合縁奇縁



ドリーム小説
「旦那!真田の旦那ってば。どうしちゃったのさー」

無言で歩き続ける幸村に佐助が呼びかける。

ちゃん驚いていましたよ。旦那が突然行っちゃうからさ」

佐助が何を言おうが幸村はただただ歩く。
キュッと拳を握り、口を横一文字に結んで。
何かが悔しかった。
色々なものに。

のことが大切だと言っておきながら、寂しい思いをさせている政宗に。
元気だと自分に笑って見せるに。
なにより、部外者で何もできない自分が悔しかった。




【15】




「何もさんが行かずとも良かったのですよ?」

「だって、猫様のお腹大きいじゃないですか。廊下で転びでもしたら大変でしょ」

年が明けた。
二度目の新年を迎えた。政宗と顔をあわせても、お互い会話らしい会話がまったくでず。
新年の挨拶を形式的に行い、そのまま猫御前のいる西の館へと行ってきたのだ。
正室が側室のもとへ行かずとも、来させればいいと喜多は言うが身重の猫御前にはそれがキツイだろうからと
の方が進んで行ったのだ。
行ってみて、あまり気分がいいものではなかったが。

「もうすぐですよね。猫様の出産」

「ええ。なんだかあっという間ですね」

「男の子だったら、伊達家の跡継ぎなんですよね」

「それはまだわかりません。さんが男の子を産めば、その子が世継ぎとなるのが当たり前なのですから」

「・・・・ないと、思うよ。それは・・・・・」

は苦笑を漏らす。
周りがすでにに何も期待していないのだ。
政宗自身がここへ寄り付かないのだから、何がどうなると言うのだろうか。

「答え・・・・早く聞きたいなぁ」

さん?」

「なんでもないです。あ、また雪ですね。本当、こっちは雪がよく降りますね」

寒いけど障子を開ける。
眩しいくらいに感じる銀世界に目を細める。
そう言えば、子どもみたいに雪合戦をしたなと去年のことを思い出す。
小十郎は渋々だったが、成実と二人で政宗に集中攻撃をしかけた。
無礼講とまでは行かなかったが、馬鹿みたいに遊んだ。
なんだか、すごく昔のような気がした。


*


それから数週間後に猫御前は男の子を産んだ。
待望の世継ぎ誕生。
周りはとても大喜びだった。
祝いの品々が奥州各地から届けられる。
西の館が賑わえば賑わうほど、東の館はぽつんと取り残された気分になる。
だがしょうがないとは笑うばかりだ。

正直言えば。
の気持ちは春へと向いていた。
この厳しい冬を乗り越えれば、春になれば何かが変わる。そんな風に思っている。
またいつきに会いに行くのもいいだろう。
いっその事、猫御前に全てを任せてしまってもいいのではないかとさえ思う。
元々正室と言っても、何かしていたわけでもないし。
武将の娘として生まれ育った猫御前の方が役に立っている。

「んー・・・だけど、殿ご自身も駄目な部分がありますよ」

成実がお菓子を持ってきてくれた。
蒸したての饅頭だ。それをのんびりと一緒に食べていた。

「そ、それはわかっています」

「だったら。政宗様とちゃんとお話になるべきです。お互い一歩も譲らないなんてことしているから」

以前はぶつかり合いながらも、本音を口にしていたのに。

「怖いんですね、きっと。今の政宗の考えていることわからないから」

政宗にしてみても同じ事を言うのかもしれない。
の考えていることがわからないと。

「はあ。なんというか・・・・・私から見れば、ただの馬鹿にしか見えませんね」

両方ともに。

さん。政宗様がお見えです」

喜多が畏まり、襖を開けた。

「え。政宗?」

何故?と可笑しなことを考えてしまう。

「成実。ここにいたのか」

「ええ。蒸したての饅頭を殿にお持ちしたので」

成実は淡々と答えるが、柳眉が中央に寄ってしまう。
政宗の腕に、先日生まれた猫御前の子が抱かれていたからだ。
政宗の子であるので別に問題はないのだが、まだ連れて歩くような年頃ではない。

「梵天・・・・」

成実は急に不安になった。
ちょっと待てと止めたくなるような。
政宗は上座へと腰を下ろし胡坐をかいた。

。お前が育てろ」

「・・・・は?」

成実は右手で顔を覆った。
は何を突然言い出すのかと目を瞠る。
成実も喜多も無言で政宗を見る。

「政宗?」

「お前は俺の正室だ。こいつにとってはお前も母親なんだ」

「・・・・・・・・」

政宗の言いたいことはなんとなくわかる。
伊達家のことを思ってだろう。
武家ではよくある話だ。
だがそれにはいくつかの条件がある。
でもそのようなことを、今のこの状況で上手く整理できるはずがない。

「なに、それ・・・・」

は政宗をキツイ眼差しで見つめる。
久しぶりの話がそれかと、沸々と怒りが湧きあがる。

「なんの嫌がらせなわけ」

「嫌がらせ?」

はスッと立ち上がる。

「なんで、私が猫様の子を育てるのよ。猫様がそうして下さいって言ったの?言わないでしょ!?」

「梵天。室を出ろ」

成実が小さく政宗へと忠告する。

「今のはお前が悪い・・・っと!梵天!」

政宗は抱いていた子を成実へと有無を言わさず手渡す。

「嫌がらせ。なんてしたつもりはねえ」

政宗も引くつもりはないようでの前に立つ。

「猫の子だが俺の子でもある。だからが」

「それが嫌がらせとしか思えないって言っているの!そんなの猫様だって嫌に決まっているでしょ」

俺の子と言われて無償に腹がたった。
大きな猫のお腹。つわりが大変だとか、体を動かすのにも一苦労だとか、苦笑交じりでいう猫御前。
それでも彼女はとても嬉しそうで、幸せそうな顔をしていた。

「それとも、私に乳母でもしろっての」

「そうとは言ってねえ」

「じゃあなんなの?意味わかんない。私のこと馬鹿にしているとしか思えない」

「俺のやり方じゃねえ。こいつが俺の跡を継ぐならば、が育てる義務もあるんだ」

伊達家のやり方。とでも言うのだろうか。
だが少々違う気もする。元々、母が自らではなく、幼い頃から乳母、守り役に子の教育をさせてきた。
それは当主が絶対だと言えば絶対で。
政宗の時もそうだった。
母義姫が自分の手で育てたいと言ったが、それは叶わず、政宗は喜多を始めとする守り役たちに育てられた。
その分、弟の小次郎が生まれた時、義姫は頑として小次郎を手放すことをしなかった。

「お前がこいつに色々教え「嫌よ。乳母だったら他の人を捜せばいいじゃない」

「乳母とは言ってねえ。お前が育てて」

「嫌ったら、嫌」

「俺の言うことが聞けねえってのかい?」

「聞かない」

政宗が強引なのは知っている。無理矢理にでもそうするかもしれないだろうということも。
だが、これだけは嫌だ。引く事はしたくない。

「その子が可愛くないとか、嫌いだとかそういうわけじゃない。
私だって、きっとその子が慕ってくれたら嬉しいと思うけど・・・・育てるなんてのは別。絶対嫌」



「伊達家がどうとか、そんなの関係ないからっ!私に惨めな思いさせないでよ!」

突然現れた側室。
彼女との間にあっさり子どもができて、生まれた子が男子で跡継ぎだと言われ。
側室を迎えてから政宗とはほぼ会うことがなくなり、会話も減り、一緒にいたいと思えなくなった。
それなのに、周囲から好き勝手言われて何をどうしていいのかわからず。
逃げ出したくなる。
どこでもいいからと。

でも。できなかった。

喜多や小十郎、成実。それにを姐御と慕ってくれる者たちがいるから。
まだなんとかなる。そんな気持ちがして。

「惨めってのはなんだ・・・・」

一段と声を低くした政宗。

「私は間違ったことでも言った?そう感じるんだからしょうがないでしょ」

「俺はお前をそんな風にさせようとは「じゃあ何?今まで、この数ヶ月のことは何よ」

猫御前の存在がなんだと。

「いい加減に答えてよ。私って、アンタの何?必要なわけ?」

抑えていたものが堪えきれなくなっていた。
今の政宗にが向けるのは嫌悪。
出会った時にも不安と警戒心から向けられる強い眼差しを受けた。あの目に政宗は惹かれた。
だが、今のから向けられるのは拒絶。

「私が他の人になんて言われているのか知らないでしょ!そんな惨めな私見て楽しいんだ、アンタは」

基本的に政宗に向かって讒言など言うものなどいないだろう。
それが耳に入りそうになっても小十郎や成実など重臣たちで止めてしまうし、彼らの口からやんわり政宗の耳に
それなりのことを告げるだけだ。
とちゃんとどうにかしろと。成実が一応忠告してはいたが。

「周りの奴らが何言ったが知らねえが、俺よりもそいつらを信じるってのかい?」

「信じるもなにも、最初に裏切ったの政宗の方じゃない!」

「な」

「嘘吐き!大嫌い!」

は政宗を室から追い出そうと力を入れて押す。

「ここから出てけ!」

に押されたくらいじゃびくともしないはずだが、政宗の体はよろけ、数歩下がった。

「喜多殿。ここは任せます」

赤子をなれない手つきで抱いたまま、成実は政宗の腕を強く引っ張り室から出て行く。

「・・・・・は・・・・・・・っく・・・・・・」

吐き出してしまったことにより、ぷっつりと緊張の糸が切れたはぼろぼろと涙を零し泣いてしまった。

さん」

「・・・・き、喜多さん・・・・・私・・・・・ふっ・・・・・・」

は喜多に抱きつきその胸の中で抑えることなく声をあげて泣いた。


*


雨のように音がするわけもなく、雪は静かに降り続けていた。
今の時期が一番厳しい寒さだ。
東の館は相変わらずひっそりとしていた。
暗く、ほのかに蝋燭の灯りだけが灯されている。
西の館からの声が届くわけもないのだが、なんとなく明るい声で満たされているような感じがする。
はすでに布団の中にいた。
当然、政宗の姿はこの室にはない。
一頻り泣いたは喜多以外とは会おうともしないまま夜を迎えた。
そして静かに寝てしまおうと思ったのだが。
中々眠れずにいた。
明日からどうしようとか、勢いとはいえ口にした言葉を考えて。
は起き上がり、そっと縁側に出る。
雨戸をあけると、冷たい空気が頬を掠めていく。

「・・・・・・寒い」

にも係わらず、そのまま縁側へと腰を下ろしてしまう。
夜着一枚。上には何も羽織らず。

「信じるもなにも、最初に裏切ったの政宗の方じゃない!」

「嘘吐き!大嫌い!」

なんであんなこと言ったのだろう。
どんなことになっても政宗には当たるつもりはなかったのに。
他の女性が産んだ子を育てろと言われた時、無性に腹がたったのだ。
何故、自分が?何故、そこまで?と。
いつだって自分勝手な政宗だったが、何かちゃんと言葉はくれた。
いつものことを口は悪いがそばにいてくれた。
それが急に一人の女性の出現によってなくなって、一人になったような錯覚に陥った。
政宗にとって自分はなんなのだろうか?と。

「あ・・・・嫌だな。涙腺緩くなっちゃったみたいで・・・」

ポロっと涙が零れた。
悔しくて、悲しくて、惨めで、泣き足りないくらい泣きたくて。
何故、そんな風に思ったのか・・・・・。

「・・・・・なんだ。そっか・・・・・私・・・・・」

政宗のことを好きになっていたのだ。
いつもは政宗の方が無条件に想いを寄せてくれた。それに甘えて、夫婦になってしまったから
あまり自分の気持ちを考えていなかった。

「でも、もう駄目じゃん・・・・・私、馬鹿だから・・・・・」

壊してしまったことで気づいた素直な気落ち。政宗を拒絶した時、彼がどんな顔をしていたと思う。
もう元に戻ることはないだろう。
それに、ここはもうにとって居心地良い場所ではなくなっていた。
聞こえるはずのない西の館からの楽しそうな笑い声がの体をびくつかせた。

「もう、嫌だ・・・・ここには居れないよ・・・・・」

は膝を抱える。

「じゃあ。俺がそこから出してあげようか?」

「え・・・・誰?」

姿は見えないのに、どこからともなく聞こえた声には辺りを見回した。

ちゃんが泣いていると、俺も辛いなあ・・・・多分、真田の旦那も一緒に辛そうな顔をしちゃいそう」

聞き覚えのある声に目を瞠る。

「佐助さん?」

「大正解ー。どう?俺と一緒に甲斐にでも行く?」

音もなく姿を現した猿飛佐助には驚くも、佐助の誘いに心惹かれていた。

「なんで?佐助さん」

「んーちゃんと俺は友だちだからじゃないのかな?ちゃんのことなんとかしてあげたいって思ったし」

たった二度しか会っていないのに。

「それにね。真田の旦那が心配していたんだよ。ちゃんのこと」

「幸村様が・・・・・」

「旦那のところならば、そんな嫌な目に遭うこともないよ?ごめんね、俺、結構見ていたんだよねー」

ここ数日のことを。
だから政宗とやりあったことも、泣いていたことも、その他ここで起ったことを知っているのだ。
政治的なことを思えば、佐助がしようとしていることは間違っているだろう。
無理矢理連れ去ろうというわけでもないが、仮にもは政宗の正妻。
を誘い出したことがわかれば、武田と戦ということになるやもしれない。
初めて会った時、成実がそんなことを佐助に向かって言ったこともあった。
だけど、見ていられなくて。

「・・・・行く。連れて行ってください、佐助さん」

は佐助に向かって手を伸ばした。

「いいの?本当に」

「いい。もう駄目だから・・・・逃げるの、私」

静かに泣きながら差し出すの手を佐助は取った。









19/12/31再UP