合縁奇縁



ドリーム小説
「・・・・行く。連れて行ってください、−−さん」

「いい。もう駄目だから・・・・逃げるの、私」

真夜中。何か聞こえた気がした。
喜多は泣き、塞ぎこんでしまったを心配し、そして何か気配を感じたので彼女の寝所へと向かった。
政宗とが完全に仲違いしたと、館内にあっという間に広がり、西の館にいた猫御前が
我が子を抱いてそれはそれは嬉しそうにしていたらしい。
守り役とはいえ、何もしてあげられなかったことに喜多は深く反省する。

「話し声?さん、誰と話しているのかしら?」

寝所に近づき聞こえた声に眉を顰める。
だが、すぐに喜多は意識を奪われた。
ふわりと鼻を掠めた甘い香り。
ハッと袖で顔を覆うがすでに遅く、喜多はぱたりとその場に倒れてしまった。

「・・・・・上。姉上」

「小十郎・・・・・?」

体を揺すられ気がついた。
心配そうに自分を抱き起こした弟の顔がすぐそばにあった。

「どこが具合でも悪いのは?このような場所で倒れられて・・・」

「あ。いや・・・・どこも悪くはない。心配をかけました小十郎」

「それは良かった。あまり無理はなさらないでください」

小十郎は安堵の笑みを浮かべ喜多を立たせる。
倒れていたとはいえ、喜多は目覚めが悪いことはなく、寧ろ心地良かった。
日がすでに差し込んでいたので、一晩廊下でぐっすり寝てしまったらしい。
少々自分のだらしなさに恥かしくなる。

「昨夜、さんのところへ行こうとした途中で・・・・あ。さんは」

喜多はいそいそとの寝所へ向かった。小十郎もついていく。

さん。おはようございます。お目覚めでございますか?」

中からの反応はない。それどころか人の気配というのが感じられない。

さん?」

「姉上、失礼」

小十郎が襖を開けると、そこにの姿はなかった。



【17】



「消えた?・・・・殿が?」

小十郎から知らせを受けた成実。
東の館へ赴くと小十郎と喜多が沈み込んだ様子でいた。
成実が寝所を見回すと、敷きっ放しの布団、少しだけ空いていた障子。
なんら変わりのない室内だが、そこにがいない。
ただそれだけだった。

「昨晩、誰かがさんと話していたような気配があったのですが」

寝所へ辿り着く前に喜多は気を失い倒れてしまった。

「そのようなことができるのは忍でしょうかね・・・・そういえば昨夜見張りが数人寝ていたようですけど」

それも東の館の周辺だけ。

殿に警戒心を抱かれずに接する事ができる忍なんて一人しかいないでしょうね」

「猿飛佐助・・・・か」

と街に出た時に気さくに声をかけてきた忍。
も親しげだったのを小十郎は目にしている。

「とりあえず、探らせましょうか、こちらも・・・・と、政宗様にはどう伝えますか?」

「どう。とは?」

「攫われたって感じがしませんからね。恐らく、殿ご自身の意志で忍について行ったのではないですか?」

誰も否定ができなかった。
政宗に対し、はっきりと拒絶してしまったのを見てしまったから。

「政宗様がどう思われるか・・・・・」

成実は袖の中にスッと腕を入れる。
んー。と天井を見つめるが、家臣の顔ではなくなっていた。

「どうも思わないんじゃないですか。まさに私の予言通りになって笑ってしまいますね」

「成実殿」

殿も自分の気持ちをぶちまけるのが遅いんですよ。
猫殿が来られた時に同じことを言えばそれはそれでまた違ったことになったでしょうに」

「成実殿。何に怒っている?」

小十郎に言われてはたと止まる成実。
政宗に対して、に対して。そして一番は。

「自分に。でしょうかね」

苦笑を漏らす、いや苦笑と言うより自嘲なのかもしれない。



*



「殿。お耳に入られましたか?」

「An?何をだ」

縁側で肘枕をし横になっている政宗のすぐ後ろで愛しげに我が子をあやす猫御前。

様がいなくなってしまった・・・・とのことを」

「なに?」

政宗は体を起こし猫御前に体を向ける。
猫御前は我が子へと目線を向けたまま喋りだす。

「猫も人から聞いた話ですが、様は一昨日の晩に神隠しにあったかのように消えてしまったようです」

まるで物の怪に攫われたかのように。
猫御前は恐ろしいというより面白いと、物語を子どもに聞かせるかのように政宗に話す。

「敷かれたままの布団。空いていた雨戸に障子。雪が降ったにもかかわらず様がいた痕跡はなかったそうですよ」

「・・・・・・」

「片倉殿からは何も伝えられていないのですか?
最初に様のご寝所を確かめられたのは片倉殿と喜多殿だと猫は伺いました。その後成実殿もご寝所に向かわれたとか」

何も聞いていない。
一昨日の晩だと言った猫。
昨日も今朝も小十郎と成実は何も言わなかった。
いや、小十郎には会っていない。喜多にもだ。
二人をこの館内で見ていない。

「忍が様を攫ったとか、ご自分で出て行かれたとか・・・・本当の所はどうなのでございましょうか」

政宗はスッと立ち上がり無言のまま室を出た。
猫御前は呼び止めることなく我が子を抱き上げ笑みを向ける。

「これで殿のお心はどこへ向かわれるのかしら?ねえ・・・・うふふ」

政宗とのやり取りを猫御前は事細やかに調べさせた。
今までずっと黙っていたが政宗に歯向かい拒絶したと聞いて
教えてくれた者の前では「まあ、それはそれは・・・・。早く仲直りして欲しいものです」などと気遣う姿を見せたが
その実、内心では手放しで喜びたい衝動に駆られていた。
周りが猫御前を世継ぎの母と称えてくれる。
このまま上手く二人が仲違いしたままならば、我が身も産まれた子の身も安泰だ。



*



政宗を呼び止める声にも耳を貸さずにドカドカと音を立てて廊下を進む。
まっすぐに東の館へ進む。
彼女が普段使っている室の前へ辿り着き、勢いよく襖を開け広げた。
タンと気持ちいいくらいに音が室内に響くが、本当にそこにはいなかった。
隣の室も、その隣も。
探しても探してもの姿はない。
猫御前が言っていた敷かれたままの布団はすでに片付けられている。
全てが綺麗なままの室。

!」

呆然と立ち尽くしてしまう。
何も変わらない室なのに、そこに彼女がいないだけでなんとも言えない虚しさが湧き出る。
縁側へと続く障子を開けるもやはりそこには彼女の姿はない。
いつぞやここで茶を飲んでいるの姿が浮かぶがすぐに消えてしまう。
積もった雪は日の光に反射してキラキラしている。
庭一面が綺麗な銀で思わずそこに飛び込みたくなるような真っ新な状態。
そう真っ新だ。なんの跡もついていない。
手付かずのまま自然のままの姿。

「・・・・・」

政宗は縁側へと腰を下ろすがそのまま体を曲げてしまう。

「お、お世話にはなったから・・・・か、勝手には出ていない・・・から」

そんなこと話したのはいつだったか。

「真田幸村!二度とコイツに近づくなよ。は俺のものだ」

でもするりとすり抜けてしまった。

「今すぐにとは言わねえ。いつか俺だけを見てくれ」

見ていてくれたのに。もう合う事もなくなった・・・。

「あーやっかいなのに捕まっちゃったなぁ」

面倒臭そうに言うも、笑顔を向けてくれていた。

「はい、終わり。もう終わったからどいてよー」

耳掃除なんてこと、にしかやらせていない。ちょっとした時間でも気持ちが穏やかになれた。

「・・・・・うるさい、馬鹿」

一揆に巻き込まれたくせに自分よりも相手のことを思って泣いた。

「早いとこ天下とってやる。だから俺のそばで見てろ、

驚きながらも素直に頷いてくれた彼女。

「うん。ありがとう。大事にするね」

への初めてとも言える贈り物をした時。彼女は優しく笑ってくれた。
これが最初で最後かもしれない。
何の屈託もなく自分に向けて微笑んでくれたことが。

悪いのは自分。
一番好いてる女がいながら側室を取った。
しかも彼女との間ではなく側室との間に子を作り。
ならばわかってくれるだろうと勝手に思った。
でも、大事にしたかった。
道具のように扱いたくなかった。
嫌われたくなかった。を抱いてしまうことで。
夫婦といえども形式ばかりのようなもので。
出会いから強引だったから、祝言を挙げたのも無理矢理だったから。
の気持ちを考えずに行ったことだから。
抱いてしまうことに恐怖を覚えた。
拒絶されたくなくて。

「私が一つ予言してあげようこのままで行けば、確実に殿は梵天から離れるよ」

嫌だ。
離れて欲しくない。
ずっと側にいろと、いつか自分だけを見てくれと願った。

「私って、必要?別にここにいなくてもいい気がするんだけど」

必要に決まっている。
小十郎や成実とは違う。心の拠り所だったから。
最初からに心奪われていたのだ。
好きだった。
愛しいと思う。
誰にも渡しくない。
自分だけのものでいて欲しい。
なのに。

彼女は本当に自分と距離を置いた。

「稲刈りをやりたいそうで。米作りの勉強になるから当分帰らないそうですよ」

作ったような理由で距離を置かれた。
そうさせてしまったのは自分だったから、好きにさせた。
でもこのまま離れられるのは嫌だったから、条件をつけて・・・・。

「伊達家がどうとか、そんなの関係ないからっ!私に惨めな思いさせないでよ!」

「信じるもなにも、最初に裏切ったの政宗の方じゃない!」

「嘘吐き!大嫌い!」

本心なのだろう。突きつけられた言葉。
言葉の刃に己を深く斬りつけられた気がした。
だが、怒り、泣くの方がもっと深く傷ついていたのかもしれない。

いつもしょうがないと言う顔で受け入れてくれた

「馬鹿だなぁ、梵天は」

ああ。馬鹿だ。
逃げていた自分を恥じ情けなく思うから。

誰も政宗を探しにくることもなく時間だけは過ぎる。
やらなくてはならいことが山のようにあるのに、どうせ今は何も手につかないだろう。
なんとなく、室内を漁った。
何か手がかりはないだろうかと思って。
どこへ行くとか、どこかへ行きたいとか書き置きでもないだろうかと。
だが、何も見つからず、自分が贈った簪がそっと箪笥の引き出しにしまわれていたことに胸が痛くなった。
これすらも持っていってくれなかった。

タンタンとゆっくり近づく足音がした。
かもしれない。
戻ってきた。いや、単純にいつものようにどこかへ出かけただけかもしれない。
この散らかしてしまった室内を見て「なにやっているのよ!」と叱りつけてくるかもしれない。
いい。
なんでもいい。
お前が戻ってきてくれるならば。

「・・・・何やってんだ、梵天」

降ってきた呆れたような声はではなく成実だった。

「成実」

「誰が片付けるんだ?お前が自分でやるとは思えないが」

かと言って成実も片付けようとはしない。

「なぜ、俺に黙っている。がいなくなったことを」

「ああ。言っていなかったか?一昨日の晩にどこかへ行ってしまわれたようだ」

淡々と答える成実に怒りが湧いた。
だが彼の目もまた静かに怒りに満ちているのがわかった。

「予言することでもなかったな。当たり前だ、あれじゃあ殿が嫌になる気持ちもわかる」

「成実!てめぇ!」

「小十郎と喜多殿は必死で殿を探しているが、まず見つからないだろうな」

恐らく彼女を連れ出したのは武田の忍。
でも彼もまたを思って連れ出したのかもしれない。

「自分で自分の首を絞めたんだ、お前は」

政宗を睨みつけていた成実の目がふっと和らいだ。

「だが。私たちも悪かった。お前たちを守ってやれなかったから」

早く世継ぎをと小うるさい老臣たちから、余計な戯言を言う輩から。

「なあ、梵天。まだやり直せるんじゃないか?私はそう思う。お前がどう思うかなんだが」

家臣である前に、幼き頃からずっと一緒にいた従兄弟の成実。
小十郎とはまた違った角度から政宗に本音を言ってくれる人。
成実は政宗に前にしゃがむ。

殿があそこまで感情露にしたのは、お前のことを想っているからじゃないのか?
本当に嫌い、どうでもいいと思っていたのならば、拒絶するにも殿の性格ならば
面倒臭いから子育てなんて嫌。ぐらいに言うだろうし梵天にとって必要とされているのか悩むこともないだろう?」

ずっと自信がなかった。
彼女にどう想われているのかを知ることを。
だから成実の言葉がすんなりと心に沁みてくる。

「あ〜あ・・・・私の方が年下なのに、なんで慰めてやっているのだか」

「年下つっても一つ二つぐらいだろうか」

「元々精神的には私の方が大人だから今更の話だな」

「おい」

「まあ、鳶に油揚げを食われないように気をつけるんだね」

面白そうに笑みを浮かべる成実。
ようやく政宗にも余裕が生まれた。

「ああ?そんなもの撃ち落してやる」

やっぱり、でなければ駄目なんだ。
あの強い光を宿した目に惹かれたのだから。

「俺の心も体もお前のものだ、

政宗はあの簪を懐へとしまいこんだ。









19/12/31再UP