|
合縁奇縁
政宗と小十郎は急ぎ米沢城へ戻ってきた。 甲斐にいたのはたったの二日だけ。 しかも、とともに過ごせた時間などもっと少ない。 だが、それは仕方がない話だ。 政宗は代理を務めてくれた父へ帰還の報告をする。 連れて帰ると言ったのことを含めて。 共にではなかったが、が戻ってくることを輝宗は良かったなと言ってくれた。 忙しくなりそうだと思いながら豊臣軍への対応を進めねばと、重臣を集め軍議する毎日が続いた。 【26】 「辛気臭ぇ・・・・なんだ、ありゃ」 館内の士気が少々落ちている。 ガタイのいい荒くれ者の男どもの様子がおかしい。 訊ねた政宗に成実は呆れた目を向けた。 「わかりきったことを言われますね。殿が殿をお連れにならなかったことを落ち込んでいるようですよ」 政宗はくだらないと鼻で笑う。 「を連れて帰れなかったのはしょうがねぇだろうが。怪我させちまったんだから」 「ちゃんとその旨は伝わっております。ですが、寂しいのでしょう、あの者たちは」 「・・・・・悪かったと思う」 急にふて腐れたように呟く政宗。 は豊臣の軍師竹中半兵衛の手によって深い傷を負ってしまった。 一緒に米沢城の門を潜れなかったのはその所為だ。 そうさせてしまったのは、幸村との勝負に夢中になり自分たちに向けられた刃に気づかなかったからだ。 「帰ると。殿は申されたのですよね?」 「ああ」 帰りは幸村が責任を持って送り届けてくれるとのことだ。 敵として怖い存在ではあるが、のことを任せられると感じるには彼は適任だった。 恐らく、猿飛佐助も同行するだろう。 「ならばすぐにいつも通りに戻りますよ」 「ああ・・・・」 「喜多殿が殿のもとへ行かれましたし、もうすぐですよ、きっと」 「・・・・そうだな」 の帰りを米沢で待つと決めた。 は政宗に米沢に帰ると言ってくれた。 だから待つ。 それだけだ。 * 政宗が米沢へ戻ってから数日後、入れ替わりで喜多が真田邸へやってきた。 喜多だけでなく、いつきも一緒だ。 一応幸村の元へ先にその旨の書翰が届けられていたので、特に混乱することなく喜多は真田邸へ向かいれられた。 怪我を負ったというを自分が世話をするのだと喜多は自ら甲斐へ行くことを希望した。 いつきもが心配だからと着いて来た。 床に伏していたを見た時に、喜多はポロポロ涙を流してしまい、それには申し訳なさを感じてしまったものだ。 「真田の方々には迷惑だったでしょうが、いても立ってもいられず・・・」 「いえ。私の方こそ、喜多には何か一言残しておけばと思っていました」 喜多が悲しんでいると聞かされた時本気でそう思った。 「喜多さんがいてくれたから、私は寂しくても頑張れて・・・」 結果的には逃げ出してしまったが。 「でも、米沢にお帰りになると決められたのですよね?」 「はい。政宗と約束しました」 「政宗様、さんのことを心からお待ちしているはずです。早く傷を癒しましょうね」 「はい」 だがもうじき梅雨入りしそうだったので、帰るのは明けてからになりそうだ。 「、ー!」 「あー!待つでござるよ、いつき殿ー!」 ドタバタと廊下を元気よく駆けてくる足音。 その少し後をなるべく静かにと進む足音が。 「ー。ほら、見てくれ。きれいな花だべ。さっき幸村と摘んできただよ」 にっこり笑って手に持った花を見せるのはいつきだ。 幸村が申し訳なさそうに着いて来ている。 「わー本当だね、いつきちゃん」 は微笑むも、喜多に叱られてしまう。 「これ、いつき。静かにせよ。さんはまだ安静にせねばならぬというのに」 「わかってるべ。でもにはやく見せたいと思ったんだべ」 「す、すまない。喜多殿。それがしが一緒にいながら・・・」 幸村には叱っていないのに、彼の方が悪いことをしてしまったかのように項垂れてしまっている。 喜多の方が慌ててしまう。 「幸村殿。あなたがお気にすることではございません」 「そ、そうでござるか?」 幸村は少し顔を赤くする。恥かしいのだろう。 のそばにそっと腰を下ろした。 「殿。お加減はいかがでござるか?」 「はい。皆さんが良くしてくださるので順調に回復しています」 の方は幸村にまた面倒をかけてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいだが 焦っても仕方ないのでここはゆっくり療養することにしたのだ。 「そうでござるか。早く治して米沢に帰りましょうぞ。政宗殿も待っておられる」 帰れるといいな。 ではなく、帰ろう。そう幸村は微笑み言ってくれる。 は政宗と約束はしたものの、正直不安は残っている。 だけど、待ってくれている人のことを思うと嫌だとは思えない。 「はい。そうですね」 は素直に返事をした。 「旦那も人が良すぎるよ」 佐助が室を出た幸村の前に姿を現した。 器用に木の枝から逆さまとなって。 「佐助」 「ちゃんのこと、独眼竜の旦那に帰しちゃっていいの?」 「何を申すか、佐助」 「旦那が一番にちゃんのことを心配して、見ていたの知ってるよ」 を拾ってきたのは佐助だったが、一番親身になったのは幸村だ。 だが幸村はが早く良くなるようにと効きそうな薬や、が良く過ごせるように色々世話をした。 それもこれも、彼女が早く米沢に帰れるようにと。 不安になりそうなことを言おうものならば、叱咤して。 佐助の問いかけにも幸村は答えない。 「旦那」 「くどいぞ、佐助」 普段少し抜けてしまったような間抜け顔を見せるくせに、一転して佐助を強く睨む幸村。 余計なことは申すな そう目で訴えてくる。 幸村は完全に己の立場を弁えて身を引いてしまっているのだ。 「はいはい、わかりました〜御用があるときは呼んでくださいね」 佐助は溜め息を大袈裟に吐きながら姿を消した。 「・・・・・それがしは・・・・・」 幸村は何も言わなかった。 * の怪我も完治し、米沢へ帰ることになった。 急ぎでもないのでのんびり歩いて帰ろうということになったのだが。 「ゆ、幸村様と佐助さんが?」 「そ。俺らでしっかり送ってあげるからね〜」 旅仕度もちゃんと整えてある。 「二人だけじゃないぜ?俺も一緒に行くからさ」 「慶次さん!」 「幸村ともまだ喧嘩できていねぇし、ついでに独眼竜の兄さんに申し込むのもいいよなーって」 女三人で帰るよりはよほど安全だという。 元々信玄公から幸村と佐助は護衛を任されているから問題はない。 ただ、二人には別に信玄から任されたこともあった。 それは慶次もだった。 は改めて信玄公に挨拶をし、今までの詫びと礼をした。 信玄は一言「政宗公と仲良くな」とだけ言ってくれた。 なんだか少し照れ臭い思いだったが。 真田邸の人々にも別れを告げて米沢に向けて出発した。 「来るときはあまり見られなかったけど、富士山はおおきいなー」 いつきが先頭を歩き聳え立つ富士の山を見て感嘆の声をあげる。 「おら。村を出てこんなに遠くまで来たの初めてだっただよ」 「そっか。初めてか。甲斐もいいけど、京もいいぞ。 美味しいものあって、綺麗な姉さんたちがいて、毎日お祭り騒ぎで楽しいぞ」 慶次が得物の長刀を肩に乗せ歩きながらいつきにそんなことを言う。 いつきは誰とでも仲良くなれる性格のようで、甲斐へ来て幸村だけでなく、佐助や慶次とも仲良くなっていた。 小さい妹ができた。 そんな風に感じられるのかもしれない。 そんないつきが一番頼りにし仲良くしているのが小十郎だということはあまり知られていないのだが。 「へぇ、慶次は京の町にいただか?」 「ああ。それに京だけじゃないさ、色んな所に俺は行ったことあるぜ。ただ奥州方面だけはなかったな」 「じゃあ、楽しみだべ?向こうも良いところだ。政宗がおらたちの為に一生懸命守ってくれているからな」 農民であるいつきたちが二度と武器を手にしないように。 笑って米作りが出来る世にすると約束してくれたから。 「ああ、楽しみだな。それに雪国の姉さんたちも綺麗だって言うしな」 それは喜多を見て半分実証済みだなんて慶次は豪快に笑う。 「ま。まだまだ道のりは長いながらな。のんびり見物しながら行こうぜ」 「んだな」 すっかり意気投合している二人を後ろから微笑ましく見ているたち。 本当にのんびりしていていいものだろうかと少しだけ不安に思う。 「幸村様。いいのですか?私たちに合わせてのんびりしてしまって」 豊臣の動向が気になると、政宗でさえ早馬で帰ったくらいだ。 あれから活発な動きは見せてはいないが、幸村や佐助は武田家では重要な人物だろう。 いざという時に信玄のそばにいるべきではないだろうか。 「大丈夫でござるよ。殿たちだけで帰るほうが心配でござろう」 もし道中で何かあれば政宗に申し訳がたたない。 「そうですか?でしたら、途中で茶屋によって美味しいもの食べていきましょうね」 茶屋には幸村の好物である甘味が沢山あるから。 微笑むに、少しだけ息が詰まりそうになる幸村だったが、何事もなかったように同じく笑った。 そんな自分に涙が出そうになる。 米沢への旅は順調だった。 途中で豊臣などに襲われるかと思ったが、その気配はない。 幸村と佐助だけでなく、慶次もいるから敵国の者だけでなく賊の類も襲っては来ないようだ。 いよいよ伊達領へと入った。 甲斐に比べて少々涼しげな感じがする。 まだまだ本格的な夏は先のようだ。 「・・・・」 「殿。大丈夫でござるよ」 「幸村様・・・・・はい」 幸村たちと一緒にいたから、抱え込んでいる不安を考えずに済んだ。 ただ、あと少しで米沢かと思うと緊張と不安が入り混じって顔が固くなっていた。 それを幸村が心強く背中を押してくれる。 本当、自分は幸村に感謝したりないくらい世話になってしまっている。 「んじゃ、俺はひとっ走りして来ますよ」 佐助が姿を消した。 先に政宗のところへ行ってくるようだ。 を連れてきたことを告げる為に。 「きっと、みんなのこと待ってるだよ。おらたちいっしょうけんめいに館のそうじしただ」 「しましたね。あの強面の者たちが体を小さくしながら箒やら雑巾を持って」 喜多がくすくすと笑う。 帰ってきたに気持ちよく過ごしてもらうのだと、若武者たちが懸命に掃除をしていたのだ。 「そうなんですか・・・・」 姐御と慕ってくれた若武者たち。 は腹に力を入れる。 大丈夫だ。自分には少なくても待っていてくれる人がいるから。 (政宗。大丈夫だよね、私が戻ってきても) 「お。あそこになんか店あるなー。いつき、ちょっと見てこようぜ。なあ、喜多さんも」 突然慶次がいつきと喜多を引っ張り連れて行く。 「え、私もですか?」 「そうそう。ちょっと見ていこうぜ。なーに。ならば幸村に任せておけば大丈夫だって」 「は、はあ」 乱暴ではないが、慶次の力に喜多が抗うことなどできず、流されるままに脚は進んでしまう。 (幸村。これが最後だぞ。もうここでしか言えねぇんだぞ) チラッと幸村に視線を向けた慶次に、幸村は取り残された意味を知る。 (慶次殿・・・・だが、それがしは・・・・・) 何も。 何も言うことはないのだ。 「慶次さん本当お土産屋さんとか好きですね。いつきちゃんも楽しそうだし」 「そ、そうでござるな」 には休憩できて嬉しい。そんな風にしか感じていないようだ。 木陰で座れるような場所を見つける。 「幸村様。座って待っていましょう」 手招きされて幸村は断る理由もないので後に続く。 「幸村様。幸村様には本当、沢山お世話になりました」 「い、いや。それがしは別に・・・・」 は足を抱えて空を見上げる。 どこにいても空だけは変わらないようだ。 「でも、私は幸村様のおかげで色々助かりましたし、励まされました。ありがとうございます」 「当然のことで礼を言われるほどでも・・・・・」 こうして、と二人になることはもうないだろう。 彼女はまた東の館で政宗と過ごすのだろうから。 佐助や慶次が何を思おうが、幸村には一線を飛び越えるような真似はする気がなかった。 友誼として慕ってくれているだろうを困らせたくない。 「でも、不思議です。私、最初は伊達政宗よりも真田幸村に憧れていたんですよ」 「殿・・・」 「縁って不思議ですね。政宗こと私最初は大嫌いでした。自分勝手で人の意見なんてなんも聞かないし。 それに比べたら幸村様の方がよっぽど優しいし、いつか出会えるのならばと思っていましたから」 そういえば、初めて会った時にそのようなことを言っていたような気がする。 面と向かって言われれば恥かしくもあるが、少しだけくすぐったく嬉しい。 わかっているのに、心弾んでしまう。 「出会って幸村様は思っていた通り素敵な方でした。とても頼れる。そんな幸村様と出会えて良かったです」 「殿・・・・」 そんなに自分を褒めないで欲しい。 確かに彼女のためにと色々尽くした。 笑っていてもらえるように、甲斐で辛い目に遭わないようにと。 だがそれは自分が彼女に抱いていた想いがそうさせていたのだから。 言い方を変えれば、そんなに純粋じゃない。 「殿、それがし・・・」 今なら、心の奥底にしまいこんだ想いを告げても良いのだろうか? 19/12/31再UP |