|
合縁奇縁
【13】 猫御前が懐妊して早、幾月。 猫御前のお腹は日々大きくなっている。 どうやら順調のようで、彼女の住む西の館からはいつも楽しそうな彼女の笑い声が聞こえてくる。 それを聞くのが嫌だったのか、の姿は東の館から消えていた。 「うわ〜黄金の実りって感じー」 見渡す限り広がる黄金色には瞠目する。 「今年は豊作だべ。田の神様にお供えしてから、一番ににくってもらうだ」 「え、一番って。大袈裟だなぁ。皆で一緒に食べようよ」 「んだな」 はいつきの住む村にいた。 夏に行くからと約束して、は本当に遊びに来た。 だが、すぐに帰らずもう季節は秋へと移り変わっていた。 当初、伊達家のご正室が来ると気を張っていた村人たちだったが、は護衛などつけておらず 喜多と二人でやってきた。 村人にも気を使う必要はないですよーと、寧ろ畑仕事などを手伝わして欲しいと言ってきたのだ。 そうしているうちには昔からこの村にいるかのように溶け込んだ。 「いつ稲刈りするの?私、稲刈り初めてなんだよーすっごい楽しみ」 「あしたの朝からやるべ。にできるだか?」 腰や足がとても疲れるぞ。なんて余裕綽々にいつきは笑う。 「んー邪魔にならない程度に頑張る」 稲刈りは一日では終わらない、明日も明後日も行われる。 村人総出で村中の稲刈りをするのだ。 しばらくは本当に忙しくなる。 稲を刈ったからはい終わり。というわけもなくその後にも色々やることがあるのだ。 「だけんど、ももうじきかえっちまうだな」 いつきは寂しそうに呟いた。 「いつきちゃん・・・・でも、私」 「そろそろ、かえらねえと、政宗も怒るだよ。冬になる前にってかえるって約束だもん」 「・・・・・うん」 たった数日の滞在ならともかく、数ヶ月もの不在は体裁が悪いのだろう。 いつきの村へ行くことを政宗は許したが、すぐに帰ってくるものだと思っていたらしい。 だが、が何日経っても戻る気配がないので、成実に様子を見に行かせたら、は当分帰る気はないと言い切った。 『だって、お手伝いしてみたいから。私、米作りってやったことないし』 『米作りを言い訳にしますか?』 『・・・・・稲刈りやってみたいです。勉強ですね、勉強。私はお城の中でぬくぬくしているの嫌なんです』 成実は困ったように柳眉を寄せる。 苦笑交じりの笑みを浮かべながら、そういうことにしておきましょうと言った。 『政宗様のことお嫌いですか?』 成実の直球すぎる問いには息が詰まる。 問いかけられてもすぐには言葉がでなかった。 それでも成実は急かす真似はせずゆっくりと淹れてもらった茶を飲みながら待っている。 目線を下にやり、安定せずにいたが、少しずつは言葉にする。 『わからないです』 『わからない?』 『だって、私と政宗って最初が悪かったし・・・・それに慣れてきた頃に、強引に結婚させられたし 優しくしてくれたなーって思うと新しい奥さんできちゃうし、その上子どもでしょ? 政宗は強引に進めるけど、その時その時に何かちゃんと言ってくれるのに、猫様のこととか子どものこととか 最近は何も言ってくれないんです。私、最後に一つだけ質問したけど、まだ答えてもらっていないんです』 好きか嫌いかで問われれば、の口調からは嫌いとは感じられない。 だが、心はそばにないとわかる。 最後。 の口から、最後などと出た。 成実は深く溜め息をついた。 (本当っ。梵天は馬鹿だな。もう駄目だな、これは) 自分が予言したとおりになりつつあるなと頭が痛くなる。 『その答えをもらったらどうしますか?』 の目が揺れた。 だがすぐににっこり笑った。 『別に・・・・答えによってどうしようってのは・・・どんな答えでも政宗に当たる気はないです』 には空きすぎた時間によって悪い方向への答えしか見えていないようだ。 笑ったのに、寂しそうに見えた。 『わかりました。政宗様には稲刈りが終わるまではと私のほうから頼みましょう。お勉強じゃ仕方ないですよね』 『ありがとう。成実さん』 『いいえ。私もね、梵天は馬鹿だなーって思うところがありますので』 『成実さん!?』 小十郎以外と政宗本人にしか見せない顔をついにも見せてしまった。 でも、健気というか、諦めが早いというか。のことを思うと別にいいかなと思う。 『ただね。梵天は馬鹿だから、やり方を間違えているんですよ。 結果的にあなただけでなく、猫殿も傷つくと思うんですよね。私と小十郎がちゃんと聞き言えばよかった・・・・』 二人とも政宗が決めたことだからと何も言わなかった。 これが戦に政事に係わることなら、どんな処罰が降ろうが二人はきっと政宗に意見するだろう。 だが、このことに関しては、猫御前はともかく、が家柄など関係のない子だったので口に出すことはしなかった。 『少し離れることで、ゆっくり考えることもできるでしょう。悲観的なことはあまり考えずに、殿』 『・・・・・はい』 『では・・・あ、一泊させてもらっていいですか?』 重い腰を上げようとした成実だが、すぐに腰を下ろしてしまった。 『もちろん、いいですよ。いつきちゃんも喜びますから。でも成実さんいいんですか?』 早馬を飛ばせば夜には仙台へ帰ることができるのだが。 『ええ。急ぐ気ないですし。ここで殿の手料理でもご馳走になって梵天に自慢してやろうと思いましたから』 が戻らないことを、政宗は気にはしている。 だから、もう少し気を持たせておこう。自分で蒔いた種だ。 『私、そんなに上手じゃないですよ?喜多さんがいるからなんとかなっているだけで』 『いえいえ。殿がということに意味があるんですよ』 成実は悪戯っぽい笑みを零した。 成実のおかげで、の滞在は冬になる前までとなった。 いつきはそのことを喜んだが、のことを思うと本当にそれで良いのか幼心に考えてしまった。 でも口出しはできないから、ずっと黙っていた。 「雪が降り積もったら、逆に帰れないよね」 「。そうだけど、ここの冬はきびしいだよ?にはおっきないえがあるじゃねえか」 は答えず苦笑した。 「ま。明日からはそんなこと考えている暇はねーだよ?いそがしいからな」 「うん。頑張るね」 本当はいつまでも居ていいんだ。そう口にしたかった。 でも、の居場所はここじゃないとわかっているから、いつきは我慢した。 * 約束通り、本格的に冬が来る前には帰ってきた。 最初からを慕っていた家臣たちは泣き喜び、は大袈裟だと笑った。 「ですが、姐御がいなくて、俺ら寂しかったっすよー」 「どうせなら俺らもついて行こうかと」 「嬉しいですけど、皆さん、私の家臣じゃなくて、政宗の家臣なんですよー」 「でも俺らの姐御は姐御だけっす!」 一人なんだろうなと思ったのはどうやら間違いだったようで、彼らの気持ちがとても嬉しい。 よくよく思えば、喜多や成実、いつきだってのことを心配してくれている。 自分だけと思っていたのが恥かしい。 「じゃあ、また今度一緒に町まで遊びに行きましょうね」 「喜んで!」 「絶対っすよ!」 最初に「姐御」と呼ばれることにすごい抵抗があったのに、今はそうでもない。 柄が悪い外見とは違い心根がまっすぐした人たちだから。 「殿。お帰り」 「あ。小十郎さん!」 小十郎が東の館にまでやってきた。 庭に居た家臣たちを見て笑う。 政宗以上に彼女への忠誠心があるようだと。 「おい、おめえら。そろそろ持ち場へ戻れ」 小十郎に言われれば嫌とは言えず。若者たちは戻っていく。 その際ににちゃんと挨拶をしていく行儀の良さ。 「どうでした?初めての稲刈りというのは」 「疲れました。腰とか足とか。首もかな。あれを手作業でやっていくのって本当大変だなって」 のいた世界じゃ、すでに機械化されて。時間も手間もかからなくなっている。 「しばらく、動けなかったですよ。でも体力ついたかな」 いつきの村にいる間、ただのお客さんにはなりたくなかったので、畑仕事などをちゃんとやった。 袖をまくり、腕を小十郎に見せて笑う。 小十郎はの様子を心配して見に来たのだが、彼女を見て安堵している自分に気づいた。 「俺も、米作りには興味あるんだ」 急に砕けた口調になった小十郎には瞠目するが、聞き返すことなく頷く。 「ただ、俺には他にも仕事があるから・・・・流石に米作りは無理だな」 「いつきちゃんたちが、小十郎さんは筋がいい。いい農民になれるって言っていましたよ」 「そうか。のんびり田畑を耕すのもいいものだ。まあ、政宗様が天下をお取りになればできそうな話だな」 政宗と聞いて、少しだけは目線を落とした。 「あの・・・小十郎さん・・・・・」 「なんだ?」 「政宗・・・・怒っているんですか?」 「いや?どうしてそう思う?」 「・・・・・私、ずっと逃げているから。いつきちゃんの村に行ってもぎりぎりまで帰ろうとしなかったし」 約束破ろうとしちゃいましたから。 はそう呟いた。 が帰ってきたが政宗はまだ姿を見せていない。 忙しいと言う理由もあるのだが。 「別にお怒りであるご様子はない。忙しいからな、政宗様も」 「・・・・・・」 「成実殿から聞いた」 は小十郎の顔をのぞきこむように見上げた。 「殿と祝言をあげると言われた時に、俺たちがもっと反対していたら良かったのかもと思った・・・すまん」 「小十郎さん・・・そんな、小十郎さんと成実さんが悪いわけじゃ」 「もっと我がままを言ってもいいんだ。殿は我慢しすぎていないか?」 そうかもしれない。 政宗とぶつかって言い合いしていた頃が懐かしく感じる。 最近の自分は心のどこかでブレーキをかけてしまってる。 自分の今のポジションがなんなのかわからず混乱している所為かもしれない。 「我がままか・・・・少し我がまましちゃいましたよ?」 「いつきの村へ行くことがか?」 「だって長いこと居座っちゃったし」 「別に問題はないと思う。あんなのは可愛いものだ」 「小十郎さんも成実さんも、私のこと甘やかしていませんか?」 甘やかすというか、気を配っているように感じるが。 「いや?そうは思わないが・・・・」 「甘えついでに、遊びに行ってもいいですか?」 「ああ。俺がお供しよう」 久しぶりに町へ行きたいと思った。 「相変わらず、賑やかな町じゃないの。ね、旦那」 「独眼竜殿は為政者としては有能なのだろう」 「うわ。旦那の口から難しい言葉が出るとは思わなかったなぁ」 「な、なんだとっ!」 紅蓮の闘志を持った男が、久々に仙台へとやってきた。 19/12/31再UP |