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君を待つ、桜のキオク。
「だったら、旦那が目を覚ましたらちゃんと謝ろう」 「・・・・・・許してくれるかな?」 「大丈夫。いつまでも根に持つような人じゃないでしょ、あの人は」 「うん。ちゃんと謝る。幸村君と、私も仲直りしたいから・・・・」 ケンカにもなってしまったこと。 自分を犠牲にしようとしたこと。 それを幸村に謝るんだ。 そして、身を挺して私を庇ってくれたことを。 幸村君にお礼を言うんだ。 だから、早く目を醒まして欲しい。 そして、今度はケンカをしないでまた一緒にでかけようって。 【2】 は幸村の目が覚めるのをそばでずっと待っていた。 膝を抱えて、邪魔にならないように室の隅で。 幸村に怪我をさせてしまった事を、信玄たちに叱られると少しだけびくびくしていたが。 咎められる事はなかった。 事故だから仕方ないと。 ただ、佐助と一緒で。が自分を犠牲にしようとした事に関しては。 感心しないと信玄にも叱られた。 黙ってくれればわからないのに、佐助が話したようだ。 案外佐助も厳しい人だと知った。 「ちゃん。ご飯食べた?まだなら食べておいで」 「いらない・・・・お腹空かないから・・・」 佐助が水の入った桶を持って室に入ってきた。 手拭を絞りそれで幸村の顔を拭く 「それでも食べないとダメだよ」 「・・・・・」 「ちゃんまで倒れたらこっちが困るんだ。それにね」 「?」 「ただでさえ、旦那が目を覚まさないからご飯がいつも以上に余ってんだよ」 人一倍食べるからねぇ。佐助はくつくつと笑いながら言う。 「勿体無いお化けが出ちゃうから、ちゃん食べてきてよ」 は苦笑しながら立ち上がる。 「佐助さん。私そんなにお子様じゃないですよ?勿体無いお化けって言われても」 「そう?」 佐助から見ればお子様の部類に入るのだろうか? こうしてあれしておいで。なんて言われている限りお子様目線なのかもしれない。 は室を出る。 その際、幸村が目を覚ましたらすぐに呼ぶと佐助は言った。 「幸村君・・・・」 怪我はそんなに酷くはなかったらしい。 思った以上に出血が酷かった。それだけ。 でも目を覚まさないなんて怖い状態を想像してしまう。 の居た世界ならば精密検査など細かく行えるだろうけど、ここにはそんなものはない。 あればいいのにと思わずに居られないくらいで。 ないものを強請っても仕方ない。 ここは医者の言う事を信じて、幸村の体力を信じるしかないのだ。 「早く謝りたいから、早く目を覚ましてよ・・・・」 そして幸村の好物をご馳走するんだ。 *** 「幸村君っ!!」 幸村が目を覚ました。 そうに知らされたのは翌朝になってからだった。 3日も寝込んでいたが、起きたならば一安心だ。 は行儀が悪いとわかっていても、幸村の室に駆け込んだ。 「幸村君、目・・・覚ましたって・・・・」 「あ・・・・うん。そうなんだけどねぇ・・・」 上体を起こした幸村が目に入る。 佐助や医者の表情が優れない。 幸村はまだ寝たりないのかぼーっとしている。 「幸村君!」 はすぐそばに座り込み、幸村の顔をのぞきこむ。 「幸村君、あのね、あの時はごめ「誰だ?」 髪を掻く幸村。 「なに?今・・・・」 なんか可笑しな事を言わなかったか? はすぐには反応できなかった。 状況を知っているだろう医者と佐助に目を向ける。 医者はかぶりを振り、佐助は必死で笑おうとしている。 「佐助さん・・・・・」 「ちゃん。ちょっと室を出ようか」 は佐助に連れ出される。 その際、幸村に振り返るも彼の目線はぼんやりとして定まっていなかった。 「佐助さん、どういう事?」 「そのね・・・・記憶喪失って奴らしいんだ。一時的なものかちょっとわからないんだけどさ」 血の気が引いた。 一瞬にして背筋が凍る。 「記憶喪失・・・・うそ・・・・」 「ちゃんも誰?って聞かれたでしょ?俺もそうだったよ・・・自分の名前もわからないって言うし」 は両手で顔を覆った。 「わたしの所為だ・・・・・わたしが・・・・」 ずるずると廊下にしゃがみこんでしまう。 「ちゃん・・・・・」 「どうしよう・・・・」 幸村は自分の事すらもわからない状態だと言う。 それではこの先どうすればいいのだ? 紅蓮の二槍を振るって戦う事もできないのだろうか? 武田軍にとって、信玄にとって痛手ではないか。 「そんなに自分を責めなさんなって。一時的かもしれないし、明日にはケロッと思い出しているかもしれないよ?」 同じ様にしゃがみこむ佐助。 の背中を優しく撫でる。 「でも・・・・」 「焦っちゃダメだよ。ちゃんも辛いだろうけど、これから旦那もきっと辛い思いをするかもしれない」 は顔をあげる。 「慣れればそうでもないかもしれないけど。最初は混乱もするだろうしね」 だからね。佐助はの手を取る。 「旦那のそばに居てあげなよ。わからない事はちゃんが教えてあげよう」 勿論佐助だってこのままでは困る。 だから協力は惜しまないつもりだ。 「俺様の方が重大なんだよ〜?旦那があのまんまだと誰が給料払ってくれるのさ」 「佐助さん・・・・」 ニッと佐助が笑うから、も沈んではいられないと笑みを浮かべる。 佐助も戸惑っているのだ。 それなのに、自分だけ絶望的な顔をしてしまった。 「うん。幸村君のそばにいるから」 一時的なことであってほしい。 自分にできることはなんでもするから・・・。 *** 「さなだ、ゆきむら・・・・それがそれがしの名か?」 は頷く。 幸村はいまいちピンと来ないらしい反応が鈍い。 「幸村君はお館様、武田信玄公にお仕えする武将なんだよ」 「・・・・・・」 「さっき一緒に居たお兄さんが居るでしょ?あの人は猿飛佐助さん。幸村君に仕えている忍さんだよ」 簡単な話はしてみた。 日常生活に支障をきたすことはどうもないらしい。 道具すらも覚えていないと言うこともない。 示せばちゃんとそれが何かわかっている。 だけど、人の名前、顔、自分のことに関してはまったく覚えていない、思い出せないようだ。 「お館様・・・・」 「幸村君が一番に尊敬しているお方だよ」 「・・・・・」 「そなたは誰だ?」 幸村に真顔で問われてツキンと胸に小さな痛みを感じた。 自分の所為でこうなった。 ケンカの代償が大きすぎる。 「私は・・・・。幸村君のお屋敷に居候させてもらっているの」 「そうか」 「佐助さんも一緒に住んでいるんだよ」 勤めて明るく答える。 目の前で沈んだ顔を見せれば、幸村も混乱するかもしれない。 「では殿」 「、でいいよ・・・・・幸村君は私のこと名前で呼んでいたから。佐助さんのことも」 「そうか」 別人と話をしているような感覚だ。 一度だって幸村に名字で呼ばれたことはない。 「殿。それがしは何故、記憶を失くしたのだ?」 の息が詰まる。 それは自分の所為だ。 けど、言うのが、言葉にするのが怖い。 「・・・・・・そ、れは・・・・」 知ったら、目の前のこの人はどうなる? 自分を罵るだろうか? いや、罵られて当然だ。 当然なのだが、怖くて何も言えないでいる。 「それは?」 まっすぐに向けられる幸村からの視線。 逃れる術を知らないような感覚だ。 だけど黙っているわけにも行くまい。 幸村には知る権利があるのだ。 教えて自分がどう思われるかは仕方ない事なのだ。 「私と、屋敷裏の山で、その途中で・・・橋があって・・・」 だけど、酷く緊張をしてしまい説明が上手くできているかわからない。 「私が、落ちかけたのを・・・・幸村君が助けてくれたけど・・・・そのまま一緒に・・・・」 は何度も首を横に振った。 一緒に落ちたなんてのは都合いい解釈だ。 「私が、幸村君だけでも助かって欲しくて、幸村君の手を離して・・・・落ちたのを・・・・・」 思い出すだけで鼻の奥がツンとする。 泣きたくなるが、泣いてはダメだ。 「幸村君は私を助けようとして、庇ってくれて・・・・・」 それで崖下に落下してしまった。 記憶を失った原因はその際頭を強く打ち付けたからだろうと。 「ごめんなさい・・・・私の所為で・・・・」 は強く拳を握る。 怖くて幸村の顔が見られない。 「そなたは怪我はしなかったのか?」 「へ?」 「そなたも落ちたのだろう?怪我はしなかったのかと」 幸村へと顔を向けた。 怒っているとか、冷たい視線をぶつけられる事もなく。 穏やかに笑っている幸村がいる。 「私は、さっきも言ったとおり・・・・幸村君が庇ってくれたから・・・・大丈夫・・・・」 「ならばいい。それでいいではないか。そなたが無事でよかった」 「ゆき・・・・」 は口元が震える。 優しすぎる幸村に心から申し訳ないと思って。 ケンカの原因は些細な事で、自分が素直になればしなくてもいいことで。 なのに、幸村はそれを怒ってもくれない。 幸村だけじゃない、誰も叱ってくれない。 お前の所為だって言ってくれた方がいいのに。 「そんな事・・・・すでに反省している人間に言ってどうする・・・・」 口に出ていたのか、幸村が憮然とした顔をしてを見ていた。 「それがしの方こそ、すまないと思う・・・・・記憶喪失などにならねば、そなたに辛い思いをさせずにすんだはずだ」 「・・・・・・・」 は立ち上がり、そのまま室から飛び出した。 幸村が気にすることなどないのに。 「優しすぎるよ、幸村君は・・・・・」 はそのまま屋敷を出る。 「ちゃん!?」 佐助とすれ違うが、は止まらなかった。 走って走って、あそこに行くのだ。 行ってお願いをする。 幸村の記憶が早く戻るようにと。 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・お願いです。幸村君の記憶を早く戻してください」 やってきたのは近くの神社。 どんな神様が祭ってあるのかは知らない。 けど、神頼みしか今思いつかなくて。 「幸村君の記憶が戻るまで、好きなもの断ちますから。お願いします!!」 神様ってのが本当に居るのならば。 この願い聞き届けて欲しい。 19/12/30再UP |