君を待つ、桜のキオク。



ドリーム小説
幸村の記憶は一日二日では元に戻る気配はなかった。
それでも、今はゆっくり療養させることに専念させる。
ちょっとした怪我ならば多少無茶をしても、幸村だから・・・。
の一言で放置してしまうが、今回は違う。
頭を打っている所為もある。
できる限り安静にと強く医者に命じられた。

「だがじっとしていられないのだ」

「そりゃ旦那らしいっすね」

幸村が寝厭きたと佐助に愚痴り始め、佐助は宥める。
だが幸村の記憶が戻らずとも、根本的な部分が幸村なんだなと酷く安心してしまった。
記憶は失くしても、目の前にいるのは幸村なのだと。

「たまにはゆっくり書物でも漁ってみてはどーっすか?」

「ん・・・・んー・・・・・」

幸村は拱手する。

「多分、すぐ厭きると思うぞ」

「でしょうね。俺もそう思います」

ほんのちょっとのやり取りでも佐助は安堵してしまう。
この分なら記憶が早く戻るのではないかと。
できるだけ早く戻って欲しいのが佐助の本音。
それは自分の給料の関係ではなく、を思ってだ。
少しは佐助自身も身の安泰を考えはするが、このままの幸村でも差支えがないと思うこともある。
記憶が戻らずとも信玄に仕えて、変わらぬ働きをする可能性だってある。
一兵士とするならば、記憶など関係ないだろう。
もしかすると、一層活躍してしまうかもしれない。
武田家の為となるならどの幸村でもいいのだ。
けど、幸村の記憶喪失を酷く悔やんでいるのがだ。
あの子の事を思えば、早く元に戻って欲しい。
は極端に笑わなくなった。
最初は一生懸命に幸村の世話をしていたが、段々とその幸村とも距離を取ってしまっている。
きっと一緒に居るのが辛いのだろう。
後悔ばかりが生まれて自分を責めるのだろう。
誰もを責めない。叱らない。それは幸村もそうで。
佐助達は別に初めからを叱る理由なんかない。
ただ、幸村を助ける為に、自分を犠牲にしようとした事だけは叱った。
それ以外で叱る理由はないのだ。

(でも、ちゃんは叱って欲しかったんだろうね・・・・)

お前の所為だとぶつけられた方がいいのかもしれない。

(旦那が許している以上、誰も叱るはずないじゃないか)

だから気にしないで欲しい。
と、思うのだけは簡単だ。

(人の気持ちってのは難しいものだね・・・・)

どうやったら幸村の記憶は戻るのだろうか?





【3】





「もう一回崖っぷちから落としてみようか?」

「し、死んじゃう!そんな事をしたら死んじゃうよ!!佐助さん!!」

しれっとした顔で答えた佐助には度肝を抜かされる。
佐助はショック療法とでも言いたいのだろうが、そんな事をしたら今度も無事で済むとは思えない。

「まぁこればっかりは俺もどうすればいいなんて答えを知らないからね」

佐助とは日当たりのいい縁側に腰掛けていた。
清々しい青空とは逆にの心は晴れないでいるようで。
見かねた佐助が呼び止めたのだ。

「・・・・・・」

「あのね、ちゃん。自分を責めたい気持ちもわかるけど、責めたからって何も変わらないんだよ?」

塞ぎこみそうだったは顔をあげた。

「あの時、こうだったらとか、こうすれば良かったとか思うのも、思うだけで何も変わらないんだ。
ただ、次はそうならないように気をつけようって予防にはなるけどさ」

「・・・・・・」

佐助の言いたい事はわかる。
わかるが自分を責めずに居られない。
そんな自分に苛々する気持ちもある。
すべては自分が子どもみたいな態度をとったから招いた事だと。

「じゃあ、どうしたらいいんだろうね。誰が何を言っても君の心は晴れないんだろ?」

「ご、ごめん、なさい」

「一人にしてくれって思うのだろうし、かと言って放っておけば一人でうじうじする。
そう言うの、見ているこっちが苛々するよ」

「さす、けさん・・・・」

佐助が立ち上がる。
縁側から降りてに背中を向けている。
このまま佐助が去ってしまえば、もうそれで終わりだ。
は不安が湧き出る。

「あの、私」

佐助に見捨てられたら嫌だ。

「さす「佐助!女子を泣かせるとするとは何事だ!」

のそばを風が通った。
風ではなく小猿?かと思った黒い影だ。

「は?」

振り向いた佐助だったが、突然吹っ飛んだ。

「さ、佐助さん!?」

トンと軽やかに着地する黒い小猿。ではなく幸村。
裸足で、夜儀のまま。

「いってぇ〜ちょ、ちょっと何するのさ、旦那〜」

体を起こし、吹っ飛ぶ羽目になった殴られた頬を摩る佐助。

「何ではない!お前が無礼極まりない事をするからだ!」

「はぁ?」

幸村は踵を返しの前で土下座する。

殿。佐助が申し訳ない事をした。部下の無礼はそれがしが代わりに詫びるでござる」

は唖然としつつ口を半開きにしてしまっている。
佐助が自分に無礼を?一体何のことだ。

「俺、別にちゃんに無礼とか泣かせてなんかいないんですけどねー」

殴られ損だと口にしている佐助。

「何を言うか!それがしが見た時、殿は酷く悲しい顔をしておったぞ!女子を悲しませるなど・・・」

「うーわー・・・・旦那にだけは言われたくないっすね」

佐助は殴られた頬を摩りながら幸村に呆れた視線を送る。

「な、なんだとぉ!」

「俺よりも旦那の方がはるかに女の子を泣かせているんですけどねー」

覚えてないんですか?わざとらしく口にする佐助。
当然記憶喪失である幸村が過去のことなど覚えているはずもなく、佐助の言葉に慌てふためく。

「そ、それがしが!?」

自分はそんな卑劣な男なのかと幸村は頭を地面につけてしまう。

「ぷっ・・・・・あははは、幸村君、可笑しい〜あはははは」

二人のやり取りが以前のようなものと変わらない姿に見えた。
記憶を失くしているのに、二人の姿は以前と変わらないもの。
佐助が幸村配下の者だと聞いてはいても、どこか畏まった様子だった幸村。
今はそれがない。
いや、が気付かなかっただけで、自然とそうなっていたのかも知れない。
かもしれないが、にはその姿が嬉しく感じたのだ。

「ちょっとちゃん。笑うなんて酷くない?俺様、無意味に旦那に殴られたんだよー」

笑うを見て佐助はいつもと変わらない反応を返す。

「ご、ごめんなさい。だって、可笑しくて」

「そ、それがしは殿が佐助に、な、泣かされておるのかと・・・・」

勘違いだとわかったのか幸村の顔は真っ赤だ。
は幸村の前にしゃがむ。

「ありがとう。心配してくれて・・・・えと・・・・ちょっと私がうじうじしていたから佐助さんがお説教してくれただけだよ」

だから泣いてなどいないんだ。
そうは幸村に言う。
は佐助に目を向ける。

「ね。佐助さん」

「そうだね。ちゃんを思っての説教だからね、あれは」

佐助が離れる事はなくてよかった。
それだけでも安堵する。
佐助に随分甘えているとは思う。迷惑もかけっぱなしだろう。
だけど、今、一人になるのは怖いから・・・。

「幸村君、足汚れちゃったね。今拭くもの持ってくるから」

「あ・・・・す、すまないでござる」

はその場を離れた。





「助かりましたよ、旦那」

「?」

土で汚れた足では中に入れないからと幸村は縁側に腰掛ける。
佐助は手を腰に当て息を吐いた。

「旦那があそこで出てきてくれなかったら、今度は俺とちゃんがダメになっちゃうところでしたよ」

「・・・・・・」

幸村には意味がわからなかった。
二人の前に咄嗟に飛び出し、佐助を殴ってしまったのはさっきの理由を述べた通りだ。
佐助がを泣かした!
そう思ったらいても立ってもいられず、勝手に体が動いたのだ。

ちゃん・・・・ずっと落ち込んでいるから。少しキツク言わないとダメなのかと思って・・・。
でも、余計に拗れるかなーともちょっと微妙だったんですけどね」

「それがしは別に・・・・」

佐助はニッと歯を見せ笑った。

「記憶がなくても、旦那は旦那って所だね」

「・・・・・そうなのか?」

「俺は別にちゃんと仲違いしたいわけじゃなかったし。やー本当良かった、良かった」

幸村はただ首を傾げるだけだった。





が水の張った桶を持ってきた。
幸村は足をそれで洗い、しっかりと拭く。
と一緒に侍女が居り、彼女はそれを片付けて行く。
その侍女が来るときに持ってきてくれたものをは幸村に差し出した。

「お団子。幸村君の好物のひとつだよ」

「おぉ美味そうだ」

はお茶も淹れる。
幸村と佐助の分を。

「佐助さんほど美味しく淹れられないけど」

はい。と湯呑みを幸村に渡す。

「そんなことないよー。それに旦那も茶の良し悪しがわかる人じゃないしぃ」

「そうなのか?」

「そうですよ。俺、たまに面倒臭いと思うと出がらしを出しますけど旦那なんも言わないし」

「やだ、佐助さん。本当?」

淡々と答える佐助。

「勿論、大将やちゃんにはそんな真似はしないよ?旦那は美味い団子食ってりゃいいようだし」

「あははは。まったく気付かなかったんだ、幸村君は」

「うっ・・・・そ、それがしは・・・・いったい・・・・」

本当か嘘かは佐助しかわからない。
飲んだ幸村が文句を言わなかったところを見ると、出がらしでも美味いのかもしれないし。
嘘だから出がらしではない美味い茶なのかもしれない。

「なんだか、それがしは相当鈍い男のようだな」

「ようだな。じゃなくて鈍いんすよ、旦那は。天然だしね」

「佐助さん酷いよ?一応自分の上司なのに」

「一応って言うちゃんも酷くない?」

先ほどまでの悶々とした暗い気持ちは消えている。
これも幸村と佐助のおかげだ。
本当に自分は二人に甘えすぎている。
だけど、3人で笑えるのはやっぱりすごく楽しい。

殿。団子を食わぬのか?」

皿に盛った沢山の串団子。
幸村は一緒に食べようと言ってくれる。
だがはいらないと首を横に振った。

「それは幸村君のお団子だから」

「だが、それがしは別に」

「それ全部一人で平らげちゃうよ、幸村君は。それに私はお腹空いていないから」

幸村は不満そうであったが、小腹は空いていたのだろう。団子を口へ放り込んだ。

「・・・・・・もしかして・・・・・」

ふと幸村は口を開く。

「?」

「普段から、こうなのか?それがしは」

「え?」

幸村は団子を頬張りながら清々しい青空へと目を向けた。

「なんとなく、懐かしいと思う。こうしてここで団子を食うことが・・・・二人と話しているのが」

と佐助は顔を見合わせる。
これはいい兆候なのではないだろうか?

「まぁ大概こんな感じですよ、旦那は」

「・・・・・そうか」

すでに何本目か解らない団子へ手を伸ばす幸村。
佐助はに「良かったね」と口パクだったら言った。
も頷いた。
本当は涙が出そうだったが、泣けばまた幸村が余計な心配をするかもしれない。
嬉しいのだから、そのくらいはいいのかもしれないが。
今は泣くより、笑っていたい。
少しでも幸村の記憶が戻るならば。








19/12/30再UP