|
合縁奇縁
信玄から幸村に正式に出陣の命が下った。 幸村を筆頭に大阪に向けて出立する。 だが、恐らく豊臣方もこちらの動きを察知しているだろう。 大阪でやりあうより前に激突しそうだ。 場所は関ヶ原。 同じく出陣する伊達と上杉との連絡を、欠かさず密に行い連携をとることに勤めながら。 あくまで今回の目的は、焦りを見せている一部に向けてだ。 その一部が豊臣にとってとても重要な人物だから。 その人物を打ち破ることが目的だ。 冬になる前に戻ってくるか。 冬があけてから戻ってくるか。 それはわからない。 勿論戦に勝つなら嬉しい事はない。 でも、今はただ。幸村の無事の帰還を願うばかりなのだ。 いつの間にか、の中で幸村の存在は確実に大きくなっているようだ。 【22】 「ちゃんと帰ってきたら。たくさん、美味しいお菓子拵えてあげる」 そう幸村と約束した。 だから毎日六郎の下で職人としての腕を磨く。 幸村は何を食べても美味しいというだろうから、心底美味いと言わせられるように頑張るのだ。 すぐ目の前に目標と呼べる人がいる。 この人のそばで学べるものは沢山学ぶのだ。 「ふぅ。まだ暑いわね」 暦の上では秋に向かっているというのに、まだ暑さが和らぐことはなかった。 額に吹き出た汗を手拭で軽く拭う。 おりょうに変わって夕餉の買出しに出ていた。 何を買うかはあらかじめ、おりょうに言われているのでそう時間もかからないだろう。 「ちゃんが今日は買い物かい?」 「はい。お魚。今日は何がありますか?」 「今日はね〜」 魚屋へやってきた。 自分も客商売をしているし、満月堂の常連さんも多い。 横の連帯感というのだろうか?商売人同士の繋がりがある。 なので、六郎やおりょうと介してだが、ここでも色んな人たちと出会えた。 なんだか不思議な感じがする。 こうしたお店の人とのやり取りが、これが以前は普通だったのにと。 がいた場所では町の魚屋さんなんてのはほとんどなかった。 買物をするのに向かうのは、肉、野菜、魚、雑貨など・・・なんでもそろう大型店だ。 店員とも多少の会話はあるが、こうして気楽にあれこれ聞けるような感じはしない。 でも、昔はそれが当たり前だったのだ。 (確かに便利だけど・・・・こう言うのはやっぱりいいわよね) 信玄が治めるこの国が好きになっている。 甲斐という国がもう自分の第二の故郷とも言えるようで。 (この人たちを幸村君は守ってくれているのね) いつも懸命な幸村。 信玄の為にと戦で先陣を切るだろう。 (本当・・・無茶しないでね、幸村君) 今頃幸村は何をしているだろうか? 緊張しながらも馬に跨って移動中だろうか・・・・。 「はいよ!お待ち、ちゃん・・・・ちゃん?どうかしたのかい、ぼーっとして」 魚屋の主人に呼ばれて我に帰る。 慌てて買った魚を受け取る。 「ごめんなさい。はい、お代です」 「はい、毎度ありー!」 恥かしい所を見られてしまったなと思いながら、は歩き出した。 *** 幸村たちが出陣してから二月が過ぎた。 すっかり世間は秋だ。 が満月堂に世話になって一年が経っただろうか? 「久しぶり〜ちゃん」 「あら!佐助さん!帰ってきたんですね」 満月堂に佐助が顔を出した。 戦が終わったのだろうか? だが一緒に居そうな幸村の姿はない。 「あは。ごめんね、真田の旦那が一緒じゃなくて」 幸村はどこだ?と探していたのだろうか、無意識に。 「い、いえ。別にそういうわけじゃ。佐助さん元気そうで良かった」 向かった先が先だから。 「まあ、俺様ぐらいの一流の忍じゃなんてことないよ」 などと佐助は軽口を叩く。 だが実際はそう簡単じゃなかった。 武田、伊達、上杉の三国でも豊臣軍相手は相当疲弊させられた。 兵の質が違うというのだろうか? 別にこちらの兵が劣っているというわけではない。 だけど、豊臣は力と数で兵士たちを押さえ込んでいたようだ。 どこからともなく大量に現れる敵兵士に苦戦は強いられた。 それでも、豊臣の一部が焦っている部分へと集中して攻めた。 その結果、豊臣秀吉の右腕。軍師竹中半兵衛を討ち取ることができた。 「あんま戦の話をちゃんに聞かせるものでもないんだけどね・・・・」 「いえ。それの報告で戻っていたんですか?」 「そう。お館様の変わりに今、政をしてくれている信繁様にね」 そうか、戦は終わったというのか。 「今回、一番気合が入っていたのが独眼竜の旦那だったからね〜」 「そうなんですか」 「そ。だって大事な奥さんの仇だったからね、今回の相手」 「奥さんの仇って・・・でも、伊達様の奥様って・・・・」 確かに亡くなってはいない。 ただ、ちょっとした因縁が2人にはあったのだ。 今回三国での豊臣攻めであったが、その関係で伊達軍が中心になっていた。 武田や上杉は別働隊相手だったりしたそうだ。 「よくわかりませんけど、伊達様にとっては大事な戦だったんですね」 「まぁね。あ。ってことで、旦那たちも帰路についていると思うよ」 良かったねー帰ってくるよ、旦那。と佐助が笑顔で言う。 面と向かって言われると恥ずかしいものがある。 「もう、佐助さんってば・・・・」 「ま。すぐってわけじゃないしね、まだ油断は出来ないからさ・・・・」 少しだけ真面目な顔になる佐助。 きっと今回竹中半兵衛を失ったことで、豊臣秀吉の心情は想像しやすい。 このまま逆に一気に大阪まで攻め続けようかという案もあるのだ。 だが豊臣がこちらばかりに相手をしていられないのも事実。 西国から長曾我部や毛利が狙っているだろう。 秀吉の救いは三国が西国と同盟を結んでいないことだろう。 下手をすれば四方から攻められることになるのだ。 「冬になるとこっちも動けなくなるし・・・・どっちとも言えないけどね」 あ。と佐助が声を漏らす。 「忘れる所だった。ここに来たのはこれがあったからなんだよ」 佐助が懐を探りなにかを取り出した。 「はい。ちゃんに真田の旦那からの恋文〜」 「こ、恋文って、佐助さん!!」 「似たようなものだと思うから別に変じゃないって」 佐助は文をに手渡す。 「あとでゆっくり読んでよ。返事を待ってあげたいところだけど、俺、すぐに戻らないといけないからさ」 まだ油断は出来ないと佐助はそう口にしていた。 「ありがとう。佐助さん。幸村君によろしく伝えてね」 「あいよー。じゃあね!」 風が吹いたかと思うと、木の葉が舞う。 一瞬で佐助は姿を消した。 「本当・・・・佐助さんってすごいわね」 忍なんて、テレビやゲームの中の存在だと思っていたが。 普段幸村の世話をしている姿からは想像がつかないのだが。 一先ず幸村からの文は懐にしまい、店の仕事を再開させた。 休憩時間になり、ようやく幸村からの文を読むことができた。 文を開いた時に、ヒラリと何かが落ちた。 「・・・・紅葉?」 は落ちたそれを拾い上げる。 文の間に挟まっていたのか、挟んでいたのか・・・。 幸村からの文に目を通す。 そんな長文ではない、ただ、戦が終わったこと、怪我もなく無事であることを告げている。 本来文を書くのがあまり得意ではないからどう書いていいのかわからないなど・・・。 「ふふっ。幸村君らしいね・・・・・でも本当なんにでも一生懸命だね」 普段近くにいるから、文を書くなんてことがなかった。 言葉で通じていたから。 最後の一文に目が行く。 「・・・今、これを書いているときに綺麗な紅葉が落ちてきました▼・・あ、それで」 紅葉などどこにでもあるものだろうが、なんとなく何かをに贈りたくて。 綺麗だなと思ったこの紅葉を同封したのだ。 「幸村君が帰ってくるのって・・・あとどのくらいかな・・・」 近日中だったら、約束した菓子は紅葉を模ったものでもいいなぁと思う。 別に店で売るものじゃないから、なんでもいいのだろうが。 返事は出せない分、は文をしっかりと胸元に抱えた。 「待ってるからね、幸村君」 *** 「そ、そうか・・・・わざわざすまなかったな、佐助」 甲斐に報告に戻った佐助が、再び幸村たちと合流した。 任務とはいえ、大変だっただろう、美濃と甲斐を行き来したのだから。 今は美濃ではなく、軍は信濃へと入った。 日が暮れ始めたので、野営を張った。その幸村の陣だ。 豊臣が攻勢を仕掛けてくるかと思われたが、その気配もない。 このままこちらが攻めようかというのも考えたのだが大打撃を受けたわけではないが。 消耗が激しく、本格的な冬に入る前に国へ帰ることとなった。 武田はあと半月もかからず甲斐へ帰ることができるだろう。 「俺が姿を見せたもんだから、ちゃんは旦那も一緒だと思ったみたいですよ」 「へ?」 「言葉に出しちゃいませんでしたけど、目で旦那の姿を探していましたもん」 「殿・・・・」 なんだかこそばゆい。 早く帰りたいと思える。 いつものあの場所、あの時間をと過ごしたい。 幸村が想いを告げてから、そう日が経たないまま出陣してしまった。 幸せだと実感するよりも、どこか不安があったから。 が自分に言ってくれた言葉は嘘じゃないのだと安心してしまう。 そんな風に言うと、のことを信用していないと感じられてしまうがそうではない。 自分の想いを受け止めてくれたことが、本当なのか? 自分なんかが?と少しだけ卑屈になってしまうのも真実なのだ。 (それがしのような者より、素晴らしき方は世の中に多くいる・・・自信がないのかもしれぬ) は素敵な人だから・・・。と幸村が思ってしまうから。 の態度を見ればそう深く考えることもないのだが、それはそれ。仕方ないことなのかもしれない。 「ちゃんにも言ったんですけどね、返事貰う時間なくてすみませんね、旦那」 「い、いや!そのようなことで謝るな、佐助!!これはそれがしが無理を言って届けてもらったことゆえ・・・」 幸村は慌てる。 「お館様からの任に支障をきたすような事にならねば良かったのだが」 「別にそんな大変じゃなかったですよ?今回の戦の報告をしに行っただけですから」 ただ、豊臣の動きがまだ不明だった為に、急ぎ戻らねばならぬというだけだったのだ。 「とりあえず。ちゃんは元気でしたよ」 「ならばいい・・・・病気は怪我などされておらぬなら・・・・」 「あ、あとー。別に言い寄る男もいないようでしたんで」 その辺も心配もいらないですよ?と佐助は言った。 「ほ、本当であろうな!!?」 そっちの方が心配なのかと佐助は苦笑してしまう。 だが今の周りで彼女に手を出そうなどと思う強者はいないだろう。 幸村がに惚れている話を大半が感じているのだ。 下手に手出しすれば「幸村様の女に手を出した」なんてことになって大変な騒ぎになるだろう。 「ないですよ。いつもと変わりなくって感じでしたから」 独眼竜の旦那といい。幸村といい。 本当に伴侶に対してベタ惚れなんだなと思ってしまう(幸村の場合、まだ伴侶ではないが) 「ほーんと。春になるまで、のんびり過ごしたいものだね、旦那」 「そうだな・・・」 いまだ平穏とは言い切れないが、そういう時間を過ごせるならばと思う。 少なくとも、三国同盟は共存といういい形を取られている。 豊臣を倒す為に結んだ同盟だが、その豊臣を倒したらどうなるのだるろう? 破棄されてしまうだろうか? 政宗も謙信もよき領主であるだろうが、あくまで自分が天下を治めるならばと思うのは信玄だ。 (難しいな・・・・それがしが考えることではないのかも知れぬ) ただ願わくは、を守ると言った以上。 彼女に何事も起こらねばいいと、幸村は心底願った。 *** 「!餡子の仕込みを頼む」 「はい、親方」 六郎に言われて作業場へ入る。 慣れた手つきでいつも通りに作業を進める。 全てではないが、六郎から仕事を頼まれるようにまでなった。 その一つがこの餡子の仕込だ。 今日はおはぎをいつもより多めに売ろうという事になっている。 餡子を拵えるのに下準備からかなり時間は掛かる。 前の晩から小豆を水に浸しておくからだ。 丁寧に丁寧に一つ一つの作業を行う。 だが、茹でですりこした餡子を火にかけていたときだ。 「うっ・・・・・・・・す、すみません親方・・・・」 の手からしゃもじが落ちる。 顔を歪めて口元に手を当てている。 なんだろう、すごく今、この場に居られない。 いつもと変わらない作業場なのに、慣れ親しんでいる場所なのに。 は思わず勝手口から飛び出した。 「?あ、あぁまずい」 六郎は餡子を焦がしてはならぬとの代わりに餡子の様子を見る。 「おい、おりょう!」 「あいよ。なんだい、お前さん」 店番をしているおりょうに声をかける。 「なんだかの様子が変なんだ。見てやってくれや」 「が?わかりました。一太郎、ちょっと店を見ておいておくれ。客が来たら呼ぶんだよ」 子どもに店番を任せるにはまだ早いのだが、六郎が作業場にいるから大丈夫だろう。 自分も別にそう遠くに行くわけではないのだから。 「?どこか具合でも悪いのかい?」 は井戸の側で蹲っていた。 おりょうはそばにより、の背中をさする。 「おりょうさん・・・・すみません、少し気持ち悪くて・・・・なんか餡子の匂いに酔った感じで・・・」 「餡子の匂いにって・・・いつも嗅いでる匂いじゃないか」 「そうなんですよね・・・でも、なんか・・・・」 本当に気持ち悪いのだろう。 の顔が青白くなっている。 「・・・・・・多分、大丈夫です。すぐによくなると思いますから・・・」 そしたらすぐに作業に戻るという。 だが、おりょうにはピンときた。 「あんた・・・・身籠ったんじゃないかい?」 「え・・・・」 おりょうの言葉には瞠目した。 19/12/30再UP |