君を待つ、桜のキオク。



ドリーム小説
「私、甲斐から出たことがないんだ。だから楽しみ〜あ、不謹慎かな?」

が眉根を寄せた。

「ん?なんで?」

「だって、今回の旅って、幸村君の為でしょ?本当に私も一緒に行っていいのかなぁって」

「いいに決まってるって。だからお館様もちゃんに楽しんでおいでって言ったじゃないのさ。ねぇ、旦那」

佐助が幸村に同意を求める。

「うむ。そうでござる。それがしも殿が一緒で楽しみでござる」

「…うん。楽しもうね、幸村君」

が晴々した笑顔を見せたので、幸村も自然と笑みが零れた。
3人は今、前田慶次からの招待で奥州の米沢へと向かっていた。





【8】





「だが、なぜに奥州なのだ?そこに行き何があると言うのか?」

幸村は気晴らしの旅と聞かされていたものの、遠い地へ赴くことに違和感があるようだ。
記憶を失くしていても、信玄公に仕える一人としての使命のようなものが湧いているようで。
自分だけがそんな事をしていていいものだろうかと…。
そんな幸村に佐助とは顔を合わせて笑った。

「な、なんだ!?」

「前田殿はそこに居る人ならばと思ったんだよ、きっと」

「うん。ですよね」

「???」

「あ。あとね、美味しいお野菜があるって話だよ、料理も楽しみだよね」

二人とも行けばわかる。
そう言っているようなものだった。

「んじゃまぁ。その美味しい野菜を早く食べる為にも急ぐとしましょうか」

「わわっ。佐助さん!」

が佐助にしがみつく。

「あ。ごめんね、驚かしちゃって。でもまぁ、しっかり俺様に捕まっててね」

「はーい」

「さ、佐助!」

「ほらほら、真田の旦那〜置いて行きますよー」

奥州への旅。
三人は馬を使っての移動だった。
ただ、は一人で乗ることができなかった為に佐助の馬に同乗していた。
幸村は得物の槍を二本自分の背に担いでいたから。
なぜに、旅でこのようなものが必要なのか?と幸村には疑問であったが。
それもこの旅には必要なものだからと言われてしまった。
けど、それがなければを自分の馬に乗せることができたのに。
ちょっとだけ面白くないと幸村は感じていた。

(ぬっ…な、なんだ、これは…)

佐助ばかりずるい。
そう言った感情が湧いた。
幸村は湧いた感情に対し、首を横に振り振り切る為に馬を走らせた。



***



奥州、米沢に着くまで長くはあったが、楽しかった。
その土地の名物料理などを食べたことや、景色を堪能したから。
呼んでくれた慶次には感謝をせねばならない。
あと、もう一人にも。

「よっ!待ってたぜ、幸村!」

「え、えと。前田、慶次殿…」

「おう。遠いところご苦労さん。忍の兄さんもちゃんもさ」

前田慶次が茶屋の縁台に座って待っていた。

「あ、あの。それがしを招待してくれるとは?」

「まあその辺は行けばわかるって。向こうも首を長くして待っているからさ」

ごちそうさん。そう言って、立ち上がる慶次。

「よし。行くか!」

にんまり笑う慶次。
目的地に向かって進む。
と言っても、到着したのはそれからすぐだ。

「り、立派な館でござるな…」

「そりゃそうだろうよ。何せ、奥州をまとめ上げている男が居る場所だぜ」

「な、なんと!?そのような方が居られる場所に?」

大きな門が開く。

「Hey!待ってたぜ、真田幸村!」

道着姿で隻眼の青年が拱手している。

「???」

「あ?本当に記憶がねぇのかよ…ちっ。面倒なことだな」

反応の悪い幸村を見て、青年は舌打ちをする。

「あ、あの…そ、そなたは…」

「教えてやらねぇ。自力で思い出せ」

「は…?」

幸村に背を向ける青年。
すたすたと歩いて行く。

「え、えと…」

「参ったなぁ。拗ねてんじゃないのか?独眼竜は」

慶次は頭を掻く。

「独眼竜?」

「あぁ、あいつはそう呼ばれているんだよ。幸村は甲斐の若虎とか言われているよなぁ」

ついでに言うなら、信玄公は甲斐の虎だ。

「そして、慶次さんは前田の風来坊だっけ?」

「みたいだね。あんまいい呼ばれ方じゃないよなぁ」

勘弁してくれと慶次は息を吐く。

「おい!真田幸村!さっさと来な!」

追っても来ない。門前で立ち止まったままの面々に独眼竜は苛ついた様子を見せる。

「てっとり早く体に聞いた方が早ぇだろうが」

「………独眼竜の旦那。発言がなんか卑猥に聞こえる」

「猿飛!」

「でもね。そう聞こえるよね〜?ねぇ、ちゃん」

「へ!わ、私に聞かないでくださいよ!佐助さん!!」

「いいから来い、真田幸村!その為にお前はここへ来たんだからな」

独眼竜は幸村を指差した。

「その背中にあるものが無駄になったら困るだろうが」

「…それがし…」

が幸村の背中を軽く押した。

「大丈夫。あの人に着いていってごらん。あの人は幸村君にとって特別なんだよ」

幸村は反転する。
そしての手をしっかりと握った。

殿…あ、あのそれは殿よりも…でござるか?」

「わ、私?えと…なんて言ったらいいのかな…あの人は、幸村君にとって一生出会えるか出会えないかと言う人で…」

は困惑している。

「おいおい。幸村〜どうでもいいから独眼竜を待たせるなって。何が降ってくるかわからねぇぞ〜」

慶次に言われて独眼竜の方に目を向ければ、彼は口角を引きつらせている。

「覚悟しろよ。足腰立たねぇくらいボコボコにしてやるからな」

独眼竜から見て、幸村が女にうつつを抜かしているように見えるらしい。

「す、すまないでござる!?」

「う、ううん。いいよ」

幸村は慌てての手を離した。
そして独眼竜の後を追いかけた。

「頑張れ!幸村君!」

の声援を背に受け、意味が分からないままであったが、幸村は小さく笑った。





「さてと。俺たちはのんびり茶でも飲んでいようぜ」

慶次が行こうと歩き出す。

「前田。客人の案内は俺がしよう」

「お。右目の旦那。今回は申し訳ない」

現れた男に対し、佐助が軽く頭を下げた。

「まぁ事情が事情だし、仕方ねぇだろう。政宗様もあのままじゃ面白くねぇと落胆されている」

ここは奥州筆頭。独眼竜。伊達政宗の居城。
先ほどの独眼竜がその政宗だ。
今、佐助達の前に居るのが、その竜の右目と言われ政宗から絶大な信頼を得ている軍師片倉小十郎だ。
も話には聞いていたものの、少々見た目が怖い人だなと思ってしまう。
鋭い眼差しに、顔の傷、低い声音がそう思わせているのかもしれない。

「前田が飛び込んで来た時は驚いたがな」

「だってよー。あの頑丈な幸村が何も覚えちゃいないって言うんだぜ」

「それで政宗様を頼るのもどうかと思うが」

「刺激を与えるって言うか、独眼竜と幸村は俺たちじゃ割って入ることのできない間柄だろ?好敵手って奴。きっと刃を交えれば幸村も思い出すかもしれないじゃんか」

そう。伊達政宗と真田幸村は永遠の好敵手と言える仲。
立場は違うものの、戦いの中で今までにない熱く滾るものが芽生えていたのだ。
敵対するだけでなく時に共闘した仲でもあり、が特別だと口にしたのもその所為だ。
そしていつか、天下を決める戦いの中で、決着をつけようと約束も交わしていた。

「思い出してくれるといいなぁ…」

ちゃん。大丈夫だって」

「…うん」

「あぁ。そちらのお嬢さんは?信玄公の娘か?」

小十郎はの存在を知らない。
いや、の存在を知っているのはごく一部だ。
慶次は時折甲斐に、幸村のもとへ遊びに来るので知っていたのだが。
は小十郎に深々と頭を下げる。

です。えと、幸村君ちで居候させてもらっている…のかな?」

「家族。でいいんじゃない?それとうちの大将も可愛がっている娘同然の子だよ」

佐助がの肩に軽く手を置いた。

「だからよろしくしてやって、右目の旦那」

「そうか。丁重にもてなそう」

小十郎は優しく笑ってくれた。
見た目ほど怖い人ではないのか。とは安心した。



***



「す、少し待たれよ!独眼竜殿!!?」

「あ?怖気づいたのか?」

真剣を幸村に向ける政宗に幸村は得物の二槍も構えていない。

「なぜに、このような」

「やりゃわかるんだよ。物は試しって奴だ。じゃないとアンタがわざわざここへ来た意味はねぇんだ」

さっさと構えろ。
そう政宗は言う。

「それとも何か?一緒に居た女と旅をするのが目的だったのか?腑抜けちまったな、アンタ」

鼻で笑われ幸村はムッとする。
先ほどから彼の物言いは幸村の癇に障る。
は彼が幸村にとっての特別な存在。のような言い方をしたが、どの辺がそうなのだろうか?と疑問に湧く。
それよりも、は自分にとって特別ではないのか?と思ってしまったほどだ。

「それとも何か?女の前で負ける姿を見せたくないか?」

「な、なぜ!それがしが負けると決まって」

「今のアンタじゃ俺に勝てるわけねぇだろうが」

「ぬっ…」

幸村は二槍を構える。

「そう簡単に負けぬでござるよ!」

「いいね。記憶喪失でも、その眼は変わってねぇな」

政宗は小さく笑う。
両者一歩踏み出した。





(な、なんだ、これは…)

独眼竜と刃を交える度に気分が高揚する。
そして彼を知っているような。
こうして刃を交えたことは初めてではないと言う感覚も沸く。

「そろそろ終わりか?真田幸村!」

「ま、まだまだぁ!!」

体がこの男との戦いを覚えている。
梅姫から二槍を手渡された時と同じ感覚だ。
こみ上げて来る熱いもの。
滾る思い。

独眼竜の一撃を受け止め返す。
次の一手を考える間もなく自然と体が動く。
本能で動く。そんな感じ。
自分の攻撃が避けられても、独眼竜の攻撃をしっかりと受け止められる。
勝負は中々つかないが、どこかでわくわくと楽しいと思えてきている。

「あの人は幸村君にとって特別なんだよ」

「えと…なんて言ったらいいのかな…あの人は、幸村君にとって一生出会えるか出会えないかと言う人で…」

なんとなく今ならわかる。
この男に勝ちたい。
そう強く願う。

「…俺も暇じゃねぇんだ。そろそろ終いにするぜ…」

「ぬ…それは残念でござるな…」

二人とも肩で息をし始めている。
だがそれ以上に気迫と言うのか、独眼竜の体からも幸村の体からも闘気が溢れだす。

「「おおおおおっっ!!!」」

蒼と紅の闘気がぶつかり合った。




***



「うわっ。なんかビリって来た…」

小十郎に案内された室でのんびりお茶を飲んでいたたち。
突然。は身震いしたのだ。

「あ、あー…多分、旦那達じゃないかなぁ…手加減ってものを知らない人達だから…」

「当初の目的を忘れてやりあっていそうだもんな」

にも感じたくらいなのだが、戦いの気配に敏感な佐助達にはもっと強く感じただろう。

「様子を見に行くか」

小十郎が立ち上がる。

「そうだね…今頃疲れてぶっ倒れているだろうし」

小十郎の案内で二人が居ると思われる場所に向かう。
普段から政宗がしようしている稽古場だ。
案の定。

「ゆ、幸村君!!?」

「ありゃあ。思った通りだ」

床に仰向けで倒れている二人がいる。
たちは二人に駆け寄る。

「大丈夫ですか?旦那」

佐助が幸村の額を数回軽く叩く。

「さ、佐助?…う、うむ…問題ない…」

怪我はしていないようで、幸村はなんとか起き上がる。

「ちっ…俺としたことが…」

政宗も小十郎の手を借りて起き上がった。

「記憶がなくても、アンタはアンタだな。何も変わっちゃいねぇ」

政宗が小さく笑う。

「いや、それを確認されるだけは困るんだけど?何のために幸村を呼んだんだよ。
独眼竜が忙しいって言うからだろ?本当はアンタを甲斐に連れて行けばいいと思ったんだぞ」

慶次が感心するなと呆れる。

「悪い。ついな…」

幸村は両手を床に付け、政宗のそばによった。

「政宗殿!もう一勝負しましょうぞ!!」

「あ?あんだけやりあったってのに、アンタもタフだな…あ…」

「それがし、まだまだやれますぞ!」

「ちょっと待て」

勝負だと勇んでくる幸村の頭を掴む政宗。

「ま、政宗殿?」

政宗だけでなく、その場にいたたちもキョトンとしてしまう。
なぜなら。

「俺の名前…口にしたな」

「それが何か?」

幸村は首を傾げた。

「こいつの名は?」

政宗は佐助を指差す。

「佐助でござるが?」

「じゃあこいつは」

「慶次殿」

「独眼竜の旦那。俺たちの名前は旦那は」

「じゃあこいつは」

政宗のそばに控えている小十郎を指差した。

「片倉殿でござるが?」

「…………思い出してんじゃねぇか、しっかり」

「あ、本当だ。旦那…思い出したんだ!」

佐助や慶次はともかく。
ここに来てから政宗は自分の名を語らなかった。
小十郎も同様に。
それどころか、すぐに稽古場に来てしまったので、記憶のない幸村と小十郎は接していないのだ。
その二人の名をしっかりと口にしたのだ、幸村は。

「や、やったじゃん!!なあ!幸村!!」

バシバシと幸村の背中を叩く慶次。

「け、慶次殿。痛いでござるよ」

「なぁなぁ幸村。こいつは?こいつの名前は思い出したか?」

慶次は自分の肩に乗せた小猿を指差す。

「夢吉殿でござる」

「うんうん。しっかり思い出してんじゃん」

小猿の夢吉も喜び跳ねている。

「やっぱ独眼竜のもとに呼んで正解だったぜ」

幸村は佐助や慶次達からの質問に次々と答えていく。
互いにしかわからない事を答えれば、完璧に幸村の記憶が戻ったと喜んで。

「旦那。良かったじゃないですか!」

「う、うむ?」

「ね。ちゃんも。良かったよね〜」

佐助がを振り返って見る。
は口元を手で押さえている。

「う、うん。よかった…幸村君、よかったよ…」

「そ、そうでござるか!?その、それがしよくわからないでござるよ、殿」

へらっと笑った幸村。
だが、すぐさまの表情が硬くなる。

「………殿?」

「旦那…あの…」

だけでなく、佐助も暗くなる。
は幸村から目をそらし、一人稽古場からかけ出て行った。

「あ!殿!!」

幸村が追いかけようとするが、佐助がそれを止めた。

「旦那。ここは俺が行きますから…旦那はゆっくり休んでいてください…」

佐助がそう言いの後を追っていく。

「佐助…」

「幸村…お前さ…」

喜んでいた場が一転して静かになる。
慶次も困ったように頭を掻く。

「なんだ?何か問題でもあるのか?」

知らない政宗が問う。

「…独眼竜や、俺たちの事を…お前、思い出してくれただろう?」

幸村は頷く。

「けど…お前、肝心な奴の事…思い出してねぇんだよ…」

「え?」

の事…まだ思い出してねぇだろうが」

それをも、佐助と慶次も気付いてしまったから。
特には居たたまれなくなってその場を離れたのだろう。

「そ、そんな………」

幸村自身もその事実に愕然とした。








19/12/30再UP