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合縁奇縁
「一人前になれないのは、寂しいけど・・・・その分。幸村君が私の作った菓子を沢山食べてくれると嬉しいな」 そういって優しく笑ってくれた、あなた。 「そうかな?好きな人の為に作るというのもいいじゃない。それって最高だと思うけど」 本当に、自分ばかりが幸せだと思う。 それでも、彼女がくれる言葉が・・・。 とても温かく。 とても愛しく。 ほんの少し、泣きたくなった。 この人と出会えて良かったと、心から思えた。 ずっと一緒にいよう。 ずっと一緒にいたい。 これから、ずっと。 まだ世の中は乱れている。 安寧を得るのはまだ先かもしれない。 この先、戦にも出るだろう。 だけど、あなたを一人残しはしない。 何があっても、あなたのもとへ帰るから・・・。 だから、ずっと微笑みを絶やさないで・・・。 【それから】 「いやー。良かった、良かった!俺、本当心配していたんぜ!」 幸村は背中を大きな手で何度も叩かれる。 相手は喜びのあまりそういう行動に出てしまうのだろう。 だけど、痛い。 遠慮というものがないから。 「け、慶次殿・・・・少し加減をして欲しいでござる・・・」 「あ。悪ぃ」 へへ。と悪びれた様子もなく笑う慶次。 久しぶりに彼は甲斐に来ていた。 それは幸村から文を貰って事の次第を知ったからだ。 ただ、返事を書いて出すより、自分の足で出向いた方がいいと思ったらしく。 彼はやってきた。 そして、先ほど到着したというわけだ。 「んで、はどうした?まったく姿を見ねぇけど・・・具合悪いのか?」 一度倒れたらしいという話をここに来る時に聞いたので、慶次は心配らしい。 キョロキョロして彼女の姿を探す。 「いらっしゃいませ、慶次さん。私に用事ですか?」 幸村がいつも見惚れてしまう優しい微笑みを慶次に向けて、その彼女がやってきた。 盆にお茶を乗せて。 甲斐はすっかり冬篭りに入っていた。 「雪の中、大変でしたでしょう?今、お風呂の準備していますから、後でゆっくり入ってくださいね」 その前に温かい茶を飲んでくれと、は慶次の前に湯呑みを置いた。 「ありがとな!でも、もうすっかり幸村の奥さん、真田家の嫁って顔だな、」 幸村の奥さんと言う言葉に、ではなく幸村が照れる。 は笑ってそうですねと答える。 「皆さんよくしてくれますから、戸惑うことが少なくて」 幸村の隣に腰を下ろす。 正式な祝言と言うのはまだ挙げていない。 の体調を考慮してだ。 そして、先に信玄に全てを伝え、信濃にいる父にも話した。 コレといって反対されることもなく。 すでに子どもも授かっているとわかると、大事にしろとありがたい言葉を頂いた。 それからすぐ、満月堂を出て真田邸では暮らし始めた。 長いようで短かった六郎一家との生活。 出て行くことに抵抗がなかったわけではない。 一人前の職人になるという夢が潰えたわけだし、だけど六郎にお願いしてみた。 これからも、できれば六郎に教わりたいと。 六郎に邸へ来て講師をしてくれ。そういうわけではない。 が満月堂に行くのだ。 「お前・・・それはどうなんだ?」 「でも・・・・親方に教わりたいこと、いっぱいありますし・・・・」 「うーん・・・」 普通は駄目だと反対するだろう。 六郎もそのつもりだった。 だけど。 「それがしからもお願いいたす。殿の好きにさせてくれないだろうか?」 と幸村にまで頭を下げられてしまった。 真田家の奥方にわざわざ出向いてもらうと言うのは実際どうなんだろう? 色々大変で面倒ではないだろうか? かといって、六郎が真田邸に行く時間はない。 職人は彼一人だ。はそれも承知している。 「今まで通りが無理なのはわかります。けど、たまにでいいんで・・・・」 未熟だからと言われてしまうと六郎も困ってしまう。 六郎にしてもは弟子だったわけだし。 「わかりました」 パンと膝を叩く六郎。 二人に頭を下げられてはと諦めたのだろう。 だけど、すぐというわけではない。 今のは餡子の匂いで吐き気を起こしてしまうから、無事出産を終えて時間に余裕ができてからという事になった。 これで万事上手くいったと思ったのだが、残念なことに一つだけ問題が出た。 六郎の息子、一太郎が拗ねてしまったのだ。 が出て行くことに、幸村に盗られたとでも思ったのだろう。 満月堂を出る最後まで一太郎は、の顔を見ようとしなかった。 すぐに収まるよ。などとおりょうは言ってくれたが、寂しかった。 「それで?忍の兄さんはどうしたんだ?幸村のお世話役から解放されたから仕事かい?」 「せ、世話役って・・・・」 「佐助さんは今、奥州に行っているんですよ。大変ですよね、こんな時期に」 甲斐よりも雪深い場所へ仕事で行くなんて。 伊達と同盟を結んでいる武田だから、定期報告のようなものがあるらしい。 それもあるが、半分は私事でもある。 幸村の婚姻のことを政宗に伝えに行ったのだ。 「でも、佐助さんがいないと・・・私少し不安なんですよね」 が意味ありげに溜め息をついてしまう。 「な、な!な、なぜでござるか!?殿〜」 自分より佐助が頼りになるのか?と幸村は言いたいのだろう。 「さっき慶次さんも言ったでしょ?幸村君の世話役って・・・・佐助さんじゃないとわからないことあるのよね・・・」 「なんだよーそれじゃあ中々お役御免にはならないみたいだな」 慶次は呵呵と笑う。 以前と変わらず、佐助はこの邸で暮らしている。 流石に遠慮をしようとしたようだが、六郎の時と同じで幸村とに居てくれと頼まれてしまったのだ。 結局誰もがこの夫妻には甘いようだ。 *** 「はっ!くしょん!!・・・あー・・・なんか真田の旦那がやらかしたかなぁ・・・」 佐助は軽く鼻を啜った。 だがすぐさま、目の前にいる相手に向き合う。 「すみませんね。独眼竜の旦那」 「いや、いいさ。気にするな。やっぱここは寒いだろうからな」 政宗の居城に、佐助はいた。 話の相手はその政宗だ。 「って言うと、あの和菓子屋の娘か・・・・へぇやるじゃねぇか真田幸村」 政宗はニヤリと笑う。 そのすぐ側で控えている小十郎と成実が何か言いたそうな顔をしている。 「あいつ、俺とのこと気にしていたよな・・・・」 俺には大切にしている嫁さんがいると言うのに・・・。 心配するだけ無駄だろうにと政宗は言う。 その言葉に小十郎と成実はスッと目線をそらす。 先ほどから何が言いたいのだろうか、この重臣は。 だかそれを佐助が口にしてしまう。 「またまた〜旦那ってば、真田の旦那が婚姻結んだんで実は安心してるでしょ?」 「あ?誰が」 「そりゃあ、ほら。旦那の奥さんがー。真田の旦那と仲がいいのを心配してるからじゃないですかー」 はっきり言い切った。 政宗の眉がピクリと動く。 「お互い考えること同じなんですねー。いやーいいなぁ、本当羨ましいなぁ」 ゴホンと小十郎が咳払いをする。 「それで?幸村殿はいつ祝言を挙げられるのだ?」 「んー。今の所、未定だよ。ちゃんの体調がもうちょい安定してからかなー」 政宗自身、佐助に言いたいことが山ほどあるが、せっかくのいい知らせだと。 政宗はあえて追及しない。 「そうかい。まっ、近いうちの俺から二人にプレゼントを贈らせて貰うぜ」 「それは、旦那たちも喜びますよ」 佐助はニッコリ笑った。 「あとで、アイツにも知らせてやんな。きっと喜ぶぜ」 「あれ。旦那から知らせてくれてもいいんじゃない?」 「それもいいが、俺はやることがあって忙しいんだ」 政宗は立ち上がる。 堅苦しい場ではないが、謁見はこれで終了のようだ。 ただ後でこっそり成実が教えてくれた。 「政宗様は、ここ最近執務をサボられましたので、そのツケが回って忙しいんですよ」 などと。 家臣が平気でこんなことを教えるのはどうなんだろうか? だが、不思議なものでうちの旦那も大変だよー。 などと成実としみじみと話をしてしまう佐助だった。 *** 「少し残念だなぁ・・・・」 慶次が風呂に入っている間、室で幸村とはゆっくり過ごしていた。 「何がでござるか?」 「家のこと。あまりやることなくて・・・」 わかっていたが、武家の奥方が家事をやることはない。 やることが限られており、今は仕事もないは暇なのだ。 だが、無理をして体調を崩すことがあっては困るのでもどかしい。 「普通は旦那さまに、奥さんは美味しいご飯を作ってあげたりするものでしょ?」 少なくとも庶民の家はそうだ。 「料理が得意ってわけじゃないけど・・・・幸村君に食べて欲しいなって思うわけで・・・」 でも、それを仕事とする人たちがいる。 邪魔はできないだろう。 「それは・・・それがしも残念だと思いますが・・・・でも、殿の菓子はまた食べられるので」 それだけでも満足だと幸村は言う。 「先の話になってごめんね・・・」 「そ、そんな事はないでござるよ!」 食欲だけが自分を満たすわけではない。 が側に居てくれるだけでも幸村には十分過ぎるのだ。 幸村は照れながらもお茶を啜った。 「殿に出会う前のそれがしは・・・・もう誰かを好きになるということを恐れていたでござる」 初耳だ。 政宗の正室に惚れていたという事は聞いた。 だけどそこまで深い部分は知らなかった。 「恐れる?」 「・・・情けないことに。また誰かを好きになっても、この想いが報われないかと思うと・・・・」 「そっかぁ・・・」 は幸村の手を取った。 「それだけ、幸村君にとって、伊達様のご正室様は特別だったんだ」 「あ、あの。でも、今は」 「わかってるよ。大丈夫。それに幸村君の気持ちもわかるから。 恋をして、誰かを好きになると、幸せな気持ちにもなれるし、何だってできる!って思ったりするけど。 その反面、不安でいっぱいなんだよね。ましてや、一度でも辛い恋を経験しちゃうよね・・・・」 「殿・・・」 「でも。その人のこと。好きになって良かったでしょ?そういう想いもあると思うけど」 「殿はすごいでござるな・・・」 幸村はの手を握り返す。 「あら。余裕ぶっているだけかもしれないわよ?幸村君よりお姉さんだから」 は小さく笑う。 まだ子ども扱いされてしまうのだろうか?幸村は少しだけ口を尖らせる。 それが子どもだと言うのに。 「でも。今度は幸せになろうね。幸村君」 「それは勿論でござる」 その約束が破られる事のないように。 ずっとずっと揺るぎなく。 19/12/30再UP |