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合縁奇縁
たちが甲斐を出立する少し前。 「慶次殿!別にそれがしは!」 「堅いこと言うなって。別に減るもんじゃねぇんだしさ」 幸村と慶次。 珍しい組み合わせである店を訪れていた。 というより、慶次が強引に幸村を引っ張りこんだ。 「なあ、これなんかいいんじゃねぇのか?」 「はあ・・・・ならば慶次殿が買われれば良いのでは?」 「バッカだなー。俺が買ってどーすんだよ。幸村が選んで買うことに意味があるんだよ」 呆れたような目線を幸村に向ける慶次。 幸村はただでさえ、自分が場違いだと思っているような場所にいることに困惑しているのに。 そこで買い物をしろ。などといわれても困ってしまう。 「いや、だから・・・・それがしは別に・・・」 「深く考えるなよ」 バンと強く背中を慶次に叩かれる。 「け、慶次殿」 「贈り物をするぐらいじゃ、バチも当たらねぇよ。いいじゃん、喜ぶぜ、きっと」 「・・・・・・」 慶次の言いたいことはわかっている。 だけど、幸村は意気地なし、弱虫などと言われても、これ以上期待するようなことをしたくなかった。 もう幸村の気持ちは固まっていたのだから。 「幸村っ!」 「うぐっ!」 今度は両頬を慶次の大きな手で挟まれた。 容赦のない強さに少々頬がヒリヒリする。 「あんな。お前の気持ちもわかるけどよ。後悔だけはするなよ。 あいつが奥州へ帰っちまったら次にいつ会えるかわかんねぇだ。」 「・・・・」 「そんな深く考えるなよ。好きな女が生きているだけでもいいじゃねぇか」 ニッと笑う慶次。 「す、すすす好きな女子など、それがし!」 すかさず幸村は後退してしまう。 「せめてさ、いい思い出ぐらい残せよ」 「慶次殿」 だからという訳ではなかったが、少しは・・・と思い、彼女への贈り物を選んだ。 このくらいならば、いいかなと。金の髪飾りを。 幸村にしては控えめに小さなものを選んだ。 【27】 「殿、それがし・・・」 慶次の策略(?)により、と二人きりになった幸村。 ここはすでに奥州伊達領内。米沢城にもあと少しいうところだ。 の何気ない言葉が幸村の想いを締め付けて行く。 彼女から見て、自分は「いい人」に写っているようだ。 それは悪くない。 嫌われていないのだ、それに彼女が思う人は別にいる。 ようやくそれをも認めた。 そんな時に、今更自分に芽生えた想いなどには邪魔なだけだろう。 「なんですか?幸村様」 甲斐を出立する前に慶次に連れられて買ったもの。 への贈り物。 本当は甲斐にいるうちに渡せば良かったと思った。 だが、買ったもののそれを渡す勇気がなかった。 今更という気持ちが強くて。 必ずしも、そこへ深い気持ちを込めなくてはいけないわけではないとわかっていても。 不器用だから。 割り切れないだけだ。 (でも、今なら渡せそうだ・・・・それに・・・・いや) 懐から髪飾りを取り出そうとするが、ふとの頭に目が行った。 「殿、それは?・・・・昨日まではつけていなかったでござるな」 「え?あ・・・・・はい」 懐に忍ばせた手が止まる。 の髪には始めてみる簪が挿してあった。 薄い桃色の花びら。 桜の花だと見てわかる金の簪。 はそっとそれを髪から抜いた。 「政宗が・・・帰る際に渡してくれたものです」 「あ・・・・」 「わかっちゃいました?前に幸村様にお話した・・・・政宗から貰った簪です」 それを贈られた直後に政宗との間が可笑しくなった。 簪がきっかけというわけではないが、そう思ってもおかしくないものだ。 『』 起き上がることしか許されなかった。 政宗が急遽米沢へ引き返すことが決まってその時が来ても見送りもできずにいた。 だが政宗の方が出立する直前の室にやってきた。 そして簪をに渡した。 『政宗、これ・・・』 『お前がこれすら持って行ってくれなかったこと、結構ショックだった』 『・・・・・』 箪笥の奥へしまいこんでしまった。 贈ってもらったあの日に少しだけ髪に挿したきりのそれ。 あの時とは違ってには贈られた意味がわからなくなっていた。 だからずっとしまいこんでいた。 『これと一緒に帰ってこい。待ってる』 帰ることに関してはもう決めたことなので異論はないが、簪については上手く返事ができないでいた。 政宗はの返事を聴く前に室から出て行った。 米沢へ戻る途中、簪を中々挿す気になれなかった。 ただ懐にしまって。 自分には、政宗から逃げた負い目もあり簪を挿す、持つ資格があるのか悩んだ。 悩んでばかりいたが、ふと気づいた。 政宗はしまいこんだ簪の存在に気づいてくれた。 探してくれたんだ。 単に荷物整理の為に見つかったものかもしれないとも考えたが、と再会するまで政宗はずっと簪を持っていてくれたのだ。 帰ってこいと行ってくれた。 米沢で帰りを待つといってくれた。 もう逃げるのは止めようと決めたのだから、政宗と一緒にいたいと願ったのだから。 は今朝、宿屋を出る際、簪を挿した。 それを政宗に見てもらおうと思ったから。 『お前がこれすら持って行ってくれなかったこと、結構ショックだった』 そう告げた時の政宗の顔が珍しく寂しそうだったから。 政宗にそんな顔は似合わない。 自分が簪を挿している姿を見て、不敵に笑えばいいと思う。 簪を見つめるを見たら、幸村は懐にあるそれを出す気にはなれなかった。 幸村は何事もなかったように空を見上げる。 「もうすぐでござるよ。もうすぐ政宗殿に会えるでござる」 あと少し頑張りましょうぞ。 などとを励ます幸村。 (これでいいのだ。これで) 一瞬でも自分の想いを告げようとしたことが恥かしい。 折角逃げていた場所から帰ろうとしているに何を今更余計なことを言うのだ。 彼女の為に買った髪飾りも渡すのはやめよう。 慶次や佐助には真面目すぎるなどと言われてしまうかもしれないが、今のままで十分なのだ。 秘めたままの想い。 「それがしの役目はもう終わりでござるな」 「幸村様・・・」 「もう殿はそれがしが居らずとも大丈夫でござるよ」 「幸村様、あの・・・・本当にありがとうございました」 幸村には沢山甘えた。 励ましてもらった。 守ってもらった。 この人と政宗より先に出会っていたらと思うと・・・・。 幸村に想われた人はきっと幸せだろうなと少しだけ羨ましくなる。 「幸村様だと、浮気の心配なさそうですもんね」 思わずそんなことを呟いてしまった。 幸村にもしっかりその呟きは聞こえていたらしく、何を突然とうろたえている姿が面白かった。 「殿まで、それがしをからかうのはやめてくだされ〜」 頭から湯気がでてしまうような真っ赤な幸村。 は声を出して笑った。 幸村もつられて笑った。 * 米沢城の大きな門の前では呼吸を整える。 本人は整えたつもりでも、鼓動は早い。 「流石、奥州筆頭!立派なもんじゃねぇの」 慶次が緊張をほぐしてくれようとしているのかいないのかは疑問だが、感嘆の声をあげた。 「そ、それがしも少々緊張するでござるな・・・・」 敵対していないが、信玄公に命じられたことなどとや、他国の本拠地とも呼べる場所なので余計に。 だが佐助はすでにここへ来ているだろうから、いきなり攻撃されることもないと思う。 ぎぎぃと重い門扉が開く。 も幸村も唾を飲む。 「「「「「姐御ーーー!!」」」」」 重々しい門扉とは逆に流れるように中から若武者たちが飛び出してきた。 「あ」 「姐御!お帰りなさいませ!」 「姐御のお帰り、俺達ずっと待っていやした!」 幸村たちなど無視して一斉にを囲む若武者たち。 「あ、あの」 口々にの帰還を喜びを出している。 「・・・・す、すごいでござるな・・・」 「つーか、なに、・・・姐御って呼ばれているのか・・・」 幸村も慶次も唖然としてしまう。 だが喜多といつきだけは見慣れている光景なので普通に笑っている。 「お二方、驚かれたでしょう?あの者たちはさんがご正室になられる前からあの調子でしたよ」 最初はそれを嫌がっていただったがいつの間にか、彼らと外へ遊びに行くほど仲良くなっていたぐらいだ。 「だーんな。待ってたよー」 ヒョイと姿を見せた佐助。 「佐助!」 「いやー参ったよ〜ちゃん連れて来ましたよーって独眼竜の旦那に知らせた瞬間にだよ? あの人達、我よ我もと姐御を出迎えるんだー!って駆け込んじゃうから」 それくらいの帰りを待ちわびていたのだろう。 「外に出ようとしたのをこっちの旦那方が止めてくれたんだけどね」 そう言って小十郎と成実が遅れて姿を見せた。 小十郎は幸村たちの中に喜多の姿を見つけ珍しく柔らかく笑った。 「姉上。ご苦労様でした」 「小十郎。面倒かけました」 喜多が小十郎の姉と知り慶次が大袈裟なくらい声を上げた。 何か文句でもあるのか?と小十郎が慶次を睨み慶次は少し怯む。 ぴしゃりと成実がその空気を破る。 「では、中へご案内いたします。長旅ご苦労様でした」 パンパンと軽く手を叩く。 一番性格がつかめないのはこの男かもしれない、などと佐助は思ったりしたが。 「姐御、お疲れでしょう?早く館で休んでくださいよ」 「夕飯は片倉様ご自慢のお野菜で作ったものばかりですぜ」 を囲む若武者たち。 皆が皆、の帰りを喜んでくれる。 帰っても良いか不安だった少し前。 それでも政宗と約束はしたし、喜多やいつきなどの身を案じてくれる人たちもいる。 だから不安は残りつつもなんとかなるだろうと思った。 出迎えてくれた若武者たち。 帰ってきてよかったのだと彼らを見てそう感じる。 「あ、姐御?」 そう感じたから、自然と涙が出た。 「ど、どうしました?姐御。お、おれたち別に何も」 は何度も首を横に振る。 泣き出したことを驚く若武者たち、全員とまではいかないが、数人の腕をギュッと掴んだ。 「姐御?」 「あり、ありがと・・・う。私、帰ってきて・・・・良かったです・・・」 「それは俺らも同じっすよ」 「また、皆で町に遊びに行きましょうね?」 泣き顔だが、悲しいからではなく嬉しいから。 は若武者たちに向かって涙を零しながらも笑った。 若武者たちは全員盛大に返事をした。 「殿。お帰りなさい」 「成実さん、小十郎さん・・・ただいま帰りました」 若武者たちの輪を開き成実と小十郎がの前に立つ。 「もう怪我は大丈夫なんだな?」 「はい。ご心配おかけしました」 「さ。中へ。政宗様がお待ちだ」 小十郎がの背中を軽く押した。 久しぶりに米沢城。 政宗はが住まいにしていた東の館で一人待っているそうだ。 幸村たちお客人は一先ず別室にて待ってもらい、一人を東の館へ向かわせた。 その途中、すれ違うほかの伊達家の家臣たち。 彼らから痛い視線を向けられるが、は怯むことなく進む。 全ての人がの帰還を喜んでいるわけでないようだが、は気にするのをやめた。 のことを一番待ってくれている人がこの先にいる。 小十郎や成実、喜多やいつき、それにあの若武者たちがには着いているから大丈夫だ。 「・・・あ」 すすすと静かに向こう側から歩いてくる女性が。 「・・・・・」 幾月ぶりに対面しただろうか。 猫が数人の侍女を連れて歩いてくる。 直接揉めたわけではないが、なんとなく何をどうしていいのかわからない。 「・・・・・」 猫はの横をスッと通り過ぎる。 目線も合わさず、挨拶をするわけでもなく。 一応侍女たちはに頭を下げるが、猫は最初からのことなど目に入っていない様子だ。 (猫様・・・・) 思えば、彼女も伊達家に良いように扱われたのかもしれない。 彼女の本心などわからない。 聞いてもいないのだから、でも今のには猫に何かを言えることはなかった。 も構わず東の館へ、政宗の待つ室へ向かった。 * この奥だ。 いつも自分がいた、一番使用していた室。 そこに政宗がいる。 緊張するが、がここへ帰ってきた理由は、彼がここにいるからだ。 だがすぐに向こう側にいる政宗に会おうとしなかった。 そっと襖に手をかける。 聞こえるだろうか?わからないが、襖は開けずに向こう側にいる政宗に声をかけた。 「ただいま。政宗」 張った声ではなく、小さな小さな呟き程度に。 聞こえないことの方が大きいだろう。 「おう。待ってたぜ、」 スッと襖が開いた。 目の前に入ってきた紺青色。 「まさ」 あっという間に中へ引っ張られた。 少しだけ息苦しさを感じるも、自分が今どこにいるのかを思えば納得してしまった。 「苦しいよ、政宗」 「うるせー、お前の指図は二度と受けねぇって言っただろ」 「指図なんかしていないもん」 政宗を庇って倒れた時、目を覚ましたを強く抱きしめた政宗。 今また同じことをしている。 が政宗の胸に頭を預けた時、チリっと小さな音がした。 「・・・、それ」 「うん。政宗から貰った簪」 もう二度と彼女には使ってもらえないかと思った代物。 米沢に帰る前に思いっきってに渡した。 「ああ。お前にはこれが一番似合うぜ」 「・・・・・ありがと」 は目を瞑る。 「私、帰ってきて良かった。皆が私にお帰りって言ってくれて嬉しかった」 「・・・・・そうか」 「でも。政宗が待っていてくれたのが一番嬉しい」 「俺もだ。が俺のところに帰ってきてくれたこと・・・・嬉しいぜ」 きっと、もう想いがすれ違うことはないだろう。 19/12/31再UP |