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合縁奇縁
「・・・・・へぇ。楽しいランチタイムってところかい?」 突然現れた男。 会いたかったような、会いたくなかったような。 現実へと引き戻されたような感覚に陥る。 「Hey!言われたとおり来てやったぜ。真田幸村ぁ!」 「・・・・・・伊達、政宗殿」 だが彼は彼を見ていた。 自分のことなど目に入っていない。 だが、これでわかった。 もうここでの楽しかった生活が終わるのだなと。 【22】 睨みあいが続くかと思われたが、それをぶち壊す暢気な声が遮った。 「ちょっと、ちょっとー独眼竜の旦那。勝手に行くなって言ったじゃないですかー」 佐助が少し遅れてひょいと姿を現した。 「An?なんで俺がアンタを待たなくちゃならないんだ」 「先ずはお館様に会ってくださいって頼んだじゃないですか。お館様もそのつもりで俺に案内頼んだんですよ」 台無しだよ。と佐助が肩を落とす。 佐助に同調するかのように厳しい声がさらに加わる。 「それよりも!政宗様!他所の御宅に入るのに塀を飛び越えるとは何事ですか!」 「ちっ・・・・」 政宗はもう一人やってきた男の顔を見て舌打ちした。 「この小十郎。そのようなことを教えた覚えはございませんな」 「小十郎・・・・・お前までなんでいるんだよ。ついて来いとは言わなかったぞ、俺は」 一人で奥州から馬を飛ばしてきた。 何も考えずにひたすらに。 馬を扱うのが秀でている奥州の者でも、その時の政宗に追いつく、ましてついてこられる者などいないだろう。 彼は後ろも何も見ずに来たのだ。 だがたった一人だけ小十郎が追ってきていた。 苦虫を潰したような顔をする政宗だが、きっと自分についてこれるのは小十郎と成実ぐらいだと思っている。 だから答えは簡単に出たのだが、だが。 「それにお前は雪ん子の相手をしてやってんじゃなかったのか?」 政宗の室を雪だらけにしてきたいつき。その片づけを成実に命じられて泣きそうになっていたいつきに 小十郎が手伝うと言っていたのだ。 「政宗様が輝宗様に会われている時に済ませました。それに成実殿が代わりをしてくれていますので」 「・・・・・」 甲斐へ行こうと決めたのはいいが、領主である以上勝手な振る舞いは赦されない。 だが政宗は隠居した父輝宗に自分が不在の間の奥州を頼み込んできたのだ。 母には良い顔をされなかった。 そこまでして敵地へと行かねばならぬことを。 だが政宗の心うちを感じ取った輝宗は快く引き受け見送ってくれた。 『政宗。お前にとって、彼女はなんだ?』 『・・・・・・例えるべき言葉が見つからぬほど、俺にとって大事な人です』 『わしの耳にもある程度のことは伝わっている。彼女はお前を拒むかも知れんぞ?それでも良いのか?』 『自分で仕出かした事だとわかっています。ですが、俺はアイツじゃなきゃダメなんです』 『そうか・・・・・・行ってこい。わしがお前の代わりを一応勤めるが長いことはできぬぞ?伊達家の当主はお前なのだからな』 昔から父が好きだった。 母も嫌いではなかった。寧ろ慕っていた。 だが疱瘡にかかった時、そばにいてくれなかった母をどこかで憎んだかもしれない。 自分のことが嫌いだったのかと。 その後の看病を母はしっかりしてくれたが、右目が光を失った時にさらに母は自分を嫌ったと思った。 それから弟が生まれて、さらに距離ができたように・・・。 政宗には小十郎や喜多、成実、綱元などそばにいてくれる人はいた。 弟だって自分を慕ってくれた。 だが一番は父で。父と度々衝突するようなことはあったが、その都度向かい合った。 乗馬を教えてくれたのも父、世間の広さを教えてくれたのも父。 早く父の下で役に立ちたいと思って育った。 政宗に家督と譲ったとはいえ、父がいるから、政宗は好きにできるのかもしれない。 父が背中を押してくれるから・・・。 だから甲斐へと来ることができた。 「まったくしょうがねーな・・・・」 政宗は首をかく。 そして再び目線を真田幸村へと向けた。 「なんでもいい。甲斐に来いつったのはお前なんだからな、真田幸村」 「・・・・・」 幸村もまっすぐに政宗を見据える。 今ここで互いに刃を向けても可笑しくない雰囲気だ。 だがそれを慶次が破る。 「どうでもいいけどさー俺ら飯食ってんだ。邪魔するなよな。飯食っている時に暴れるなんて行儀悪いぞー」 これが我が家ならば説教ものだと慶次はパクリと芋の煮つけを頬張る。 それを見て幸村の気がそれた。 「ハッ!前田殿ぉ!それはそれがしの芋だと何度言えばわかるでござるかー!」 「あ?幸村が残しておくからだろ?」 「残してなどおらぬよ〜あとで食べようととっておいたでござる〜」 「もう食っちまったもんはしょうがねえよなぁ」 「前田殿ぉ!」 芋を巡って争っている幸村を見て政宗も気分がそがれた。 深く息を吐き腰に手をやる。 佐助がくすくすと笑いながらそばへと来る。 「とりあえず、馬をお預かりしますよ。あ、別に隠すとかそんなことしないんで大丈夫っすよ」 佐助は数人の使用人に政宗と小十郎の馬を世話するよう頼んだ。 あと、客室の用意など。本来は幸村がするべきことなのだが。彼は慶次といまだに芋のとりあいをしていた。 * (・・・政宗、一度も私のほう見なかったな・・・) 政宗だけでなく、小十郎も。 は一人、に与えてくれた室でそんなことをぼんやり思った。 「Hey!言われたとおり来てやったぜ。真田幸村ぁ!」 「なんでもいい。甲斐に来いつったのはお前なんだからな、真田幸村」 まるで幸村に言われたから仕方なく来た。そんな風にには感じた。 なんだ、もういいんだ。 別にが奥州を、政宗から逃げた事に関してはどうでもいいんだ。 政宗に会うのが怖くて、何を言われるのか不安でいたが、彼にとってはもう自分は過去の人なんだ。 これは本格的に離縁を申し付けられるだろう。 だがいい。 政宗の方から切ってくれるならば、自分はこれから変にビクビクしないで好きにできるんだ。 幸村には沢山迷惑をかけてしまったが、それもなくなるんだ。 これからは自分ひとりで生きていけばいいんだ。 (もう・・・終わったんだ) 強く何度もそう思いこむ。 思い込むたびに、胸に痛みが走る。 キュッと唇を結び顔をあげる。 (いいじゃん、これで。せーせーしたじゃん) 最初から自分は嫌だっただろう?足を怪我して助けてもらったけど、本当は真田幸村を見に甲斐に行こうと 思っていたではないか。 あの祝言だって勝手に決められたものなんだ。 お役御免でいいじゃないか。 処罰だなんだで命をとられなかっただけマシだ。 (これからは自由で・・・・自由で・・・・・・・・) 見上げるように上げた顔。 必死で涙が零れないように堪えていた。 ギュッと目を瞑る。 泣いてはダメだ。泣くなんて可笑しいではないか。 こみ上げてくる想いと涙を必死で堪える。 「・・・・・政宗・・・・」 ポツリと呟いてしまった。 * 「では、佐助は政宗殿がこちらへ向かっていることを知っていたのか?」 幸村の室にて佐助とそしてなぜか慶次も含めて話していた幸村。 政宗と小十郎は別室にて休んでもらっている。 「お館様の下へ独眼竜の旦那が単騎で向かっているって知らせが入ったので、俺に足止めつーか 旦那のところではなく、お館様のところへ案内するよう言われていたんですけどね」 それを知らせにきた信廉は何かの罠ではないかとか、これから伊達と全面戦争になるやも。 などと危惧していたようだが、信玄は単純に彼がを連れ戻しにきたと思っただけだった。 「独眼竜の旦那ってば、真田幸村はどこに居やがるーとか言ってちょろっと漏らしたら一気に駆け出しちゃって」 失敗、失敗。なんて軽く笑っている佐助だったが、どうも本心でそう思っているのか怪しいものだ。 わざと幸村のところへ駆け込むようにしたようにしか思えなくもない。 「すぐに追いかけて止めようかなって思ったんですけどね、竜の右目さんを置いていくわけもいかなったし」 だから小十郎と共に後を追いかけたようだ。 「そうなってしまったのは仕方ない。お館様には?」 「ちゃんと連絡してありますよ。別にお客人をどうこうしようとはお考えではないようですよ」 しばらくしたら、信玄自ら来られる可能性が高いそうだ。 幸村はそうか。とそれだけ呟いた。 「なあなあ。それで結局どーするんだよ。を帰しちまうのか?」 「元々そうなるのでは?」 戦の時に見せるような冷静な口調で言う幸村。 「幸村、お前それでいいのか?の奴帰しちまって」 「こればかりはそれがしが口を挟むわけには」 慶次の問いかけに微塵の迷いもなく淡々と答えている。 慶次はそんなものか?と首をかしげている。 「大体よ、独眼竜はのことなんも言ってねーじゃん。幸村に会いにきたみたいな物言いでよ」 「旦那からちゃんを取上げるぞーって意味合いなんじゃない?」 「にしてもだ!幸村は本当にそれでいいのかよ」 「・・・・・」 「ま。独眼竜の旦那の出方次第ってことじゃないかな。こっちが勝手にしでかしたわけだしね」 政宗が帰せと言うならば。簡単にそれで事が済む。 が嫌がろうが、幸村がひき止めようが、信玄がそれを赦さないだろう。 幸村にはこれ以上信玄を裏切るような真似はしたくなかった。 だが慶次は武田家でも伊達家でもない。第三者。 単純にはい、どうぞ。で済んでしまうことが癪に障った。 ただ、第三者だからこそ、余計な口を出すなと言われてしまうかもしれない。 「俺は、昔好きだった女と同じ顔をしたが・・・・悲しむ顔を見たくないのだけど」 「前田殿?」 (もう死んじまったけどな・・・・好きな男の手で) 慶次に向けられた目を慶次は合わせることなくフッと笑うだけだった。 * 「伊達政宗殿。今回はわしの部下、真田幸村の勝手な振る舞い本当に申し訳なく思う」 勝手な振る舞いをしたのは佐助だが、幸村も似たようなものだ。 信玄は本当に自ら政宗に会いに来た。 信玄の耳に届いているだろうとは思ったが、こちらが出向くこともなく向こうがやってくるとは。 政宗も内心穏やかではない。 自分よりも経験があり国をまとめてきた、戦場を駆けてきた男を目の前に手に汗を握ってしまう。 「別に、アンタに頭を下げられてもな」 信玄の纏っている闘気のようなものに負けぬようにと政宗は彼と向かい合った。 「いやいや。わしもつい最近知ったことで驚いた。伊達殿、もう奥方には会われたか?」 「・・・・いや」 「ならば後でゆっくり会われるが良い。あとは伊達殿の好きになされよ」 「そりゃ、ここで戦をおっぱじめてもかまわないってことかい?」 「はははっ。やれるものならやってもらおうではないか」 ニヤッと互いに笑みを浮かべる。 「SORRY・・・・今アンタらと争う気はねえよ。俺の方こそ迷惑かけた」 政宗は素直に頭を下げた。 そしてもう一度信玄に目を向ける。 その目から笑みは消えている。 「頼みがある。アンタんとこの・・・・・真田幸村。アイツと勝負させてくれ」 「ほぅ。幸村とか」 信玄は腕を組み面白そうだと考える。 「でなければ、俺はアイツに・・・・と顔を合わせられねぇ」 「幸村と話がしたい。そういうことかな?伊達殿」 「・・・・・ああ。刃を交えてな」 「・・・・・・・」 甲斐の虎と呼ばれる男が黙った。 長い沈黙が漂う。 普通ならば受け入れられない案。 幸村一人の命でチャラにするということか? だが自分で、政宗自身が幸村と望んでいる。 幸村は信玄が認めた強き男。政宗だって無傷では済まないはずだ。 今、驚異的な強さと速さで勢力を広めている豊臣。 信玄が気になるのは徳川でも北条でも、上杉でも、伊達でもない。豊臣だ。 ここで幸村に手傷を負わせるわけにはいかない。 だが・・・・。 を護ると声に出して誓った幸村。 信玄の眼から見て、幸村がに特別な想いを抱いているのはわかった。 本人に自覚があるかないかは別で。 幸村も政宗に問いたいことがあるだろう。 武人ではなく、一人の男として。この男と戦いたいに違いない。 パンと乾いた音がした。 信玄が膝を叩く。 その音に政宗は唾を飲んだ。 「あいわかった。幸村との勝負認めよう。伊達殿の好きにされよとわしは言ったばかりだからな」 「・・・・・すまねえな。できれば誰にも邪魔はされたくねえ」 「ああ。わしらは手出しせぬよ」 面白そうだと思ったが頼まれたのでは仕方ない。と信玄は呵呵と笑いながら答えた。 (すまねえな・・・・) * 「それがしと勝負?」 信玄のいる室に幸村たちは呼ばれた。 元々ここは幸村の邸なのだが、なんだか可笑しな気分だ。 佐助、小十郎、慶次が顔を出している。 は、呼んでもいないわけだが、その姿を見せてはいない。 話を聞かされた幸村は一瞬瞠目するがすぐに承知した。 「誰も邪魔をするなよ。小十郎、お前もだ」 「わかっております」 二人きりではなく、小十郎もその場に居たいと本当は思った。 だが自分一人だけというわけには行かず渋々だが従う。 信玄もそうしたいところだったが、彼は遠慮し館で待つという。 佐助もそれに従うことになるのだが、慶次がおもむろに手を上げた。 「俺!俺が見届け人つーか立会人をやってやるぜ!」 さっきからなんだこの男は?そういう目で慶次を見る政宗。 慶次はニッと笑う。肩の上に乗っている小猿も機嫌よく跳ねている。 「俺は武田でも伊達でもねえからな。でも見届けたい。本当は俺の方が幸村とやるはずだったんぜ」 「好きにしな」 「よっしゃ」 嬉しそうに腕を振り下ろす慶次。 今、二人の勝負を知っているのはこの場に居る者のみ。 政宗と小十郎を客人として迎えたことは数人の武田家家臣が知っているが口出しせぬよう 信玄が申し付けてある。 信玄の命令は絶対なのだ。誰も逆らうことはないだろう。 畏怖だけで押し付けたわけではない、主君として彼は尊敬、愛されているのだから。 「なら、早速やろうぜ。真田幸村」 「いいでござるよ。全力でお相手いたす」 政宗と幸村は立ち上がり室を出て行く。 「んじゃ。俺も行くとするか」 慶次も立ち上がり二人の後を追うが、すぐに立ち止まる。 「・・・・・あ、幸村ー先行っててくれよ。夢吉預けておくから」 ひょいと幸村の肩に乗り換えた夢吉。 場所はわからずとも、夢吉にわかればあとからでも辿りつけるということだろう。 残された面々はただ苦笑するしかなかった。 19/12/31再UP |