

元就に対して逃げ出しもしなかった娘自身も面白く感じたので。
元就は娘を拾い、高松城へと連れ帰ったのだ。



再び元就と二人になった
は布団の上に座りながらも、元就から視線を外さない。
キッと強く元就を睨んでいる。
元就はそんなからの視線にクッと小さく笑った。

「な、なによ」

「・・・・・」

「なんで、私をわざわざ連れてきたのよ・・・・そのままにして置いてくれたほうが良かったのに」

「・・・・・・」

「私、まだアニキに何も言ってないんだからっ」

「貴様の都合など知らぬ」

少々強気な面を持っているらしい目の前の娘が、元就に向かって手を振り上げた。
だが元就はその手を簡単に取り布団に向かって倒す。
倒れた拍子に傷口が痛み、小さな悲鳴が出る。

「傷口が開いても知らぬぞ」

「っう〜・・・・誰の、せいよ・・・」

「我を恐れぬその態度」

「!!」

元就は右手でグッとの首を掴む。

「貴様の命なぞ、我の手のうちぞ」

「・・・・し、死ぬ気はないからねっ!」

「?」

元就の手が弱まる。

「私、死ななかったんだもん。アニキにまた会うまで死ぬ気なんかないからっ!」

「アニキ、アニキと・・・・貴様よりも、あの男の方が朽ちているかも知れぬというのに」

の目が揺らぐ。
確かに元親の傷は深いものだった。
それでも仲間達に預けたから大丈夫だと強く願っている。

「アニキは・・・大丈夫、だもん」

「・・・・・」

「アニキは強いんだからぁ・・・」

吐き出すに元就は手を放した。

「・・・・・確か、貴様の名はと言ったな」

「・・・・そう、だけど・・・・」

元就は立ち上がり静かに室を出る。
障子が閉められる間際に呟きのように聞こえた。

「その傷を癒すことだな・・・・」

一人きりになり、はどっと力が抜ける。
怖かった。
元就の言うとおり、自分の命は彼に掛かっていると言っても可笑しくない。
だけど命乞いなどする気もなかった。
今のには元親の安否だけが気になり。
なんとしてでも生き延びようとだけ考えていた。

「アニキ・・・・大丈夫だよね?・・・・」

掛け布団を頭から被り、痛みに耐えるのだった。







19/12/31再UP