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合縁奇縁
【20】 真田邸の縁側ではぼーっとしていた。 先ほどのことが意外にあっけなくすんでしまったので。 脱力してしまったと言うべきか。 幸村がお館様、武田信玄からの呼び出しに遅参した理由を述べ、詫び。 後ろに控えていたのことを説明した。 彼女が伊達政宗の正室であること、ここにいる理由など。 信玄は話の腰を折ることもせずにただただ黙って幸村と佐助からの説明を聞いていた。 もう話すことがなくなり、それでもなんの反応を示さなかった信玄に幸村の方が焦りだした。 「お、お館様・・・・あの、そ、それで・・・・」 もどう口出してよいのかわからず黙ったままで。 いや、ただどっしり構えた信玄を前に萎縮してしまったのかもしれない。 何をどう判断するのか、自分はどうなってしまうのか怖くて。 「あいわかった」 「お館様!?」 そうやく口を開いた信玄に幸村の顔が晴れ、は余計に固まってしまう。 そして信玄は立ち上がる。 一歩。また一歩と近づいてくる。 はたと幸村の前で止まる信玄。 「おやか「この馬鹿者がーーーっ!」 信玄から繰り出された右ストレート。 「ぐはっ!」 吹っ飛ぶ幸村。 室から飛び出て庭へと落ちた。幸いにも障子は開け放たれていたので無傷で済んだ。 「あーあ・・・・・」 佐助は口許を引きつらせ、は声も出なかった。 幸村は軽く数メートル吹っ飛んだのに叩かれた右頬を摩りながら体を起こした。 「・・・・・」 信玄は縁側へと出て起き上がった幸村を前に仁王立ちしている。 「ご正室を攫ったのは佐助だ。佐助の主はお前だ幸村。とりあえず今の一発で勘弁してやろう」 「あらら。旦那、ごめんね」 「おや、かたさま・・・」 一度深く息を吐く信玄。 「なぜ、もっと早くわしに言わなんだ・・・・国同士の揉め事になることだぞ」 「も、申し訳ございません」 信玄は振り返りにも言った。 「ご正室殿・・・・殿と申されたか。そなたもだ、辛いお立場ではあろうが勝手に国許を出てきてはな」 「・・・・・・はい」 「勘助。至急米沢城へと使いを立てろ。我らは伊達殿と戦を起こすつもりはない。 ご正室殿は丁重にお預りしている旨を伝えねばな・・・・・今、気を配らねばならんのは豊臣だ」 そばに控えていた男性、山本勘助は黙諾し室を後にする。 幸村は立ち上がりもせずにただただジッと地面を見つめていた。 「幸村」 「は、はっ」 「男としては格好いいぞ。しばらくはお主が伊達殿に代わり殿を守れ」 幸村は深々と頭を下げた。 「はっ!幸村。身命をとして殿をお守りいたす」 「殿。何か不便はあるだろうか?遠慮なく申してくれ。そなたはわしの客人としてもてなそう」 「あ、ありがとうございます。私のことはお気遣いなく・・・・・私が、ご迷惑をおかけしているのですから」 泣きたくなった。 自分のしでかしたことに。 逃げ出したはいいが、結局幸村たちに迷惑をかけただけなのだと。 「だから、客などとは・・・」 胸が詰まって息が出来なくなりそうだ。 その雰囲気をぶち壊したものがいた。 「よー。難しい話終わった?虎のおっさん。俺と一勝負しねーか?」 「なんじゃ?」 「まままま前田殿ぉ!お、お館様に向かってなんと」 館には入らず外にいた前田慶次。 いつの間にかちゃっかり中へと侵入していたようだ。 「へへっ」 「誰だお主は?」 「加賀の前田家当主利家殿の甥、前田慶次殿ですよ。なんでもお館様に会いにきたとか」 「わしにと?」 「なーいいだろ?強い奴らと手合わせしてみたいんだ、俺は」 拱手しニカっと笑う信玄。 「悪いがわしは忙しい身でな。強い奴ならばここにも居ろう。幸村とやってみてはどうかな?」 「えー!俺はおっさんと」 「幸村に勝てば考えてやろう」 「おー!本当だな!おっし、幸村!やろうぜ」 「そ、それがしは、今はちょっと・・・・」 強い人との手合わせ。それは幸村にも願ってもない話なのだが彼は返答を濁す。 そこへ別の家臣がやってきて何やら信玄に耳打ちをする。 「そうか。では急ぎ皆を集めよ。殿、すまないが席を外してもらえるかな。前田殿も」 「は、はい」 「ちゃん、旦那の邸に戻るといいよ。あ、場所わかるよね?」 佐助がの肩を軽く叩いた。 は頷き、慶次と室から出た。 「あ・・・・殿・・・・」 幸村は声をかけようと思ったのが、その次が紡げずにの耳には届かなかった。 そして現在に至る。 幸村と佐助はいまだ戻らず、縁側ではぼーっとしていた。 (戻ってきちゃったけど、良かったのかな・・・・) 今ならまだ。 そんなことを思う。 正式に信玄から政宗にの所在を伝えられる。 国同士の揉め事になる。そんなことを信玄は言っていたが、果たしてそうだろうか? すでにが米沢を出て幾月も経っている。 もう自分は要らない存在になっていると思った。 政宗に自分は必要なのか?と訊ねた時に、彼はすぐに答えなかった。 返答に詰まっていた。 即答されないのならば、きっと必要ない存在なのだ。 そう思ったから、あそこから逃げ出してもいいと思った。 佐助の言葉が、連れ出してくれるという言葉がすごく嬉しくて。 でも、ここにもそう長くは居られないようだ。 だったら、幸村たちが戻ってくる前にここを出てもいいじゃないか? 逃げ出してばかりだけど、政宗と会うのが怖い。 奥州からの返事が「要らない」だったら・・・・・そうだと自分で思っていても 目の前にその事実を突きつけられたら怖い。 そう。怖いのだ。何もかもが・・・・。 怖いから、逃げたい。 幸村たちには迷惑をかけただけになってしまうが、ここは・・・・ 「なあ。何考えてた?アンタ」 「え」 「俺のこと忘れてない?さっきからずっと隣にいたんだけどさ」 の隣で、の顔をじっと見ていた前田慶次。 慶次の言葉で現実に引き戻された。 「逃げたいって思った?だったら今度は俺と来る?」 「え」 「逃げたっていいじゃん。だって逃げたいんだからさ。幸村に迷惑かけたくないんだろ?」 「・・・・・・」 いいのかな? 逃げても・・・・。 「なーんてな。俺はアンタの問題に首突っ込む気ないけどさ。 きっと逃げ出したら幸村が必死になって追いかけてくるんじゃね?身命をとしてアンタを守るって言ってただろ?」 「・・・・・」 「あー違うな。きっと責任感じて腹でも斬るんじゃね?」 「せ、切腹!?」 自分の所為でそんなことを幸村がする必要はない。 いや、申し付けられることもないだろう。 そうは思うが、勝手にいなくなれば幸村が責任を感じてしまいそうな気はした。 きっと今回のことで彼の立場を悪くしてしまっただろうし。 「勝手に出て行くのだけはやめる・・・・うん。幸村様に私の所為で嫌な目に遭わせたくないから」 これから来るだろう現実が怖いが。 返ってそれが政宗と本当に縁を切ることになるなら、もう逃げる必要はなくなるのだから。 自分が政宗に対してしたことを思えば、離縁は当然なのかもしれない。 もうダメだとわかっているから。 伊達家は跡継ぎも出来たから問題ないだろう。 猫御前が政宗を助けて内側を護るだろう。 「最後に政宗に・・・・・一言謝ることが、できればいいかな・・・・」 は寂しそうに笑った。 最初と最後は最悪だったが、あそこで過ごした時間全てが悪いわけじゃなかったから。 「・・・・・・似ているよ、やっぱ」 慶次は切なそうな、だがどこか嬉しそうな目をに向ける。 右脚に片肘をつき、の顔を見ている慶次。 「あ、あの」 「・・・・・・」 「そんなに見られると恥かしいんですけどっ!」 「え、あ、悪い。でもさ、なんか懐かしくてさ・・・・似ているんだ、アンタ」 「それ何度も聞きました」 「ねね」 「?」 「アンタが似ている人。もう死んじまったけど・・・・・」 自分の目の前で息を引き取った。 看取れたなんて・・・・そんなの何も嬉しくない。 彼女は病に倒れたわけでもなかったから。 最期の最期まで「あの人は悪くない」そう言っていた。 でも慶次はあの男が許せなかった。 止めることができなくて、守ってやることができなくて、何もできなくて・・・・。 「あ、あの?」 「へへっ。顔は似ているけど、中身は似ていないみたいだけどな」 「どう反応していいかわからないです」 慶次はスッと手を伸ばし、の頬に触れた。 「あ、あの!」 「独眼竜が、アンタをアイツと同じ目に遭わすつもりなら、俺がぶっ飛ばしてやるよ」 「?」 同じことが繰り返されるとは思わないが、きっと・・・。 大切だったあの人と同じ顔をしたが悲しむ姿が見たくないのだ。 中身は似ていないと思っていても、姿が重なる。 同じ顔で悲しまないで欲しい。そう願ってしまう。 * 「なー!なんでだよ。いいじゃねーか!アンタと手合わせして勝たないと虎のおっさん相手にしてくれないんだぜ?」 幸村はここのところずっと慶次から逃げ回っていた。 「か、勘弁してくだされ!それがし、今はそんな暇はないでござるよ!」 などと理由をつけて。 「ふー・・・・ここまで来れば大丈夫でござろう」 慶次をようやく撒けたようだ。 彼はここに来てまた数日。そんなに詳しくないだろう。 ぺたっとその場に腰を落ち着けてしまう。 「幸村様。どうしたんですか?」 背後から声をかけられた。 「ああ!殿ぉ!い、いや別に」 彼女は相変わらず男装をしていた。 信玄の客人。などと正式になったようだが、彼女はこのままでいいと真田邸に身をおき 掃除などを普通にしていた。 だから一般的に見て、彼女が伊達政宗の正室だとはあまり知られることはなかった。 「慶次さんと手合わせしたくないのですか?」 「い、いや・・・・そういうわけではないが・・・・・」 少しじっくり考えたいことがあった。 それを自分の中でどうにかしないと、慶次との手合わせに身が入らないと感じていた。 きっと腑抜けて慶次に厭きられてしまうかもしれない。 もしそうなったら、幸村をと推した信玄を悪く、侮られてしまうかもしれない。 考えすぎだと佐助などが聞いたら言うだろうが、幸村は器用ではなかったから一つのことをしっかりと 片付けてしまいたかった。 「どうかしましたか?」 「い、いや・・・・」 「豊臣軍のことが気になるとか?」 「へ?・・・あ、ああ。そうでござるな。豊臣軍は脅威でござるな」 信玄によって召集された家臣たち。 その前で知らされたのは豊臣軍が毛利軍を破ったという知らせだった。 まだ毛利元就が討ち取られたわけではなかったようだが、西国は徐々に豊臣に支配されつつあった。 東国は甲斐信濃駿河を武田が、同じく信濃の北部一部、越後を上杉、遠江を徳川、関東を北条、そして奥州を伊達が支配していた。 四国九州はまだ豊臣の支配ではないらしいが、毛利を破ったとなれば緊迫状態となっているだろう。 「甲斐は大丈夫でござるよ。お館様が豊臣などに負けるはずござらん!それがしもお館様の為に槍を振るうでござる」 「いつか・・・」 「なんでござろう?」 は幸村の隣に腰を下ろした。 「いつか武田は伊達と戦うことになるんでしょうか?」 「あ・・・・それは・・・・・いつかはそうなるかもしれない・・・・・ それがしが天下を取って欲しいと願うのは独眼竜殿ではなく、お館様でござるから・・・・」 「・・・・・・」 「殿、それがしはっ!」 「すみません。変なことを聞いてしまって」 ただ。武田の人たちを知ってしまったには。 政宗に天下を。などとは素直に思えなかった。それは逆に武田にも言えることだ。 誰かが一つに纏めねばダメなのだろうか? がいた世界では日本と一つの国となっているが、歴史上豊臣秀吉が治めるまでは それぞれ独立した国でそれなりにまとまっていただろうに。 いや、戦があちこちであった。 平和とは言えなかっただろう。 でも、ここはあそことは違う。 なんとかなるような・・・・そう思えるのだが。 「確かに、信玄様ならば良い国になると思いますよ」 「殿・・・・」 「一応。政宗も領主としてはいい人ですけどね」 奥州はそれなりにいい場所だった。 「それは・・・・それがしもわかるでござるよ」 佐助とともに二度ほど踏み入れた時に思った。 穏やかないい町。民たちが笑って暮らせているから。 「あ。そうだった」 パンとは両手を合わせた。 「なんでござろう?」 「もうお昼ですよ。だから私、幸村様を呼びに来たんです」 「そ、そうでござったか。もうそんな時間でござったか・・・・慶次殿に長いこと追いかけられたのでござるな」 考え事。またもできなかった。 幸村は内心で溜め息を吐きつつ立ち上がる。 そして邸に戻ろうと、も立ち上がる。 清々しい風が二人のそばを吹き抜けていった。 19/12/31再UP |