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合縁奇縁
「さ、さ、さ・・・・佐助ぇ!そなた!」 魚のように口をパクパクさせてしまう真田幸村。 お館様の命令でまたどこかへ偵察に行っていた佐助の帰還を喜び出迎えたところ。 彼はいつもの軽い口調で「旦那にお土産でーす」と見知った女を紹介した。 「旦那も知ってるちゃんでーす」 「し、知っているが。何故彼女がここに居る!」 「あれぇ?喜んでくれないんですか、旦那」 「よ、喜ぶもなにも。あ、何がどうなっているのか」 幸村は顔を真っ赤にしつつも何をどう言葉にして良いのか困惑している。 「幸村様!しばらく私を置いてください!もう、私の居場所どこにもないんです!」 は佐助の後ろに隠れていたがずずっと前に出幸村に頭を下げた。 「お、置く・・・・?」 幸村は目が点になり動きが止まる。 「あ。旦那?あーなんか真っ白になってるね。ま、いいや。とりあえず中でお茶でも飲もうか」 佐助はの背中を押し、勝手に真田邸へと連れて行ってしまった。 「あ、あのやっぱり良くなかったんじゃ・・・・」 「んー?でももう到着しちゃったわけだし?とりあえずゆっくりしてちょうだい」 気にしないと一室へとを案内する。 邸の中で一番日当りの良い室だと佐助は言う。 しばらく好き勝手使ってちょうだい。なんていうが、この邸の主は幸村ではないだろうか? 佐助の手を取り甲斐に来てしまったのはやはり 「さささ佐助ぇ!」 「あ。戻った」 我に帰った幸村が走ってきた。 「、殿。は、話をちゃんとしてくだされ。それがし、なにがなんだか・・・・」 「お茶でも飲みながら話しましょうや。ちゃん。疲れてなーい?」 「あ。大丈夫です」 佐助が幸村の世話を焼きながら茶を淹れる姿には笑ってしまった。 【16】 佐助の手を取り、彼はの答えが自分の思うものだったようで躊躇うことなく館から連れ出した。 二人のやり取りを誰も聞いていない、聞こえていなかったのか警備兵や喜多などに知られることはなかった。 佐助がを抱き上げ闇の中を突き進む。 怖いと思うことより、枷が取れたかのように期待を胸に抱いてしまっていた。 途中どこで用意したのか佐助が新しい着物を用意してくれた。 夜着一枚での移動は流石に不審に思われるだろう。 ただ男物だったのが笑えた。 「お。似合ってるよー小さい坊主って感じ」 小さな侍さんかな?などと佐助は笑っている。 髪は高く一つに結ったから余計にそう見えるのかもしれない。 「でも、こっちの方が動きやすいからいいかな」 「そうそう。甲斐まではまだまだあるから、楽しくいこうよ」 「あ。私、いつも館近辺にしか行ったことないから、ちょっとドキドキです」 いつきの村へは行ったことがあるが、北のほうで南へ降るのは初めてだ。 特に言う必要もないだろう。 「俺でよければ沢山案内してあげるよ」 「ありがとうございます。あ。もうちょっと男っぽくした方がいいですかね」 「んーいいんじゃないの?男装の麗人って奴とでも言えるし」 「麗人って言えるほどそこまで格好よくないです」 「そうだね。ちゃん。可愛いって感じだから」 さらりと可愛いと口にする佐助。 成実と似たようなタイプかと思ったのだが、明るさ等は彼の方が上のようだ。 そんなこんなで途中からは歩きでのんびり旅をしながら甲斐へとやってきたのだ。 「・・・・・・いや、そんな旅の話をそれがしは聞いているわけではないのだが・・・」 あんぐりと口をあけ、お土産と出された饅頭を手している幸村。 旦那へのお土産は菓子が一番いいよ。といわれて冷めても美味いと評判の饅頭を買った。 一応賞味期限を考慮して買った物だ。 「楽しかったよねぇ。ちゃん。途中で温泉にも行きましたしー」 「はい。それに富士山を見たときは感動しました!」 楽しげな二人。 肝心のここへ連れて来た理由を中々言わないので幸村の顔はむくれていく。 その幸村の表情を読み取り佐助はニヤリと口角を上げて笑う。 「あれ〜?旦那ったらヤキモチですか〜?温泉行きましたけど、混浴じゃなかったですから安心してくださいよー」 「ばっ!馬鹿を申すな!そ、それがしはべ、っベベ別にヤキモチなど、それにそのようなこと気にしておらぬ!」 「あはははは。旦那ってば面白ーい」 顔中真っ赤にし破廉恥だと連呼する幸村。 ついつられても笑ってしまう。 「・・・・あ・・・・むぅ・・・・」 の微笑みに息を呑んだ幸村だがすぐに視線をそらし、口をつぐんだ。 手にしていた饅頭を置き、姿勢を正してと向き合う。 「殿。それがしはちゃんと話を聞きたい。そなたは独眼竜殿のご正室だ。 同盟国でもない、この甲斐へと何をしに来られた。内情を探りにでも来たなのならば、それがし、容赦はいたしませぬ」 真摯な眼差しを向ける幸村。 ただここに来れば二度しか会った事のない幸村でも温かく出迎えてくれると思っていたことを恥じてしまう。 「旦那」 「佐助は黙っておれ。それがしは殿に聞いておるのだ」 佐助は軽く髪を掻く。 「浅はかなことだと、幸村様はお思いになると思いますが・・・・私・・・・・」 の顔から笑みが消える。 幸村は目をそらしたくなるが堪えてまっすぐにを見据える。 少しずつでもいい。ちゃんと彼女の口から聞きたいのだ。 「逃げ出してきました」 「逃げ・・・」 「嫌なことがいっぱい重なって。あそこにいる意味がわからなくて」 喜多や小十郎たちがそばに居てくれても。自分の中ではもう駄目だと諦めてしまった。 政宗に気持ちをぶちまけた後になってようやく気づいた本心。 与えてくれた政宗の愛情が当たり前だと気づかずにいた。 全てを壊してしまった時に気づいてしまった。 「普通ならば実家に帰るんでしょうが、私は帰る家もないから・・・・」 どうやって帰って良いのかもわからない。 「佐助さんがあそこから連れ出してくれるっていう言葉に甘えたんです」 幸村は佐助を軽く睨んだ。 佐助はそ知らぬ顔で茶を啜っている。 「少しだけ、少しだけここに置いてください。あ、せめて今夜だけでも」 「ちゃん?」 「幸村様のご迷惑になることもわかっています。元々行く当ても帰る場所もないんで、旅をしてみるのもいいかなって」 誰にも迷惑をかけずに済むならば。 一風変わったこの島国を旅するのもいいだろう。 知っていた歴史とは流れの違うのを見て回りたいという気持ちもある。 ぽつんと取り残された東の館から抜け出せただけで良かったから・・・・。 ようやく気持ちも落ち着いてきたから。そこまで考えることができた。 「お疲れでしょうから、今宵だけはゆっくり休まれよ」 幸村は立ち上がり室から出て行った。 結局土産の饅頭を口にすることもなかった。 *** 「旦那。だーんなってば」 邸を出て一人どこかへ向かう幸村。 それを佐助が追いかけてくる。 「ちゃんのこと追い出すんですか?折角旦那を頼ってきたのに」 「お主が勝手にそう言ったのだろう!?」 「まあ、半分そうですけどー・・・・だってちゃん可哀相だったんですよー」 「なんだ、同情か。忍らしくないぞ」 「うわっ。旦那の口からそんな言葉を聞かされるとは思いませんでした」 を連れて来たことで意外にも険しい表情の幸村だが佐助は気にせずにのうのうと彼の隣を歩く。 「お館様にどう説明する。今ここで伊達に戦を起こされでもしたら」 「大丈夫じゃないんですかね」 軍を進めるにも、まだ雪が降り続いている季節だ。 特に奥州から軍を出すにはまだ厳しい状態でもある。 「それに、ちゃんの意志で出てきたわけですから、いざとなったら自分で向こうに伝えるんじゃないですか」 「だが独眼竜殿は納得なさるのか?気性の激しい方なのはお前だって」 「その独眼竜の旦那と派手にやりあったんですよ、ちゃんは」 「なに?」 佐助は後頭部を支えるように腕を組む。 目線は少し上を向き、自分があの館で見てきたことを幸村に伝える。 政宗の側室に世継ぎとなる男子が生まれたこと。 その子をに育てろと政宗がいい、はそれに反抗した。 「一部の家臣たちはちゃんよりも側室の飯坂の局を正室にするべきだって言い出している」 彼女自身がそこに居場所を見つけられないでいる。 「それに・・・ちゃん。泣いていたんですよ・・・・夜中一人で、雪が降る中外で・・・・」 佐助にしては珍しく悲しそうな声音になっている。 だがすぐに明るい声へと変え幸村へと顔を向けた。 「正義の味方気取りじゃないですけどー男としてちょっとほっとけないなぁと思いましてね」 「佐助・・・・」 を邪険にするつもりはない。 ただいらぬ争いの種を撒くようなことになったら、信玄に顔向けできないと・・・・・。 「戻るぞ、佐助」 踵を返す幸村。 「まだ土産の饅頭を食べておらん」 「あ。そうでしたね。あれ美味いですよ〜」 「ああ。楽しみだ」 いけないことかもしれないが。彼女を放り出す真似はしたくなかった。 *** 「やっぱり幸村様のご迷惑になるよね」 ぽつんと一人取り残された。 自分の意志で出てきたわけだが、書き置きなど残さずに出てきてしまった。 だから、下手に騒がれていたら、一方的に甲斐が責められるようなことになったらどうしようと。 幸村が心配していたなどと佐助は言っていたが、あまりそうは見えなかった。 やはり明日にでもここを出よう。 一人で誰の迷惑にもならないような場所へ行こう。 佐助にここまで連れてきてもらっただけでも良かったのだ。 「ちゃん。ただいま〜一人にしちゃってごめんね。」 「佐助さん。あの」 「お茶、冷めちゃったよね、淹れなおそうか。旦那も飲むでしょ?」 「ああ頼む」 幸村はどっかり腰を下ろした。 少しだけバツが悪そうな顔をしながらも饅頭に手を伸ばす。 「そ、それがし・・・・まだこの饅頭を食べていなかった・・・から・・・その・・・・い、いただくでござる」 「急いで食べることないからね、旦那。じゃないと咽喉につまらせちゃうし」 「あの。幸村様、佐助さん」 饅頭を飲み込み幸村はボソリと言った。 「好きなだけ、ここに居られればいい。そ、それがしは別に構わぬでござる」 「幸村様・・・・」 「そういうこと。旦那の話し相手でもしててくれる?ほら、俺偵察とかでこれから忙しくなるし」 「さ、佐助!なんだその言い方は」 「居ても・・・・いいんですか?私・・・・迷惑だと・・・」 「いいんだよ。俺が勝手に連れてきちゃったしさ。少しでもちゃんの気分が晴れればいいし」 淹れ直してくれた茶からいい香りがする。 「でも」 「旅に出られるにせよ。雪が降っているこの時期は大変だ。しばらくはゆっくりされよ」 「あ。ありがとうございます」 なんだか少しほっとした。 ほっとしたら涙がぽろっと零れてしまった。 最近涙腺が緩くて困る。 「あ、ああ殿!?」 「す、すみません。あの、ほっとしたらなんか」 「ずっと張り詰めていたのかな?旦那に追い出されるんじゃないかって思って」 「そそそそれがしは。別に・・・あ、ああ殿。饅頭だ、饅頭を食べるでござるよ。これは美味い」 幸村は饅頭を次々と食べる。 「旦那。そんなに急いで食べると咽喉に」 「ぐ、ぐふっぬうぅ」 「あ、ああ〜言わんこっちゃない。ほらお茶飲んで。しょうがないなぁ、まったく」 幸村の背中を数回叩く佐助。 急いで茶を口に含むも熱くて噴出しそうになる。 「ごほっ。ごほっ・・・・す、すまぬ。佐助」 「子どもじゃないんだから。ちゃんに笑われますよー」 「わ、笑うだなんて、そんなこと・・・ふふふ」 二人のやり取りがなんとなく面白くて。声に出して笑ってしまう。 真田幸村という憧れの人物。 凛々しく勇ましい軍略家、最後まで豊臣家に忠義を尽くした男。 どことなく堅く誠実な男。そんな風にイメージしていた。 だが目の前の真田幸村は少し子どもっぽさを残しているが好感が持てる好青年というのがぴったりだ。 「ほらー笑われちゃいましたよ、旦那」 「う・・・・そ、それがしは」 恥かしさと申し訳なさが出てシュンとしてしまう幸村。 「いえ。幸村様のことを笑ったのではなく、なんていうかお二人のやり取りが微笑ましいなぁと」 「それは褒められているのかな?」 苦笑交じりで饅頭に手を出す佐助。 ああ。餡子がぎっしりで想像以上に甘い、幸村が好みそうな味だと思ってしまう。 「ボケとツッコミみたいな関係に見えますよ」 「ボケ?」 「あー旦那は天然だからなぁ。俺がツッコミでしょ?」 「天然?」 「旦那。わかってないでしょ。あーもー」 「天然は塩だぞ、佐助」 「はいはい。旦那は饅頭でも食べててください」 二人のやり取りを見ていたら、いつの間にか涙も止まっていた。 そして心の底から笑えた気がした。 そんなのはいつ以来だろうか。 19/12/31再UP |