合縁奇縁



ドリーム小説
【12】



「猫にございます」

が住まいとしている東の館に、一人の女性が訪れた。
伊達家、政宗に仕える飯坂宗康の次女であり、先日政宗の側室となった人だ。
正室であるに挨拶しにきたのだ。
猫というのは本名でないのだが、猫のようなというのが彼女の人柄らしく。
本人も猫を可愛がったりすることもあり、自ら猫と言っている。おかげで猫御前と人々から呼ばれている。
政宗の前でねずみを捕まえようとしたこともあるらしい。


様にお目通り叶い大変嬉しく思います。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

深々と頭を下げられる。

「ね、猫様。で良いのでしょうか。えっと・・・私の方こそよろしくお願いします」

よろしくってなんだろう。
愛想笑いしか出てこない気もするが、相手に不快感を与えないように気をつける。
だが猫の方がよりも年上なので、の方がおどおどしてしまう。
そんなを見て猫がくすりと笑った気がした。



「なんか疲れたー」

正座し畏まり笑顔を向けて。
は猫が帰った後、室で足を伸ばしていた。

さんがご正室なのですから、もっと強気で良いのですよ!」

喜多は猫への印象があまり良くないようで少々ご機嫌斜めである。

「んーでも猫様の方が年上だし」

さんは政宗様のご正室です」

「まあ、一応・・・・」

「一応じゃないです。もうさんはのんびりしすぎです」

大丈夫だとは思うが、政宗の気持ちが猫へ向いてしまったらどうするのだと喜多は心配になる。
折角二人の仲が良くなってきただけに今、側室を迎えることに心配してしまう。

「政宗は何も言わないんですよね」

さん?」

は縁側へと移動し腰掛ける。
見事に咲いた桜はすでに散り始め葉桜へと変わっている。
いつきたちは田植えの準備で忙しいのだろうなと空を眺めてしまう。
喜多には政宗の気持ちは勿論の気持ちもよくわからなかった。


*


「明智が魔王のおっさんを討った?」

「本能寺にて家臣明智光秀の裏切り発覚。本能寺は火の海と化したそうです」

成実からの報告を受けていた政宗。
群雄割拠している中で容赦のない手口ではあるが、尾張の織田信長が一歩抜きん出て天下に近いとされていた。
その信長が家臣の裏切りにあい散ったそうだ。

「わからねーもんだな。その明智は?」

「相打ちとも聞いておりますが、行方知れずです」

明智光秀は狂気に満ちた男で、家臣たちからは信長とは違う意味で恐れられていた。
だからと言って光秀が天下に近いというとのはまた別である。

「そうか・・・・・で、何か言いたそうな面してるな、成実」

「いえ、特には」

にっこり笑う成実だが、かえってそれが怖い。

「言いたいことなど滅相もない。殿がお決めになられたことにどのような異論がありましょうか」

「異論があるんじゃねえか」

「いいえ。別に。一応わかっておりますので。伊達家の為ならば」

「・・・・・・小十郎は?」

「片倉殿はいつき殿の村へと行っております。なんでも米作りに興味があるようですよ」

野菜作りから今度は米作りに手を出そうというのだろうか?
今現在、関西は少々きな臭いが、奥州はいたって穏やかなので、小十郎がそばにいなくても問題はない。

「お前ら、本当に何も聞かないんだな」

「そうですか?」

成実は茶を淹れる。
政宗の前に湯飲みを置くと、ほんのり湯気が立つ。

「聞いて欲しいか?梵天」

幼い頃の従兄弟の顔に変わる成実。
普段は一家臣でいるが、周りに誰もいない時(小十郎は別)にふとその顔を見せる。

「いや、いい・・・・」

成実の淹れた茶を飲む。

「っち・・・」

茶は思っていた以上に熱く舌を軽く火傷してしまう。

「成実・・・熱い」

「わざとだから」

「・・・・・嫌がらせかよ・・・・まったく」

「ちゃんと話はしたのか?殿と。梵天も殿も気が強く意地っ張りだからな。
適当に濁していると竹箆返しをくらうことになるぞ。梵天だけでなくどちらもだ」

政宗が何も言わないとは言っていたが、その逆もそうだ。
も政宗に何も聞かない。
側室ができた。そう聞かされても「ああそうですか」の一言で済んでしまった。

「自信がねえのかもな・・・・」

「これは意外。彼女のことになると弱気になるとは」

ふふふと笑う成実。
政宗には熱い茶を淹れたが、自分にはほどよい熱さの茶を淹れて飲んでいるらしい。
美味しいと言って満足気味に飲んでいる。

「ああ。話以前に、ちゃんと会っていないだろう?」

「・・・・・」

図星だった。
猫を娶ってから、夜もほとんど猫のいる西の館で過ごしていた。

「お世継ぎか」

「成実」

成実は目を細めてにっこりと政宗に向かって微笑んだ。

「梵天は馬鹿だなあ」

「お、お前」

「あ。馬鹿だからしょうがないか。私が一つ予言してあげようこのままで行けば、確実に殿は梵天から離れるよ」

「・・・・・」

「鳶に油揚げを食われないように気をつけるんだね」

それからすぐに成実は家臣の顔に戻った。


*


・・・」

「あ。久しぶり〜珍しいね、政宗がこっち来るなんて」

嫌味のようで嫌味がないのが余計に嫌味に感じる。
東の館へ政宗が足を運んだのは実際ニ月ぶりではあったが。

「どうしたの?何か用?」

用がなくては来てはいけないのだろうか?のあっけらかんとした態度に政宗の表情が歪む。

「猫とは会ったのか?」

「会ったよ。でも同じ敷地内にいても中々会わないものだね」

否。は自分からは猫に会いに行こうとはしなかった。

「それがなに?」

「何ってわけじゃねえが・・・・お前は俺に何も言うことねえのか?」

「政宗が私に言うことがあるんじゃなくて?」

「「・・・・・」」

お互い何も言いだせなくて沈黙が漂う。
その沈黙に耐えられなくなったのか、が呟いた。

「私って、必要?別にここにいなくてもいい気がするんだけど」

!?」

キュッと胸に痛みを感じる政宗。
は政宗には目を向けずにいる。

「子どもできたんだって?猫様。良かったね、おめでとう」

「・・・・子ども?猫に?」

政宗は瞠目する。

「さっき、そこでね。お腹が大きくなった猫さんに会ったの。子どもがいて大変だーって言ってた」

妊婦さんは歩くにも一苦労だね。
そんな言葉がの口から出る。
政宗は室から飛び出していった。

「・・・・・政宗、私の質問に答えてないよ・・・・」

は少し強く口を結んだ。


*


「猫!猫!」

「殿。どうなされました?そんなに慌てて」

庭にて遊んでいた猫御前は政宗の剣幕に驚きながらも笑って出迎える。

「お前、子ができたって本当か!?」

思わず猫御前の両肩を揺らしてしまう。

「お子。でございますか?」

はて?と小首を傾げる猫御前。

から聞いた」

「あ。あ〜はい、猫に子ができました」

「本当か!?」

だが猫御前はひょいと政宗の前に一匹の猫を見せた。

「猫?」

「はい。猫に子ができました」

動物の猫に子ができたというのか。
政宗は手に力が入り、猫御前から小さな悲鳴が聞こえた。

「殿」

「嘘か。悪戯か・・・・」

「嘘ではございません。猫に子ができました」

「お前は俺を馬鹿に」

猫を手放し、自分のお腹に手を当てる。

「おふざけが過ぎましたね。申し訳ございません。この猫にもお子はできました」

「・・・・」

政宗は嘆息する。
本当だったのだと珍しく穏やかに笑みを浮かべる。

「だが、の前では」

「あれも猫の可愛い悪戯でございます」

「しょうがねえな・・・・」

ただ悪戯にしては性質が悪い気がする。

「猫は欲が深いのです。殿が猫に最初に言ったことを覚えておいでですか?」

「・・・・・」

政宗は答えない。だが猫御前はつらつらと話す。

「俺の心はのものだ。体はやるが心はやらねえ・・・・と。様が羨ましい。でも」

猫御前は政宗に引き合わされた時に、そう言われたのだ。
用は子どもだ、世継ぎを必要としただけだと。
腹立たしく思ったが、幾人からの侍女や家臣から話を聞けば、仲睦まじい夫婦ではないらしい。
さっさと離縁すればいいものをと何度も思った。

でも、共に過ごす時間は格段に増えた。
いつかは政宗の心も猫のものにしてやろうと思うようになった。
世継ぎが生まれれば政宗は確実に自分に向いてくれるだろうと。

「猫」

「早う、殿に会わせとうございます」

猫は政宗を見て笑った。


*


「悪戯が本物になったんだ・・・ふーん」

後日、猫御前懐妊の話を聞かされた

さんを馬鹿にしたような態度許されません!」

「別にいいですよ。嘘が本当になったんですから。元気な赤ちゃんが産まれるといいですね」

伊達家待望の世継ぎとなるような。

「ね。喜多さん。私、必要ないですよねぇ・・・・何の為にここにいるんだか」

さん。そのようなことは」

「知ってます?私のこと、世継ぎも産めない役立たずだとか思われているようですよ」

自分のことなのに笑って答えるを見て喜多は悲しくなる。

「まださんはお若いではありませんか。お子などそう焦らずとも」

「あ。ごめんなさい・・・・喜多さんがそんな顔されるとなあ」

自分の事のように嘆いている喜多。

「でもね。喜多さん。本当、実際そうなんだ・・・・」

産む産まない以前の問題。
の意思など関係ないとばかりに強引だった政宗だが、祝言を挙げてからは違った。
腫れ物を扱うように大事にしてくれる。
大事にしてくれるのは調子が狂う感じがしたが、悪くはない。
ただ。
先も言ったとおり、産む産まない以前の問題。
政宗と閨をともにしても、何もないのだ。
何も。

それで子どもなんかできるわけがない。

それに不満があるないと言われると困ってしまうが。

「それに政宗は、私の質問まだ答えてないんですよね・・・・」

早く答えて欲しい。
どんな結果になろうとも、別に政宗を恨むことはないだろうから。









19/12/31再UP