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合縁奇縁
【4】 漏れた吐息。 潤んだ瞳。 長い口づけの後、長い沈黙が辺りを漂う。 を組み敷いたままの政宗。 互いを見続けたまま時間だけが過ぎる。 突然の出来事にはぼーっとしてしまう。 乱暴に足を折られそうになったはずなのに・・・・。 「・・・」 自分の名が呼ばれる。 それは初めて感じる甘く囁かれるようなもの。 思わず背中がぞくぞくとしてしまう。 政宗の手がの頬へと伸びる。 残されている左目からも鋭さが消えている。 ただただ愛しげに自分を見る。 「」 やめて欲しい。 そんな風に自分を見るのを、そんな風に名を呼ぶのを。 伸びてきた手に体が強張るのが自分でもわかった。 このままされるがままは癪に障る。その場の勢い、空気の流れ、嫌だ。 はバッと体を起こす。 「「!?」」 ゴツっといい音がした。 が体を起こしたことで、互いの額がぶつかった。 「って〜・・・なんだよ」 「う、うるさい!エロ政宗!い、いいい今何しようとしたのよ!最低馬鹿!」 政宗が離れたことでもすかさず距離を取る。 「酷い言い草だな」 胡坐をかき少し痛むのだろう額に手を当てている政宗。 「好きな女に手ぇ出して何が悪い」 「す、す、好きな女ぁ!あんた何言っているのよ!」 の顔が瞬時に赤く染まる。 先ほどから気づいたのだが、政宗に対する固さが取れ始めは口調も砕けてきている。 「俺ぁは本気だと言ったぞ」 「本気でからかうの間違いじゃないの」 「信用ねーなー」 「最初からそんなのないもん・・・・い、いきなり人のこと押さえつけてキスするような奴に」 思い出してしまい、更に顔が赤くなる。 だが政宗は少し拗ねたように唇を尖らせる。 「大体、お前が悪い」 「はあ?なんで、私が」 「お前が真田に憧れてるとか会いに行くとか言うから・・・・」 「だって、昔から好きだったんだもん、真田幸村」 ピクリと政宗の眉が動く。 何度聞いても面白くない言葉だ。 「あいつなんかより俺の方が絶対いい」 「会ってもいないのにそんなのわかるわけないでしょ」 「それはにも言える。会ってもいねーのに、あいつの方がいいなんてわからねーだろ」 「そ、そうだけど・・・」 そう簡単に憧れは消えない。 こっちの世界の真田幸村がどんな人物かは知らないのだ。 渋々と指を絡めるの姿に政宗は立ち上がり近づく。 また何かされるともすかさず逃げようとするが、政宗の方が早かった。 ふわりと陽の匂いが鼻を掠める。 先ほどと違って政宗はを優しく抱きしめている。 「さっきは悪かった・・・・けど、頼むから勝手にいなくなるな」 「え、あ・・・っと・・・」 調子が狂う。 人を小ばかにしたような態度を取るかと思えば乱暴に扱ったり優しくしたり。 どれが彼の本性なのかわからない。 「お、お世話にはなったから・・・・か、勝手には出ていかない・・・から」 そう答えるのが精一杯だった。 世話になったのは事実。だから黙って出て行くのは仇で返すようなもの。 それだけは約束できる。 「今はそれだけで十分だ」 優しい声音に目を瞑ってしまう。 心地良い。初めて感じるぬくもり・・・。 「」 政宗の唇がの頬へと触れる。 「だ、だから!変なことするな!エロ政宗!」 カッと目は見開き政宗を押し離れる。 は今度こそ室から逃げ出した。 呆気にとられた政宗だが、すぐさまくつくつと笑った。 *** 「喜多でございます」 の元へ一人の女性が訪れた。 深々と頭を下げられは困惑してしまう。 「政宗様より仰せつかり、様の守り役としてお世話させていただくことになりました」 「え、あ・・・・・そ、そんな大層なことされても・・・」 「何なりとお申し付けくださいませ」 「はあ・・・・」 もうここを出るだけと考えていただったので、急に世話役をつけられても困ってしまう。 政宗にここを出させないために先手を打たれたような気もしないでもない。 「あ、あの。とりあえず、その様っていうのだけはやめてくれませんか?」 「ですが、私は」 「あー私姫様でもなんでもない一般人ですし」 「・・・」 「せめて、さん。で・・・じゃなきゃ、私に守り役いらないです」 「それは困ります」 「私が良いって言うのですから、ね?喜多さん」 何度かやり取りの後、ようやく喜多は納得してくれた。 少し意地悪なやり方かなとは思ったが。 守り役はいりません。なんて言われたら命じられた喜多も困るだろう。 喜多は色白で淑やかな雰囲気を醸し出している。 「喜多殿は片倉殿の姉上なのですよ」 「え・・・あの」 やーさんな人の?と思わず聞き返しそうになったがなんとか留める。 教えてくれた成実はの次の言葉がわかっていたようで笑いながら続ける。 鬼庭左月の娘であるが、小十郎と左月は血の繋がりはない。 説明が少しばかり面倒なので省くが、小十郎と喜多は姉弟なのは変わりない。 「そうですよ。あの。片倉殿のです。 政宗様ご幼少の頃から守り役としてお付きになり文武両道。とても素晴らしいお方ですよ」 喜多は成実の言葉にそんなことはないと小さく首を横に振る。 「武って・・・」 「薙刀などを少々」 「わあ、すごいです〜私、教えて欲しいです」 「さんが?でも」 「ちょっと自分の身を守るために習っておきたいなぁと」 「そのようなことなさらずとも、さんのことはきっと政宗様がお守りになりますよ」 喜多は笑顔で、成実も頷きいらぬことだと言い切る。 だがは。 (その政宗様から身を守るためなんですけどねぇ・・・・) 油断禁物。 どこで何をされるかわからない。 そんな事をこの二人に言えるはずもなく、は苦笑するだけだ。 *** 「喜多さん。教えてほしいことがあるのですが」 「はい、なんなりと」 天気が良いので縁側にいた。 秋も深まり庭の木々も赤く色づいている。 それらを見ながらのんびりしていた。 「今の状態ってどうなっているのですか?その天下を治めた人とか・・・」 の知識どおりの世の中ならば、織田信長が没した後豊臣秀吉がほぼ手中に治めているはずだ。 だが喜多は、天下人はまだいないと答える。 「いない?」 「はい。大きな勢力といたしまして、政宗様が治める奥州の隣には上杉、南には北条。 武田、織田。小さいながらに徳川も名を上げてきていますし」 「え、武田に織田?・・・・徳川」 いったいいつの頃だ? 政宗の年齢を考えるとすでに武田も織田もいなかったはずだが。 「あの。じゃあ」 「さんがお聞きになりがたっている真田幸村は武田信玄の配下ですよ」 「えぇ!?」 いつの間にか成実が立っていた。 お土産ですと、にお団子を手渡してくれる。 「真田幸村って武田家の家臣なのですか?」 「おや。知っているかと思ったのですが」 意外だという眼差しをに向ける成実。 それはそうだ。 の知っている歴史では、真田幸村は武田信玄には仕えていない。 記録して残っているのは、彼の祖父、父、伯父たちが武田家に仕えている。 幸村は上杉に人質として、その後豊臣の人質として大阪で暮らしていた。 最終的には父と共に豊臣家の為に徳川を打ち破ろうとしていたのだが。 「えっと・・・いえ、なんでもないです」 ここの歴史とあっちの歴史は微妙、いやかなり違いがあるようだ。 それはなんとなく気づいていたはずだ。伊達軍の兵士たちの格好を見れば時代らしくないものばかりだったし。 (武田信玄と真田幸村が組むと最強なんじゃないの?) 武田信玄が病に倒れなければ織田信長が勝てたかわからないわけだし。 彼はほとんどの戦、負けなしなのだ。 「あ。そういえば」 「はい?」 はもう一つ気になることがあった。 それを口にするのはちょっとばかり気が引けていたのだが、今ここにいるのは喜多と成実だけだ。 この二人になら聞けると思い訊ねてみる。 「あの。あの人・・・・独り者なんですか?正室さんいないんですか?」 「あの人って、さん・・・・」 成実は苦笑する。 でも彼女の聞きたいことはわかる。 「政宗様にはいまだご正室はおられませんよ。いずれさんがそのお立場になるのでは?」 「だ、誰が!なりませんよ、私は」 思いっきり否定する。 喜多は困惑し成実はケラケラと笑う。 嫌われたものだな、うちの殿もと。 (でも・・・愛姫いないんだ・・・・普通だったらいるはずなんだよね・・・) 内助の功で政宗に尽くしたといわれる愛姫。 その存在もない。いや、どこかにいるのかもしれないが、政宗には嫁いでいないらしい。 (まあ、今はいなくてもこの先ってこともあるか) あくまで自分には関係ないとはきっぱり切り捨てる。 そして成実が持ってきてくれたお団子を食べることにした。 「いいもん食ってるじゃねーか」 「政宗様」 小十郎を従え政宗がやってくる。 当然のようにの隣へと腰を下ろす。 は政宗に目も向けない。 「成実だろ、これは。相変わらず好きだな、お前も」 「政宗様もお好きでしょう?」 喜多に茶を淹れてもらい、成実には団子を進められる。 湯飲みは素直に受け取るが団子を取るのに少し戸惑っている。 「政宗様?」 「ん・・・ああ。俺が食ってもいいのか?」 無言で食べているをチラリと横目で見る政宗。 その視線に気づいたもチラリと横目で政宗を見る。だがほんの一瞬だ。 「食べればいいじゃん。私一人じゃそんなに食べれないし、美味しいし、このお団子」 「そうかい」 のお許しが出たと政宗が口元を緩め団子を手にする。 「食ったらでかけないか?」 「・・・・・・」 「動かねーと太るぞ」 一度ちゃんと自分でを案内したかった。 自分が治める場所を。守る場所を。 どこよりも早く冬が来るこの奥州。雪が積もればほぼ外へ出ることがなくなる。 雪景色も綺麗なものだが、雪が降る前に一度でもいいから、に見せたい。 「一言多いの・・・あんたって」 「行くのか?行かないのか?」 「・・・・・行かないって言っても連れて行く気でしょ」 無理強いはしないつもりだったが、そんな風に言われてしまうとそうせざる終えないだろうに。 それとも素直に行くと言えないの裏返しだろうか。 「O.K。これ食ったら行くか」 肯定も否定もせず。行こうと連れ出してしまえばそれでいい。 小十郎たちには二人の空気が読めない。 剣呑な感じはしないが、気を許してはいないようにも見える。 だが、どこかで何かを期待してはいないか?とも。 難しい。二人とも素直じゃないから。 「まあ。いいんじゃないですか?少しだけと変わってきていますよ」 成実は一人暢気に茶を啜った。 19/12/31再UP |