君を待つ、桜のキオク。



ドリーム小説
「はい。三色団子」

が幸村に差し出した。

「沢山あるから食べてね、幸村君」

相当自分は甘味が好きだったのだなと思うくらい、毎日誰かしら差し出してくる。
こんなに食えば胃がもたれるのではないかと思ったが、変化はほとんどなく。
出された分ぺろりと平らげてしまう。

(それがし、食い意地のはった奴なのか・・・)

少しは遠慮をしようと思うが、周囲が自分の食べている姿に満足そうにしている。
だから遠慮はやめた。
きっと自分はよく食べていたんだと思って。
出なければきっと体が悲鳴をあげて拒絶したに違いない。

殿も食べられよ。とても美味いでござるよ」

「私はいいよ。お腹いっぱい。さっきお昼を食べたばかりだもん」

これは幸村の分だとやんわりとは断る。
に断られると軽く気分が下がるのは何故だろうか。
そして強く言えない自分が居る。
けど、一人で食べてもあまり美味しくない。

「あ。お茶淹れるね。佐助さんみたいに上手じゃないけど。やっぱお茶がないとね」

そうは言っても手際がいい。
以前からちゃんとやっていたのではないだろうか?

「俺は別にちゃんと仲違いしたいわけじゃなかったし。やー本当良かった、良かった」

佐助の言葉がふと思い返された。
あの二人は随分仲がいいなと。
なんとなく三人で居る事に懐かしさを覚える一方で、最近は取り残されたような寂しさも沸く。
佐助は自分が雇っている忍び。一番の配下だと聞いた。
旦那と自分を呼び、色々世話をしてくれる。
仕事面でも重宝されているのだろう、たまにふらりとどこかに消えてしまう。
はこの屋敷に居候していると聞いた。
ただそれだけで、なぜ居候しているのかとか、どこの子なのかは知らない。
自分を幸村君と親しげに呼んでくれる。
仲は良かったのだろうと思う。
だけど、よくわからない。

「旦那。山県殿が旦那にって饅頭下さったよ」

お土産〜。と佐助が持ってきた蒸したての饅頭。

「その方もそれがしと同じ」

「そ。大将に仕えるお方だよ。山県殿はよく旦那にこうやって菓子をくださるんだよね」

「そうか。あとで礼を言わねば」

冷めても美味そうではあるが、今が一番美味そうに見える。
早速包みを開けて饅頭を頬張る幸村。

「おぉ。美味いぞ、これは」

「良かったですねぇ、旦那」

殿もどうだ?一つぐらい食べられるだろう?」

幸村は饅頭を差し出す。

「え?あ・・・私はいい。本当、お腹いっぱいなんだ。幸村君を見ているだけでこっちまでお腹いっぱいになる」

また断られた。

「確かに旦那の食いっぷりを見ていると、満腹になるよねー」

「でしょ?」

佐助も同意し、がそれに笑う。
なんだか面白くない。
これが以前と変わらない事なのかもしれないが、なんだかあまり楽しくない。





【4】





幸村は一人で外に出てみた。
外に出れば何か思い出せるかもしれないと思って。
痛みはほとんどないし、無茶をするわけでもない。
軽く歩き回りたいだけだ。

「・・・・あまり実感は湧かぬな・・・」

以前の自分ならば見慣れた通りなのだろうが、今はまったく何も感じない。
どちらかと言えば初めて見るようなものばかり。
けど、歩いていくうちに幸村の姿を見て人々が声をかけてくれる。

「幸村様、お怪我はもうよろしいのですかい?」

「なんだか大変な事になってると聞きましたよー」

「幸村様、またウチにも来てくださいよ!」

色々だ。
怪我を心配してくれる者。
顔を見せずに居た期間を寂しがってくれた者。
今から遊びに来てくださいよと誘ってくれる者。
馴染みの者たちらしいが、幸村には誰一人の名前を思い出せなかった。

「すまない・・・・また次の機会に・・・・」

そう断るのだけで精一杯だった。
何も思い出せない。
それが段々悔しくなってくる。
こんなによくしてくれる人達の事を何一つ思い出せない自分にとても悔しい。
同時に自分ではない別人の事を話されているようで、上手く笑えているのかわからなかった。
もう屋敷に戻ろう。
何も思い出せないのなら仕方ない。
何かきっかけにでもなればいいと思ったのだが。
踵を返そうとした幸村の目にが映った。

「あ。殿」

声をかけようかと思ったが、の隣に佐助が居た。
二人で楽しげに話している。

「・・・・・・」

手には店で買った何かを持って嬉しそうに。
二人の会話は離れていて聞こえない。
けど、顔を見ているだけで無性に寂しさがこみ上げてくるし、割って入る勇気もなかった。

「・・・・・・」

自分が怪我をしたきっかけ、記憶喪失になってしまった原因はだと言う。
を庇っての事だと本人から聞いた。
はそれをずっと悔いているようで、でも幸村自身は怒ってもいないし、彼女を庇ったと言うならば。
幸村にとっては助けたいと思った人物なのだろう。
佐助と三人でいて、それが日常の一部だとしても。
どこかの態度は固い。
笑っているようでも、自分を見る目があまり笑っていない。
その目の奥で悲しみを抱えているようで。
だが、今佐助といる彼女にはそんな悲しみが見られない。

(それがしと居るより、楽しそうだ・・・・)

一緒に菓子を食って話をしたいのに。
きっと楽しいはずなのに。
少しも楽しくない。
無理して自分の世話をするならば、しなくてもいい。

(もう・・・・構うな・・・・)

なんでこんなに苦しいんだろう。
以前の自分は彼女にどう接していたのだろうか?
彼女に対しどんな風に見ていたのだろうか?
わからない事ばかりだ。
幸村は今度こそ屋敷へ向かい歩き出した。
俯き加減で、拳を握り締めて。
そんな事をしていたら、前をちゃんと見ていなかった。
長身の男の背中にぶつかってしまう。

「す、すまないでござる」

鼻先を押さえ、男に向かって頭を下げる。

「いや、俺が急に立ち止まったからさ。気にすることないって」

「それじゃあ・・・」

幸村は男の横を通り抜けようとしたが、肩を強く捕まれた。

「な、なんでござるか?」

「幸村!なんだよ、お前〜他人行儀なんでびっくりしたぜー」

「??」

何してんだ?とバシバシ背中を叩く男。

「そ、その・・・・えと・・・・」

知り合いのようだが、当然彼の事はまったくわからない。

「ちょうどお前ンち行く所だったんぜ。土産になんか買って行こうか迷っていた所にお前と出くわしたからさ」

「・・・・・・」

「どうした?幸村」

男が幸村の顔を覗きこむ。
幸村は男と目をあわせられなくて逸らしてしまう。

「・・・・・す、すまないでござる。その、それがしは・・・・」

「あー!慶次さん!」

「本当、前田の旦那じゃないか・・・って旦那?何してんですか?」

と佐助がやってきた。
二人に見つかってしまった事に幸村は酷く苦い思いがした。

「よぉ!久しぶり〜っていうかさ。幸村の奴変なんだけど?どうかしたのか?」

と佐助は顔を見合わせた。

「その話は後でするよ。今は屋敷に戻ろうか」

行きましょうと佐助が歩き出す。

「幸村君。あのね、さっき幸村君の好きなお団子買ったよ」

幸村も歩き出し、隣でがそう話しかけてくる。
だけど、今の自分は感情が上手く制することができない。

「・・・・・そうか・・・・・」

そう答えるだけで精一杯だった。

「幸村君?」

と、いや。誰とも目をあわせられない。
記憶を失くすと言うのが苦痛に感じ始めていたから。



***



やってきた男は加賀の前田家当主前田利家の甥である前田慶次。
京の都を拠点に気ままな暮らしをしているが、たまに甲斐にやってきては幸村のところに転がり込むのである。

「は?記憶喪失?幸村が!?」

一室で事情を慶次に話す。
当然ながら慶次は信じられないと声をあげた。

「虎のおっさんにぶん殴られて、吹っ飛んでもなんともない幸村が?」

「打ち所か悪かったんだよ」

「へぇ・・・・大変だったんだな。あ、今も大変か」

それなら先ほどの態度も頷けると慶次は腕を組みながら納得していた。
幸村は疲れたといい自室に籠もってしまった。

「なんか覇気はねーし、虚ろな感じだったしなー」

「そういえば、幸村君一人で何してたんだろう・・・・」

「単に散歩じゃないかな?寝厭きたってずっと言っていたからね」

怪我の回復も順調のようだから。
ただ記憶だけが戻らないのだ。

「それでも、何も思い出せなくて困惑しちゃったのかもねぇ・・・・大丈夫かな」

佐助が心配をするのでは余計に不安になる。
だけどもう自分の所為だとうじうじするのはやめた。
うじうじした所で幸村の記憶は戻らない。
だったら、戻るにはどうすればいいのか考え動くのだ。
先ほども佐助と一緒に幸村の好物やら馴染みのあるものを探し回っていた。
見て触って、感じてもらえれば何か思い出すかもしれないからと。

「そうかぁ・・・幸村の記憶がねぇ・・・・・」

「何か記憶が戻るような強い衝撃でもあればいいんだろうけど、あまり無茶はできないでしょ?」

「あぁ、そうかもな・・・・って、よし!俺、ちょっくら行ってくるよ」

慶次は立ち上がる。

「へ?行くッてどこにへ?」

「ちょっとな。幸村の記憶が戻るかもしれない!」

だから馬を貸してくれと慶次は到着したばかりだと言うのに、また出かける準備をし始めた。

「慶次さん?」

「あ。そういう事か・・・・どうかなーそれ上手く行くのかねぇ」

佐助には慶次の向かう先が予想できたらしく苦笑している。

「ま。ここは前田の旦那に任せてみようか。その前に旦那の記憶が戻る可能性もあるけどさ」

どうせ慶次は止めても聞かないだろうから。
ここは好きにさせておこうと佐助は言った。



***



「前田・・慶次殿か・・・」

教えられても何も感情は湧かなかった。
友だちなんだと言われても、今の自分には「はぁ、そうなんですか」と言うぐらいしか答えられない。
何も思い出さないことに申し訳なさはあるが。
彼は自分を、真田幸村を知っている。
だが自分は彼を知らないし、その真田幸村が自分だと言われても今は自信が持てない。
本当に?
本当に、彼らの言う真田幸村は自分なのだろうか?と。

「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ!」

そんな慶次の声が聞こえた。
騒がしいと思ったのもつかの間で、屋敷は再び静寂に包まれた。
佐助もも様子を見に来る気配もない。
幸村は障子を開け庭へと目を向けた。
縁側に腰掛けただ庭を眺める。
ほんのちょっとでも何かを不審に思うと全ての気持ちが揺らぐようだ。
佐助とと三人でいることが懐かしいと思った少し前までの気持ちが、今はあまり楽しくない。

「・・・・・・」

「幸村。寝ていなくて平気なの?」

ふわりと花の香りが鼻孔を掠めたかと思うと、視界に可愛らしい少女が映った。

「・・・・?」

大きな目を数回瞬く少女。いつの間にと幸村はのけぞってしまう。

「本当に私のことも覚えていないのね」

「え、えと・・・・申し訳ない・・・・」

また知り合いのようだと思うと、少しだけ気分が滅入る。
今はあまり人に会いたくないと思っていたから。

「いいわ。気にしなくても。幸村は記憶がないと父上から聞いているもの」

「父上?」

「私は梅。あなたが仕える武田信玄の娘よ」

花の香りがしたのはその名前の所為かもしれないと幸村は思った。

「お、お館様の・・・・それは失礼いたした」

「もう。いいッて言っているでしょ」

梅は幸村の隣に座った。
自分より少し幼く見える梅。

「でも、少し変な気分ね。いつもより大人しいから。普段のあなたは父上と煩いくらいだもの」

「・・・・・」

やはり今の自分と前の自分は別人のようだ。
幸村は下へと目線を向けてしまう。

「なに?落ち込んでいるの?」

「そ、それは・・・・」

「私は別に記憶があろうがなかろうが、あなたが幸村なのは変わらないから気にしないけど」

初めてだ、そんな事を言われたのは。
佐助やは記憶が戻れば、とか取り戻すには。などと必死になっている。
だけど、梅は違った。
記憶がなくても気にしないと。

「梅姫様・・・」

「嫌な言い方に聞こえるかもしれないけど。
私はあなたが今まで通りに父上の為に手を貸してくれさえすればいいもの」

それだけ真田幸村の力は武田にとって重要なのだと。

「まぁ。今のあなたが戦場で役立つかはわからないけど」

気後れして戦場で使い物にならないかもしれない。
梅ははっきりとそう口にする。

「それがし・・・どうすれば良いのでござろうか・・・・」

「ちょっと待ってね」

梅は立ち上がり奥の室へ勝手に入る。
幸村は止める事もなく黙っている。

「はい。とりあえず握ってみたら?」

梅が両手に箱を抱えて戻ってきた。
握れと言うものが中に入っているらしい。
幸村の前にその箱を置き、蓋を開ける。

「・・・・・槍?」

紅い柄の槍が二本揃って入っている。

「あなたが戦場で手にしていたもの。父上があなたに贈ったものだと私は聞いたわ」

幸村は柄を掴み箱から取り出す。
庭に出て軽く振ってみる。
わからないが、こうだと体を動かしてみる。

「記憶はなくても、体は覚えているじゃない」

「・・・・・確かに、手に取るとしっくり来る・・・・」

「無理しない程度にやってみれば?無心で体を動かすこともいいと思うわよ」

後ろ向きになりつつあった、今の幸村には何も考えないで槍を振るうのに戸惑いはなかった。

「ありがとうございます。梅姫様」

「礼なんかいいわ。私はあなたが父上の為になるならと思っているのだから」

「ですが・・・・それがしは随分迷っていたのを、梅姫様が」

だからちゃんと礼はしたい。
このままだとただ腐ったままだったかもしれないから。

「そう?じゃあ・・・・笑って」

「へ?」

「私は幸村が笑ってくれるだけでいいわ。見ているこっちが元気になれるもの」

だから礼はそれでいいと梅は言った。








19/12/30再UP