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君を待つ、桜のキオク。
それはほんの些細な事が発端だった。 いつもならば軽く流してしまう程度のことなのに。 意地っ張りで素直じゃない部分だけが前面に押し出されて。 取り返しのつかない事をしてしまった。 「・・・・・ゆき、幸村君!」 私の目の前で倒れている彼。 「・・・・・」 「幸村君!ねぇ!幸村君ってば!!・・・・あ」 目を醒まさない彼を揺り動かした時に、手にぬめっとした感触があった。 血。 赤い血が手についた。 それは彼から流れ出たもの。 「や、やだ・・・・幸村君!幸村君!!」 怖くなった。 赤は彼の好む色。 同じ赤でも、この赤は嫌い。 「誰か、誰か!幸村君を助けて!!」 目を醒まさない彼に対し、自分は何もできなかった。 ただ泣いて叫んで助けを求めるだけ。 佐助さんが来てくれなかったらと思うと、本当にゾッとした。 【1】 「!だから、すまぬと何度も謝ったではないか!」 「知らない!これで何度目?謝れば済むって話?」 「だから、今、こうして約束を果たしているではないか」 真田幸村とは屋敷近くの山にいた。 毎日続く猛暑に嫌気が差し始めた頃、幸村が山の中にあると言う滝に連れて行こうとしていたから。 少々行くのに大変な足場であるが、幸村が一緒ならば問題ない。 すでに佐助がその場所へ行き、お弁当を用意して待っていてくれている。 滝の近くでゆっくり涼んで疲れを癒したい所だ。 きっと穏やかなのんびりした午後になるだろうな。 当初はそう思っていた。 そう、思っていた。 「いつもお館様、お館様って。本当お館様バカだもんね、幸村君は!」 「な!お館様をバカ呼ばわりとはなんだ!謝れ!」 「はぁ?そう言う意味のバカじゃありませんー」 待ち合わせ時間になっても一向に幸村は現れなかった。 お昼は涼しい水辺でと思っていたのに、炎天下の中待ちぼうけをくらった。 理由は簡単で実に幸村らしいこと。 「お館様が稽古をつけてくださったのだ!」 目を輝かせて理由を述べた幸村。 遅れてきたことに「すまん」の一言を先に述べる前に。 稽古も何も、どうせ意味のわからない殴り合いだろう?とは思った。 信玄公の事は嫌いじゃない。 いつも幸村が暑苦しいくらいに叫んではいるが、信玄公自身は普段は穏やかな方だ。 路頭に迷った自分を助けてくれた方。 自分を娘みたいに可愛がってくれる。 も父親みたいに見てしまう。 大好きな人。 でも、幸村とのやり取りは、その世界観はちょっとばかり理解しかねる。 幸村に対してもそうだ。 普段は天然で、真面目で、からかい甲斐のある青年で好感も持てるが、信玄公とは・・・・。 「炎天下の中、人を1時間も待たせておいて、なんでしょうね」 「だから、謝ったではないか」 「順番が違う。最初に遅れてごめん。次に理由。でしょ?幸村君は理由が先。 しかも理由っていうより、感想。お館様と楽しかったーってのを自慢しているだけなの」 遅れたことに、人を待たせた事にもう少し焦って欲しい。 熱中症にでもなったらどうしてくれると言うのだ。 もしかして、その程度の事などと思われている? 熱中症になどかかるのは軟弱者などと思う? 冗談じゃない、自分はいたって平凡だ。 健康体ではあるが、殴られてかすり傷一つ負わない幸村とは一緒にしないで欲しい。 「幸村君は帰れば?帰ってお館様と殴り合いの続きでもすればいいでしょ」 「!」 「私は佐助さんと仲良くお昼食べて、涼んで楽しくやるからいいです」 幸村の態度に拗ねたは一人さっさと歩き出す。 目的の場所まで。 慌ててそれを幸村が追いかける。 一人では危ないからと。 最初は緩い山道を歩いていたが、段々と道は険しくなっていく。 ゴツゴツした岩場を抜け、湿った滑りやすい道になっていく。 自分が今どの辺りを歩いているのかなど、当然理解などしていない。 半分怒りに任せて進んでいるようなものだ。 「、待て!少し落ち着くでござるよ!」 「煩い」 「!」 「もう放っておいてよ。さっきも言った。幸村君はお館様のところへ戻ればいいでしょ!」 「いつまでも拗ねるな!それがしだって、悪いとは思っている」 お互い意味もなく早足になってしまう。 苛々がそうさせてしまっているに違いない。 「悪いと思っている割には、似たようなことが過去何度もあったんですけどね!」 「うっ・・・・そ、それはだな・・・・」 そこまで苛々するのはなぜ? 今回のような事は初めてではないのに。 わかっているのに。 幸村がどれだけ信玄を尊敬しているのかなどと。 「だ、だが。もう良いではないか!何度も謝った、しつこいぞ」 幸村が言うのもわかる。 わかるが、感情的になりすぎている今、その言葉は火に油を注いだようなものだ。 「うるさい、バーカ、バーカ!幸村君のバーカ!」 「ば、バカって・・・何度も連呼するな!」 段々とやり取りのネタが尽きたのようで子ども染みた物言いになっている。 そうしているうちにの眼前には古びた橋が見えた。 幸村に文句をぶつけながらも結構山奥まで入り込んだらしい。 「どうすればお前の機嫌が直ると言うんだ、今日に限って可笑しいぞ、」 「放っておいてよ!そうすれば機嫌も直るんじゃないでしょうかね」 「・・・・・・そうする」 幸村は立ち止まった。 これ以上一緒に居ても、この馬鹿げたやりとりはきっと続いてしまうだろうと。 理由はどうあれ、幸村も一方的に文句を言われ続けるのに嫌気が差したに違いない。 「ふん・・・・」 幸村を見ては構わず歩き出す。 あとどのくらいで到着するだろうか? 佐助にうんと愚痴ってすっきりするつもりだ。 美味しいお弁当も独り占めしてやる。 橋を渡ろうと一歩足を踏み入れた時、嫌な音がした。 「・・・・ミシ?」 古びた橋。そうの目に入った時点でよくない気はしていたのだ。 もう少し慎重になって橋を渡れば良かった。 それに気付くのに遅すぎた。 「きゃあ!!」 足場が抜けた。片足だけが踏み抜けてしまったが、なんとか下に落ちずに済んだ。 下を見ると怖い。思っていた以上に高い場所に自分が居たから。 「!」 古かった足場はどうやら長雨の影響で腐りかけていたようだ。 大丈夫かと幸村が駆けつける。 橋の柱に手をかけ、に手を伸ばす幸村。 はその手を掴もうと、手を伸ばす。 「うわっ!」 足場だけではなく、柱も傾いた。 辺り一体の地盤が緩んでいたようだ。 橋は無残に崩れていく。二人は投げ出される。 は落下していくのを覚悟するが、幸村がなんとかその手を掴み踏みとどまっていた。 片手で地盤を掴むみ、片手でを離すまいとしている幸村。 「ゆ、ゆき・・・・」 「少しだけ我慢しろ。なんとかする」 だがポロポロと削られていく地盤。 こんな時、どうすればいい? 巻き込んだのは自分だ。 幸村がこの手を離せば、幸村だけは助かる可能性はある。 怖い。 助かりたいとは思う。 思うけど、このままだと確実に二人共落下する。 「手・・・・・・離していいよ」 「なっ!馬鹿を申すな!!」 「・・・・・だ、だって、幸村君も落ちちゃう・・・」 幸村は歯を食いしばり、一層の手を強く掴む。 絶対に離すまいとして。 「私の不注意だもん・・・・幸村君まで巻き込みたくないよ」 「そんなのは関係ない!それがしだけ助かっても嬉しくない!」 「けど、二人共落下するよりいいよ!」 ぶらりと垂れていた左手をは伸ばす。 幸村の手から一本一本指を離そうとして。 「やめろ!!!」 「幸村君は、お館様の為にまだまだ頑張らなきゃならないんだよ?」 「そんなの理由にならぬ!いいからやめろ!二人で助かる方法を探すんだ!」 「そんなの、無理だよ・・・・」 いつ全てが崩れても可笑しくないのに。 最後の一本が離れたと思ったとき、一瞬だけ時が止まったように感じた。 「!」 幸村から離れたと同時に、幸村も手を離した。 なんとかするのだと落下しながらもを抱きかかえた。 はすでに気を失っているのか、反応がない。 「ぐっ!!」 途中から斜面になっていた崖に体をぶつける幸村。 多少は落下の衝撃を落とせればいいと思って。 だが・・・・。 *** 「・・・・・っ・・・・」 は体の痛みで目が覚めた。 体中痛いなと思いながら起き上がる。 「あっ!」 ざっくりと膝から下が切れて血を流していた。 一度認識するとその痛みが余計に酷いものに感じる。 頬なども痛い。 今、自分がどんな状態なのか少しわからない。 あの落下でよく生きていたものだ。 「・・・・・・・うそ・・・・」 生きていたわけだ。 幸村が仰向けになって倒れている。 「幸村、君・・・?」 幸村から手を離した自分。 だが幸村がここに居るという事は一緒に落下したことになる。 ある程度の痛みで済んでいる。 そんな理由、考えずともわかる。 幸村が自分を庇ったからだ。 「・・・・・ゆき、幸村君!」 は幸村に駆け寄る。 足の痛みなど知ったことではない。 「・・・・・」 「幸村君!ねぇ!幸村君ってば!!・・・・あ」 体を揺り動かせば生暖かいものが手についた。 赤い血。 どこから流れている? 一気に体中震えてきた。 「や、やだ・・・・幸村君!幸村君!!」 安易に動かしてはいけないと、呼ぶ声だけが大きくなる。 「誰か、誰か!幸村君を助けて!!」 自分が全て悪いんだ。 自分の子ども染みた態度の所為でこうなった。 体中にできた傷の痛みより、心が痛い。 泣いてどうにかなるわけでもないのに、涙が止め処なくあふれ出てくる。 「誰か!誰かあ!!」 お願いだから幸村を助けてください。 「ちゃん!?」 「さすけさん・・・・ゆきむらくんが・・・・」 声に気づいてくれたのか、中々来ない二人を迎えに来てくれたのか。 佐助がどこからともなく姿を見せた。 「旦那!」 ピクリとも動かない幸村に佐助は尋常でない事を知る。 「ちょっと待ってて」 懐から笛を取り出し吹く佐助。 その音はには聞こえない。 まるで犬笛のようだ。 佐助はすぐさま自分の手持ちのもので幸村の手当てをしていく。 「佐助殿!」 忍装束の者達が数名やってきた。 あれは仲間を呼ぶ物なのかとはぼんやりと見ていた。 佐助が指示を出し、幸村は彼らによって運ばれていく。 「ちゃん。君も怪我をしているじゃないか、どうしたの?何があったの?」 「・・・・・ごめんなさい、私が全部・・・・悪いんです」 いつもならば佐助も軽口を叩く所だった。 「旦那と殴り合いのケンカでもした?」ぐらいに・・・。 だけど、そのような事を口に出来る状況じゃなかった。 「その前に、手当てしてあげるよ」 立ちっぱなしの。その右膝下が切れている。 頬も擦り傷ができているし、手には幸村に触れたときに着いた血が。 「あぁ〜あ。なにしたの、本当・・・・」 「私が、橋から落ちそうになって・・・・・」 は佐助に手当てをしてもらっている間に、起こった出来事を話した。 話を聞き終えた佐助は当然のように怒っていた。 「旦那が喜ぶわけないでしょ、そんな事を目の前でされて」 「・・・・・」 「そりゃ、あの人は大将に仕える大事な人かもしれないけど。自分だけ助かっても喜ばないよ」 それは幸村にも叱られた。 それでも、幸村が助かるのならばと自分なりに考えた事だ。 は泣きながら何度も頷く。 「ゆ、幸村君にも・・・・言われた・・・・・二人でって・・・・だけど・・・・」 「二人で助かる方法があったかもしれないよね。呼べば俺が駆けつけられたかもしれないし」 結果論かもしれないが、佐助は崩落した音を耳にしたので探りに来たそうだ。 万が一二人が巻き込まれていやしないかと。 最悪な事に巻き込まれていたのだが。 「まぁ、それはわからないけど・・・・・あとで旦那にしっかり叱られるように」 「・・・・・・」 「旦那の大将好きにはいつものことなんだしさ」 ポンポンとの頭に手を置く佐助。 「それでも、ちゃんが気に入らなかったのもわかるよ。楽しみにしていたんだよね、今日の事」 こくりと頷く。 「だったら、旦那が目を醒ましたらちゃんと謝ろう」 「・・・・・・許してくれるかな?」 「大丈夫。いつまでも根に持つような人じゃないでしょ、あの人は」 それよりもきっとと仲違いしたままの方を悔やむに違いないから。 「うん。ちゃんと謝る。幸村君と、私も仲直りしたいから・・・・」 泣いた顔でも、ようやく笑えた。 でもまだ辛い。この目で幸村の無事をしっかりと見ないと。 なのに。 仲直りは、すぐにはできなかった。 19/12/30再UP |