合縁奇縁



ドリーム小説
「え・・・・身籠るって・・・・」

なんだって?
おりょうの耳を疑う。
おりょうはなんと言った?

「だってそうじゃないか・・・・私をなめるんじゃないよ。これでも二児の母親だよ」

おりょうは真剣な目でを見つめる。
口調は娘を叱る母親のような感じがする。

「身籠るとね、今までなんともなく平気だったものが駄目になることもあるんだよ」

「・・・・・・」

はまだそれを受け入れていないようで、ぼーっとしている。

。お医者様のところに行くよ」

「え。医者って、私は別に」

「あんた・・・・放置していいものじゃないんだよ」

「あの、でも」

医者に行くのが嫌だと拒否する
身籠っていると言う事を信じていない様子。
単に気分が悪いとしか思っていないようだ。

「だったら、尚更だよ。お医者様に診てもらえばいいんだよ」

もしなにかの病気だったら困るじゃないか。
どっちにしても医者に診せるとおりょうはきっぱり言った。

(身籠るって・・・・それって・・・・・相手は・・・・・幸村君で・・・・)

嫌に心臓が早鐘を打つ。
怖い。
今、とても怖い。
妊娠ではなく、病気だという結果も怖いとは思うが。
今怖いのは、妊娠していたらと言うことだ。





【23】





町の療養所とされている場所に連れて行かれた
学者兼医者という寛保に診てもらう。
おりょうや、寛保の助手をしている女性さくらもいたので、多少緊張はほぐれた。
結果、二月目ですねと、妊娠していたことを告げられる。

「あまり無理無茶はしないで、安静にしてくださいね。まだ安定期ではありませんので」

「先生、どうもありがとうございました」

今後は寛保が定期的に診に来てくれるそうだ。
おりょうと診療所を出て行く。

「なんだか、あまり嬉しそうじゃないねぇ・・・

隣を歩くおりょうに言われてしまう。

「それは・・・・・・」

「まぁ、どこにも嫁いでいない子が急に身籠った・・・なんてのはあまり喜ばれるものじゃないとは思うけど」

それでも普通は喜ぶものだとおりょうは思う。
少なくとも、体を委ねる相手を嫌いではない、通じ合った人だろうから。

「父親は・・・・聞かずともあの方だろうねぇ」

「・・・・・・はい」

あの方。
おりょうたちから見ればそういう立場の人だ。

「時期的に言えば、二人で駿河まで行った時かい?」

恥かしいが嘘はつけない。
は頷く。
そしてぽつりぽつりとおりょうに話した。
聞き終えたおりょうは仕方ないねぇと苦笑する。

「まぁ・・・戻ってきてからのあんたらを見ていたら、なんとなくとは思っていたけど」

お互いの間を流れる雰囲気、空気が少し違っていたなと。
それでも、にしてみると相手として申し分のない人だと思うから。

「きっと喜ぶだろうね、幸村様は」

「・・・・・・」

?」

の表情が一瞬で崩れる。

「い・・・・言え、ないです・・・・私・・・・」

立ち止まり俯く
今にも泣きそうである。

「だって・・・・」

「身分とか立場とかを考えているのかい?そりゃあまあ・・・私らからすれば引いちゃいそうなことだけど」

「と、友だちとしてならば・・・・軽口なんかは許されるやり取りだったんです。でも、幸村君は」

武士であり、人の上に立つ人。
きっと高名な家柄の娘を嫁がせると思う。

「それは幸村様の事情だろうからね・・・だけど、あんたに子が宿ったと知れば、、幸村様はきっと」

きっと喜んでを娶るだろう。
幸村がを無下にすることなど考えられない。
寧ろ、がそこまで悪く考えるようにはならないと思える。

「・・・・それだけじゃ、ないです」

「?」

きっとそっちの方がにとって重要なのだ。

「私・・・・・辞めたくないです・・・・・」

・・・・」

何を意味しているのかおりょうにはわかった。
だけど、そればかりはおりょうがこうしなさいとは助言できるものではなかった。

「けれどね、・・・・」

いつまでも立ち止まっては居られない。
おりょうはの背中を支えながらゆっくりと歩き出した。

「幸村様に黙っているわけにはいかないんだよ。あんた一人で育てるわけにもいかないだろ?」

「・・・・・・」

「その子は幸村様にとって跡継ぎになる子かもしれないんだ」

武家社会のしきたりなど、庶民育ちのおりょうにはわからない。
わからないけど、その子が真田家にとって大事な子になるかもしれないのはわかる。
認められるか否かは別として。
それに、隠し通せるものでもないのだ。

「幸村様がお帰りになったら、ちゃんと話そう。私たちもついているから」

「おりょうさん・・・・」

「まずはその子が無事に産まれてくることをね、不安になればなるほど、お腹の子に障るよ」

自分のことしか考えられなくて、涙が出てきた。

身籠ったからといって、寝たきりになるわけじゃない。
病人ではないのだ、餡子の匂いに誘発されてつわりを起こすようになったが。
それ以外はいたって普通。
作業場に入らず、売り子としてはしっかり働いていた。
診療所から戻って六郎にも話した。
叱られるかと思ったが、六郎は一言「そうか」とだけだった。
複雑なのかもしれない。
六郎も、ある事を考えたから。
ただ、無理はするなよと気遣ってくれる。
なんだか、寂しさがこみ上げてきた。



***



朝晩が涼しいというより、寒さを感じ始めた頃に幸村たちは帰還した。
おそらく幸村はすぐに来るだろうから、その日は開店時間を遅らせることにした。

「・・・・・休み・・・・でござるか・・・・」

折角来たのにと幸村はシュンとしてしまう。
一緒にやってきた佐助も珍しいことがあるものだと思ってしまう。
準備中と書かれた札が風に揺れている。

「っていうかー。満月堂さんってほとんど休業しないのにね、ご主人に何かあったんですかね?」

「そ、そうか。菓子を作れない状況にあるということか」

今まで店が閉じていたことがなかったから。
だけど、通りかかった常連客が「昨日までは普通に営業していましたよ」と教えてくれた。

「なんと・・・・」

「旦那を店に入れたくないんじゃないの?」

冗談で佐助が言うも、幸村は真に受けてしまい顔面蒼白してしまう。

「あ、嘘。冗談だから、ね?旦那」

立ち尽くしたままの幸村。宥める佐助。
二人の前で、戸板がカタンと音を立てた。

「幸村様。お待ちしておりました」

おりょうが戸を開ける。

「おりょう殿・・・・だが、店は・・・・」

「どうぞ、お入りくださいな」

単純に開店が遅くなっただけだろうか?幸村はそう思いながら店に入る。
だが、商品棚には菓子はない。
幸村たちが中へ入ると、おりょうは再び戸を閉めてしまう。

「おりょう殿、いったい・・・・」

「今日は店じゃなくて、奥のほうに・・・・・お話したいことがありまして」

奥のほう。
それは六郎たちの私生活の場である。
幸村の住む邸に比べれば狭い場所ではあるが、座敷へと通される。
そこに六郎とが座っていて、隣の部屋からは一太郎が妹のお初の面倒を観ているのだろう声が聞こえる。

「幸村様。お手数をおかけしまして、申し訳ございません」

上座となる場所に腰を下ろした幸村に六郎が深々と頭を下げた。

「六郎殿。それがし、意味がわからぬでござるが・・・・」

六郎は軽く頭を掻く。
は俯き加減で手を固く握っている。
おりょうがお茶を出し、部屋の隅にすっと腰を下ろした。

「それが・・・・・その。・・・・はっきり言わせていただきます」

「?」

が、幸村様の子を身籠りました」

の肩がびくりと揺れる。

「それがしの、子?・・・・殿が、身籠る・・・・」

ポカンとした様子の幸村。
だがそれも一瞬で幸村は破顔する。

「誠でござるか!?」

思わず腰を浮かせ身を乗り出す幸村。

「嘘などつけませんよ、このような大事なことを」

「あ、ああそうでござるな、すまぬ」

佐助はの方を一瞥する。

(あれ・・・・ちゃん・・・・・なんか嬉しそうじゃないなぁ・・・・)

表情が固い。
対照的に幸村は喜んでいる。

ちゃん。どうかしたの?あまり嬉しいって感じしないね」

佐助にそう言われて初めては顔を上げた。

「嬉しくない・・・わけじゃない、けど、私・・・・」

「旦那に捨てられちゃうとか思った?」

「そ、それがし、そのようなことせぬぞ!」

何を言うのだと佐助を非難する幸村。
だがが悩むのはそういう事だろう?と佐助は思ったのだ。

殿。それがし、お館様にご報告し、すぐにでもそなたを娶りたいと思います」

「幸村君・・・・」

「そのように不安な顔をなさらずとも、それがし約束したとおり、殿を一生守り通す所存」

きっぱりと、自信たっぷりに言い切る幸村。

。良かったじゃないか」

の背中をポンと軽く押してくれるおりょう。
だがの顔は晴れない、複雑そうである。
それはだけでなく六郎も同じだった。

「お前さん・・・」

「店、開くか。幸村様、食べていかれますか?」

六郎は立ち上がる。
幸村はそうしようと思ったが、すぐにでも信玄に話したいから一旦帰るという。
幸村たちを外まで見送ったあと、六郎とおりょうは開店の準備をし始める。
作業場で饅頭を蒸す為に釜戸に火をかける六郎。

「親方・・・あの」

六郎は振り向かずに、そのままに告げる。

「お前の言いたいことわかるよ・・・・俺もどうしたものかと思うが、こればっかりは俺がどうこう言えることじゃねぇ」

「でも、このままなんて」

「それは俺にじゃなくて、幸村様にいいな・・・・・その結果どうするかはちゃんと聞いてやる」

「・・・・・」

「ほら。いつもより開店が遅くなったんだ、忙しくなるぞ」

しっかり働くぞと六郎が檄を飛ばした。



***



満月堂から信玄の住まう躑躅ヶ崎の館へ向かう幸村と佐助。
急な出来事とはいえ、幸村の足取りは軽い。
それを佐助は能天気だなと苦笑している。

「なんだ、佐助」

「なんだって言いますかねぇ〜旦那、ちゃんの様子変ですよ?いいんですか?」

「・・・・・・確かに、殿は何も言ってはくれなかった・・・・」

自分は嬉しいという感情ばかりが湧きあがる。
そういうものではないのだろうか?
自分の想いはに届いたと思ったし、も受け止めてくれた。
それだけでは駄目なのだろうか?

「出会ったばかりの頃に、一度旦那と距離を置いたことあったでしょ?あれが関係しているんですかね?」

「あ・・・・」

の幸村に対する印象は元気な年下の子。
子ども扱いをされてしまうぐらいな。
だけど、あることがきっかけで幸村が信玄に仕える武将だとが知ったとき。
彼女は幸村と距離をとり「真田様、幸村様」と呼んだ。
それが普通なのかもしれないが、急に畏まられるのが嫌で、には今までどおりにして欲しいと頼んだものだ。

「だが・・・・だからと言って、殿を捨て置くことなどできぬ」

ギュッと拳を強く握る幸村。

「そうですね、旦那ならそう言うと思いましたよ」

「佐助?」

「だったら、ちゃんとちゃんと話すべきなんですよ。
旦那にとって、ちゃんは手放したくない存在だろうし、絶対に手放しちゃいけないんですよ」

前の恋は最初から報われることがないとわかっていたものだったから。
何も言わなかった。
何も言えなかった。
への想いも一度は塞いでしまおうと、考えるのをやめてしまおうかと思ったくらいだ。
だけど、想いは膨れるばかりで想いを消したくなくて。
ようやくそれが実った。
佐助が言うように、もう今の幸村には失くしたくない大事な人なのだ。

「そうだな。お館様へのご報告も大事だが、殿と話すことが第一だ」

きっとこのまま勢いと流れで話が進んではいけないだろう。
言葉を想いを交わさなければ、この先上手く行くはずがないだろうから。

「満月堂に戻る」

幸村は踵を返す。

「はいはい。いってらっしゃーい。頑張ってね、旦那」

いい報告待っていますよ。
佐助は手を振り幸村を見送った。









19/12/30再UP