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君を待つ、桜のキオク。
「幸村く「今はそっとしてあげてよ」 庭先から聞こえた幸村の声には気づき向かってみれば。 彼は一人で槍を振って汗を流していた。 声をかけようとしたが、いつの間にかやってきていた梅に止められた。 「梅ちゃん」 「あーやって思うがままにやらせてあげればいいのよ。その方が幸村の気も落ち着くみたいだし」 縁側で腰掛け、脚をぶらぶらさせながら幸村を見ている梅。 は何も言えずに突っ立ったままだ。 「ねぇ。はちゃんと見てる?」 「え?」 「幸村の事を心配している割には、本人の事をちゃんと見ていないのね」 「梅ちゃん、それってどう言う意味?」 梅は顔だけをに向ける。 「教えてあげない」 「え・・・」 少し意地の悪そうな笑みを向ける梅。 ただ本気の意地悪で言っているわけではなさそうだ。 「こう言うの、自分で気づかないとダメよ。人から言われるだけじゃねぇ」 「・・・・・・」 「まぁそうね・・・・私から言わせれば・・・・記憶ってそんなに大事?」 「だ、大事じゃないの?だ、だって思い出がつまったもので・・・・」 一緒に共有していたもの。 忘れているのならば思い出して欲しいもの。 中には恥かしい思い出ならば、一生封印していたいものだが、案外その手の記憶の方が忘れられないものだ。 幸村とも沢山の記憶、思い出はある。 できれば思い出して欲しいし、その方が幸村もきっといいはずだと・・・。 「記憶があろうが、なかろうが。今あそこで槍を振るっているのは真田幸村よ」 梅の言葉はの胸に突き刺さる。 ただ一生懸命に幸村の記憶が戻るようにとしていたのに。 そんな事は必要ないと言われてしまったみたいで。 「あぁ〜あ。結局教えちゃった。少しは自分で考えるようにさせるつもりだったのに」 「梅ちゃん・・・・」 「幸村のこと、ちゃんとしっかり見てあげなさいよ」 縁側から降りて梅は歩き出す。 「梅ちゃん!」 「いい?面倒を見ろって言っているわけじゃないの。幸村のことよ?」 しっかりね。と言いつけられてしまった。 だがは困惑する。 自分では見ていたつもりなのに。 「・・・・つもり・・・・なんだ・・・・・」 自分にショックを受けた。 【5】 「殿?いかがなされた?・・・・・梅姫様もいつの間にか居らぬし・・・・」 幸村の声で我が身に返る。 幸村は辺りをキョロキョロして梅が居なくなった事を気にしている。 「あ、えっと・・・・今さっき帰ったところだよ」 「そうか・・・・何もかまいもせずに申し訳ない事をしたな・・・・」 「その・・・体動かして平気?痛みとか大丈夫?」 寝厭きたと言う話しではあったが、体に異変はないのか心配をしてしまう。 「あぁ。なんでもない。寧ろ気分がいい」 記憶はなくても、体が槍を持つ感覚を覚えていたと幸村が晴れ晴れした顔で答えた。 「できれば明日からお館様と仕合をしていただきたいと思う」 久しぶりのような気がする。 幸村のその顔は。 さっきまでずっと沈んだ様子だったから。 梅がそうさせたのか、その手にある槍のおかげなのかわからない。 わからないけど、自分じゃ大して役に立たなかったのだと知った。 「あ!そうだ!幸村君お腹空かない?久々に体動かしたんだもん。さっき佐助さんと買ったものがあるの」 それを食べないか?とが言えば、幸村はから目を逸らす。 「いや・・・・遠慮するでござるよ・・・・」 「え・・・・幸村君・・・」 「それがし、今はそんなに小腹も空いておらぬゆえ」 キュッと胸が締め付けられたような気がした。 必要ないって思われたようで。 「まだもう少し体を動かしたい」 「・・・・・うん、わかった・・・・・」 邪魔をしないでくれ。そう言われた気がした。 はその場を離れる。 梅の言葉が頭の中に響く。 「幸村の事を心配している割には、本人の事をちゃんと見ていないのね」 「幸村のこと、ちゃんとしっかり見てあげなさいよ」 見ていなかったから、つもりだったらしいから。 結果、幸村に遠ざけられてしまったようだ。 *** 「・・・・・・あ、・・・・殿・・・・」 向けられた背中に自分は酷い事をしてしまったかのような罪悪感が湧いた。 ただ「佐助と買ったもの」と聞かされて、町中で見かけた二人を思い出した。 楽しげな二人の様子が。 声をかけるのもはばかれるような睦まじい仲に、寂しさが湧いた。 普段から三人で居る事が多いと聞かされつつも、それを苦に感じている今がすごく嫌で。 菓子を出されたところで、どうせ一人で食べさせられるのだろうと拗ねた気持ちも湧いた。 が悩む気持ちもわかる。 自分の所為で記憶喪失になったと思えば、いち早く取り戻したいと思ってくれているのだろう。 だけど、本当に周囲が言う真田幸村が自分なのかよくわからない。 そう植えつけられているだけで、本当は別人だったら? 数人だけならまだしも、町中でそんな凝った演出をするとは思えないが。 「私は別に記憶があろうがなかろうが、あなたが幸村なのは変わらないから気にしないけど」 「嫌な言い方に聞こえるかもしれないけど。 私はあなたが今まで通りに父上の為に手を貸してくれさえすればいいもの」 そんな風に言ってくれた梅の言葉がすごく嬉しかった。 今のままでもいいのかと思えただけでも。 ただのことが酷く引っ掛かる。 記憶を失くす前の自分は彼女をどう思っていたのか? どう接していたのか? 今のこの揺れている気持ちは、どっちの幸村の気持ちなのだ? わからない。 わからないから、今の自分はただ無心で槍を振るしかなかった。 *** 佐助と買ってきた団子の入った包みを前にはじっと正座していた。 団子と向き合って何をしているのだろうと周囲には思われるかもしれない。 いつもなら食べてくれる菓子を拒まれるなんて思わなかった。 「どうしたの、ちゃん」 「佐助さん・・・」 佐助がの顔を覗きこむようにしゃがんだ。 「旦那に出さないの?その団子」 「・・・・・いらないって言われちゃった・・・・」 自分で言葉にして胸が痛む。 「あらら。そりゃ珍しい事もあるもんだね」 「・・・・・私、だけなのかな・・・・幸村君の記憶が早く戻ればいいのにって思っているの」 キュッと膝の上で拳を握る。 の様子に何か感じたのだろう、佐助は改めてその場に腰を下ろした。 「そんな事はないと思うけど?前田殿だって今その為に動いてくれているでしょ?」 「・・・・けど・・・・幸村君自身はどうなのかな?って思った。佐助さんは?佐助さんはどう思う?」 ただ団子の差し入れを拒まれたくらいで。とは佐助も思わなかったようで。 少し困惑気味に頭を掻いている。 「梅ちゃんに言われちゃった。幸村君の事を見ていないって・・・・」 は梅との事を佐助に話した。 「幸村君は記憶が戻るの嫌なのかな?」 「そんな事はないでしょ。戸惑っているとは思うけどね」 「でも・・・・」 佐助は深く息を吐いた。 「そうだねぇ〜ちゃん、俺はどう思うって聞いたでしょ?俺の意見を言えばね・・・・ 別に旦那の記憶が戻らなくてもたいした問題はでないと思っているよ」 佐助のそれはに衝撃だった。 どうしたら記憶が戻るのかと一緒になって考えてくれたのが佐助だから。 「あ、誤解しないでね。姫さんの言うとおり、記憶があろうがなかろうがあの人は真田幸村なんだよ。 武田家の為に動くならば、記憶があってもなくてもいいんだよ。俺も給料を払ってくれるならどっちでもいいしね。 だって記憶がなくても旦那の中身は、芯は変わらないじゃないか。考え方も行動も」 でも。と佐助は続ける。 「旦那自身は悩むのだろうね。きっとその苦しさは俺達にはわからないと思う。 だって俺達にはちゃんと記憶があるんだからさ。失った時の感覚はわからないよ」 どうしたらいいのだろう?とは悩む。 当初自分の所為でと散々悩んだ。悩むと言うよりうじうじ落ち込んだ。 佐助から軽い説教を受けて、その時の幸村は以前と変わらない反応を示して。 だったら、早く記憶が戻るようになんとかしようと行動したんだ。 けど、幸村自身がそれを願っていないような。 周りも同じ様な気持ちで、自分だけが空回りをしているような気がする。 「別に俺はちゃんの努力を笑っているわけでも貶しているつもりもないよ」 「・・・・・」 「どっちでもいいってのは、旦那に仕える忍びの俺が思うこと。猿飛佐助個人ならばね、記憶が戻って欲しいと思うよ」 「佐助さん・・・・」 「旦那の記憶が戻れば、ちゃんは心から笑ってくれるだろうって」 佐助が優しい眼差しでを見ていた。 は恥かしくて目を逸らしてしまいたくなるが、佐助が自分を思って言ってくれている事が嬉しかった。 「俺はね、旦那とちゃんが笑いあって楽しくやっている姿を見るのが好きなんだよ」 「私も、幸村君が佐助さんと漫才みたいなやり取りをしてるの見るの大好き」 お互い恥かしい事を口にしているような気もしたが。 同じ思いを持っていたのは良かった。 「漫才って酷くない?」 「だってそう見えるよ、幸村君がボケで佐助さんがツッコミ」 大袈裟に佐助は肩を落とした。 はそれを見て声を出して笑ってしまう。 「とにかくさ・・・・今言えるのは、焦らずに行こうよって事。記憶なんて何がきっかけで戻るかわからないしさ。 姫さんの言いたいこともわかるから、ちゃんはしっかり旦那を見ていてあげなよ」 「でも、幸村君は・・・・」 自分より梅の方がいいのではないだろうか? 「あーそのね・・・・多分、旦那は拗ねているんだと思うよ」 「拗ねる?」 「ちゃん、最近旦那と一緒に菓子食わないでしょ?寂しいんじゃないかな?」 は瞠目してしまう。 記憶を失くした幸村の気持ちをわかってあげられない。 そう考えていたのに。 拗ねている? 「はい、どうぞ。って渡されても、それを一人だけで食うって寂しいと思うな。特に旦那みたいな人にはさ」 いつも一緒に食べていた。 よくそんなに食べるね。と笑って、でも自分も一緒に美味しいねといい食べて。 その時あった出来事とかを話しながら、幸村と佐助と三人で楽しんでいた。 けど、幸村が記憶喪失になってからはは見ているだけに止まっていた。 「そ、それは・・・・・一応理由があって・・・・」 「まぁそうだろうね。じゃなければ断る理由がないしねぇ」 佐助は立ち上がる。テキパキと素早い行動で盆やら湯呑みを用意しだした。 「う・・・」 「とりあえず、はい」 佐助はに盆を持たせる。そこには茶の入った急須に湯呑みが二つ。佐助と買った団子が置かれる。 「旦那と食べておいで。勿論ちゃんと理由は話すんだよ」 「で、でも私、食べられないよ」 「このままじゃ旦那の記憶が戻る前に、ちゃんと旦那の仲が拗れちゃうよ」 問答無用で室から追い出された。 菓子を食べない、断った理由があるのだ一応。 だけど、それを破るわけにはとは躊躇するが、佐助はそれ以上に幸村との間を気にしてくれた。 ずるいかな?お願いした事なのに。 そう思っても、自身も幸村とこれ以上距離を置くのが、置かれるのが嫌だったから。 盆を持って幸村の居る庭へと向かった。 *** 「ゆ、幸村君!」 ずっと体を動かしていたのだろう幸村の額は汗で光っていた。 「殿・・・・」 「い、一緒に休憩しよう!」 断られたらどうしよう。 それでも佐助は言った。このままでは駄目だと。 は盆を、盆に乗せたものを幸村に差し出すように向けた。 「・・・・・・いただくでござる」 手を休め笑った幸村を見ては涙が出そうになるくらい安堵した。 これから話す事を聞けば、幸村はどんな反応をするだろうか? 正直怖いけど、今向けられた笑みを見れば、その怖さも半減する。 気付けば、お願いだから、嫌わないで。とずっとずっと想いを籠めていた。 19/12/30再UP |