君を待つ、桜のキオク。



ドリーム小説
殿!あの店の饅頭、美味そうでござるよ!」

意気揚々に幸村が駆けていく。

「幸村君!そんなに急がなくてもいいよ!」

幸村のあんなにはしゃぐ姿を見たのは久しぶりだ。
まだ肝心の記憶は戻らないが、幸村は幸村。
根本的な部分が何も変わっていないことを改めて知って安堵した。

殿早く!」

「もう〜人の話をちゃんと聞いてよ!」

仕方ないとは幸村のもとへ駆け寄った。
今日は幸村と食べ歩きを楽しんでいた。





【7】





「幸村様。いらっしゃいませ」

幸村がやって来たことを知った店の主人が笑顔で挨拶をしてきた。

「中々お越しにならないので、心配しましたよ」

「あ、あぁすまない」

いつものをご用意いたしますね。
そう言い、主人は準備に取り掛かる。
幸村はの着物の袖を軽く引く。

「なに?」

「その…やはりと言うか…ここもそれがしの…」

「うん。なじみの店」

「そうでござるか…」

は小さく笑う。

「どこの店に行っても、同じことを聞かれるから変な感じなんでしょう?」

幸村は困惑気味に頭を掻いた。

「以前のそれがしは本当によく食べていたのでござるな」

「まぁね。でも、ただ食べ歩いているだけじゃないんだよ?
こうやって、色んな人とお話をして、その人達の様子を幸村君は見ているんだよ」

「………」

「一人一人に声をかけて、気にかけて。幸村君は甲斐の人々が好きだからね」

「それは…悪い気がしないでござる」

道行けば、色んな人に声をかけられて。
自分は少なくとも嫌われていないのか。と安心した。

「まぁ。人気の高さで言えば、お館様がダントツ。私もお館様が大好き。
この甲斐で暮らせるのは本当に幸せなんだ…お館様には可愛がってもらっているし」

大好き。
その言葉になんだろう、もやもやしたものが幸村の胸に湧く。

「あ。もちろん。幸村君も人気あるよ」

「そ、そうでござるか?」

そうしているうちに主人が饅頭を山のように持ってきた。
外の縁台に座らせてもらい、二人でその饅頭を食べた。

(それがし…どうしたのでござろうか?)

ここ最近特に。
と一緒に居るのが楽しくて、嬉しくて。
以前、距離を置かれていたことを思い出すと切なくて。
今、別の誰かへ意識を向けている、嬉しそうにその話をするを見ると面白くなくて。

「どうかした?幸村君」

「な、なんでもないでござる!」

ぱくりと饅頭を口に放り込んだ。
餡子の甘い饅頭なのに、なんか苦く感じた。

「あ。時間大丈夫?」

「へ?あ、あぁ…問題ないでござるよ」

「お館様との稽古どうなの?」

「とても楽しいでござる。なんというか、こう…胸の奥から込みあがるものがあり。
上手く言えぬでござるが、気持ちが滾るというか…」

最近になって、少しずつ体を動かし始めた幸村。
佐助達も手合わせをしてくれるが、お館様。信玄公との手合わせが幸村にとってとても楽しくてしょうがなかった。

「いい傾向だね、それは」

「そうでござるか?」

「うん。だって幸村君はお館様をすごく慕っているからね。
体が覚えているのだろうね、お館様とのやり取りを、感覚を……」

幸村はまじまじと掌を見つめる。
先ほどまでは信玄の事を語るを見て切なさがこみあげてきたが。
信玄との手合わせを思い出すと、その切なさが薄れる。
信玄は自分が仕える、偉大なる主。
彼の人の為ならば、体を張って天下統一の為に働く所存。
そんなことが沸々と滾ってくる。

「でもね!」

びしっと人差し指をに鼻先に突き付けられた。

「今の幸村君とお館様のやり取り。あれはまだまだなの!」

「?」

「普段はね。幸村君がお館様に遥か彼方に殴り飛ばされたり」

「は?」

「お互いの名前を連呼しながら殴りあうし…この前はジャイアントスィングまでしていたなぁ」

がすごいものを見るかのような目をしている。

「武田名物。と言っても過言じゃない殴りあいなんだよね」

数回頷く。
それに関しては佐助すらも口出しはできないもので、ただ見守っているそうだ。
以前の記憶がない幸村から見て、信玄はおおらかなであり雄大な山のような大きな男だと思った。
自分とは器が違い過ぎると。
以前の自分が尊敬していたと言われれば納得できる。
だが、そのような破天荒なやり取りがされていたとは驚きだ。

「本当。幸村君は超が付くほどのお館様バカなんだよ」

は笑う。
けど、少し寂しげに見える。

殿?」

「あ、ううん。ただね、……なんでもない!」

はニッと笑って饅頭にかぶりついた。



との食べ歩きから戻った幸村。
食べて歩いて、人々と沢山話をして満足だった。
ただ、が見せた寂しげな表情が気になった。

殿は、あの時何を言おうとしたのだろうか?…それと、)

なぜだろう、酷く気になる。
の一つ一つが。

(以前のそれがしは、殿をどう思っていたのだろうか?どう接していたのだろうか?)

記憶があった自分と記憶のない自分。
同じ真田幸村でも、やはりどこか違和感があって。
でも、どっちだろうが真田幸村に変わりはないし、気にしても仕方ないはずだ。
仕方ないとわかっていても、以前の自分がに向けていたものが何か気になる。

「旦那。お茶淹れましたよ」

佐助が盆を持ってやって来た。
お茶を。なんて言いながらも、そこに茶菓子も当然のようにあるからなんか笑えた。

「佐助。すまない」

「いいですよ。いつもの事なんですからね。で、どうでした?」

「ん?何かだ?」

佐助に対しても、記憶がないのだが、主従関係が築かれているとしっかり教え込まれてとはまた違った態度で接していた。
最初は「佐助殿」と呼んだのだが、佐助がひどく嫌な顔をしたのが忘れられない。
最近ではそのことをあえて口にする佐助がいるが。

「もう旦那に佐助殿。なんて言われて気持ち悪いったらありゃしないよー」

なんて。
だがこの明るさに助けられているのだろうな、自分は。

「何がって。ちゃんと外に行っていたんですよね?どうでしたかって話ですよ」

「あ、あぁ。それか。うん、楽しかった」

出された柏餅に手を付ける。

「それはよかったですね。さっきちゃんも楽しかったって言ってましたし」

今、は不在。信玄のいる躑躅ヶ崎の館に出向いている。

「本当か?そうか、それはよかった」

も楽しんでくれたと思うとホッとする。

「…ただ、な…」

「?」

「一度だけ、殿は寂しげな顔をされた。それが気になる…」

ちゃんが?何したんですか?旦那」

「な!そ、それがし何もしておらぬ!!」

幸村は懸命に佐助に弁解してしまう。
佐助は別にそこまで聞いてはいないのに。と言うことまで。
だけど、幸村の言いたいことはちゃんと伝わったのだろう。
の寂しげな理由をわかったみたいだ。

「なんだ!?いったい、何があったのだ!!?」

「落ち着いてくださいよ、旦那。あー…俺が言ってもいいのかなぁ…」

佐助は困ったと後頭部を掻く。
知っているのに教えてくれないことに少しイラッとする。

「佐助!ずるいぞ!!」

「いや、ずるいとかじゃなくてですね…あー……」

言えと幸村が命じれば佐助は言うだろう。
だが、そこまでは無理強いはできない。できないが、佐助をジッと見る幸村。
それに根負け、耐えられなかったのか佐助は嘆息する。

ちゃん。結局…気にしちゃっているんですよ」

「何を?」

「…旦那が、記憶喪失になった原因…かな」

「…それは、崩れた橋から落ちそうになった殿をそれがしが助けて」

「落ちそうになったこと。原因、って言うか、きっかけ?」

幸村はきょとんする。
何故崩れた橋から落ちたなどとは考えなかった。
単純に橋が崩れたから以外に何があるだと言うのだ?

「…あの日、俺たち…涼しい場所で過ごそうと館の裏山に行くことになっていたんですよ」

佐助が当時の事をぽつりぽつりと話しだす。
滝があるから、そこで昼餉を食べようと。
佐助はお弁当を持って先に行って待っていた。
と幸村は一緒に後から来ることになっていて。

「旦那はその待ち合わせ時間に遅刻したんですよね」

「な、なんと!じゃあ、それで殿一人が先に出向き」

「違います」

「?」

「待ち合わせに遅れてきた旦那とちゃんは喧嘩したんですよ。
旦那の大将への心酔っぷりにちゃんが怒って」

「………えと……」

幸村は反応に困った。
佐助は先を続ける。
二人は歩きながら喧嘩して、いや一方的にが怒って。
そして冷静さを欠いたはかかっていた橋が朽ちていたことに気付かず踏み出してしまい…。

「落ちそうになったのを旦那が助けた。けど、ちゃんは旦那を巻き込むのが嫌で、旦那の手を離した。
旦那はそれをよく思わなくて…あとは旦那も知ってのとおりですよ」

一人だけ崖下に落ちていくを放っておけず、幸村は身を挺してを守ろうとした。
命は助かったものの、打ち所が悪かったらしい幸村は記憶喪失になった。

「あぁ…それがしが知っているのは、それ以降の事だ」

きっかけなんて、幸村は気にしなかった。

「あの時、誰もがこんな風になるなんて思わないから仕方ないんすけどね。
でも、ちゃんは自分の所為でって…ま、その辺の事は旦那も知っているでしょうが」

そのおかげでと一時距離ができたものだ。

「以前の…それがしと殿はどんな、関係だったのだ?」

「…気になります?それ」

「気になる。それがしにとって、彼女はどういう人なのだろかと…」

「関係は、まぁ…今と変わらないですけど、旦那がちゃんをどう思っていたかなんてのは、俺は知りませんし。ちゃんはねー…」

どうなんでしょうね。
佐助は知らないと肩を竦めた。
だが佐助に聞いてもわからないのは仕方ないだろう。
自分の気持ちなのだから。
幸村は悩む。
以前の自分はをどう思っていたのだろうか?
一緒に暮らしているのだ、家族のようなもの?兄弟みたいな関係?
それとも将来を誓い合った仲?
いや、これは薄い。

…友達。

それがしっくりくるも、なんとなくじわっとしたものが胸の中に広がる。
友達であることに不満はないはずなのに。

が隣で菓子を食っている姿を見るのは好きだ。
一緒に食べている自分はそれが嬉しくてしょうがない。
だけど、自分以外の誰かと楽しげにしているを居て面白くなく感じる。
が寂しい顔をすると、自分もなんだか寂しくなる。

以前の自分はどうなんだ?
同じような気持ちになっていたのか?
今の自分だからであって、以前の自分は…いったい…???





それから数日後だった。

「前田、慶次殿?」

文が届いた。
差出人は前田慶次。

「忘れちゃった?この前少しだけここに来たでしょ?子ザルを肩に乗せた派手なお兄さん」

「…あぁ!あの時来られた御仁か!」

ほんの一時だけやって来た友人だという男。
名乗られても大した返事もできずにいた。
颯爽とやって来たかと思うと、颯爽とどこかへ行ってしまった男。
その慶次が何の用事だろうか?
ただ、文は幸村宛ではなく信玄宛てのものだった。
その中身を読んだ信玄が佐助とに用件を話し、今それを幸村に告げていた。

「慶次さんが、幸村君をご招待してくれるって」

「ご、招待?」

「そそ。気晴らしの意味も込めてさ、ちょっくら旅でもしませんか?って話」

慶次は幸村を連れ出してもいいか?という旨を問うたらしい。
信玄に異存はなく、佐助と、三人で行くといいと言ったそうだ。

「私も初めて行く場所なんだよ!今からすごく楽しみなんだ!」

が楽しみだと言うと、幸村もほっくりと温かい気持ちになる。
自分のための旅なのだろうが、が行くと言うならばいいだろうと思えてしまう。

「それで、その目的地はどこなのでござろうか?」

「奥州。米沢」

は楽しみだね。と満面の笑みを幸村に向けた。








19/12/30再UP