君を待つ、桜のキオク。



ドリーム小説
幸村の記憶。に関する事が戻った。
その影響か、甲斐への出立が少し延びた。

「そうか…記憶喪失だったのか…」

「うん…ごめんね、幸村君。本当に…」

その原因を作ってしまったは、改めて幸村に詫びた。

「その事は別にいい」

怪我はなかった幸村だが、大事をとって休んでいた。
記憶を取り戻した幸村はどこか不機嫌だった。
を見ても、ムッと口を結んだままだ。

「………えと、…」

は居たたまれないままだが、そこから動けなかった。





【12】





「それで、なんで機嫌が悪いんだ。あいつは」

「折角が喜んでいるのにな」

幸村を医者に診せたところ、特に異常は見つからなかった。
けど、本人はご機嫌斜め。
一応、佐助とがここまでの経緯を話したのだが。

「記憶が、崖から落ちた直後のものまでしかないからじゃないかなぁ。その直後から昨日までの間の事を覚えていないからさ」

記憶喪失になっていた間の出来事を幸村は覚えていなかった。
そんな事もあるのかと一同は変に納得した。

「って事は、昨日の事…あれをあいつは忘れちまっているのか」

「お?何々?あれって」

慶次は面白そうなことでもあったのか?と身を乗り出してくる。

「内緒だ」

「なんだよ、それー」

「ま。深い意味はないさ」

政宗は不敵に笑った。

「とりあえずさ、旦那の状態は悪くないし。本当にぼちぼちお暇するよ、俺達は」

「そうかい」

引き止める理由はないと政宗は言った。
ただ、少しだけ幸村に釘を刺しておこうか、いや、からかっておこうかと思った。





「………」

沈黙が怖かった。
幸村が怒っているから。
滅多に怒る事をしない幸村だから、その沈黙が怒りを表しているようで怖かった。
木から落ちたを幸村が体を張って受け止め、目覚めた時を怒鳴りつけた。
その台詞がどこか現状とずれているな。と思えば、幸村の記憶は崖から落ちた時のものだった。

「ゆき」

「なんであんな馬鹿な真似をするんだ。は」

「え?馬鹿?」

「二人で助かる方法があったかもしれぬのに。勝手にそれがしの手を離した事だ」

「………」

今更の話だ。
あれから日数が経っている。
けど、目覚めた幸村には、記憶の戻った幸村にはほんの数時間前の出来事なのだろう。

「…だ、だって…元々、私の不注意だったし…」

「元を糺せば、それがしがとの約束に遅刻したからではないか…」

「それでも!私は嫌だったの!私の所為で幸村君に何かあったら、お館様にも申し訳ないし…幸村君は武田にとって大事な人だから、だから」

「だからと言って!を犠牲にしてそれがしが助かっても何も嬉しくもない!残された者の事を考えろ!!」

「だ、だって…」

「簡単に命を手放そうとする考え方は嫌いだ!!」

幸村に怒鳴られた事で、はボロっと涙が零れ泣き出した。

「ご、ごめ、ごめん…なさい。ごめんなさい…」

子供みたいに声をあげて泣いた。
だけど、同時にどこかで嬉しかった。
誰も叱ってくれなかったから。
いや、信玄も佐助もの行動を叱ったが、どこかで諭すような言葉だったから。
お前が悪い!と言われたわけではないが、はっきりと叱られた事が嬉しかったのだ。
そして、もう一つ思い出した。

「ごめんなさい。あと…助けてくれて、庇ってくれて、ありがとう…」

ちゃんとお礼を言っていなかった。



幸村がの前に腰を下ろした。

「それがしも、ちゃんと約束を守れなくてすまなかった」

「いい。それはいい…幸村君の記憶、私の事思い出してくれたからいい」

悲しいからではない、嬉しいから涙が出るんだ。
どうやって泣き止んでいいのかわからない。
記憶を失くしても、それが真田幸村であることに変わりはない。
本人がそれでも良ければ問題なわけで。
周りにも言われて、納得しても、やっぱり自分だけ思い出して貰えなかったのは辛くて。
自分に対する罰なのだろうって思えて。
だから、笑っていても、どこかであの日から罪の意識が消えなかったのだ。

「甲斐に戻ったならば、今度こそ約束を果たそうぞ、

「………うん」

は立ち上がる。

?」

「佐助さーーん!」

唐突には佐助の名を呼び室から出ていく。
廊下に出て、少し歩けば佐助が何?と顔を出した。

「佐助さん!」

は佐助に抱き付いた。

「どうしたの?ちゃん」

は顔を上げ、にっこり笑った。

「あらまぁ、目が真っ赤じゃないの。沢山泣いたみたいだね」

「うん。沢山泣いた。けど、嬉しかったから」

「そう。よかったね」

「うん。よかった。よかったよぉ…」

「また泣くの?これじゃあ俺様が泣かしちゃったみたいじゃないの」

の頭を撫でる佐助。
でも、佐助も嬉しそうだ。
佐助にも沢山迷惑をかけて、沢山心配もかけた。
今までの事がなかった事になるわけではないが、嬉しかったから、は佐助にすぐに報告したくなったのだ。

「でも、実際泣かせたのは旦那だろうからね」

ニシシと佐助が笑った先にいた幸村。を追いかけてきたのだろう。

「さ、佐助!!」

佐助がからかい、幸村が騒ぐので、何事かと政宗や慶次が顔をだし、幸村は二人に余計にからかわれる羽目になるのだった。





「お世話になり申した。政宗殿」

「No problem 礼ならいつかたっぷりしてもらうさ。そのうちあんたとの決着もつけてぇしな」

少々ずれこみはしたが、ようやく甲斐に向けて出立する事になった。

「政宗さん。また今度遊びに来ますからね」

「あぁ。いつでも来な」

は政宗だけでなく、小十郎達にも一人一人お礼を言いに回っている。
慶次は一緒に出立するわけでもなく、適当に一人でのんびり行くのでよいそうだ。

「幸村」

「なんでござろう」

「あんた。ここ最近の記憶がねぇんだろ?」

「はあ…そのようで…」

「だったら、俺に言った言葉も覚えていねぇってことだ」

「政宗殿に?」

政宗は他に誰にも聞かせないように、幸村の肩に腕を回し言う。

の事だ。譲れねえんだろ?俺にも、他の誰にも」

「は?」

「だったら、しっかりやんな。じゃねぇと俺が掻っ攫っていくぜ?」

「ま、ま、政宗殿!?」

幸村が魚のように口をパクパクさせている。
そんな事を言った覚えはないのだろう。
まぁ、記憶がないのだから仕方あるまい。
だが、もしかしたらこの間の出来事をそのうち思い出す可能性はあるそうだ。

が他の男と仲良くしていただけで、あんたは拗ねていたからな」

「え…あ…」

「旦那!行くよ!!」

すでに出立準備を終えた佐助。
騎乗し、もその後ろに乗っていた。

「お、おう。で、では政宗殿」

「あぁ」

幸村も慌てて騎乗した。

「Good luck 真田幸村」

政宗の言葉に幸村は頷き手綱を引き走らせた。





甲斐に戻ってから、幸村は忙しそうだった。
今まで休んだ分を取り戻すかのように。
ならば、いつかの約束はしばらくの間お預けだろうとは思った。
元に戻ったかのような日常。
記憶を失った感の出来事が夢みたいだ。

「けど。夢じゃないし…」

が頭に触れると、涼やかな音がした。

「こ、これなどどうでござろう?殿に似合いだと思います」

たった一日だけ、政宗の案内で城下を遊び歩いたとき。
入った店で見つけた簪を幸村がくれたのだ。
桜の花が3つもあって、その一つ一つの中心に真珠がついている。
派手すぎず、上品さを感じるそれを似合うと幸村が言うと照れ臭かった。
まだまだ自分には似合わない大人なものだと思って。
でも折角幸村がくれたのだから、つけてみようと思った。
どうせ、自分が贈ったものだとは、今の幸村は気づかないだろうし。

「幸村君か…」

記憶喪失中の幸村は割と自分の事を気にしてくれたなぁと思った。
友達以上に見てもらえたような。
だけど、今はそれは消えている。
自分はどうだろう?はふと考える。

幸村が記憶喪失になる原因ともいえる二人の喧嘩。
佐助にも言われたが、約束時間に遅れてきて悪びれるでもなく、信玄公の事を嬉しそうに話す幸村に腹が立った。
そう思ったのは、その日の約束をは楽しみにしていたからだ。
佐助もいるからデートというわけではない。
だけど、のんびり過ごせるのはいいなと思った。
暑いから、涼しい場所で体を休めるのは幸村にとってもいい事だと思うし。

幸村との関係は?あいつの女か?と政宗に問われた時、否定したものの。
どこか寂しかった。
友達?家族?
親しさはあっても、そこに好意があるのかというとわからない。
自分だけ思い出せてもらえなかったのは辛かった。
新しい関係を築こうとしても、どこかで寂しさがあった。

「記憶があろうが、なかろうが。今あそこで槍を振るっているのは真田幸村よ」

いつだったか、梅に言われた言葉。
性格的なもの、中身は全く変わっていなかった。

そんな幸村を自分は、きっと愛おしく思ったんだ。

「………もっと大人になれたら、告白でもしてみようかな…」

それがいつになるのかわからない。
もしかしたら、その前に幸村には縁談が来るかもしれない。
信玄公からの申し出ならば、幸村はきっと断らないだろう。
そしたら、きっとこの先ずっと自分と幸村は友達で終わるのだろう。





。何をしているのだ?」

ある日、珍しく文机に向かっているを見かけた幸村。

「ん?政宗さんに文を書いているの」

その顔は真剣そのもので、話しかけた幸村には顔を向けずに言う。

「政宗殿に?…知らぬ間に仲良くなったのだな」

「まぁ、幸村君が覚えていないだけだし…政宗さんには沢山世話になったし…」

の頭に揺れる簪が幸村の目に入る。

「簪なんて珍しいな」

「………」

は筆を置き、幸村に顔を向けた。

「な、なんだ?おかしなことを言ったか?」

頬杖をつきは息を吐く。

「似合わない。とか思うんでしょ?」

「い、いや。そんな事はない!よく似合っている。だが、珍しいと思ったから」

「………まぁね。自分でもそう思うけど、折角の物だし」

「?」

「大事な人が私の為にプレゼントしてくれたものだから」

「へ?」

そういい、は再び筆を持ち、真面目な顔で政宗宛ての文の続きを書き始めた。

の大事な人?)

今までそんな話は聞いたことはない。
今の状態だけで考えると、その大事な人とは政宗なのか?と疑ってしまう。
いや、疑うなどと失礼だ。
ただ、政宗は出立際に意味不明な言を言っていた。

の事だ。譲れねえんだろ?俺にも、他の誰にも」

記憶喪失中に何があったのだろうか?自分に。

「早くこの簪が似合う大人になりたいって思うよ」

?」

「そうしたら、その人に告白でもするんだけどね」

「…そ、そうか…」

記憶を失っていた間に何があったのだろうか?
変わりないように見えて、どこか違うような不思議な感覚に囚われた。








19/12/30再UP