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合縁奇縁
走る。 目指すは愛しいあの人のもとへ。 伝えられた事は自分にとって嬉しいと一言で言えてしまう。 でも彼女はそうではなかった。 どこか、なにか別の事を考えている。 嬉しいだけでは駄目なのか? これからのことを思うと、これが幸せかと思わずにいられないのに。 「だったら、ちゃんとちゃんと話すべきなんですよ。 旦那にとって、ちゃんは手放したくない存在だろうし、絶対に手放しちゃいけないんですよ」 確かにそうだ。 一人浮かれる前に、ちゃんと話をするべきなのだ。 以前の恋は恋のままで、伝えることもできなくて塞いだもの。 今度の恋はそれよりももっと深くて、濃いもので、決して逃がしては駄目だと思う。 駄目というより、今の自分にとってそれを失くすのは恐怖に近い。 だから走る。 彼女がいるあの場所へ。 もう逃がしたくはないのだから。 【24】 「殿!」 満月堂の暖簾を潜る幸村。 幸村にとのことを話す為に、今朝は開店が遅くなった。 だが、まだ準備中だったのだろう、客の姿はなくおりょうが卓子を拭いていた。 「あら。幸村様、どうかされました?」 先ほど信玄に伝えるといい帰ったばかりなのに。 「その・・・・殿とちゃんと話がしたくて・・・・それがし一人で浮かれていたので・・・・」 様子が変というわけではなかったが、主人の六郎も何やら複雑そうな表情をしていた。 「そうですか?私は別に、幸村様の反応は普通だと思いますけどね」 「だが、なんというか・・・・と、とにかく、殿と話をさせてくだされ」 「なら裏にいますよ。井戸で水を汲んでいると思います」 おりょうに礼を言い、幸村は店を飛び出す。 その姿におりょうは苦笑する。 「本当に一生懸命なお方だね・・・幸村様は」 そう思えば、にとって悪いことではないのに。 運がいいというか、見初められた相手がいいと言うのだろうか? 婚姻も前にそういう間柄になってしまった場合、下手をすればは切り捨てられるのに。 お国柄、緩いような感じもするが、やはり身分などは多少壁となるだろう。 赤子も処分されてしまっても可笑しくない。 だけど幸村は違う。 きっと全力で二人を守るだろう。 そうだとわかっていても、には不安なことがあるのだ。 「まぁ、それは私が心配することでもないだろうねぇ・・・・」 でも、少しだけ寂しさを感じた。 「殿!」 「え?幸村君?・・・・どうしたの?お館様に会いに行くって・・・・」 水汲みを終えたが驚いている。 「それがし、殿と今一度話をしたくて・・・・・殿、話してくだされ、今思っていることを」 幸村はの前に立つ。 ギュッとの手を握り、真剣に目を向けている。 「幸村君・・・・でも、今は開店準備で、忙しいし・・・」 「それはわかっております。ですが、逃げて欲しくなくて・・・・その、殿があまり喜ばれていないのが」 気になって・・・と小声になり目線を落とす幸村。 今のまま信玄に報告してもと言うのだろう。 「それがし、しかと受け止めます。今、殿が思っていることを話して欲しいでござる」 「そ、それは・・・・・」 「それがしでは駄目ということでござるか?別の誰かを・・・・」 そこで幸村の表情が曇る。 信じたくないがと思ったのだろう。 はゆっくりと幸村に体を預ける。 「え、えぇ!?、ど、どの!!?」 どうすればいいのだ?と慌てる幸村。 とりあえず、の肩に手を置く。 「私、そんな尻軽じゃないんですけど・・・・お腹の子は幸村君の子です・・・・」 「す、すまないでござる。そういうつもりで言ったわけでは・・・」 「ううん。はっきり言わない私が悪いから・・・・」 ゆっくりと目を閉じる。 折角幸村が聞いてくれるというのだ、今言うべきではないだろうか? それにいずれこのままというわけには行くまい。 これから言う事を聞いて幸村はどう反応するだろうか? 少し怖くもあり、それを考えるとなんだか気持ち悪い。 「色々ね・・・・怖くて・・・・・」 「怖い?」 「失うのが、怖い・・・・・」 幸村には何を失うのかがわからない。 今の生活を失うのが怖いというのだろうか? 六郎たちとの生活ではなくなるというのならば、それはしょうがないと思う。 「私・・・・幸村君に嫁ぐのが嫌なわけじゃないの・・・でもね、でも・・・・・このまま夢が果たせなくなるのが嫌なの」 「殿の・・・・夢?」 小さく頷く。 「夢。一人前の職人になること」 あ。と幸村は声を漏らす。 「幸村君に嫁げば、私はもう・・・・職人でいられなくなる。まだ親方に学びたいこと沢山あるのに」 どうすればいい? はそれをずっと考えていた。 幸村の子を身籠って悩む所はそこだった。 薄情だと自分でもわかる。 わかるけど・・・・。 もし、もし同じ状況に、元の世界で起こった場合。 きっと真剣にそこまで考えなかったと思う。悩むこともなく。 なぜなら時代が違うから。 考え方が違うから。個人と集団の。 共働きが当たり前、女性が子育てをしながら働くことは問題ではない。 そういう風になっていたから。 でもここは違う。 共働きは問題なくても、相手が一般庶民ではなく幸村のような侍だった場合。 嫁がほいほい城下で働くなんてことはできないだろう。 「親方たちに拾われる前・・・・私は職人が出展するコンクールに出るはずだった。 こういう感じの菓子をこさえそう。見た目はこんなで、色はこう・・・毎日遅くまで考えて。 遅くまで練習して、だけど、それが叶わなくなって・・・・」 知らぬ場所、知らぬ世界へと飛ばされ、夢は潰えたと思った。 だけど、拾ってくれたのが和菓子職人の六郎一家で。 六郎はが今まで見てきた職人の中でも段違いにすごい人で。 この人から学べることができるようになり嬉しかった。 少しずつ、六郎に認められて店に自分のこさえた菓子が並ぶようになって。 どんどん夢が形になっていく。 焦る時も悩む時もあったけど、それを周りが後押ししてくれて・・・。 「でも、きっと・・・もう駄目なんだって思ったら・・・・」 「殿・・・」 なんて言えばいいのだろう? 自分のことを嫌いだからというわけではなく悩むに。 確かに、真田家に輿入れしてしまえばきっと以前と同じ様にいかないはずだ。 幸村が良くても、周りがそれを認めないような気がする。 だからって、の夢を潰すのが自分だと思うと心苦しい。 (駄目なのか・・・・それがしは、それがしには・・・・誰かを幸せにするなど無理なのか・・・?) 何かいい方法はないかと思考を巡らすも何も浮かばない。 きっと冷静ではないから。 「殿・・・・殿がそこまで思いつめられるのでしたら・・・・」 声がかすれる。 とても息苦しい。 今から口に出すことが最良だとは思えないから。 「この、婚儀・・・・なかった、ことに・・・・」 「そんな!そんなの・・・だって産まれてくる子が」 「それがしも、良くないとわかっております。ですが・・・それがしの所為で殿の夢を潰すのは」 お互いとても苦しい顔をしているだろう。 だが顔を見れていない。 幸村からはの顔が見えない、は顔を伏せてしまっているから幸村の顔が見えない。 「だって、私は」 「産まれた子に関しては、それがしが責任を持って」 一人で育てる? だから自分には好きなだけ職人の道を歩め? 言えない。そんな事は。 「・・・・どうしたら、良いのでござろう・・・・それがしにもわからぬでござる・・・・・」 を娶って、子が産まれてくればこんなに喜ばしい事はないのに。 「幸村君・・・・」 は顔を上げる。 初めて幸村の顔を見た。 とても苦しそうな、泣きそうな顔をしている。 いつも笑顔でいる幸村にこんな顔をさせたのは自分だ。 「幸村君。ごめん、私。っ!」 下腹部に急に痛みが走った。 「・・・・・つたぁ・・・・・はぁ・・・・」 「殿!?」 ずるずると腹を押さえてしゃがみこむ。 「殿!」 幸村はの顔をのぞきこむ。 酷く顔を歪ませ、苦痛に耐えている。額から脂汗のようなものも流れている。 「ゆき、むら・・・・くん・・・・痛い・・・」 ギュッと幸村の上着を掴む。 「待っていてくだされ、殿!」 幸村はを抱きかかえ、急ぎ店へと戻る。 「六郎殿!おりょう殿!!殿が!殿が!」 なにかの天罰だったのだろうか? 痛みに耐えながら、はそう思った・・・。 *** 目が覚めると自分の室で寝ていた。 「・・・・・」 「あー良かった。気がついたかい?まったく心配させるんじゃないよ」 ペチっと額をおりょうに叩かれた。 いつも気丈な彼女が珍しく目に涙を浮かべていた。 「おりょうさん・・・・・私」 「大丈夫だよ、お腹の子もあんたも・・・・・冷や冷やしたけど、幸村様が急いで寛保先生を連れてきてくださってね」 食事中だったらしい寛保を急患だといい、強引に背負えって連れてきたそうだ。 助手のさくらが慌てて道具を持って駆けてきたのも驚いたが。 「色々悩みすぎて体に負担をかけちまったようだけどね」 寛保が診て大丈夫だと判断したらしい。 危うく流産してしまうところだったらしいが。 それ聞いてはポロッと涙を零した。 「」 の頭を優しく撫でるおりょう。 「私が、私が・・・・自分のことしか考えていなかったから・・・・ごめんなさい・・・・」 「そりゃあ仕方ないよ。また泣いたり考え込むと体に悪いからおよし」 今はまだ少し寝ときなとおりょうに言われる。 彼女は店があるからと室を出て行き、は一人残される。 (・・・・・・本当、自分のことばかりだ) 幸村のあの苦しそうな顔を見たとき、自分はなんで勝手なんだろうと思った。 そして幸村が決断しようとしたことに、反対しながらもどこかで幸村が言うならば仕方ないと 人に判断させて納得しようとしていた自分がいた。 (幸村君、ごめんね・・・・・あと・・・・お腹の子も・・・・) 天井をぼんやり見つめる。 『ちゃん。どうかしたの?あまり嬉しいって感じしないね』 嬉しいはずなのに。 ううん、きっと嬉しかった。 ただ急すぎて、現状を考えて嬉しさが身を潜めてしまったのだ。 『そのように不安な顔をなさらずとも、それがし約束したとおり、殿を一生守り通す所存』 幸村にそう言わせて自分は幸せものだ。 彼の方がこれから大変なのかもしれないのに。 思えば不思議なものだと感じる。 初対面では幸村を叱り付けたし、子ども扱いして・・・可愛い弟ぐらいにしか思っていなかったのだろう。 満月堂の菓子を本当に美味しそうに沢山食べて。 でも、武将らしい一面も稀に見せて。 しっかりとした男なんだなと思ったこともあった。 いつも一生懸命な幸村だから、彼のような子に想われる子は幸せだろうと思って。 自分がその想われたとは驚きだが。 「・・・・・・・ごめんね、本当」 お腹を優しく摩る。 ふとその手を翳してみる。 『すごいでござるな、殿の手は』 『すごい?』 『人を喜ばすことのできる手でござるな』 そんな話をしたなぁとぼんやりを思う。 見習いだけど、菓子を作るの手を見て幸村は言った。 『いつか・・・殿の作られた菓子。食べてみたいでござるな』 すごく優しい笑顔だった。その時の幸村は。 思わず息を呑んだほどで、でも嫌じゃなかったから、幸村にいつか食べてもらおうと思った。 『そっか。じゃあ頑張ろう。幸村君が私のお客さん第一号になってもらえるように』 あれから幾つか自分で作ったものを、幸村には食べてもらった。 その時いつも幸村は美味しいと言って喜んでくれた。 「、殿・・・・」 障子の向こうから幸村の声がした。 「幸村君・・・」 「もう大丈夫なのでござろうか?」 「・・・・・・」 「殿?」 「なんで、顔見せてくれないのかな?」 「あ、そ、それは・・・・」 障子には幸村の影が映っている。 けれども幸村は姿を見せてくれない。 「顔。見たいな、幸村君の」 ややあってから障子が開いた。 幸村の顔を見て酷く傷つけたのだなと思った。 先ほどと同じように、心苦しいような表情だったから。 「幸村君。ごめんね・・・・・自分勝手ばかりして」 「そ!そのようなことは」 「こんな私でもいいのかな?幸村君の奥さんになる人が・・・」 幸村は瞠目しながらも、すぐ様柔らかく笑った。 「それがしこそ・・・・殿の夫なるのが、かような未熟者で良いのでござろうか?」 「私には十分すぎる旦那様だと思うけど」 「それがしにも誰にも代える事の出来ないくらい、殿はす、素敵だと思うでござる」 顔を赤くし後頭部を掻く幸村。 おずおずと室内に入ってきて、寝ているのすぐ側に座る。 「殿の夢。それがしが潰してしまうことになるやもしれませぬが、その分、一生殿を幸せに致しますゆえ・・・」 「いいよ。それはもう」 は体を起こす。 幸村の手を取る。 「一人前になれないのは、寂しいけど・・・・その分。幸村君が私の作った菓子を沢山食べてくれると嬉しいな」 「殿!」 「わ!」 幸村がを力強く抱きしめる。 「それがしばかりが・・・いい思いをしているようで、なんだか・・・・」 「そうかな?好きな人の為に作るというのもいいじゃない。それって最高だと思うけど」 「嬉しいでござる。殿」 そう遠くない未来。 親子三人で、縁側にでも座り母が作ったものを仲良く父子で食べている姿が見られるのではないだろうか? そんな気がした。 19/12/30再UP |