|
君を待つ、桜のキオク。
「なんだよ…つまんねぇな」 「政宗様?」 政宗は自分宛に届いた文を読みため息を吐いた。 「折角記憶が戻ったのに、幸村とはなんの進展もないんだとさ」 「…あぁ、殿からですか」 話を聞いた小十郎は小さく笑う。 何にでも一生懸命な少女だったな、と小十郎にはそう印象に残っているらしい。 「仕方ねぇから、俺が行って焚き付けてくるか」 「遊びたいだけではありませぬか?政宗様」 小十郎が睨みを利かす。 「冗談だ。ま…次はいい返事を期待したいものだな」 【13】 あんなに暑かった夏は幸村の記憶喪失騒動?のお蔭であっという間に過ぎていた。 いつの間にかやんわりと秋になり、肌寒さを感じ、もうすぐ冬なんだと気づいた。 幸村との約束は結局果たされないままだった。 寂しく感じるものの、幸村が一生懸命休んだ分を取り戻そうとしている姿に邪魔などできるはずもないのだ。 たまに奥州の伊達政宗と文やり取りをしている。 最近の楽しみは政宗から送られてくる返事だ。 どうしても。というか、話の中心は幸村になってしまって、政宗からはあれこれ叱咤されている。 奥州も雪が深い場所だ、遊びに行くのはそろそろ厳しい。 次に会えるのはその雪が融けた頃だろう。 それまでに自分と幸村の関係は変わっているだろうか? 政宗に報告できるくらいに…。 「なんだか、一層やる気に満ちているね、幸村君は」 「そうだね。なんかすごいね」 佐助とそんな話をしていた。 信玄公との稽古にも熱が入っているようで、毎日うるさいくらいに掛け声が聞こえていた。 「ま。その方が幸村君らしいけど」 やはりあれくらいが幸村らしいと思うから。 記憶喪失になって、元に戻らずともいいだろうかと考えても、やはり元に戻った姿を見ると安心してしまうから。 だが。 (旦那の場合…ちょっと違うよな…) 幸村の行動に関して佐助は思う事があったから。 「あ。終わったみたい」 今日は信玄公の勝ちのようだ。 幸村が地面に仰向けに倒れていた。 「旦那。大丈夫っすか〜?」 「さ、さすけ…」 「また今日は一団と激しかったっすね」 「でも顔は嬉しそうだよ、幸村君」 「………」 仰向けの幸村はに視線を向ける。 「ん?」 「…い、いや…なんでもない」 幸村は空へと視線を向け大きく息を吐いた。 (最近の自分がどうかしている…なんかこう…もやもやしたものがあってすっきりしない) 何に対してと言うのはわかっている。 だ。 に対してもやもやしたものがある。 崖から落ちて記憶喪失になっていたと聞き、幸村自身は崖から落ちた直後の出来事だと思っていたのに、奥州に居た。 政宗といつの間にやら打ち解けて楽しげな。 だけど、政宗からは。 「の事だ。譲れねえんだろ?俺にも、他の誰にも」 「だったら、しっかりやんな。じゃねぇと俺が掻っ攫っていくぜ?」 などと言われた。 記憶喪失中の自分はいったい、政宗と何を話していたのだ。 しかもの事らしい。 さらには。 そういったものに興味がなさそうだったが簪を手に入れており。 「大事な人が私の為にプレゼントしてくれたものだから」 「早くこの簪が似合う大人になりたいって思うよ」 「そうしたら、その人に告白でもするんだけどね」 などと口にしていた。 自分の知らない間に、にそう想う人ができたのだろうか。 それが政宗なのかな?と思っても幸村にはそれを聞くことができなかった。 「あら。幸村。どうしたの?」 「梅姫様…」 信玄との稽古後、佐助は偵察の任務に行ってしまったし、も用事があるそうでどこかに行ってしまった。 残った幸村は自分の屋敷にでも戻ろうとしていた時、梅に呼び止められた。 「いえ、何も」 「ね。今暇かしら?」 「へ?は、はい」 「そう。ちょっと見てくれる?」 何かと思ったが、梅が来てくれというので、梅の室に向かった。 室には色んな反物が並べてあった。 「どうかしら?この色なんて」 一つ手にとり、自分の体に合わせて見せる梅。 「お、お似合いでござる」 「ありがと」 梅はにっこり笑う。 こっちもいいわよね。と他の反物も取り幸村に見せる梅。 だけど、幸村には曖昧にしか答えられない。 元々この手の事に疎いからどう反応していいのかわからないのだ。 「し、しかし。どうしたのでござるか?このような数の反物を」 梅の母である三条の方が京の出身だから、娘の為に豪華に取り寄せたのだろうか。 半分はあっていた。 「梅姫様が?」 「そ。もうすぐ相模の北条氏政殿に嫁ぐのよ」 その為の準備だった。 「急でござるな…」 「そうでもないわよ。大分前から話は決まっていたの。だけど、幸村はその頃怪我をしていたから知らなかったのよ」 「………」 「幸村。ずっとこのまま。なんて事はないのよ。だから後悔しないようにね」 梅は反物を片付け幸村の前に腰を下ろした。 「私のように、見知らぬ誰かに嫁ぐ事があるかもしれないんだから」 「ひ、姫様…あの」 「私の知っている幸村は馬鹿みたいに突っ走っているんだけどね」 褒められているのか貶されているのかわからない。 困惑してしまう幸村を梅は見つめた。 「今回の婚姻は北条、今川との同盟強化の為のもの。一部の者からは私ではなく、を嫁がせればいいと言う案もあったのよ」 「な!」 「同盟とは言っても、どこか人質のようなものにも見えるのでしょうからね。私よりにと思う声があったのは事実よ」 血縁ではなくても、実際信玄公が娘のように可愛がっている子だとは認識されている。 他国に嫁ぐのに、梅よりもの方がこちらに害はないと言う少々厳しい判断なのだろう。 部下の娘を自身の養子にし、他家へ嫁がせるなんて話はないわけじゃない。 「の事だから、そう言われればきっと断らないで受けたでしょうね」 「………」 「本当。あなた達は不思議な関係よね」 「梅姫様…」 「もうすぐ二人のバカ騒ぎを見る事もなくなってしまうんだから」 それは梅にとっての事ではあるが、幸村には違う意味にも取れた。 (も…梅姫様のように…見知らぬ誰かに嫁ぎでもしたら…) その光景は二度と見られないのだろうと。 梅の室から退出し、自分の屋敷へ戻った幸村。 まだ佐助は戻っていないようだ。 幸村は室で寝転びここ数日の事を思い返す。 そしてもやもやの原因を。 「どうしたの?幸村君」 「な、なんでもない!」 顔を覗き込まれた幸村は勢いよく起き上がるも、その勢いでと額をぶつけてしまう。 「っ〜幸村君の石頭〜」 額を押えてうずくまる。 「す、すまん!!」 「もう〜どうしたの?」 涙目になりながら、額を摩る。 「ど、どうしたってわけではないが…」 「あれかな?梅ちゃんが嫁いじゃうから寂しいのかな?」 「………」 「あれ?図星?まぁ…私も寂しいとは思うけどね。梅ちゃんには色々良くして貰ったし」 幸村は段々と背中を丸めてしまう。 そんな幸村には慌てる。 「やだ!そんなに落ち込まなくても」 「いや、そうではない……ただ…」 「ただ?」 「もそのうち、誰かに嫁ぎ、ここを出ていくのだと思ったら…なんか…」 梅の言葉の意味が今頃になって沁みて来た。 「べ、別に…そんなすぐの話でもないし、幸村君、お父さんみたいな感傷的にならなくても。私は別に…ねぇ」 「だけど、にはこ、告白したい者がおると言っていたではないが…」 「あ、あれは…」 「なんだか、自分の知らないうちにが遠くに行ってしまった気分だ…」 記憶喪失だった間に何があったのかわからない。 佐助に聞いても、「別に変わらないっすよ、旦那は〜」とかわされてしまった。 「幸村君?」 「ずっとこのままならば良いのにと思えてしまう…」 信玄のもとで、が隣で笑ってくれて、佐助が呆れつつも世話をしてくれて…。 なんでもない日常が楽しくて、それがずっと続けばいいだろうと思えて。 「………私は、嫌かな…それは」 「え……」 「や、今も楽しいけどね。ずっとこのままってのはさすがに無理なんだろうなって思うし」 「………」 子供じみた発想なのだろうか。 「って言うか。ずっとこのままだと、お館様は天下をお取りになれないけど?」 「な!そんな事はない!きっとお館様が天下をお取りになる!!某もその為に尽くすのだからな!!」 信玄の天下とそれは別とばかりに幸村は拳を振り上げた。 はそんな幸村を見て笑う。 「あ…」 「ん?なに?幸村君」 「いや…やっぱり、ずっとこのままがいい…が某のそばで笑ってくれるのが…」 笑ったを見て、今まで気にした事もなかったが、単純なそれが嬉しくて。 梅のように誰かに嫁いでしまうのは嫌だ。 遠くに行かれてしまうのが嫌だ。 自分から離れてしまうのが嫌だ。 もう、その笑顔が自分に向けられないのが嫌だ。 「…幸村君…」 「…」 「だから、私は嫌だって言っているでしょ」 ズバッと言われた。 「ぐっ…なぜだ!!」 なんだか振られてしまったような気分だ。 自分はそこまでに嫌われているのだろうか。 はため息を吐き立ち上がり幸村に背を向けてしまった。 「!」 「……ずっとこのままって事は、今と変わらないって事でしょ?」 「それのどこが嫌なんだ!?」 「……はぁ……」 「!」 の背中を見上げる幸村。 ここまで拒絶されるとは思わなかった。 だから、情けないと感じつつも悔しくて、苦しくて。 「それって、ずっと友達って事でしょ?」 「そ、それのどこが悪い」 「友達以上にはなれないって事でしょ?それが嫌なの」 「…………は?」 二三度、ぱちくり瞬きをしてしまう幸村。 がちらりと幸村に視線を向けた。 呆けた顔をしてしまっているらしく、それとも話が通じなかったと思われたのか、がもう一度ため息を吐いた。 「、あの…」 「幸村君は、私の事…家族みたいな扱いをしてくれるんでしょうけど。まぁ、私もそれは嫌じゃないけど…私はあの一件で幸村君がどれだけ大事な人だったかって気づいたから」 顔を背けてしまう。 「幸村君は家族みたいだけど、家族じゃない、それ以上の大事な人なの、私にとって」 「………」 「好きなの!幸村君が!!」 「なんだ、そんな事…」 「そ、そんな事って、あのね、滅茶苦茶勇気を出したってのに、わ!」 の体が傾いた。 幸村は手を伸ばし、の腕を引いたのだ。 「俺だって、の事が好きだ!」 「ゆき、」 を背中からギュッと抱きしめる幸村。 普段、人前では自分の事を「某」と使うのに、本音が出たから「俺」と口にして。 「だから、余計に…あの時、が俺の手を離した事がすごく怖かった」 「幸村君…」 「あんな思い、二度としたくない」 が体を反転させる。 「私、幸村君はお館様が一番だと、お館様の為にってのが一番だと思ったから…私の所為で幸村君に何かあったら困ると思ったから…」 「その話はもういい。の気持ちもわかった。けど、俺の気持ちもわかってほしい」 「うん。幸村君、大好き!」 「あぁ、俺もだ」 は幸村の首にかじりついた。 幸村の腕に一層力が入るも、優しく包んでいた。 19/12/30再UP |